展開が早すぎる
自分の気持ちはわかった。私はディーが好き。しかしどうしよう。相手はベルンハルトの側近候補でもあったガロン侯爵家嫡男だ。
婚約者候補は実は候補じゃなくて、断っていたのは聞いているからまだ時間の余裕はあると思いたい。自覚したばかりだし、時間が欲しい。
私の魔力量なら、ベルンハルトの婚約者候補を辞退した時に、一応候補くらいには入っているはず。だとしても、問題はベルンハルトの今後の動向かも。
貴族同士だと基本的には結婚を前提としたお付き合いになるので、お付き合いするなら婚約を。婚約したなら結婚を、となる。
その為、本人同士の合意だけでなく家を通して書面で契約を交わすのが一般的だ。
デポラみたいにかなり早い段階で結んだ婚約内定とは契約内容と異なり、お互いに十八歳以上になって結んだ正式な婚約の場合は、色々と具体的な金額も記載されていることが多い。
それは正式な婚約を交わした後に、結婚についても具体的に話を進めていって、直ぐにお金が動くからだ。
ディーといずれは結婚すると考えた場合、ディーの性格的に専門学院在学中に結婚するとは思えないので、婚約期間は最短で四年。
それまでにベルンハルトの催眠術?が解けるなり何なりして公務に復帰すれば、ディーがそのまま側近になる可能性がある。
側近でなくても王城勤めはするだろうし、そうすると王家主催のパーティーなどには一緒に出席しなければディーの評判に関わる。
自分を殺そうとした人間と関わることになって微妙。友人として個人的に会うとかは、私の知らないところでやってくれるなら大丈夫そう。
いや、そもそもディーからの好意を感じてはいるけれど、お互いの気持ちを確かめ合った訳でもなし、ディーが恋愛感情かもわからない。
その状態で勝手に結婚した後のことを考えているってどうよ。
いやだけど、侯爵家嫡男だし、結婚後のことは重要になる。私はこれから先考えられるストレスとか問題ごとと、ディー個人に対する好意を秤にかけないといけない状況だ。
いけると思って後で無理になって、ディーの足を引っ張ることになるのは嫌だし、長年努力して得ている地位を捨てさせるのも嫌。これは、かなり大きな問題では…。
お母様に将来の不安として、ディーのことは話さずにベルンハルトのことを相談したら、心配する必要はないと教えてくれた。
怪しげな術が完全に解けたと確信できる要素が今の所ないことと、周囲からの信頼度、最近起こしていた醜聞。
良くて王家直轄領を拝領して監視付きで領主として過ごすことになる予定。その場合、行動も制限され王都へ出てくることも滅多にないとの事。
もしくは、生活費は陛下と王妃陛下の個人資産から出して、何処かで静かに暮らすことになる。
ベルンハルトも被害者になるので、その辺は考慮されて、本人の努力次第で普通の幸せを手に入れることは可能だろうということだった。
拝領するなら領民の為にも学院への復帰が必須になるが、それも監視付き。それもまだまだ先のことになるらしい。
よし、ディーと結婚しても強制的に会うことは避けられそう。だけど、ディーがベルンハルトを大切に思っていて、積極的に関わろうとするなら話が変わってくるな…。
何日ももやもや悩んでいたら、お兄様の執務室に呼ばれた。執務室にはお母様もいて、どうしたんだろうと思っていたら、釣書らしきをお兄様から受け取った。
お兄様が凄く不服そうなのに対して、お母様はにこにこしていて、良い相手なのか悪い相手なのかわかりにくい。お母様が笑っていると言う事はいい相手なんだと思う。
だがしかしけれど、だ。ディーが好きだと自覚したばかりのこのタイミングとか。何とも複雑な思いで釣書を開いたら…。
ディーだった。二度見したけどディーだった。
「エルちゃんには内緒でね、ディートリヒくんは随分前からエルちゃんと婚約したいって言って、根回ししてたのよ。エルちゃんの気持ちも追いついて来たみたいだし、どうかしら?」
根回し!?いつの間に!?
「もうね、ゲルン卿にもウテシュ伯爵夫妻にも、ついでに北の辺境伯夫妻にまで根回し済みなのよ。わかりやす過ぎて、陛下も王妃陛下もディートリヒくんのお気持ちはご存知よ」
なんですとーーーーー!!
「釣書も、エルの気持ちが落ち着くまで渡さずに預かって欲しいと言われていた。本当に不本意だったんだけどね、他にいい男がいる訳でもなし、エルを支えていたのも知っているし…」
初めて聞くことばかりでびっくりした。
「この間の相談、ディートリヒくんのことを考えてでしょう?お母様はいい縁談だと思うわ」
お兄様がますます険しい顔をした。
「もう連絡してあるから、明日ディートリヒくんに会って話してみなさい。クロムにも連絡しているから」
「えっ、ちょっと、心の準備とか…」
「エルちゃん、勢いのまま、ね?恥ずかしがっていたら、話が進まないから」
ああうー。翌日、お母様の勢いに流されるままタウンハウスへ来てしまった。クロムをチラ見したけれど、いつも通り。
付き添いで来てくれたノーラもいつも通り。オタオタしているのは私だけか。
ディートリヒは既に到着していて、応接室で待っているそうだ。クロムがサクサク応接室まで先導して、ディートリヒに声をかけてしまった。
逃げられない!!いや、逃げちゃダメ!クロムが開けた扉に、ノーラに力強く押し出された。
ちょっと、ノーラーーーー!!ディートリヒと目が合わせられない!
「申し訳ございません。数日前にご自分の気持ちを自覚したばかりで、恥ずかしいようです。お茶をご用意しますので、ご自由にどうぞ」
何もかも言っちゃうノーラ。憎いけど有難い!ご自由にどうぞって何!?
ノーラが奥の部屋へ行ってしまい、クロムはとっくにいない!どうすれば…。
ディーの気配が近付いて来るが、そっちは向けないのでそそっと遠ざかる。
が、そーっと包み込もうとされているのがわかった。ここは踏ん張ってでも抵抗しない。だってさぁ、恥ずかしいけれど、やっぱり安心する。
今回はドキドキもする…。こそばゆい。
しばらくそのまま。段々落ち着いて来た、気がする。顔は見れないままだけれど、促されてソファに座った。タイミング良くノーラがお茶を出してくれたので、飲む。
後でノーラに、この時は見ている方が恥ずかしかったと言われた。
「元気?」
「うん。そっちこそお手伝い大変じゃないの?」
「まぁ、雑用係だけど、大変ではないよ」
「そう」
「じゃあ、本題に入ろうか。まず、僕は側近は勿論、王城勤めをする気はない。社交も王都もシーズンだけで充分だ。領地で充分収入はあるし、不自由な生活をさせるつもりは無いよ」
おぉ、いきなり問題解決!?
この時ノーラは、条件から入るなんて最低と思っていたそうだ。いやいや重要でしょ、と反論したら、両思いでそれはないと言われた。
「仕事の合間に一緒に旅行にいったりはしたいけれど、基本は領地に引きこもり生活が僕の理想です。こんな僕でよかったら、婚約して貰えませんか」
気が付いたら頷いていた。
後でノーラが、そこは結婚って言えよ!とツッコミそうだったと言っていた。
でも、たぶん。私たちにはこれくらいで丁度いい。ゆっくりでいい。
別れ際に、「これからも一緒にいてね」と言われて、顔に熱が集まった。幸せ、だ…。
その後はトントン拍子に進んだ。両家で会って細かい契約について話をし、その日の内に婚約。
結婚はディートリヒが専門学院を卒業してからになった。
早速デポラに報告しようと通話したら、逆に報告された。
「エル聞いて!ランクがSSに上がったわ!!」
何と!!
「おめでとう!デポラ!」
「ありがとう!!エルのお陰よ」
デポラの努力のお陰だと思う。デポラは南の辺境伯付近にある、国で一番難易度が高いダンジョンの最下層まで潜ってひたすら鍛錬していると聞いていた。
SSランクに足りていなかった魔力操作と身体能力が、一緒に北の辺境伯に行っていた時に訓練した魔法でクリアできたそうだ。
更にセレモニー前くらいから特にコタローと一緒にいたことで、魔力量も上がっていた。良かった良かった。
帰りにはちょっと迂回になるけれど、ノルン侯爵領を通ってウテシュ伯爵領へ帰ると聞いて、張り切ってパーティーの用意をした。




