いざ勝負
お兄様からエスコートはディートリヒに頼むように言われた。既に話も通しているらしい。お兄様は父に他のパーティーへ出席するように言われているが、イザベラを迎えに行った振りをして、そのままイザベラへの招待状を使って会場入りしてくれる。
イザベラは危険があるかも知れないので、もちろん自宅待機だ。イザベラはお兄様や私周辺の物々しい雰囲気に、何かがあると気が付いているが、知らない振りをしていつも通りに接してくれている。ええ子や。
イザーク様は多少強引な手を使ってでも参加してくれるそうだし、デポラとダーリン、クリスも協力してくれる。皆を危険な目に遭わせたくないが、王弟と父の計画は私たち一家だけの問題ではなくなっているし、完全に潰すには必要な人材だと思う。今回何が起こるとしても、ここで全力で潰した方が良いという全員の判断だった。
私の人生の正念場だと思う。今まで色々なことを想定して準備をしてきた。まさか直接的な殺害計画だとは思わなかったが、絶対に、あんな奴に、負けたくない。負けない。どんな手段を使われようと生き残って、自分の人生を楽しみたい。
何も言わないデポラだけれど、無言で更なるスパルタになっていた。私のことを心配してくれているのがわかる。行く様に指示されたパーティーの後に、美味しい物を食べに行こうと約束した。約束は絶対に果たす。
ついに夏休みが始まってしまった。もっと万全になるまで準備をしたかった気もするが、どれだけ準備をしても足りない気がするとも思う。絶対に父には負けない。王弟にも。残された時間で更に努力を重ねた。
今日の夕方はついにパーティーだ。ゲルン卿のタウンハウスで朝から緊張しながら準備をしている。ゲルン卿が用意してくれたドレスは、刃が通らないように特殊な金属が編み込まれていて、非常に重い。普段は着けないコルセットも、特別製で用意されていた。
とにかく全部重いが、重力魔法で軽くした。重力魔法は宝石を沢山つけたドレスや、重い生地のドレスの時に、気軽にご婦人方は利用している。なので、申告して検査さえ受ければ、怪しまれずに結界を抜けられるので問題ない。
ネックレスは急に剣で襲われた時に、剣を受け止められるように作られている。これも重い。ある場所を引っ張ると簡単に外れるようになっているので、出番がありそう。
迎えに来てくれたディートリヒも吃驚な、重装備になっていた。ディートリヒが驚いて固まっているのを見ても、ただただ緊張していた。
「それ、凄いネックレスだね…」
第一声がそれかい!私の緊張を返して!?
「見た目がいかつすぎるから、ノーラとマーサが頑張って誤魔化そうとしてくれたんだけど、無理かな?」
「うん。隠し切れないいかつさを感じるよ。今日は露出も少ないね?」
今日は首も手首も一切出ていない。
「首を切られたら死んじゃうかもしれないし、手首を切られたら反撃できないかもしれないからだって。ゲルン卿特注だよ」
「そう…」
「後でデポラからディーにも特殊な加工をしたネックレスを渡すって聞いたよ。これがベースなんだけど、ウテシュ伯爵直々にギリギリまで改造をしていて、事前にこちらに届けられなかったんだって」
「そうなんだ…。僕はいらないよ。自分で用意しておいたから」
「そうなの?一応受け取ってせめてポケットに入れておいたら?」
「いや~。流石にねぇ。そんなお揃いは遠慮したいよ」
自然な流れでエスコートされて、馬車に乗る。馬車に乗った後もディートリヒとあれこれ言っているうちに、気が付いたら会場に到着していた。あれ、見送りに出てくれていたお母様たちに挨拶するのを忘れていたな。
「少しは落ち着いた?緊張していたみたいだけど、緊張と集中は違うからね。皆がいるのだからどっしり構えていたらいいよ」
まんまとディートリヒのペースに乗せられて、言われてみれば過度な緊張からは解放された気がする。
「ありがとう」
入り口にはデポラとダーリンが待ってくれていた。既にイザーク様とお兄様は会場入りして、話をしながら会場に不自然な場所がないか確認してくれているそうだ。クリスはもう少し後に会場入りする予定だ。
逃げ場を確保する目的と、誰が近付いて来ても直ぐにわかるように、会場の中央に陣取った。デポラとディートリヒが、ネックレスを受け取れ受取らないで押し問答している間に、パーティーが始まった。確かに最早ネックレスの域を超えていた。よく持ち込めたと思う。
早速イザーク様とお兄様が飲み物を持って近付いてきた。
「エルは何でも似合うね!」
わざと暢気にしてくれていると思うけれど、相変わらずお兄様の目はおかしいと思う。流石にお世辞でもこのドレス姿は誉められたくない。シスコンフィルターが凄まじいのか?喉が渇いていたので、お兄様のグラスも奪って喉を潤した。
イザーク様に小声で注意された。
「飲み過ぎるなよ。トイレに付いて行けるのはデポラ嬢しかいないからな」
「うん。わかってる」
「必ず近くにいるからな。ヴェルがアホみたいなシスコンなのが、こんなに役に立つ日が来るとは思わなかったよ」
ですね。お兄様がディートリヒにエスコートされている私をガン見していても、不自然じゃない。前もそうだった。友人たちも気が付いて、からかわれる程凄かった。
イザーク様は流石の冷静さだ。お兄様は多少ソワソワしているが、シスコンで誤魔化せる範囲内だ。
何事もなくパーティーは中盤に差し掛かかった。今日はあまり話しかけられないので、時々喉を潤しながら、広い場所をゆっくりうろうろしているだけだ。緊張からか、どうしても喉が渇きやすい。
そこに正面からクリスが近寄って来た。ベルンハルトが入場した合図だ。クリスは敢えてギリギリまで会場外に待機してくれていた。
「こんばんは。今日は、その…凄い装いでスね。何でスか、そのネックレス」
クリスも平常運転のようだ。訛ってるし。そして、言動が素直過ぎる。
「ゲルン卿が今日の為にとプレゼントして下さったの」
クリス、残念なものを見るような目で見ないで!
父が雇った人間が、ゲルン卿と辺境伯の警戒網に引っ掛かった時は、クリスが私たちに飲み物を勧めることで知らせてくれることになっている。
「何か飲み物を取って来ようか?」
「ありがとう。さっき飲んだばかりだから、大丈夫だよ」
ディートリヒが冷静に対応しているが、そわそわして来た。
「大丈夫だよ。皆集まってきてくれている。斜め後ろにはイザーク様とヴェルナー様もいるよ」
ディートリヒが小声で教えてくれ、デポラが話しかけて来てくれた。
「クリス、こんばんは」
「こんばんは、デポラさん」
「待て、デポラ。いつから愛称呼びを?」
デポラとダーリンは落ち着きすぎているのか、通常運転が過ぎる。ただ、二人が揉めていることで、ここに長く留まっていても不自然じゃない。計画のうち…と思いたいが、ダーリンの本気度が高い気がする。気のせいだよね??クリスも本気で慌てているように見える。
「よぉ、ディー」
そこに背後から、ベルンハルトが話しかけてきた。私とベルンハルトの間にさり気なくディートリヒが入った。
「やぁ。今日はちゃんとエスコートしているんだね」
よりにもよってアメリーちゃんをエスコートしていた。本命じゃなかったの?巻き込む気?ディートリヒと普通に会話をしているし、何かが起こる気配もない。本当に普通だ。
ベルンハルトは関係ないのかな?と思った時、バチっと音がして、パーティー会場の照明が落ちた。人々の悲鳴やざわめきと共に、私の影に仕込んだ空間収納が発動して武器が飛び出すのと、お兄様の防護魔法が発動したのを感じた。
同時に誰かに引っ張られたが、引っ張られた先にディーのにおいがしたので身を任せた。
私も魔法を使って、クリスを除く全員の視界を確保した。クリスは自分でできる。目が見えるようになると、私の視界はディーの背中だけになっていた。剣戟の音を聞きながら、転移魔法を発動した後、更に大きな音がして、周囲の悲鳴が大きくなった。
明かりがつき、「皆さん落ち着いて下さい!」と、ダーリンの大きな声が響いた。
一瞬の出来事でほとんど意味がわからなかったが、私が最低限やるべき事としてクロムに言われていたことは全部できた。私がディートリヒの背中から顔を覗かせると、ディートリヒと目が合って微笑まれた。終わったのかな?
そのままディートリヒの視線を追うと、ベルンハルトは壁に叩きつけられていて、そこにクロムがいた。すぐ前に尻餅をついたアメリーちゃん、斜め前には給仕を取り押さえたクリス。振り向くとお兄様が背中を向けて立っていて、イザーク様、デポラとコタロー、ダーリン、ユキちゃんが既にそれぞれ会場のあちこちで男を取り押さえていた。
「もう大丈夫だよ、エル。終わったんだ」
「…本当に?」
「本当だよ」
ディートリヒが優しく包み込んでくれたので、そのまましがみついた。ゆっくり頭を撫でられるのを感じながら、自分が泣いていることに気が付いた。涙がどんどん出てきて止まらない。大丈夫、大丈夫というディートリヒの声が辛うじて聞こえるだけだった。
皆は話をしていたようだが、内容が頭に入って来なかった。何故か上手く歩けなくなっていた私は抱きかかえられて馬車に乗り、そのままゲルン卿のタウンハウスへ向かった。
ダーリンとイザーク様、ゲルン卿が会場に残って後始末をしてくれるらしい。タウンハウスに着くと、お母様、ノーラ、マーサが涙ながらに出迎えてくれた。
応接室で降ろされた私は、お母様に抱きしめられた。既にテーブルには甘いお菓子が用意されていて、直ぐに紅茶が出てきた。甘い香りに少し気分が落ち着いたように思う。安心できるお母様の隣というのも良かったのかも。少し頭がはっきりして来たので、何があったのかを詳しく聞いた。
最初は渋っていた皆だったけれど、私には知る権利があると主張したら教えてくれた。照明が落ちた瞬間に、給仕の男がベルンハルトの頭に触ったらしい。すると、突然ベルンハルトがアメリーちゃんをぶら下げたまま抜剣してディーに切りかかってきたので、ディーが私を背中に庇いつつ、その剣を受けた。剣戟の音はそれだったらしい。タイミングを見計らってデポラがベルンハルトを壁まで蹴り飛ばし、後は全員で関係者を捕らえた、ということだったらしい。
「え、でもデポラ、会場の端で男の人も捕まえていたよね?」
「殿下の確保にはクロムが行ってくれたし、もう一人残っているってコタローが教えてくれたのよ」
相変わらずデポラが凄い。コタローも良くわかったな。
「凄いね、コタロー。何でわかったの?」
『においー。ねぇ、エル。あのお菓子食べたい』
「はいはい。これ?」
コタローにお菓子を渡してやると、嬉しそうにもぐもぐしだした。次から次へとお菓子を渡してあげると、口がぱんぱんになっていっている。その様子をただ見ていた。可愛い。
デポラの声が聞こえた。
「ディートリヒ、殿下が持っていたあの剣は、ヴェルナー様の防護魔法を何もないかのようにすり抜けたわ。どういうこと?知っているんでしょう?」
「あれは王家に伝わる秘密の剣で、結界内にも持ち込めるんだ。詳しくは機密事項だから言えないんだけど、古代の遺物だね」
「ディートリヒが持っていた短剣もそうなのね?」
「やっぱり気が付いちゃった?あの剣に対抗できるのは、同じ剣だけなんだって。普段は王妃陛下が護身用に持っている剣を、特別に借りたんだよ」
お兄様の声が聞こえる。
「だから任せろって言っていたのか」
「そうですね。むしろあの剣を持っている僕でなければ駄目だった。使い方も極秘中の極秘。何事もなければ、誰も気が付かなければ、そのまま何も言わないつもりだったのですけどね。まぁ、気付かれた場合は話してもいいと許可も貰っています。ただ、口外はしないで下さいね」




