侯爵令嬢はストーカーを撃退する
魔法演習が終わり食堂へ移動中、スヴェンがデポラを追いかけてきた。ベルンハルトは何をしている。護衛を使って、寮の部屋に監禁しておいたんじゃなかったのか。
私が残って、デポラをイザベラに任せて先に行かせた。
たまたま近くにいた令息が、来た道を走って戻って行くのが見えた。。ベルンハルトたちを呼びに行ってくれたのだろう。
私がするべきことは、デポラが逃げてベルンハルトが到着するまでの時間稼ぎだ。
「私に何のご用でしょうか」
「お前になんか用はない!!デポラを出せ!!」
「親しくもないのに、呼び捨てになどしないで下さい。デポラに迷惑ですわ」
「うるさい、うるさい、うるさい!!!!お前が邪魔しなければ、お前さえいなければ!!」
「よせ、スヴェン!!」
ベルンハルトの声が響いた。ディートリヒの姿も見えるし、周囲から悲鳴も聞こえる。
スヴェンは圧縮した火魔法を放ってきた。最大出力かな?おいおい、私を殺す気ですか。完全に頭がおかしいな。
周囲に人が多いので、防護魔法での反射はできない。直接相殺しようとしても被害が出そう。お兄様の防護ブレスレットを無効化して、スヴェンから放たれた炎を風魔法で一旦空へ逃がした。
一瞬大きな火柱が立ったが、私の風魔法の方が威力が数段上だったので問題ない。ほとんどを散らすことができた。
次に炎を水魔法で相殺して全て消した。焚火に水をかける気分だ。全く問題ない。相手にならない。
次の魔法をスヴェンが放とうと魔力を練った瞬間、ベルンハルトがスヴェンの襟を掴んで引き倒すのと、私が次の魔法が放てないように重力魔法で動きを奪うのが重なった。
「ぐぅぅ」
スヴェンは仰向けに倒れ、声にならない声が喉の奥から出た。私は滅茶苦茶怒っている。指先一つ、目線一つ、動かすことさえ許さない。
私が対処できなければ、どうなっていたと思っているんだ!!私たちの周囲にはたくさん人がいたんだぞ!!
「エルヴィーラ嬢、エルヴィーラ嬢。エルヴィーラ!!!!」
ディートリヒにがくがくと揺すられて、我に返った。
「魔法を弱めて!これ以上やったらベルンが圧死する!!」
よく見ると、ベルンハルトはスヴェンを引き倒した時にスヴェンの体に触れたままだったので、一緒に私の重力魔法にかかっていた。
慌てて効果範囲をスヴェンに限定して、威力も弱めた。スヴェンは無防備な状態で重力魔法を受けた為か若干地面にめり込んでいる気がするが、生きてはいるようだ。
ベルンハルトは座り込んでいたが、重力から解放されて倒れた。
「誰か、ルーカス先生に魔法封印の腕輪を持ってくるように言って!」
「医務室の先生を呼んできて!」
ディートリヒの指示が飛ぶ。
私は冷静になった。やばい。怒りに我を忘れてやり過ぎた。
「殿下、生きてますか…」
あまり触れたくないので、ちょんちょんとつつく。ベルンハルトは目を閉じて仰向けに倒れたまま、微動だにしない。
「死ぬかと思った…」
ようやく掠れた声が聞こえた。生きてた。良かった。
「すみませんでした…」
ルーカス先生が腕輪を持ってやって来た。スヴェンは腕輪を嵌められて、集まった教師に連れて行かれた。
私にも詳しい事情を聞きたいと言われたが、周囲にいた生徒たちが私の治療を優先すべきだと訴えた。無傷だったがより冷静になるために、医務室へ運ばれるベルンハルトに付き添った。
ベルンハルトは私の重力魔法に咄嗟に魔力で抵抗したのと、私がそもそも狙いをベルンハルトにしていなかったことで、ちょっと内臓にダメージを受けたくらいで済んでいた。先生に癒やし魔法をかけてもらって完全復活した。
「申し訳ございませんでした」
平謝りする。ベルンハルトに拳骨で頭を叩かれた。力加減はされていて、痛くはあったがそれだけだった。ちょっと涙出た。
「後で呼び出す」
それだけ言われて、寮に戻るように言われた。
まずい、まずいな。わざとじゃなかったとはいえ巻き込んでしまった以上、王子殺害未遂に問われてもおかしくはない。
でも、デポラを守れたし、あの時あの場所にいた全員を守ることができたのだから、結果としては悪くはない。
事情も他の生徒から聞いたらしく、本当にそのまま寮に返された。
部屋に戻ると、既に話を聞きつけていたデポラが、号泣して抱きついてきた。よしよし。もう大丈夫だよ。馬鹿馬鹿と連呼された。
「あんな奴に負けないとは思っていたけど、無茶しないでよ!」
「いやぁ、余裕もあるくらいだったし、全然大丈夫」
馬鹿馬鹿との連呼は続いたし、叩かれ、抱きしめられ、忙しかった。心配させてごめんね。
その後はルーカス先生が尋ねてきて、無事で良かったと言ってはくれたが、やり過ぎはいけないとか、怒りに我を忘れてはいけないと注意されたが、それ以上に感謝もされた。
「火魔法を適切に処理してくれてありがとう。魔法演習場から火柱が見えた時には、本当にゾッとしたよ。正直、死者も出ているかもしれないと思った。教師として、生徒を守ってくれたお礼が言いたい、ありがとう」
三日間の謹慎処分を言い渡された。お兄様にも連絡したが、エルが無事ならそれでいいと言ってくれた。優しさが染みるわ~。
お母様にも良くやったと褒めてもらえたが、父からは苦言の通話がかかってきた。最悪だ。
三日間の謹慎処分中は生徒との接触を禁止されたので、静かに過ごしていたのだが、落ち込んだ気分を盛り上げようと、お菓子を作りまくった。
三日後、ルーカス先生に職員室へ呼ばれた。三日ぶりに部屋から出るのはドキドキした。凄い噂になっていたり、重い処分が下ることになったらどうしよう。
外扉を開けたら、デポラが友達と一緒に待ってくれていた。親友と友達、あったかい。涙出る。イザベラや同じクラスの人まで来てくれていた。
「ありがとうございます、エルヴィーラ様」
何故か皆にお礼を言われた。
「馬鹿ね、エル。あんたが魔法を無効化してくれていなかったら、皆が大怪我してたのよ。だからお礼を言われてるの」
そうか、皆にも感謝されていたんだな。良かった。
「危うく弟が殺人者になる所を止めて頂き、ありがとうございました。私の力不足で全てが間に合わず、誠に申し訳ございませんでした」
イザベラがきっちり腰を折った。侯爵家としては、異例の謝罪だ。
「…イザベラ様は、デポラを一緒に守ってくれたじゃないですか」
それ以上、どう言っていいかわからなかった。
ルーカス先生にはスヴェンの事を説明された。彼は魔力封印を施され学院を退学処分になり、迎えに来たハルン侯爵家に返された。
処分はハルン侯爵家に任せることになってしまったが、全ての状況を伝えているそうだ。
その場に私やディートリヒだけではなく、ベルンハルトもいたことから、表舞台には二度と戻れないだろうということだった。
「先生、私の処分は?」
「三日間、謹慎しただろう?」
私には処分は下されなかった。いや、下されていたけれど、軽いものですんだ。
本来人に向けて危険な魔法を放つ行為は、厳罰に処される。やり過ぎた重力魔法でスヴェンだけではなく、ベルンハルトの内臓にもダメージを与えていたのに、スヴェンに比べると随分軽い。
事情を考慮してくれたとはいえ、スヴェンに対してもっと他にやりようがなかったのかと考えてしまう。
スヴェンは自業自得とも言えるが、イザベラへの連鎖ダメージが大きすぎる。
「あ、それと。この後は男子寮へ殿下に会いに行ってね」
えっ!このタイミングでベルンハルトですか。気が重い、重すぎる。
フレドリクがにこやかに案内してくれたけれど、気分は全く晴れない。
「失礼します…」
男子寮には王族専用室があった。どんだけ広くて、どんだけ豪華なんだ!これのせいでエントランスと談話室が一緒になっているんだな。
応接室へ通されたら、ディートリヒがいた。いつも一緒だな。でも、いてくれて良かった。
「この間の重力魔法の件だ」
挨拶もなくベルンハルトが言ってきた。そうですよねー。そうだと思っていました。
「エルヴィーラはお菓子作りが得意らしいな」
ん?何でそんな話を?しかも何で知ってんの?得意ってほどでもないけれど。
「フレドリクに聞いた」
ちょ、守秘義務どうしたフレドリク!
「明日から一週間、毎日菓子を持ってこい」
「えーー」
「それとこの間の拳骨でチャラにしてやる」
ああ、そういうことか。私のあの処分はスヴェンに対して魔法を使ったことに限定されていたから軽く済んだのか。
対応が遅くて大事にしてしまったベルンハルトにも過失があるから、穏便な着地にしたわけね。
「かしこまりました。でも、たいしたものは作れませんよ」
「嘘つけ。フレドリクが女子寮の使用人の間で美味しいと評判だと言っていた」
フレドリクさーーーーーん!!!
寮から出る時、受付のフレドリクをジト目で見つめた。意味がわからないようで、困った笑顔で返された。まぁ、いいけど。
謹慎期間中にたくさん作ってストックしたからそれを持って行けば良いんだし。
フランツに愚痴ったら、謝られた。
「我々には守秘義務があるというのに…。フレドリクにはきつく言い聞かせておきます!」
何か、ごめん。ちょっと愚痴りたかっただけなんだけど。お菓子を持って行くのもフランツがすると言ってきかなかった。
元々、連絡事項などで毎日男子寮には行っているので、そのついでらしい。凄い勢いで言われたので任せた。




