卒業試験
今日はイザベラに情緒不安定なデポラを任せて、続きの間でディートリヒとお茶をしている。デポラとダーリンのことを説明した。
「ふーん。ダーリングさんの気持ちもわからなくはないけれど、デポラ嬢を悲しませるのは違う気がするね…」
「でしょう!?」
元々目指していたのを知っていたのに、今さら!?って思うしさぁ。
いざそうなってみたら、気持ちの整理がつかなかったのかもしれないけど、だからって。
「でも、男として全く分からないわけでもないんだよ。一緒にダンジョンに行っていて、デポラ嬢だけがSSランクになったってことは、自分より強いってことじゃないか。そうなると男として、もっと強くなりたいという気持ちもねぇ」
一緒に話を聞いていた、珈琲同好会の面々もわかるわぁって感じで頷いている。
「別に、男の人に対して求めるのって純粋な強さじゃないでしょう?もっとこう、…精神的な支えとかさ、困ったときに側で助けてくれるとか、友達とは違うさぁ…!」
珈琲同好会の面々が私の意見にもわかるわぁって感じで頷いている。どっちなんだ!
「そうだね。だけど男としては全てにおいて守りたい気持ちもあるんだよね…。天才に対しては、諦めも肝心だと思うけど。騎士だからこそ、余計にこだわっちゃうのかもね」
「納得がいかない」
勢いで両手でテーブルを叩いてみたが、ぺちっと音がしただけだったので少し冷静になれた。バン!とか音がなる気分だった。
「多分、ダーリングさんはそうしないと自分がもやもやしちゃうんだよ。ダーリングさんにとっては必要な時間で。デポラ嬢に追いつける、追いつけないは別としてね。追いつけるかどうかは、一番身近で見てきたダーリングさんが一番わかっているはずだからね」
「努力するなら、一緒に努力すればいいじゃない。なんで延期までして待たせるの?」
「うーん、心の整理も必要なんじゃないかな…」
「意味わかんない!側にいてくれる方がいいのに!」
「そうだね。僕もダーリングさんとは考え方が違うから、どういう気持ちかまではわからないかな」
確かに。ディートリヒを責めても仕方が無い。一般的な男性としての考えを教えてくれているだけだ。
ディートリヒに予想できるダーリンの気持ちについて解説して貰ったが、ダーリンの考え方はやっぱり理解できなかった。置いて行かなくても結婚してから一緒に修業してもいいと思う。
でも、結婚前なのが重要なんだと思うと言われたし、ますます理解できない。私とダーリンは相性が悪そうだ。きっと喧嘩になるし、何だったら私は…。いや、冷静に考えたら恋人いたことないから、どうするかはわからないな。
デポラはダーリンの気持ちが全くわからない訳でもないらしく、連日のウテシュ伯爵夫人からの通話もあって随分落ち着いて来た。
そんなこんなでバタバタしている間に、卒業試験当日になった。デポラも随分落ち着いて、「私がダーリンに王子様でいることを求め過ぎたのかもしれないわ…」って言っていたけれど、女の子がお姫様を望んで何が悪い!と私は思ったし、デポラにもそう言った。
デポラは「そうよね…?」と大変据わった目をした状態でいた時に呼ばれたので、そのまま実技試験の会場へ入っていった。戻ってきた時は、ちょっと顔がスッキリしていた。
私も怒りのままに数ある的を、あらゆる種類の魔法でぎったんぎったんにして、少しスッキリした。その後筆記試験を受けた。内容は魔法の基礎理論。問題なく終了した。
筆記と魔法実技の合計点で順位が発表されるのだが、私は首席で卒業となった。私、魔法の才能結構凄い?今まで目立たないように隠し続けて来ていたから、初めて自分の正当な順位を知った。
ちなみに二位がクリスで、三位がディートリヒ、四位がデポラだった。四人とも筆記試験は満点だった。デポラが四位なのは、今回の実技試験が純粋な魔法に対する評価であることと、身体強化の魔法が体術や剣術扱いになるので使えなかったからだと思う。
私はただただ驚かれただけだったが、クラスの令息たちがとても悔しがっていた。主にディートリヒに。それと普通そうなクリスに。
クリスによると、最初のクラス分けでも四位を取っていたらしい。当時の印象が薄すぎて、皆覚えていなかったようだ。
そもそも辺境伯令息なのだから実力が高くて当然なのに、そのことについても皆忘れがちだ。クリスとディートリヒは冬休みにエーリヒに教えて貰えたお陰だと喜び合っていた。
*
先に専門学院の卒業式があったので、バルナバスさんにお花を渡そうと探していたら、何故かバルナバスさんが特大の薔薇の花束をスーちゃんに渡しているのを目撃した。
おかしくない?スーちゃんが微妙な顔をしていたので、雲行きの怪しさを感じた。後で詳しく聞こう。
専門学院の敷地に入ったついでに、卒業式の後はデポラと一緒に専門学院の女子寮専属使用人と会うことになっていた。専門学院では普通にルイーゼの休学で部屋が空いているので、本館に入寮するつもりだった。
けれど、私とデポラが急遽四年間コースを選んだ為に、私たちが四年生になる時に女子寮の部屋が足りなくなったのだ。
学院側としては、私たちが二年間で卒業する計算で令嬢の人数を調整していたのだ。中央の魔法学院に入学できれば、中央の専門学院を卒業できる可能性が上がる。それだけで縁談が有利になるので、できるだけ多くの令嬢を入学させてあげたい学院側の配慮だった。
私たちのせいで大混乱中みたいだけど。
基本別館は利用しない方向性で調整されていたので、そこに一人は入寮できる。もう一人は私たちが四年生になるまでに、もう一つ別館を建設するとの事だった。随分とお金のかかる迷惑をかけてしまった。
きっと寄付という名の建設費用に関係する話をされるはずなので、フランツに付き添いを頼んだ。もうすぐ正式にノルン侯爵家の使用人になるし、そういうことにも詳しいらしいので助かる。
合流した女子寮専属使用人コンラートに、取り敢えず別館を案内して貰うことになったのだが、広すぎる屋敷に到着した。
「えっ?これが別館…?」
私とデポラは唖然としてしまった。まず、エントランスが広くて、本館のミニチュア版のような作りになっている。それだけでも広いのに二階建てだ。
二階には壁に沿って大きなクローゼットがどーん!寝室どーん!寝室に繋がっている居間もどーん!立派な厨房に豪華な食事室と浴室。浴室は温泉施設かと思うような浴槽に脱衣所、マッサージ部屋まであった。
一階は広いエントランスに大階段、使用人部屋が六つに使用人用の簡易厨房、食事室、浴室、応接室がどどどーん!という状況だった。
コンラートに説明を求めると言いにくそうにしていたので、フランツに目線を送ると応えてくれた。
「以前に魔法学院の別館は急遽建設したと言うお話はさせて頂きましたが、同じ方が専門学院へ進学した時の為に、こちらは三年かけて建設いたしました」
「…一人でしょう?広すぎない?」
「多額の寄付も頂き、ご要望にお応えした結果です」
なるほど?
「ねぇ、デポラ…?」
そっとデポラの腕に手を伸ばした。
「えぇ、多分同じことを考えているんじゃないかしら」デポラも私の手に手を添えてくれて、見つめ合った。うん。そうだよね。
デポラと私は二人でこの別館を利用することに決めた。今の別館の倍以上の広さがあるし、フランツが増えることを考えても使用人は四人。
大きな寝室、居間、クローゼットには魔法で簡易の壁を作って防音魔法を施せば、部屋を分割しても問題ない。
そもそも二人ともあまり衣裳や宝飾類を学院へは持ち込んでいないので、クローゼットはがらがらになると思う。
コンラートは私たちの申し出にかなり慌てていたが、フランツがこのお二人が問題を起こすなどあり得ませんなどと説明して落ち着かせてくれた。無駄なお金を使って別館を建てたりする必要が無くなって良かった。
早速コンラートにはメジャーを持って来てもらって、フランツにはノーラとサラを連れて来てもらい、詳細を決めた。
大きな寝室、居間、クローゼットを半分ずつに分けて壁を作った。私が持っていた魔石で壁を固定して、防音魔法もかけて…。
厨房や食事室は共用で問題ないが、浴室は今回男性のフランツもいるので、無駄に広い浴室を区切って、浴槽を追加で用意して分割した。
二階は主に女性用、一階の浴室はフランツ専用にした。そこはいずれノーラも使うだろう。夫婦専用浴室だ。
コンラートが退室してからは、転移魔法も創っておいた。これで部屋を二つに区切ったことで直接出入りできなくなった部屋の問題も解決できる。
誰にも気兼ねなく、好き勝手に使えそうな別館になった。これを建てた人に言いたい。こんなに広い屋敷に一人で何をしていたの…?と。
楽しくなる予感しかしないこれからを、皆と一緒に楽しむぞー!




