侯爵令嬢は盾になると決めた
大人たちはまだシーズンの最中だが、主要な社交を済ませた学院生は一足先に学院へ戻る。通常の授業が再開して、季節は秋に進みだす。
魔法演習の相手は相変わらずくじ引きで、ベルンハルトのペアはルーカス先生。
私はイザベラを引いて、デポラは双子の弟スヴェンを引き当てた。何で二人してハルン侯爵家。お茶会に呼ばれて縁でもできた?
イザベラとはお茶会で話せたこともあり気楽に演習ができた。スヴェンは無傷だけれど、地面と友達になっていた。二位をこてんぱんにしてしまったら、目立つのでは…。
「まぁまぁ、落ち着いて」
「はらわたが煮えくり返るってこういう事だったのね…。あいつ…大したことないのに凄く偉そうでね…」
デポラはスヴェンのあまりに酷い態度にちょっと本気でやり返してしまったらしい。それ以上は思い出したくもないと教えてくれなかった。
食堂へ入ると、デポラのお怒り具合に気が付いた友人たちも集まってきて、一緒に食事をすることになった。事情を説明しているうちに自然にデポラの側から連れ出されたのだが、どうしたのだろう?
「エルヴィーラ様に、知っておいて欲しい事があります」何々どうした。
スヴェンは人によって態度を変える人間で、自分より格下と判断した人間に対する態度はいつも酷いそうだ。具体例を少し聞いただけでイライラする。
なるほど…。私とは違う路線の猫かぶりか。挨拶程度しかしたことは無いが、私は礼儀正しいスヴェンしか知らなかったし、大人たちの評判も良かった。
私やデポラが所属する一組は、令息ならベルンハルトの側近候補とも言えるし、令嬢はデポラを除く全員が婚約者候補なので、クラスの中では大人しくしているのだと言われた。
「今後もデポラには絡んで来る可能性が高いと思います」
さて、どうしたものか。ウテシュ伯爵家なら直接ハルン侯爵家に抗議をしても問題ないが、デポラは軽くやり返した程度にしている。それはイザベラの評判が、芋づるで悪くなるのを避けてあげたいのだと思う。
ハルン侯爵家がイザベラがベルンハルトの婚約者になることに執着していれば、もみ消される。もみ消されるのは構わないが、スヴェンに対しては対応して貰わないと困る。
抗議するなら私の方がいい。まずは情報収集と、ルーカス先生には報告して学院がどう対応してくれるかを見よう。
「教えてくれてありがとう。私が対応するから、スヴェンがやらかしたことを可能な限り具体的に書いたのをくれないかな?走り書きでいいから」
「わかりました」
デポラを守ることは勿論だが、他の人も嫌な思いをしなくて済むようにしたいと思った。
デポラの事は個別鍛錬で会うダーリンに任せよう。鍛練の前にルーカス先生に会いに行き、デポラが好きなマーサのお菓子もサラに差し入れておいた。
お兄様との鍛練が終わって部屋に戻ると、既に大量のメモが届いていた。皆腹が立っていたのだろうな。色々な筆跡の走り書きが集まっていた。早い。
翌日、スヴェンが予想外の行動に出た。突然デポラに話しかけてきたのだ。
「おい、名前を教えろ」
昨日の事を謝るわけでもなく、上から目線で偉そうだ。自分が話しかけてやっているのだから、デポラがそれに応えるのは当然といった態度だった。
デポラは聞こえないふりをしている。それは流石に無理があると思うよ、デポラ。
「名前を教えろと言っている!」
「エルヴィーラです!」
思い切って私が名乗ってみた。
「エルヴィーラの名前くらい知っている。奥にいる奴だ」
ダメだった。勝手に呼び捨てにすんな。気付けよ。鈍感ですか。名乗りたくないんだよ。嫌なんだよ。
「お断りします!」
「うるさい、エルヴィーラ」
スヴェンは言うのと同時に私に手を伸ばして来たが、その手をがっちりデポラが掴んでいた。まさかの暴力ですか?
「…ウテシュ伯爵家のデポラですが、何か御用ですか?」
「午後の鍛錬を二人でできるように予約を変更しておくから、六番に来い」
格下と練習してデポラに何の得があるんだ。そっちの見下し理論でいくなら、土下座して頼めよ。
「お断りします」
「何故だ!?」
本当にスヴェンが信じられないと言う顔をしているので、心底驚いた。何考えてんの?嫌だからに決まってる。でも流石のデポラもそこまでは言えない。
「デポラは私やイザーク様と予約をしています」
嘘だけど、私はともかくイザーク様には逆らえまい。四侯爵家で一番力を持っているし、イザーク様本人の影響力も強い。
「…だったら昼食を一緒にどうだ」
諦めないな。鈍感にも程があるだろう。
「私と約束していますので」
スヴェンが思いっきり睨んできた。絶対に同席は認めないぞ、この野郎!本当に態度悪いな。何様だ。
しばらく睨みあいは続いたが、スヴェンは立ち去った。
「さっきはありがとう、エル」
「いいよ、あれくらい。それにしても、どうせなら私が暴力を振るわれた方が早かったんじゃない?」
「それは流石に私が見逃せないわ。それに、さっきのは暴力とはちょっと言い難いレベルっぽかったし、エルのやられ損になるところだったと思うわ」
「あー、それは嫌かも。それにしても、なんなのあの態度!」
「息の根を止めておけば良かったかしら…ね…」
あぁぁぁぁぁ!デポラが怖い!
それからスヴェンのつきまといが始まった。休憩時間、昼食、午後の個別鍛練、全て私が邪魔している。いい加減諦めろ。
デポラがうっとおしさのあまり、「個別鍛練で恐怖を植え付けてやろうかしら…?」と言い出して、皆で必死になって止めた。スヴェンが切り刻まれる血まみれの未来しか見えなかった。
スヴェンの要求は無茶と言うには少し足りない。ただ性格が悪くて話したくないという理由だけでは、相手が侯爵家なので伯爵家のデポラは応じなければならない。居留守を使うわけにはいかなかった。
なので、同じ侯爵家の私が全面的に矢面に立つことにした。親友を守るためなら、最強の盾になってみせますとも!!
スヴェンはデポラが嫌でも要求を飲まなければならない、際どい所を攻めてきている気がする。本当に性格悪いな。そろそろ寮で面会を求めてくるのではと予想した。
デポラが私一人で対抗することを不安がるので、女子寮使用人全員を味方に引き込んだ。パーティー開いた仲だからな!任せなさい!
予めデポラとサラの荷物を空間収納へ放り込み、別館に移動して貰った。別館はお兄様によって要塞化されているし、スヴェンごときでは入れない。お兄様をなめるなよ。安心感が違う。
間もなくスヴェンは寮へ面会を求めてやって来るようになったが、使用人全面協力の元、寮での面会依頼は私たちに話が来ることもなく、全てシャットアウト。
理由は全て同じ。デポラが今私と会っていて、私がスヴェンの同席を拒否したことにした。
寮に来ても無駄だとわかるまでやるしかない。デポラから安息の地を奪うことは許さん!背後にイザーク様をちらつかせた同格の私に拒否されれば、序列を気にするらしいスヴェンは強硬手段には出られないとの判断だった。
デポラは渡さないぞ。それでも受付でごねた時は、イザベラが出てきて追い返してくれているらしい。
休憩時間も私がはっきりとわかるように邪魔をするようにした。
「おい、デポラ」
「デポラは私と話をしているのです。邪魔をしないで頂けますか」
これの一点張りで、デポラにスヴェンを無視しても良いように仕向けた。
休憩時間も話せず、面会依頼が拒否され続けるので、スヴェンは逆らえない子を捕まえて、女子寮談話室に出入りするようになった。いいかげんにしろ。
既にデポラは私の部屋で、一緒に食事をするようになっている。残念だったな。
あえて友人たちは積極的に談話室で過ごして、情報を集めてくれている。嫌な思いをするかもしれないのに、皆優しい。
絡まれたら、いつでも私の名前を出して良いと言っておいた。まずいことになった時は呼び出してくれたら駆けつけると、皆と通話機の魔力交換もした。
ある日、とんでもない情報が入ってきた。どこがデポラの部屋か、談話室でスヴェンが聞いて来たそうだ。その時に談話室にいたのはイザベラとルイーゼ。
イザベラとそのお友達は確実にデポラの部屋を知っているのに、知らないと言い続けてくれたそうだ。だったら調べろとスヴェンは言ったが、イザベラが正論で追い返した。
スヴェンは今度はルイーゼに聞いた。ルイーゼへの口調は丁寧だったらしいが、好みのタイプではなかったようで、ルイーゼはさっさとスヴェンを追い返した。
ルイーゼが追い返せば、派閥の令嬢もそれに従う。スヴェンは伯爵令嬢に直接話しかけることはなく、談話室を出て行ったそうだ。
次はフランツたち使用人から聞き出そうとしたが、親戚でも何でもない嫌がっている女性の居場所を男性に伝えるのは、使用人としてダメだ。
お金を握らせようともしたらしいが、靡くはずがない。皆私の味方だもん。
スヴェンはスーリヤには聞きに行かなかったが、スーリヤは巻き込まれないよう静観することに決め、友人に箝口令を出したそうだ。正しい判断だと思う。
他の令嬢も既にスヴェンを気持ち悪がっていたので、どの部屋かはバレていないと推測できた。まぁ、もしバレても中はもぬけの殻だけど。
私たちは相談して、このことをデポラに言わないことに決めた。だって気持ち悪すぎる。強硬手段に出られた場合、使用人の立場では止めきれない。それを狙っているように感じる。
残念ながらルーカス先生も、今の状態では表立ってスヴェンを止めることはできないそうだ。上流階級面倒くさいな!
魔法演習でデポラとスヴェンがペアにならないように裏で操作してもらった。




