王子の評価はマイナス一万点
「こんにちは。エルヴィーラ嬢はあそこに参加しないの?」
残念、話しかけられてしまった。やっぱり目が合っていたのか?怖すぎない?すぐさま姿勢を元に戻した。
「こんにちは」
ディートリヒは目線だけをベルンハルトへ向ける。つられて見ると、ベルンハルトはまだ令嬢に囲まれていて、甲斐甲斐しく世話をされている。
顔が既に不機嫌半分疲れ半分みたいな感じになっている。眼光が鋭い。鋭すぎる。怖いわ。誰かを殺す気か。
令嬢達が差し出してくれる美味しいスイーツ達を、やっつけ仕事のように食べている。許せん。
美味しいんだぞ、味わえ。そして作った人を敬え。自分たちで呼び集めた令嬢で、両手に華のくせに贅沢だな。
「決まったのですか?」
決まったようにはとても見えないが、一応聞いてみた。
「…質問に質問で返されるのは好きじゃないんだけど」
言いながら小姑は、持っていた皿をテーブルに置き、タイミング良く給仕がコーヒーを持ってきた。
給仕は最初に話しかけた男性で、目線で残念でしたねって言われた気がする。くそう。まさかここに座る気か。
ベルンハルトの婚約者候補には、実は小姑狙いもいるらしいんだよ!王子をだしにして小姑に近付こうなんて驚きの話だが、実際にいるらしいんだよ!
ベルンハルトと分離したら、小姑狙いがこっちに来ちゃうだろうが。私の安息の地を奪う気か!
「申し訳ありません。質問の意図がわからなかったもので」
さっさと他の席に行くがいい。小姑に認識されるのも、周囲から注目されるのも困るのだ。
ベルンハルトは自分の周囲にいない人にまで興味を示さないだけでなく、気を引こうと人と違う行動をした令嬢たちにも全く興味を示さない。
だから大胆にも小姑狙いが混ざっているのだ。けれど、小姑本人は別だ。基本二人一組、その小姑が興味を示した令嬢となれば、興味を示す可能性がある。
「ふーん。じゃあ、質問を変えよう。どうして参加しないの?」
ついに椅子を引いて座ってしまった。無念であります。ストールを渡してこないで!せめて影になるこちら側に椅子を移動してくれませんか。
たっぷり広がった私のドレスが場所をとっているので無理か。無理ですね。
「それに答えて、私にいいことあります?」
仕方がないので失礼になりすぎない程度で、失礼な令嬢に挑戦してみた。
「答えによっては…かな」
だめだ、張り付いた笑顔は微動だにしない。
「そうですか。興味がないからです」
あ、そう。とか言って立ち去って欲しかったのに、動く気配がない。
小姑の仕事はどうした。ベルンハルトはどんどん不機嫌になっていっているぞ。
「君の使用人はイライラしているようだけど?」
誰がノルン侯爵家の使用人かを知っているなんて、さすが小姑。恐るべし。私の会場入りはかなり早かったはずで…怖い、怖すぎる。
「彼女は父のお手つきです。いい報告をして、また父に構ってもらいたいのでしょう。父は外面と顔だけはいいですから」
これでどうだ。下品な父に、下品な娘!令嬢失格!さぁさぁ!
「ふーん」
優雅にお茶を飲み出した。駄目だったか。お茶を飲むだけでも所作が絵画のワンシーンみたいだなぁ。これが噂のイケメンオーラなのか?
「エルヴィーラ嬢は殿下のことをどう思っているの?」
「どういう意味でしょうか」
「正直に教えて欲しいな。悪いようにはしないよ。僕は小姑と呼ばれているらしいしね」
悪い顔をしている。知ってたんか。まぁ、あれだけ言われていればな。どうしようかな、正直に言ってもいいかな。
他の令嬢に混ざらないのが気を引く作戦と思われても困るし。
「心底近寄らないで欲しいと思っています」
さすがの小姑も少し驚いたようだ。むしろ何故驚く。今までベルンハルトに話しかけたことなんかないぞ。
「本気でそう思っているの?」
「ええ」
本気だよ。心底って言ったでしょうに。態度見ててもわかるでしょ。
「どうして?王子だし、将来はたぶん王妃になれるんだよ?そういうのに憧れるんじゃないの?」
小姑め、どんだけ上から目線だよ。
「だからこそです」
「もっと具体的にどう思っているか、教えてくれない?勿論、秘密は守るよ」
本当か?まぁ、でもここで思っていることを言えば、小姑の中で婚約者候補から外れるだろう。王妃陛下と小姑から無いと言われれば、完全に外される。悪くない。
「百点満点で考えて、まず王子であることにマイナス一万点」
心の中では態度でもマイナス一万点だけどな。それからまともに話したことがないけれど、性格でもマイナス一万点。
合計マイナス三万点だ!さすがにそこまでは言えないけれど。
「…もうちょっと具体的にお願いできるかな」
いきなりの低評価に、貼り付いた笑顔が剥がれかけた。もう一押し?
「そうですね。まず、王妃陛下は素晴らしい方ですが、自分が王妃になるということには興味がありません。一日中護衛と一緒に行動するというのも、私には向いておりません。ましてや国の代表になるなど、荷が重いです」
「そうなんだ…」
小姑の貼り付いた笑顔が剥がれた。驚いているようだ。誰もが憧れるわけじゃないが、周囲にそういう令嬢は来ないから、気付かなかったのか?
「王子であることは置いておいたら?ベルンはイケメンだよね?」
それ言うの?どう思うかは人それぞれだよね?
「好みじゃないので加点要素はないですね。髪が腰まであるのはむしろ減点です」
ベルンハルトの髪はさらさらでつややか。常々、髪の美しさを重要視される貴族令嬢に喧嘩を売っているように感じていた。
あの髪のせいで、どれだけの令嬢が苦労していることか。
「あれは王妃陛下の好みで…」
「マザコンも減点ですね」
「いや、そういうわけではないのだけれど」
慌てて小姑は否定したが、どちらでも構わない。興味が無いから。
「エルヴィーラ嬢は、有力な婚約者候補だと思うし、実際ノルン卿はかなり積極的に陛下や王妃陛下へアピールをしているようだけれど」
「父は私の意志を完全に無視しています。打診されてしまえば、知らない間に婚約もするのでしょうね」
「本当にベルンと婚約するのが嫌なんだ。令嬢にしてみれば、優良物件だと思ってたんだけど」
「優良物件という言い方をするなら、他にも沢山いらっしゃるじゃないですか。私にしてみれば、殿下は事故物件ですね」
小姑がかすかに笑ったような気がする。冗談が通じる人で良かった。いや、冗談のつもりもないのだけれど。
私にとっては間違いなく事故物件だ。こういう時は不良物件って言うんだったけ?間違えた?
「だからと言って、ここまで態度をはっきりさせるのって珍しいよね」
「私は体裁よりも、選ばれないことを選びます。爵位的に誰かの派閥に入るのも無理ですし」
「本人の意志を無視するほどの強い当主の意向なら、それに逆らって大丈夫なの?」
「この先を考えれば、今罰を受けた方がましですね」
「罰、…ね」
ディートリヒは優雅にスイーツを食べ始め、会話は途切れた。調子に乗って言い過ぎたかもしれない。
まぁ、ここまで言ってしまえば、婚約者候補から外してくれるはず。私、頑張った。
ここまで嫌がっている人間と結婚しても、上手くいく訳がないからね。
私もディートリヒを放って、スイーツを堪能する。これ、どうやって作っているのだろう。凄く美味しい。ナッツが入っているな。
ノーラとマーサにも食べさせてあげたいなぁ。さすがにお持ち帰りはできないけど。
うまくやれたと思っていて、完全に油断していた。気が付いた時にはベルンハルトがディートリヒの後ろに立って、肩に手を置いていた。見つかった!それも激しく!
「おい、ディー。俺をあの中に置いていかないでくれ。猛獣の群れの中に置き去りにされた気分だ」
上から目線にイラッとする。今日の実質主役が何を言っている。こっちは強制参加で朝から時間かけて用意しているんだよ!
「いい加減、慣れてくれよ。僕にもゆっくりお茶をする権利はあるはずだよ。そもそも、今日はベルンの婚約者選びだ。僕は関係ない」
正論だな。確かに小姑が令嬢を選別する必要がそもそもない。自分ですればいいんだ。
周囲を窺うと、後ろに何人かの令嬢が遠巻きについてきている。逃げられなくなる前に逃げなければ。
このテーブルには椅子が二脚しか用意されていないので、ベルンハルトに席を譲る体で逃げられる。最後の一つになったチョコレートを口に放り込んだ。
「それでは、失礼いたします」
できるだけ優雅に見えるように、だけどできるだけ急いで席を立って逃げた。
逃げながらこっそり二人の表情を確認すると、ベルンハルトは驚いたような表情をしているし、ディートリヒはこちらをじっと見ていた。
心底止めてくれてと叫び出したくなった。何に驚いているんだ。世の中全ての女性が自分に憧れているとか思うな、ナルシストめ。
お茶会終了後、妙な達成感を感じて、鼻歌交じりで馬車に揺られていた。前に座っている使用人が睨み付けてきているが、気にしない。