突然の訪問者
お昼にディートリヒと二人でお茶をしていたら、ディートリヒに通話がかかってきたのでゲルン卿と二人になった。
ゲルン卿はいつもいる訳じゃない。気が付いたらいるのは…ディートリヒと一緒にいる時の様な気がする。前も肩に指をめり込ませていたし、二人には何かあるのかな?
「えっ、それはまずくないですか!?」
ディートリヒが大きな声を出して慌てている。どうしたんだろ?ゲルン卿も興味を惹かれているようだ。
「と、とりあえず、ゲルン卿がいらっしゃるので代わります」
「なんだ、どうした?」
ゲルン卿が怪訝そうな顔をしながらも、通話機を受け取ろうと手を伸ばした。ディートリヒに対しても、普通に面倒見はいいんだよね…。
「王妃陛下が、エルの転移魔法で陛下と一緒にこちらに来たいと言い出していまして…」
「えっ!?」
思わず声が出てしまったので、慌てて口を手で塞いだ。向こうには聞こえていないといいな。
ゲルン卿が話し出したので、小声でディートリヒに尋ねた。
「どうしてそうなったの!?」
「陛下の情報網でも、カ?何だっけ?名前忘れた。とにかく、エルの従兄がこちらに向かっていて、夜にもこちらに着くのを掴んでいたんだ。それを気にしてくれているのと、発表を終えて情報収集もひと段落したし、ベルンの方も大丈夫だから息抜きがてらお忍びで数日滞在したいって言い出したんだよ」
何たること。
「何で転移魔法のことが知られているの!?」
「会場にいないはずの人間がいたんだから、説明するしかないでしょうが」
「えー、王家お抱えの魔法師とかになるの、嫌なんですけど!」
「そこはゲルン卿たちが絶対にさせないって言ってくれているし、陛下と王妃陛下も分かってくれているから大丈夫。公表されることもないよ」
「よ、良かったー」
「まぁ、何かの時に協力は要請されるかも知れないけど…」
ううん、面倒そうだけど、それくらいなら仕方が無いか…。
「引っ付き過ぎだーーー!」
ゲルン卿の大きな声が耳元で響いたので、くわんくわんしている間に強い力で引き離された。驚いている間に強引に通話機を渡された。
相手は王妃陛下なのだから、取り敢えず出ないとまずいと判断した。
「つ、通話代わりました。エルヴィーラです。お久し振りです」
「エルちゃん?久し振りね。ゲルン卿の許可は貰えたから、よろしくね。準備はどうしたらいいのかしら?」
助けが欲しくて二人を見たら、何やら言い争いをしていてこちらを向いてもいなかった。酷い。
「ええっと、荷物は誰かの空間収納に入れて貰えた方が助かります。物は魔力を追いにくいので」
「うんうん、それで?」
「通話機の魔力を辿って王妃陛下の近くに転移魔法を発動させますから、魔法が使える場所に移動して下さい」
「あら、わかったわ。荷物の用意はもうしてあるから、私と陛下と護衛二人くらいならいけるかしら?」
「人数は何人でも大丈夫ですよ。使用人も連れて来て頂いた方が…。一人ずつ転移になるので、時間はかかりますけど」
「わかったわ。移動出来たらまたディーに連絡するわね」
通話が切れた。脱力して二人を見ると、まだ小声で言い争っていた。
「どうすんのよー!!」
言い争いをして私を放置したゲルン卿とディートリヒにお説教をしてから、お母様の元へ駆け込んで状況を説明した。
「まぁ、大変」
もっと大変そうに反応して欲しい。お母様と一緒にいたイザベラなんて、元々大きな瞳が零れ落ちそうになっているのに。
「部屋の準備と食事の追加ね。何人で来られるのかしら?」
「あっ、聞いてない!」
「あらあら、困ったわねぇ。取り敢えず、陛下と王妃陛下のお部屋の用意からしておきましょうかねぇ。後、時間稼ぎに応接室にお茶とお菓子の用意をして…。メイン食材は足りるかしら?」
お母様は超冷静だった。
「イザベラちゃん、ごめんね。ちょっと行って来るわ」
私とまだ驚いているイザベラを置いて、部屋から出て行ってしまった。
「カリーナ様って、本当に素敵だわ」
イザベラがキラキラした目に頬を染めて言ってくれた。
「あ、うん。そうだね。ありがとう」
褒められると嬉しい。イザベラのキラキラ顔の破壊力も凄い。
しばらくにやにやしてしまったが、我に返って何か手伝えることがあればと思ってお母様の後を追っていたら、ディートリヒが私を呼んでいる声が聞こえた。
声のした方へ走っていくと、ディーも走りながら私を探していた。
「ディー?もしかして?」
「その通り。もう準備ができたって通話が来てる」
早過ぎる!お母様にどの応接室を使うのか確認して、応接室で転移魔法を使うことにした。
誰かと二人きりになるのは嫌だったので、ディートリヒを引っ張っていった私は、本当にいい判断をしたと思う。
一人目に転移して来たのは陛下だった。お忍び用に割と簡素な服を着ているけれど、一目見てわかった。驚きに固まっている私に対して、陛下はお茶目な笑顔で言ってのけた。
「ごめんね、エルヴィーラ嬢。楽しくなっちゃって、一番に来ちゃった」
やめてぇぇぇぇぇ。早く次を呼ばなくちゃ!陛下の相手をディートリヒに押し付けて転移魔法を発動したら、次に到着したのは護衛だった。これでちょっと安心できる。
「陛下、いくらテンションが上がったからって、一番はないです。何かあったらどうするのですか。陛下が死ぬのは自己責任としても、こちらのお家に迷惑がかかるでしょう?」
何か思ってたんと違うキャラの人が来た。何か安心できない。
「あはは。この家の防護魔法を感知してみろ、相当の使い手でないとどうにもならないぞ」
「来るまで知らなかったでしょうが」
「そこは、ほれ、次には来てくれると信じていたしぃ」
陛下のお忍びも初めてで、思ってたんと違うキャラだった。その後は半泣きで全員を転移させた。陛下、王妃陛下、護衛が四人、使用人も四人来た。
早く人数をお母様に知らせなくちゃ!慌てて部屋を出た私は、ディートリヒのことを完全に忘れていた。
*
「あらあら。挨拶したり席を勧めてくれたりする所は所作も含めて流石だけれど、エルちゃん焦っちゃって可愛いわね」
慣れ親しんだ我が家の様に、陛下と王妃陛下はすっかりソファで寛いでいた。護衛も使用人も無言でその背後に控えている。
「ディーを置いて行っちゃったな」
陛下の一言は余計な気がする。
「一番に陛下が来たりするから、慌てたんでしょうね」
不敬だけれど陛下を睨んでおいた。王妃陛下と仲が良い関係で、陛下とも仲が良いので許される範囲だ。
本当に一番に来るなんて、どうかしている。何かあったらエルの責任が問われるじゃないか。
一方的にピリピリした空気を醸し出していたら、カリーナ様がノーラと共にお茶とお菓子を持って来てくれて、僕の分まで用意されてしまった。
時間稼ぎとこの場をカリーナ様に任されてしまったようだ。まぁ、仕方が無い。
ヴェルナー様がイザベラ嬢を伴って挨拶に来た。イザベラ嬢はもちろん、ヴェルナー様は普段のシスコンぶりを全く感じないさすがの対応だった。
ヴェルナー様は今回の書面などについてお礼を述べたりしつつ、そつなく二人と会話をしている。
少し遅れて挨拶に来たクリストフルは、必死に気配を消そうとしているので、笑いそうになってしまった。
辺境伯ならここはぐいぐい行くべき所だが、陛下はそういう人を面倒だと思う人なので、これくらいで丁度いいかもしれない。
ゲルン侯爵夫妻とハルトもやって来て、ようやくこの場が落ち着いた。
マーサに呼ばれた使用人が部屋に荷物を置きに行ったり色々している間に、夕食の時間になった。食堂でやっと再会したエルは、申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめん、ディーのこと忘れてた」
はっきり忘れていたと言われて、混乱していたせいだと自分で自分に言い訳するも、地味にショックだった。




