クリストフルのひとりごと
東西南北それぞれに異なる隣国との国境を守るための辺境伯が置かれているが、状況は様々だ。
西は小競り合いが頻発しつつも大きな争いには発展しない状態が続いているし、南は何十年も前に和平条約が結ばれて、今では貿易をしている。
東は湾があるので、隣国と共同で海賊討伐をしているので戦いはあるものの、大きな揉め事はなく友好国となっている。
北は僕が十歳になる頃に隣国の国王が代替わりしたことによって方針変更がされ、ようやく国境周辺が安定した。
それを機会に祖父母は最前線からは引退し、主に指導者として活躍しているが、兵士や傭兵崩れによる山賊被害等が頻発していたし、隣国の政治状況によってはいつ政治方針が変わるかもわからない状態だった。
領地を長く離れられない両親に代わり、祖父母は僕を連れてセレモニーから社交シーズンまでを王都で過ごしていた。僕が同行していたのは、王都に出てきた時に頼れる人がいるように、知り合いに顔つなぎをする為だった。
経費が嵩むので王都に屋敷はなく、期間中は知り合いの屋敷でお世話になることが多かった。祖父母や両親の知り合いはいい人ばかりで、とても居心地が良く友達も出来た。
西や東の辺境伯関係者はお互いに応援要請をすることがあるので元々知り合いだったが、王都で初めて南の辺境伯に会った。
彼らは中央貴族の侯爵家並みに着飾り、僕たちに北も安定したのだから、これからは中央貴族との人脈が大事になると言ってきた。
鍛錬や戦闘のノウハウは長い歴史の中でいくらでも持っているけれど、貿易や商売など平和な状態でのノウハウが辺境にはあまりない。これからの時代には中央貴族にどれだけコネがあるかが重要だと熱く語っていた。
夫妻には娘と息子が一人ずついて、息子は僕より年下だけど、それにしたって弱そうに見えた。娘は中央貴族の華やかな様子に憧れを抱き、余計な筋肉がつくのが嫌だから鍛錬をしていないと言っていた。
ただ黙って話を聞いていた祖父は帰ってから、腑抜けたな…と少し悲しそうに言っていたが、ああはなるなとも言われた。
辺境伯は国防の要であり、それによって国から優遇されているが、今の南の辺境伯は完全に戦いを知らない世代になっていて、国防の要であるという役割さえ忘れているように思うと言われた。
「あれでは攻め込まれた時、南はあっけなく落ちるだろう」
祖父は僕に今まで通りの辺境伯としての役割と共に、中央での人脈作りを望んだ。僕もそうすべきだと思った。
決意を胸に挑んだ侯爵家以上の集まりでは、キラキラ集団が恐ろしすぎて気配を消すことに専念してしまった。祖父には呆れられてしまったが、学院に入ったらちゃんと関わりを持つように言われた。住む世界が違い過ぎて無理な気がする。
ベルンハルト殿下はガキ大将のようで近寄りたくなかったし、当時のヴェルナー様は無表情で怖すぎた。隅っこにいたのを発見されて、一人の男の子には何度か声をかけれられたが、恐怖でまともな返答もできなかった。今思えばあれがイザーク様だったと思う。昔から周囲をよく見ている人だった。
年頃になると、自分に好意を向けてくれている子がいることに気が付いた。とても優しい穏やかな子で、僕も彼女に好意を抱いていた。
けれど、いずれ僕の婚約者になり家族になるということは、問題が発生した時には最前線で戦わなければいけない義務を負うことになる。
彼女は辺境伯の義務も理解していたが、僕が彼女に人殺しをさせたくなかった。
もう一人の子は、辺境伯がどういう役割なのかイマイチ理解していない様だった。そんな中、ビアンカの目的はとてもはっきりとしていた。
辺境伯は辺境で一番裕福な生活ができて、辺境で中央貴族と直接交流があるのも辺境伯だけ。辺境伯の地位と裕福な生活の為なら、最前線に出る覚悟だけでなく、人殺しをする覚悟を持っている子だった。
母に婚約者の話をされた時、迷わずビアンカにすると答えた。周囲には反対されたが、押し切った。人殺しをする覚悟のある人なんて、滅多にいないという考えからだった。
僕も覚悟は充分していたはずなのに、初めて山賊討伐に出た時は震えた。圧倒的な戦力差でねじ伏せたために命を取る必要もなく捕縛に成功したが、相手はこちらを殺す気でいたし、戦力差がなければこちらも殺さなければならなかった。
初めて実感した命のやり取りは恐ろしいものだった。それ以来、ますます鍛錬にのめり込むようになった。命のやり取りは少ない方がいいに決まっているし、できれば皆にそんなことはさせたくなかった。
婚約者には将来それを率先してやって貰わなければならない。代わりになるかどうかはわからないが、絶対に大事にしようと心に決めていた。いずれ僕自身にも、情が湧いてくれればいいと思っていた。
ダンジョンでモンスターが異常発生した時も、覚悟があったビアンカは屋敷に残ってしまった。確かに見込んだ通りの女性だったけれど、まだ結婚もしていないのに、死なせるわけにはいかないと気持ちだけが焦っていた。
既に情は湧いていたし、両親も、いつも一緒に遊んでくれた兵士も助けたかった。だけど、自分にできることが何も思い浮かばなかった。領地はあまりにも遠すぎた。
その時に助けてくれたのは侯爵令嬢エルヴィーラだった。冬休みを一緒に過ごしただけなのに、凄い人脈と転移魔法を使って、あっという間に全員を助けてくれた。
感謝しかない。何も返せるものがないと悩んでいたら、そんなものはいらない、困った時はお互い様でしょと軽く言われて、それ以上は話も聞いてくれなかった。
エルの周囲には、そんな気持ちの良い人ばかりが集まっていた。類は友を呼ぶと言うけれど、全員の能力も高すぎた。辺境伯の地位が目当てだったビアンカは、それを目にして離れて行った。
仕方が無いと思ったし、今回命を懸けてくれたお礼になるならそれでいいと思った。西の学院に入りたいと言った時も、口添えを手伝いもした。
ただ、周囲の反対を押し切ってまで結んだ婚約をダメにしてしまったことに、両親に申し訳ない気持ちで一杯になった。両親はこうなることを予想して反対してくれたのかもしれないと思うと、余計にうじうじと考えてしまった。
そこから立ち直らせてくれたのもエルとその友人だった。デポラさんの物理的な立ち直り方法は二度とごめんだと思ったけれど、いつももらってばかりなので、何かあった時は必ず力になりたいと思っていた。
巻き込まれ体質なのはちょっと自分でも気が付いていたけれど、ヴェルナーさんから毎日通話がかかってくるようになった。ビアンカと毎日通話していたのが無くなって時間はあったけれど、シスコンもほどほどにして欲しいと思うほどだった。
毎日エルの心配ばかりしている。気に入られてしまったのか、イザーク様にセレモニーの観劇にまで呼ばれてしまった。キラキラ集団に自分が混ざることになるとは思いもしなかった。
そこでビアンカの気配が近付いて来たのに気が付いていた。きっとこの豪華なメンバーを紹介して欲しかったのだと思うが、今は状況が悪い。
ここでは無理だと思っていたら、そこをいきなりの目潰しと耳封じとか、デポラさんだろうけれど、あまりにも強引すぎる。スーリヤさんがいてくれなかったら、突然のことに変なことをしてしまったかもしれない。
その後、ビアンカのことを誰も何も言わない。スーリヤさんがフォローしてくれるので、誤魔化されたことにしておいた。本当に皆良い人ばかりだ。
基本、辺境は国防の要であることから、王都の権力争いや揉め事には一切関わらない。だけど、気が付いたら陛下暗殺計画を阻止するメンバーに参加することになってしまった。
巻き込まれ体質も極めるとここまでになるのかと思ったが、詳細を聞いてエルに少しでも恩返しできるチャンスだとも思った。
いつも明るくて朗らかなエルに、そんな事情があるとは思っていなかった。周囲が妙に過保護な事にも納得できた。
僕にはエルを守るという重大な役割が与えられてしまった。エルとは別にデポラさんと二人での鍛錬もしているが、自分をとことん追い詰めて鍛錬に励むデポラさんが痛々しい。
デポラさんは命懸けでエルを守るつもりだ。本当に命を懸けて守られたら、絶対にエルは喜ばない。デポラさんには及ばなくても、少しでも力になれるように頑張ろう。そして全員無事に切り抜けて、僕の家族を助けてくれた人たちに恩返しをしたい。
ダーリングさんからも毎日通話が来るようになった…。辺境伯としては喜ばしい人脈だったので、観劇の後に気軽に魔力交換してしまった自分をちょっと恨んだ。




