周囲の反応
私はカントリーハウスに着いてすぐに、ノーラとフランツの結婚報告に立ち会った。驚いてはいたものの、フランツを雇うことは即決だったので良かった。
翌日からお兄様はゲルン卿と当主に必要なことのお勉強、イザベラはお母様と交流を深める為にゲルン侯爵夫人と一緒に三人で行動している。
ディートリヒとクリストフル、フラウはエーリヒに魔法を教えて貰うのに夢中で、フランツはノーラと一緒にノルン侯爵家の使用人として必要な知識を教えられている。
マーサやヨアヒムは使用人としての仕事に忙しくしているし、特にやることがない私とハルトくんは町へ遊びに行ったり、ディートリヒとクリスを冷かしてハルトくんが怒られたりしながらも楽しい一週間を過ごした。
今朝、あの事件の詳細が陛下から公表されて、詳細は書面で領主に魔法で配られた。お兄様は書面を確認した後、各地の領主代行に連絡を入れている。
書面には、最初に現時点で明らかになっている事件の関係者と、事件の全貌、処分内容が書かれていた。王弟、父、使用人、他関係者の名前と罪状、処分内容がズラズラと。
正直あまり興味が無かったので読み飛ばした。もう関わることのない人間だ。
ディートリヒの心配そうな視線を感じるが、問題ない。年に数回しか会わず、監視され命令されるだけの関係が家族だとは思わない。
私たちが家族でもある父を、自分たちの今後の立場も顧みずに告発、協力者と共にクーデターを阻止したことを、ちょっとした小説並みの長文で褒めたたえていた。
次に今回のクーデター阻止に尽力してくれた人物一覧と、彼らに対する賞賛。
これで、直接的には書かれていないが、お兄様の後ろ盾が凄いことになっていることがわかる。
ベルンハルトについても書かれていた。物心つく前から王弟によって、クーデターに協力するように魔法で操られていたこと。
現場で行動を操られそうになったベルンハルトを、同じく会場にいた面々が助けたことになっていた。
なるほど、催眠術のことは伏せるんだな。それを見抜けなかった親である我々、周囲の大人に責任があり、未来を奪うような極刑を今すぐ下さないことにご理解頂きたいと書かれていた。
魔法を完全に解除したのち、本人の意思を確認すると書かれていた。その後、場合によっては罪に見合った処分を下すとも書かれていた。
気になってディートリヒに聞いた。
「これ、殿下の立場ってどうなるのかな?」
「流石に物心つく前にかけられた魔法になると、被害者だから周囲も責められないだろうね。いずれは学院に復学もできるんじゃない?」
案外返事が軽い。そんな深刻な事にはならないのかな。
「ふーん。でも、魔法にしちゃうと発見できなかった陛下たちの責任が重くなっちゃうよね?」
「催眠術は国家機密だから、公表はできないよ。それに怪しい術より、魔法の方が完全解除に成功したって言いやすいしね」
それはそうかも知れないけれど、王城内で怪しい魔法が使えないことは誰でも知っている。操られて何をしようとしていたかも書かれていないし、どうなんだろう。
そもそも、催眠術を完全に解くことはできるのか。詳細を知っている身としては、疑問がたくさん残る。
「他にも説明できないところが色々残ることになるけど…」
「大丈夫だ、エルちゃんは気にしなくていい。そういうことは全て大人に任せなさい。ちゃんとそれなりの所に落ち着くように調整済みだよ」
話に入ってきたゲルン卿が、満面の笑みで言った。言っている内容については信頼するけど、何故かこちらに着いてから、ゲルン卿がいつの間にかいて、話に入ってくることがよくある。
何なんだろう?心配されているのかな?そんな感じでもない気がするんだけど…。
昼食の後は全員で、お茶をしながらくつろいでいる。カントリーハウスに一番近い町の領民は、サリヴァンとラヒームが報告も兼ねて直接確認に向かった。
この発表に対する周囲の反応を確かめる必要はあるが、指示をしてしまえば後は連絡待ち。
途中から、私は次から次へと皆にかかってくる通話の内容をリストにまとめる作業に没頭した。
粗方連絡が来て、普段交流の少ない伯爵家や、子爵男爵家で情報のない所があった。その伝手がないかと皆が探している所に、スーちゃんから通話が来た。
「調子はどう?」
心配してくれているようだ。
「大丈夫だよー」
心配しないように、出来るだけ暢気な声を出してみた。
「情報収集は進んでる?」
さすが、スーちゃん。こちらの状況をわかっていらっしゃる。
「幾つか抜けがあるけど、大体は集まってるよ」
「何処が抜けているの?」
抜けていた所を告げると、既にスーちゃんはかなりの情報を持っていた。凄い。
スーちゃんはこうなることを予測して、予め情報収集をしてくれていたのだ。なんかもう、嬉しすぎて泣ける。
実際に泣きながら「スーちゃん大好き~」などと話していたら、
「馬鹿ね。私だけじゃなくて、皆が心配して私の所に連絡をくれていたのよ。エルやイザベラに皆が連絡したら迷惑でしょう?私が代表になっただけよ。お礼なら、学院で皆に言ってよね」
「ぞれでもありがど~。だいずぎ~」
誰かが差し出してくれた箱ティッシュにお世話になりながらお礼を言ったり、私は元気だから大丈夫だと伝えることが出来た。
「皆へのお礼は冬休みが終わってからね。楽しみにしてるわ。こっちから皆には連絡しておくから、今はゆっくりしなさいな」
最後まで女神みたいなセリフを残してスーちゃんとの通話が終了した。
やばい、皆大好き。話を聞いたイザベラも私につられて泣き出して、ちょっと収拾がつかなくなった。
夜になる前に情報収集は終了した。スーちゃんからの通話が大きかった。
サリヴァンとラヒームも帰ってきて、町はお兄様を応援するような雰囲気になっていると聞いて安心した。
どうやら幼い兄妹にお母様まで度々遊びに来るのに、父と一緒にいる所は誰も見たことがないし、私たちが誰も父の話をしないので、私たち家族と父に何かあると元々領民は感じていたらしい。
今回の発表で、なるほどなと思ったくらいだそうだ。むしろサービスするから落ち着いたら遊びに来いと言われたと聞いて、本当に安心した。
他の町の領民はただ当主が変わるだけだと、あまり気にしていない様子らしい。事前にお兄様が勉強と称して全領主代行に会い、信頼を得ていたのが大きいと思う。
領主代行が落ち着いているので、特に混乱は起こらなかった。これでノルン侯爵領自体に何か問題が起こることはなさそうだ。
大抵の貴族はあの書面の意味を理解して、お兄様にちょっかいを出す気はなさそうだとゲルン卿が総括していた。
注意すべきは侯爵位を狙っていた従兄とそれを利用したい分家筋、会ったことのない父の両親がどう動くかくらいらしい。これも想定内だった。
明るい雰囲気での夕食になった。夕食後にディートリヒとお茶をしながら、ベルンハルトに対する反応も聞いた。
私が思っていたよりもずっと好意的で、子どもの頃から魔法をかけられていたことに同情の方が大きかったそうだ。
王弟と同級生だった人間が、王弟の人間性を知っていたことも大きな要因だったと言う。
ディートリヒが昨日軽い発言だったのも、こうなることをある程度わかっていたのかなと思った。
そのことから、陛下の失脚に繋がるような要素も今の所はなく、様子を伺いながらにはなるが、ベルンハルトも学院に復学できるだろうという事だった。
次期国王にはならなくても、貴族として生きていくなら専門学院の卒業は必須の社会的地位になる。良い成績を残して卒業すれば、貴族としてならどうとでもなるだろう。
復学には最低でも二年かかると聞いて密かに安心した。
元々苦手だし、学年が変わるならその方がありがたいと素直に思った。直ぐに復学となると、顔を合わせることもあるだろうし、憂鬱だった。
誰も言わないが、ベルンハルトはディートリヒではなく私に切りかかって来たのだと思う。
操られていたとはいえ、私を殺そうとした人と顔を合わせるのは単純に嫌だ。
今日は安心して眠れそうだ。実際に、ぐっすり眠れた。別に普段からそうだったけれど。




