二人の愚者
※ディートリヒ視点
夏休みが終わる頃、ゲルン卿と一緒に事件の詳細な報告を受けることになった。当事者には心の負担を考えて、今回のことは知らせていない。ゲルン卿が話すべき事とそうでない事を振り分ける予定だ。
僕は今後エルが何かを知りたいと思った時に答えられるよう、全てを知っているべきだと思ったので、ゲルン卿に同行したいと伝えた。
報告のために現れたのは、フォード卿だった。
「お疲れ様」
ゲルン卿が労わる様に声をかけた。それ程見るからにフォード卿は疲れていた。
「ええ。全くです。王妃陛下が来られて、二人の心を早々にへし折ってくれて助かりました」
「そうか…」
王弟は王位には然程興味を持っていなかったらしいが、優秀な側近も王妃陛下も陛下に取られたことが納得ができなかったし許せなかった、犯行の動機はこれに尽きるようだ。
自分の方が全てにおいて優秀なのに、何故そうなったのか。王弟は答えを出自に求めた。
「まぁ、プライドが高すぎて、自分の性格の悪さが原因で人望がないことを認められなかったのでしょうね」
自分が第一王子であったなら、全てを手に入れられていたはず。王妃陛下は自分に気持ちを残している。そう考えて、陛下の立太子を邪魔する方向へ舵を切ったが、失敗に終わった。
次に目をつけたのは産まれる子ども。知識を王族だけが閲覧できる書庫にある古文書に求めた。催眠術なるものを見つけて、ベルンハルトの父親に成り代わろうとした。二人が地盤固めに忙しくしている隙に、その催眠術を産まれたばかりの子どもに延々とかけ続けていたそうだ。
魔法とは違うものなので、誰も気が付けなかった。妙に王弟に懐く素振りを見せるベルンハルトを不審に思った王妃陛下が引き離すまでに、暗示をかけることに成功していた。
王弟を父親として慕うように。そして、命令されたことに本人が無自覚に従ってしまうようにするものなど。途中は暗示でどこまで思考や行動を操れるかの実験に夢中になってしまったそうだ。
実験の結果から、今回の計画を考え付いた。ただ、陛下とベルンハルトとを同時に蹴落とす為の駒が見つからなかった。そこで愚かなノルン卿とその娘を利用することにした。
ノルン卿を操るのは簡単だった。ノルン卿を選べば違った未来があったのではないかと、王妃陛下が呟いていたという話だけだった。
そんな話をすぐに信じてしまうなんてと思ったが、元々ノルン卿は自分に権力が足りなかった為に、王妃陛下が選べなかったと思い込んでいた。そこに付け込めば、簡単だったそうだ。
それによってエルヴィーラという駒を手に入れることができたので、王弟はベルンハルトがエルヴィーラを気に入るように暗示をかけ続けた。
上手く行けば婚約者を決めるパーティーで、ベルンハルトがエルヴィーラを指名するはずだったが、指名しなかった。
「最初の誤算だったようですね。王妃陛下がディートリヒくんの尽力あってこそと言っていたよ」
学院に入学して寮生活を始めると、どうしても暗示が弱くなる。それでも今更計画を止めるという発想はなかったので、会うたびにエルヴィーラに関わる様に暗示をかけていた。
彼が思い描いていたような侯爵令嬢の婚約者を切り殺した王子と、その責任を取らされる陛下という図式が少し弱くはなるものの、一方的にでも交流さえ持っていればどうとでも理由をつけられるとの判断だった。
あの日、パーティー会場で起こったことも説明された。密かに雇っていた影を給仕として会場に送り込み、武器と襲撃者の手引きをさせた。報酬は会場にいる貴族の持ち物や令嬢そのものだったそうだ。彼らには照明が落ちている時間はもっと長く伝えられていた。
照明を落とすのに合わせて、給仕に扮した影が王弟の代わりにベルンハルトへ暗示をかける。いつもベルンハルトが目を瞑った状態で、頭を撫でながら暗示をかけていた。
その条件があれば、結界が反応しない程の僅かな魔力で、強力にベルンハルトを操ることができた。照明を落とすことと影が頭を撫でることでその状態を再現した。
"エルヴィーラを切り殺せ"という命令だったそうだ。
「彼は身体能力が高かったので、逃げ切る自信があったようです。また、王弟にも必ず逃げ、無理なら自害するように言われていました。それを守らなければ、妹さんを残酷な方法で殺すと脅されていました。唯一王弟に直接繋がる証人ですからね。ただ、クリストフルくんの方が何枚も上手で、ベルンハルト殿下に魔法をかけた一瞬の隙に捕らえられたとか。自害するのも許されなかったと感服していましたよ。彼は許されるならクリストフルくんにお礼を言いたいと言っていました。中途半端に捕縛されていれば、間違いなく自害していた。結果的に自分と妹を助けてくれたのはクリストフルくんだと大層感謝しているようです」
王弟の計画通りに進んでいれば、照明が再度点いた時には、切り殺されたエルヴィーラと剣を持ち血まみれのベルンハルト。エルヴィーラを切ったことに言い訳はできない状態。
給仕役の影は既に会場にはいないし、襲撃者は普通に逃げる。捕まったとしても会場入りした襲撃者は依頼者が誰か知らされていなかった。頭の元騎士団員はパーティーが始まる前に始末されていた。
「あの魔獣の子たちを騎士団にも貸し出して欲しいくらいですよ。においで敵味方が判るなんて、とても優秀です」
「あれは両方エルちゃんと契約していて、知能も高い。エルちゃんの影響だろうな。絶対に貸し出しはせんぞ」
「わかってますって」
会場周囲に潜伏していた他の仲間は全て、北の辺境伯夫妻とその私兵、ゲルン卿によって捕縛された。会場内の参加者は驚いてグラスを割ったりして怪我をした者もいたが、大きな怪我をした人はいなかったそうだ。
後はほぼクロムが推測したものと同じだった。捜査の全権が自分に移った後、ベルンハルトに暗示をかけてから、陛下が信頼している人間も同席させて、証言させる。
たまたま帯剣していたベルンハルトが、自身の身に危険を感じるあまりに錯乱したという証言を誘導する予定だった。更に本人にもそういう心理状況だったと思い込ませるつもりだった。
ノルン卿が用意した睡眠薬、毒、媚薬、意識が朦朧とする薬などは全て離宮に追いやった陛下と王妃陛下に使用予定だった。ベルンハルトの証言で二人に精神的ショックを与え、陛下を殺害。全ての罪をノルン卿に被せる。
その後は、王妃陛下を慰める役を買って出て、レオンハルト殿下の為にもと言いより、自分との再婚を促すつもりだったようだ。
上手くいかなければ意識を朦朧とさせている間に王妃陛下と再婚してしまい、かくなる上は薬によって本懐を遂げようというものだった。
そんな方法で王妃陛下を手に入れて満足なのかと問われると、それ以外に王妃陛下が幸せになる道はないと言い切ったそうだ。その主張は、王妃陛下が心を折った後にも変わらなかったと言う。人の思考は急には変わらない。
ノルン卿に関しては、王弟の名を出したとしても、彼は王妃陛下と共にいる自分が認められないのでは。などの理由で、人望のある自分の身の安全は守れると考えていたそうだ。
「人望が本当にあるなら、不正の証拠や人質で脅した人間以外が周囲にいるはずなんですがね」
ノルン卿は初め黙秘していたが、王妃陛下に心を折られたことで話をするようになったそうだ。王妃陛下の子どもに合わせて子を作ることで、男にしろ女にしろ王妃陛下と再び接点ができることを望んでいた。
側近候補になるにしても婚約者候補になるにしても、優秀でなくてはならず、教育に力を入れ過ぎたために少し暴力を振るってしまっただけだと本人は言っている。
本来であれば自分で出世を遂げたかったが、最後まで王妃陛下に選んで貰う為に努力をしていた為に、卒業時の成績が振るわなかったことが原因で、出世の道が閉ざされたと言っていた。
「完全に自分の能力不足だろ。文官も能力主義だ。本当に能力があるなら、後からいくらでも自分の実力で出世できただろう」
「周囲の評価はそのようですね。それを本人は理解できず、自分では実現できなかったことを子どもたちに押し付けたのでしょう」
ノルン卿はエルヴィーラについては元々ベルンハルトと結婚させるつもりでいた。王太子と王太子妃であれば、王妃陛下と親戚になれる。一緒に孫を抱けるかもしれない。最初はただそれだけだったが、王弟にあっさり唆されてしまった。
王弟の言葉を全て信じたわけではなかったが、最終的に愛し合う二人は結ばれるのだと思っていた。それに娘の命がかかっていることに関して、特に思う所はなかったという。カリーナ様のこともさっさと離婚して放逐するつもりだった。
親戚より恋人、恋人より夫婦。それしか頭になかったそうだ。後は王弟に言われるままに動いていたという。
「報告はこれくらいですかね。聞いているだけでも気分が悪かったでしょう?」
「本当にな。二人の処罰はどうなりそうだ?」
「王弟は速やかに処刑でしょうね。危険思想過ぎる。裏付けなどはあの青年がしてくれますから、今の段階でほぼ用済みですね。古文書から得た知識の詳細に関しては、陛下と王妃陛下が調べている最中です」
「ノルン卿は?」
「王妃陛下に心を折られてから、大人しいものですよ。おそらく終身刑で一生牢屋で労働することになるでしょうね」
「処刑にはならないのですか?」
「まだ若いね、ディートリヒくん。死ぬよりも辛いことってあるでしょ?王弟もそうしたかったのだけれど、危なすぎるからね。それにあの親子に夫殺し、父殺しの枷はつけたくない。生きているけれど、会うことはない。が一番いいと思うよ」
「…そう、ですね。これ以上…」
「そうそう」
「ただの興味だが、王妃陛下は何と言って二人の心を折ったんだ?」
「性格悪いですね、ゲルン卿。そういう所好きですよ」
「ごつい男に言われても嬉しくない」
「王弟には周囲からの実際の評価に、性格が悪すぎて初めて会った時から嫌いだったとか、高すぎるプライドを中心に、反応を見ながらズタズタにしてましたね。ノルン卿に関しては、最初から最後まで興味を持ったこともなかった、って言ってましたね。最近の態度も気持ち悪くて仕方がなかったとか。あれらは傑作でしたよ。言われた時の彼らの顔ったらなかったですね」
「そんなの学院時代からわかりきってたことじゃないか」
「本人たちだけが気付いていなかったんですよ。僕も参戦させてもらったので、なかなか楽しかったですよ」




