ある女生徒は現実を突き付けられる
まさか、あんな風に断られるなんて思ってなかった。ゲームのヒロインなら見た目は当然好みのタイプのはずだし、勝手に相手が運命を感じるんじゃないの?
入学がずれたから?夢で見たイベントっぽいものが終わっちゃっているから?失敗している夢しか覚えていないけれど、それでも途中まではちゃんと上手くいっていたのに。何で最初から上手くいかないの?
いくら考えても、書き留めたノートを見てもわからない。やっぱり入学時期が問題なんだと思い至った。入学式にゲームのヒロインがいなかったから、もしかしてゲームそのものがなかったことになっている?
登場人物ではなくなってしまったの?そうだとしても、好みまで変わるの?考えても答えがわかるわけでもないし、イライラする。
お腹が空いて談話室へ入ったら、周囲の視線が冷たい。ディートリヒとの話が広まっている?怒られたのは私なのに、まるで私が加害者みたいな反応だ。
誰かが話を誇張したり、ねじ曲げて伝えられたりされたのかな?女ってこういう所があるから苦手なんだよねー。
雰囲気から考えて、早く挽回しなければまずそうだ。苦手でも完全に孤立するのは今後を考えると困る。ディートリヒに何を勘違いされたのかわからないけれど、とても悲しいって誰かに相談しつつ、広まった噂を聞き出して訂正しなくちゃ。
ついでに同情も誘いたいから、相談相手は女の中でも影響力があって、お人好しで、面倒を見るのが好きそうな人が一番いいな。相談相手を上手く同情させられたら、周囲は勝手に聞き耳を立てているから、流れが変わる。
誰が話を広めたのかは知らないけれど、より影響力を持っている人を味方につけた方が勝ち。
部屋を見渡しても私と取引した上級生の人がいなかった。あの人たちの性格までは知らないが、王子の婚約者候補ならかなりの影響力を持っている筈なのに。
何もしないよりはましだと思って同級生のテーブルに近寄ったら、私が座れないように無言で荷物を置かれた。目も合わせてくれない。
一人で座れる席は残っていたが、訂正も出来ないのに、この視線の中で食べる気にはなれなかった。神妙な顔で食事をするだけでは、余程のお人好しが引っかかったとしても、女に効果は薄い。
女は今日は諦めて、先に男子から味方につけよう。何だかんだ言われても、泣いたらすぐだもんね。
男子寮へ入った瞬間、女子寮の談話室と同じ冷たい視線を浴びた。ちょっと驚いたけれど、ベルンハルトを探す。ベルンハルトがいれば楽だったのに、今日に限っていない。
あまり権力はないけれど、諦めて同級生の令息に近付くと、令息たちは席を立っていってしまった。
食事に誘ったのを断られただけで、どうして周囲の対応がこうなったのかがわからない。むしろ残念だったねって、慰めてくれてもいいんじゃないの!?
腹が立って部屋に戻り、使用人に食事を厨房から取ってきてもらった。食事をしたら、取引をした上級生の元へ行こう。部屋は知っている。
対応した使用人に、会いに来ないでくれと言われた。何で!納得がいかないので、私から情報だけ取っておいてそれはないんじゃないですか!と部屋の前で騒いだ。
しぶしぶ出てきた令嬢に、逆ギレされて追い返された。信じられない。他の令嬢も同じ対応だった。だから女って嫌!都合のいい時だけ利用して!
翌日は授業に出る気が起きなくて、ベルンハルトを探すことにした。いつもは簡単に見つけることができたのに、いない。何で今日に限っていないのよ!役立たず!
私はちやほやされたことしかないのに、あんな冷たい視線には耐えられない。誰も助けてくれないってどういうこと?私、こんなに可愛いのに。
どうして?前世の私は然程可愛くも美人でもなかったのに、男の子にはずっとちやほやされていたはず。違いは何?
散々考えて、ここには身分差があるってことに気が付いた。ヒロインはだいたい身分差を乗り越えるのだから、今まで大して身分を気にしてこなかったけれど、侯爵家のディートリヒに怒られたのが不味かったのか?
結局ベルンハルトにも会えないし、引きこもっている間にセレモニー期間になった。この時期は移動も宿も料金が高いのに、パパが私を心配して王都に出て来てくれていた。久し振りに部屋から出て、パパに会いに行って、早速泣きついた。
「ガロン侯爵家のディートリヒ様を怒らせただって!?それはまずいぞ、私ではどうにもできない!」
「そんな…」
あんまりな返事に絶句してしまった。
「何があった、詳しく話なさい」
夢の話は具体的に両親に話したことはなかった。小説で読んだ転生者たちは黙っている人が多かったから。だけど、全てを話すことにした。何としても話を元に戻すきっかけを知りたい。全てを話している間、パパは辛抱強く聞いてくれた。
「そりゃ…。相手の立場になって考えてみなさい、気持ち悪くないか?」
驚きと共に、怒りが自分の体を支配した。
「私が、運命の相手なのよ。気持ち悪いわけないじゃない!」
「そもそも何でヒロインが運命の相手なんだ。母さんの悪い影響が出ちゃったかなぁ。ヒロイン、良く聞きなさい。ここは現実で、母さんが好んで読んでいるような物語の中じゃない。ヒロインはしがない伯爵令嬢だ。それは申し訳ないとは思うが、わかるな?自分の思った通りに世界が動くわけじゃないんだよ。例え王族であったって、そんなことはできない」
納得できなかった。じゃあ、あの夢は何?両親と違うこの色は?何で私がヒロインじゃないの!?
「…そんな、はず、ない。私は夢で見たんだから!!」
「夢だろう?入学の時期さえ違っていたんだ。最初から夢の通りになんて、何一つなっていないじゃないか。覚えているという夢にしたって、とてもヒロインが幸せになっているとは思えないが…」
「き、きっと神様が私に失敗しないように夢を見せてくれたのよ!だって途中まではとっても楽しい夢なんだもん!」
「だけど、失敗していたんだろう?」
「でも、でも、夢と同じ人が、現実にいたんだよ…?」
「それでも、何一つ夢の通りにはなっていない、ここは夢の中じゃない。現実だ。それこそ神様が失敗しないように見せてくれたんじゃないのか」
「…そんな…はずは…」
「神話にもなかったか?危機を警告される夢を見たという話が」
私は、私は乙女ゲームに転生したヒロインじゃないの?パパの話の衝撃が大きすぎて、その後も色々言っていたけれど、何も頭に入ってこなかった。
娘が呆然としている間に慌てて領地へ連れ帰り、妻と娘の今後をじっくり相談した。娘は妻と同じで物語が大好きで、二人で創作を楽しんでいる姿を微笑ましいと思っていた。
「私は創作のつもりだったのだけれど、あの子はそうじゃなかったのね…」
「夢で見たことが現実で起こっていると言っていた。聞いた限りではどれも悲惨な末路だったよ。もし、本当に同じことが起こるなら、ヒロインは破滅だ」
「何てこと!あれかしら…。もし、もしもよ…。神話にある警告夢だとしたら、あの子は…」
「私もそれくらいしか思い至らなかった。もし本当に警告夢だとすると…」
病気療養を理由に、長期休暇届を学院へ提出した。夏休みが明けるまで様子を見て、回復の兆しが見られない様なら病院へ入れることにした。
気が付いたら、パパに領地に連れ帰られていた。弟に、キモッと言われた。私がキモいわけないじゃない。周囲に愛されるヒロインなのに。パパが役に立たないなら、どうやって話を元に戻せばいい?
「ねぇ、父さん。姉ちゃんに何があったの?毎日ブツブツ言っていて、まじでキモい。さっき、私は周囲に愛されるヒロインとか言ってたぞ」
父は深い深いため息をついた。
「父さんにも良くわからないんだが、自分が世界の主人公だと思っているみたいなんだ」
「何それ、まじでやべぇ!」
「…しばらく様子を見て、ダメなようだったら病院に入れる。ヒーロ、こんな言い方は良くないが、姉さんがおかしくなっていることは周囲には言うなよ」
「言わないよ。恥ずかしいもん。元々妄想激しかったしさ」
「そうか…」
妻が根気強く娘と会話をしたが、回復の兆しが見られなかった。仕事でほとんど家にいない私と違って、妻も息子もそろそろ限界に近い。予定より早くヒロインを病院に入れる検討をしていたら、社交で王都へ行っている友人から連絡があった。
公爵家派閥の令嬢が、ベルンハルト殿下の婚約者候補から外されたのは、ヒロインのせいだと言っていると噂が流れていたと教えて貰った。まず過ぎる。有力な伯爵家になど伝手がないので詫び状も書けない。
学院の夏休みが終わる頃、私は学院ではなく見慣れない施設に連れて来られていた。
「パパ、ここどこ?学院じゃないの?」
「ヒロインに前みたいに元気になって欲しいからここへ来たんだ」
質問には答えてくれず、建物の中へ連れて行かれて、診察室へ通された。私は病気じゃないし、もし病気だと思うなら癒しの魔法を使える人を家へ呼んでくれたらいいだけなのに。わざわざこちらから出向かなきゃいけなくて、こんな大きな診療所を構えているってことは、この人は凄い有名な魔法師ってこと?
私の予想は全然違っていた。この世界で唯一、癒しの魔法が効かない病気を治す施設に置き去りにされていた。それは心の病。精神病だ。これではイケメンどころではない。
気が付いたら堅牢な個室に閉じ込められた状態になっていた。魔法で扉を破ろうとしたが、魔法が発動できなくなっている。さっき検査の為にとつけられたアンクレットが原因だと思って、外そうとしても外せなかった。
「私は頭がおかしいわけじゃないわ!ここから出して!」
「あの患者、元気ですね。ずっと叫んでいます。鎮静の魔法でもかけますか?」
「そうだね。傍から見たらどれほどおかしくても、自分はまともだと思っているタイプなんだろうね。彼女は妄想癖で、自分が世界の主人公だと思ってしまっているらしいよ」
「充分おかしいですね」
「まずはここが現実だと自覚することから始めなきゃだよねー」
「そうですね。今までにない珍しいタイプですから、試行錯誤しなくてはいけませんね」
「ヒロインさ~ん、今日の体調はどうですか?」
「いいわけないじゃない!早くここから出してよ!」
「元気になったら出られますからね~」
適当なことを言う人なんて信用できない!
こんなことになるなら、以前と同じように上を狙わず、周囲にいる適当な男を侍らせておけば良かった。そうと決まればさっさとここを出て、復学しなきゃ。こんな所で人生が終わるなんて嫌!




