激辛同好会 再び
これで後一週間は遊べると陛下も王妃陛下もほくほく顔だった。一人王城に残された宰相が泣いていると思う。陛下はこちらが心配になる程はしゃいでいた。
「何も言わないであげて」と王妃陛下は言った。
ここに来る前に国王として、王弟の処刑命令書に署名をしてきたそうだ。色々あったとは思うが、陛下にとって王弟は確かに弟だったと言うことだろう。
強い決意と信念を持って国王の立場にいる陛下は、王妃陛下にさえこの件に関しては弱音をはかないそうだ。
表向きヴェルナー様の手助けや、エルのことを理由にして宰相を説得したのだろうけれど、本当の理由は、陛下の為なのだろう。
何かを察したのか、エルがあの激辛串焼きを買ってきて陛下に差し出した。
「辛いから、沢山涙が出ますよ。お一人で食べることをお勧めします」
陛下はしばらく考えた後、「ありがとう。早速食べてみるよ」と言って部屋に閉じ籠り、しばらく出てこなかった。
出てきた陛下の目と鼻は真っ赤だったが、顔はとてもすっきりしていた。泣いていたのは明らかだったが、それらは全て激辛串焼きのせいになった。
泣いてもいい理由を見つけてあげるという簡単な方法に、僕や王妃陛下は気が付かなかった。陛下に近しい人間として、二人で猛省した。
その後しばらくして陛下はお腹が痛くなり、カリーナ様とエルに助けを求めて笑い話となった。
ヴェルナー様はゲルン卿とお勉強タイム、イザベラ嬢はゲルン侯爵夫人と一緒にいて、クリストフルとフラウはエーリヒに指導を仰ぎに行き、ハルトもそこについて行った。
王妃陛下とカリーナ様、僕とエル、護衛にツェーザルとラヒームを連れて町へ散策に出ることになった。
王妃陛下も激辛串焼きを食べてみたいとのことだった。王妃陛下は辛い物が大好きだが、陛下は嫌がった。
まぁ、実際の所は、嫌な奴等から訪問したいと先触れがあり、今日まとめて退治するので、念の為に残ってくれたのだ。カリーナ様には内緒だ。
「アンさーん!例の串焼きを下さいな!」カリーナ様がお上品に激辛同好会会長を呼び出した。思い出しただけで口の中が痛くなる。
「あら、お揃いで」出て来て全員を見渡すとアンさんはエルを引っ張って店の奥に行ったが、声が大きいので丸聞こえだった。
「この間のイケメンがまた来てるじゃない!婚約でもしたのかい!?」
「……」
エルの返事は聞こえなかったが、王妃陛下とカリーナ様からは生温かい視線を頂戴した。戻ってきたアンさんに注文を聞かれ、王妃陛下は「例のものを食べたいの」とウキウキした調子で言った。
「お姉さん、王妃様に似て美人だねぇ。無理なら遠慮なくこっちの陰で吐き出すんだよ」
そう言って差し出された串焼きを、王妃陛下は躊躇いなく頬張った。小物より、アンさんの方が鋭い。
「美味しいわ!辛さの中に旨味があって、配合を知りたいくらいだわ!」
王妃陛下が満面の笑顔で頬張っているのを見て、口の中が痛くないのか不思議だった。
「おっ、姉さんはいける口かい?同好会で研究を重ねて編み出したレシピなんだ。同好会に入会してくれないと、教えることはできないよ」
「入会するわ!」王妃陛下なのに即決だった。
会費やらの説明の後、会報を届けるために必要だからと名前と住所を聞いたアンさんは慌てふためいた。
「えっ!?クレメンティーネ・フェルステル?住所が王城??似てると思ったけど…、えっ!?」固まって動かなくなってしまったので、カリーナ様とエルが畳みかけた。
「お忍びでいらしてるの。内緒にしてね」
「凄い会員を勧誘できて良かったね!」
「あわわわわ…」
復帰できる様子が無かったので、ラヒームが残って対応することになった。僕たちはそのまま別のアンさんのお店で昼食を頂くことになった。
途中で通話がかかってきたので席を外して出ると、ゲルン卿からだった。
「害虫退治は終わったぞ。帰る時に鉢合わせしないように、もうしばらくカリーナを留めておいてくれ」
「わかりました」
随分早いなとは思ったけれど、無事に退治できて良かった。昼食後はラヒームと合流してからお茶をして、屋敷へ戻った。
ラヒームはちゃっかりアンさん(串焼きの方)に昼食をご馳走して貰っていた。
夜まで待って、ヴェルナー様にエルと一緒に詳細を教えて貰った。
一組目の訪問客はヴェルナー様たちの父方の祖父母。彼らは結婚式の時にしか顔を出さなかった癖に、ヴェルナー様の後見人になると言い出したそうだ。想定の範囲内。
ゲルン卿を直ぐに紹介して、「後見人は私の予定だが、何か?」と言ったが、祖父母である自分たちに権利があると騒いだので、面倒になった陛下が介入して、「私が決めたことだが、何か?」と言って直ぐに片付いたそうだ。
陛下がいることにとても驚いていたが、そこは元侯爵。大方利益を自分たちに多く回る様に仕向けたかっただけなのだろう。
最後まで自分の息子の話や、今まで放置していたことには触れなかったが、陛下にヴェルナー様の素晴らしさを語って媚を売ったそうだ。
会ったこともない癖に聞いて呆れる。
苛立った陛下立会いの下、生活費は今までと同額出すが、今後一切関わらないという念書を書かされていた。
二組目はカリーナ様の実家を継いだ、異母弟。彼はお金の無心に来るつもりだったようだが、路銀が足りないと何故か今日、タウンハウスへやって来たそうだ。
騒いだ為にクロムの手によって騎士へ引き渡され、今は王城で取り調べを受けているという。
こちらに到着さえしなかった。それは早く終わって当然だなと思った。
カリーナ様の生い立ちについては調べたことがないのでよく知らなかったが、エルやヴェルナー様にもカリーナ様は詳しく話さないらしい。
二人が調べたところによると、真面目だった父親がギャンブルに嵌り、日々の食事に困窮する程までに陥ったそうだ。
しっかり者の母親は、窮状を義父母に相談して、妹と一緒に祖父母に預けられて育った。
自分たちの老後の資金を削ってまで学院に行かせてくれたり、そちらではお金に困ることなくとても大切に育てられたようだった。
母親は最後まで父親を更生させるべく努力していたそうだが、浮気相手との間に子どもが出来て結婚を迫られていると相談されて、見切ったそうだ。
カリーナ様たちの今後の縁談に支障が出ないようにと、自分は死んだことにして平民になったが、今は再婚もして幸せに暮らしているそうだ。
父親は浮気相手の裕福な商家の娘と再婚し、息子と娘を授かった。
借金は再婚相手の実家である商家が全て支払って帳消しにしてくれたが、なかなかギャンブルを止めることができずに、また借金まみれ。
そこに目をつけたノルン卿がカリーナ様との婚約話を持ち掛けた。多額の借金に困っていた義母は当然その話を受けた。
カリーナ様にも祖父母の今後の生活資金と、妹の結婚資金をチラつかせたと考えられる。
その後、父親はようやく心を入れ替えて真面目に働きだしたのだが、子どもたちをどうしようもない人間に育て上げてしまったらしい。
学院で問題ばかり起こす二人に悩み、またギャンブルに手を出した。
再婚相手もこの頃に家を出て行ってしまい、ますますギャンブルにのめり込み、借金が膨らんで立ち行かなくなったので、嫡男に家督を譲って蒸発したそうだ。
異母弟妹は領地収入で遊び惚けて借金を作り、異母妹は商家の男と結婚、異母弟は父方の祖父母や母方の祖父母にたかったが相手にされず、ノルン卿にたかるも手酷く追い返され、元妻の両親やカリーナ様の妹にまでお金の無心に行くようなクズだった。
エルもヴェルナー様も、「今までお母様はもう充分に頑張ったから、知る必要はない」と言っていた。その通りだと思う。
カリーナ様なら知っているのではないかとも思うが、本人が言わないのならそのままでいいと思う。母親の実家は今でも裕福なのに、会ったこともない義姉が義理立てする必要もない。
しばらくして、異母弟が引き継いだバーテン伯爵家の領地は国に返還された。彼は領主不適格として、借金返済のために労働しているらしい。
その後は来客もなく、陛下と王妃陛下は思いきり羽を伸ばした。
陛下はエルを連れてマックの店に行っては珈琲を楽しみ、王妃陛下は激辛同好会会長アンさんと激辛について熱く語り合っていた。
陛下がエルを可愛がり過ぎてなかなか二人になれなかったが、一週間限定なので諦めることにした。陛下と王妃陛下は、やることはやって、休暇も楽しんで明日、帰るはずだった。
「ディーも私たちと一緒に帰りましょうね?」
「えっ…?いえ、冬休みはこちらで「帰りましょうね」」
何故だ…。
「ディーとエルちゃんは、毎日朝から晩まで一緒にいるでしょう?二人でいることが自然過ぎるの。時には離れることも必要なのよ」
エーリヒとの訓練も中途半端だったし納得は出来なかったが、強引にハルトと一緒に王城へ来てしまった。
陛下に王妃陛下、ゲルン卿がいなくて泣いていた宰相に捕まって、色々と手伝いをさせられてしまっている。周囲からの次期宰相?の視線が痛い。断じて違う。
ハルトはレオンと一緒にいる。詳細を聞いて落ち込んでしまったレオンをハルトが慰めているらしい。本当の理由はこれだったのではと思いつつ、忙しくしている。
機密情報とかあるしね!と通話機も取り上げられてしまい、納得がいかない。宰相が学生の僕に、うっかりでも見せる訳がない。完全なる雑用係だ。




