侯爵令嬢はうっかり魔王を降臨させる
今日は魔法演習だ。前日の座学を踏まえてペアになってお互いに魔法を打ち合う。
生徒が怪我をしないように、魔法師が防護魔法を施した腕輪が配布される。
騎士団所属の魔法師には、国中から優秀な人が集められていて、私に魔法を教えてくれた先生も今はそこに所属している。
私も受け取ろうとしたが、お兄様特製の防護魔法が施されたブレスレットをしていた為に、そちらの方が強力だからいらないよねってルーカス先生に言われた。
お兄様、魔法師提供の品より強力って何ですか。気合いの差ですか。
ペアはくじ引きで決めると言われたが、ベルンハルトの魔法は強力なので、ルーカス先生が直々にペアになるという。
何気なく引いたらディートリヒとだった。何でや。こんな縁いらない。
デポラは声を出さないように、肩を振るわせて笑っている。一部令嬢からの嫉妬のまなざしも辛い。
それぞれに距離を空けて演習開始となった。開始と同時に、ベルンハルトが強力な火魔法を放った。おぉ、威力凄いな。生徒達もみんな注目している。
でも、ルーカス先生とじゃないとダメな程ではない気がする。ペアで揉めるのを避けるために、事前に根回ししたのかな。
「そろそろ僕たちも始めようか」
ディートリヒは見慣れているのか、反応が薄かった。
「お先にどうぞ。お兄様特製の防護ブレスレットをしているので、遠慮はいりませんよ」
「そう?じゃあ、いくよ」
本当に容赦のない水魔法来たな。結構な勢いで水の塊を飛ばしてきた。大きさもあるし、密度もしっかりしている。無防備に受け止めたら、勢いで吹っ飛ぶだろう。
クラス分けの順位で考えると、炎で相殺しつつ踏ん張るふりをして、ちょっと水魔法の勢いに負けて転ぶくらいにしよう。
そう思って良い感じに転べるようにしつつ、後退りながら魔法を発動しようとしたら、何かに躓いた。体勢が崩れる。あ、これだめだ、本気でこける。
「エルヴィーラ嬢!?」
驚いているディートリヒの声が聞こえた瞬間、ブレスレットの防護魔法が発動してまさかの全反射をした。
私は柔らかな何かに包まれて、倒れたのに何のダメージもなかったが、起き上がるとディートリヒが吹っ飛んでいた。それも、すっっごく遠くまで。
お兄様ぁぁぁぁぁ、いつの間に私まで要塞化していたのですかぁぁぁぁぁ。威力ましましで反射ってなんですかぁぁぁぁ。
幸いディートリヒに怪我はなかったのだが、気を失っていた。あれだけ吹っ飛んだのだから、当然だと思う。
むしろ怪我がなくて凄い。防護魔法の効果もあると思うが、運動神経もいいんですね。怪我がなくて本当に良かった。
演習は一時中断されて大騒ぎになった。一応ルーカス先生が自分の判断ミスでこの事故の責任は自分にあると説明してくれたが、騒ぎは収まらなかった。非常に申し訳ない。
完全に私の責任だと思うので、医務室へ付き添います。
医務室の先生にも気を失っているだけだから、そのうち目が覚めるよと優しく言われた。
それでも何かあったらと恐ろしすぎて、目が覚めるまで側にいますと半泣きで言った。
侯爵令息、侯爵令嬢に防護魔法で殺される…。ダメ、絶対。早く目覚めて下さい。怖いけれど早く自分の言葉で平気だと言ってくれ。お願いだから。
しばらくすると、ちょっと気分が落ち着いてきた。…寝顔の方がイケメンですね。
ただの無表情だけれど、貼り付いた笑顔がない分イケメンに見える。
何と言うか、目を覚ましたら怖い感じが、封印されている魔王のイメージにぴったりです。
物語でしか読んだことないけど。目覚めたら私が魔王を復活させた、一番最初に殺される悪人になってしまうのだろうけど。
ディートリヒの使用人が二人駆けつけたので、お詫びをした。説明は医務室の先生からしてくれた。主の無事を知ってほっとしたようだ。色々言われるかと思ったら、何も言われなかった。
使用人の態度で主の態度がだいたいわかる。ぬか喜びかもしれないが、少し気分が落ち着いた。
授業終了と同時に、真っ先にデポラが顔を出してくれた。残っていたディートリヒの使用人にも勧められたので、一旦医務室を出て昼食を食べに食堂へ向かった。
早く目覚めた方がいいに決まっているが、私がいない間は目覚めるのを待っていて欲しい。
単に私の願望だけれど、目が覚めた時にいるのといないのでは、印象がかなり違うのではないかと思ったのだ。
食堂へ入ると、周囲からの視線が痛い。すっかり話が広まっているようだ。特にディートリヒファンと思われる人たち。結構いたんですね。
デポラはお友達の令嬢を集めて、私を周囲から守ってくれた。
「デポラ、どうしよう。小姑が魔王に進化するかもしれないよぅ」
思わずデポラに縋ってしまった。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと食べなさいよ。目が覚めたら魔王だろうと何だろうと土下座して謝りな!!」
その通りです。デポラの友達が皆優しくしてくれて、すごーく慰めてくれた。デポラも優しいけれど、デポラの友達も皆優しくていい人ばかり。
デポラの人脈に感心しつつ、魔王相手にも頑張れるような気分になってきた。
腐っても侯爵令嬢なので、直接何かを言われることはなかったが、最後まで周囲からの視線が痛かった。
午後からのお兄様との個別鍛錬は、事情を説明して断った。お兄様は心配して医務室に来ると言ったが、それもお断りした。
防護魔法の効果も聞かずに、あのブレスレットをつけていたのは私の怠慢だ。
あそこまで要塞化していたことにはちょっと言いたいこともあるが、元々は私の心配をして付与したものだから、お兄様が謝るのもおかしい。
魔王が激怒したら侯爵家としてお詫びをするべきで、現当主はお兄様ではなく父だ。
入れ替わったディートリヒの使用人と一緒に、デポラが差し入れてくれた本を読みながら、魔王が目覚めるのを待った。
十八時過ぎくらいから、ディートリヒの使用人が居眠りを始めたのでそっとしておいた。医務室にあった毛布を掛けてあげる。
私は魔王が目覚め次第、スライディング土下座の予定なのでそのまま寝ていて欲しい。
侯爵令嬢として、いや、身分関係なく本人以外には見られたくない。
しばらくして、ようやく魔王様がお目覚めになった。静かに、ゆっくりと目を開けてこちらを見たので、すかさずスライディング土下座をした。
「すみませんでしたぁぁぁぁぁぁ!」
声は囁き声で。使用人を起こしてはならない。
医務室は静まりかえっている。魔王様からも何の声もかからない。怖すぎる。
恐る恐る顔を上げると、魔王様はうつぶせになって枕に顔を押し当て、肩を振るわせている。必死で謝ったのに、何で?
「あーーーはっはっはっはっ。ひぃー!」
魔王様が爆笑を始めた。何故笑う!!
居眠りから目覚めた使用人に、椅子にそっと座り直させられた。魔王様が大きな声を出すから、土下座を見られてしまったではないか。やはり魔王様だ。
「ひぃ、ひっひっひっひっ」
魔王様は笑い続けた。ひき笑いか。見かねた使用人がこっそり耳打ちしてくれる。
「ディートリヒ様は笑い出すと止まらないので、もうしばらくかかると思います」
そんな。しばらく魔王様は笑い続けた。時には枕を叩き、時には体をよじり、時には悶絶し。
「やばい、腹筋が壊れるかと思ったよ」
ようやく落ち着いた魔王様は、涙を流し、顔を真っ赤にしていた。笑わそうとしたわけじゃないのに。
「ヴェルナー様の防護魔法が強力過ぎただけだし、僕は怪我もしていない。痛いところもないから大丈夫だよ。いいもの見せてもらったし。ふっ、ふふ。でも、貸しひとつね」
ひぃぃぃぃぃ。優しさ溢れる台詞の最後で魔王様、来た!!
「はい、申し訳ございませんでした。ルーカス先生にも次回から演習の時にはブレスレットを外すように言われています」
「それがいいね」




