赤い女
今日はゲルン卿に連れてきてもらって、ハルトくんとディートリヒに会う。ハルトくんに会う為にかなり気合を入れて準備をしたら、ゲルン卿が玄関でごねだして面倒だった。
ハルトくんに会う為におしゃれをして何が悪い!!素敵なお姉様でいたいのに、邪魔させないぞ!というわけで、送ってもらったのに申し訳ないが、早々にお帰り頂いた。
ただ、建物の陰からこちらを見ているのには気が付いているけれどね。クロムもいるからそのうち連れ帰ってくれると信じてる。
「エル姉様~」
久しぶりに会ったハルトくんは、相変わらずにこにこと手を振ってくれていて可愛いのだが、更に大きくなっていた。私も少しだけれど、身長伸びたのに。
ハグをしていると、後ろにハルトくんの保護者がちらついている。ますます似てきた気がする。兄弟だから当然なのだけれど、何か…。エル姉様は寂しいよ…。その更に後ろにちらつくゲルン卿の顔が怖い。ハグくらいいいでしょうが!
「ハルトくんとついに目線が同じくらいになっちゃったね…」
「えへへ…。前に会った時より、大きくなりました」
大きくなっても、にっこり笑うハルトくんはやっぱり可愛い!魔王にはならない。きっと!
カフェに入るとディートリヒとハルトくんが別々に座ったので、迷わずハルトくんの隣におさまったら、ハルトくんがちょっと悪い顔で笑っているのを見てしまった。あぁ、ますます…。いやいや、考えないでおこう。
「髪飾り、使ってくれているんだね!似合ってるよ、エル姉様」
そうなのです。ノーラに気合を入れて髪の毛をしてもらいました。直ぐに気が付いてくれてありがとう。エル姉様はハルトくんからの贈り物を大事にしているのだよ。
「ありがとう。この間の観劇にもつけていったんだよ」
「あぁ、噂になってたよ。凄い眩しい集団がいるって。僕は知っていたから興味は無かったけど、エル姉様は見たかったなぁ」
残念そうにするハルトくんも可愛い。
また三人で取り分けて食べることにして、わいわい決めた。注文を終えてしばらくすると、ディートリヒに通話が来て、私たちに断ってから席を立っていった。
「最近、お兄様が変わったんだよ。自称婚約者候補の人にね、ちゃんとお断りをしたんだよ」
「えっ、自称だったの?そっちの方が驚きだわ」
「お父様が何も言わないから、相手の家も本人もその気になっていたみたい。元々付き合いのある人達だから訪問は受けていたけれど、具体的な話はしたことなかったんだって。それって自称だよね?」
「う、うーん?そんな事ってあるの?」
「お父様、ぼんやりしているからなぁ。お兄様も本人達に言われてそう思っていたなんて、笑っちゃうよね。僕も騙されていたもの」
「えぇっ!?」
本人同士がそう思っていたなら、ある意味成立していたのでは?
「お兄様がお父様にね、全員断って欲しいって言ったら、何の話?って言われたんだって。お父様は単に、お兄様がモテていると思っていただけなんだって」
おっとりし過ぎ?なのかな?その後は冬休みにディートリヒと何をしていたのか質問攻めにされた。私はハルトくんの話が聞きたいよ!癒し求む!
だけど、凄く嬉しそうに話を聞いてくれるので、ハルトくんも案内してあげたかったと思う。機会があれば案内をすると約束をしていたら、料理の給仕が始まってしまった。
「お兄様、遅いね?」
「何か問題でもあったのかな?」
給仕の人が一瞬気まずそうな顔をした。何か知っているな。
「何か起こっているの?」
私の問いかけに、そっと扉を開けてくれた。ディートリヒの声が聞こえる。通話の盗み聞きはちょっと…と思っていたら、誰かと会話しているようだった。ハルトくんは声に心当たりがあったのか、認識阻害をしてからそっと覗いた。認識阻害まで兄弟で操るなんて…。兄弟って似ちゃうのかな。
「エル姉様、お兄様が南の辺境伯の領主と令嬢に捕まってて、こっちに来そう」
「面倒な感じ?」
「すっっごく面倒なことになるよ。特にエル姉様が。ああ~、お兄様が圧されてる」
「えー、それは嫌だな。ん?何で私が?面識ないよ」
「あの人たち、冬休み以降断られているのに、今回も懲りずにあれこれ誘って来たんだよ。お兄様は全部断ったんだけど、別の女の子と遊んでいるって知ったら、どうなると思う?」
ああああ、私でもわかる。嫌な想像しかできない!
「エル姉様、殿下とかになれない?」
「えっ、あぁ、大体ならなれると思うけれど、私は大きさは変えられないの。ちっさい殿下、不自然じゃない?」
「僕、似せるのは無理だけど、自分だけならおっきくなれるよ」
ハルトくんと相談の上、ベルンハルトは却下した。予定を調べられると直ぐに嘘だとバレてしまうので、後々面倒になりそうだ。バレにくくて辺境伯が入ってこれない状況を考えると、人数が足りない。
その話をしていると、扉付近にディートリヒたちが居るために、出るに出られなくなってしまった給仕の人と目が合った。ハルトくんと目で会話をして、二人で切なく見つめて給仕の人を巻き込んだ。断れないように仕向けて、本当にすみません。
姿を変えた状態で、それぞれ練習をしてみる。
「お兄様は基本、興味無さげに冷たい目で見るだけだから、話さなくても大丈夫です。ただ、出来るだけ無表情に冷たい感じで見て下さい」
ちょっと乗ってきた偽お兄様が冷ややかな一瞥をくれた。
「凄い!そっくり!いい感じ!」
偽お兄様がデレたけれど、それもお兄様にそっくりだった。何この逸材。
偽イザーク様の練習途中で、扉が強引に開かれた。偽お兄様が完璧に冷ややかな目で見つめ、不機嫌そうな偽イザーク様がしゃべった。
「ディートリヒ、何をしているんだ。話が進まない」ちょっと棒読みだが、仕方ない。
ディートリヒが目を見開いたが、理解はしたようだ。ディートリヒは偽イザーク様にお詫びを言ってから、南の辺境伯と真っ赤な令嬢に顔を向けた。
南の辺境伯は儲かっているみたいで、令嬢は全身高級品だった。赤毛にルビーの髪飾り、赤いリップにルビーのネックレス、更に赤いワンピースなので、何ていうか真っ赤。以前学院の側で見た時とは別人みたいに派手だ。あの時は清楚で大人しそうな雰囲気をしていたのに、何がどうした。
「だから言ったでしょう?遠慮して頂けませんか」
「し、失礼致しました!」
領主が慌てて謝って、まだ粘ろうとする色々と真っ赤な令嬢を強引に引っ張って出て行った。
「…助かったけど、誰が誰?一人、多いよね?」
「一人は巻き込んだ給仕の方です」
ハルトくんが偽イザーク様に、給仕の人はお兄様に、私はハルトくんになっていました。給仕の人には丁寧にお礼を言って、チップをお渡ししましたよ。ええ。笑顔だったので、きっと大丈夫。
「二人に迷惑がかからないといいんだけれど。それに、予定とかを調べられたらバレない?」
「二人には伝えておくし、イザーク様もお兄様もまだ屋敷にいるはずだから、大丈夫」
「そう?」
二人が寝たのは今朝だと聞いていた。私が出る時もまだ寝ていたので、多分大丈夫。二人はよく寝る。
「お兄様、あの人達は何がしたかったの?」
「同席を頼んで来たんだよ」
「頼んでいるような態度じゃなかったよね?」
「まだ真意が伝わっていないみたいだった」
「お父様はあてにならないね?」
「今回の件も含めて、抗議してもらうよ」
兄弟の以前より大分大人びた会話も終わって、ようやく食事を楽しめるようになった。前はハンバーグで揉めていたのに、ハルトくんがどんどん大人になっていっている気がしてちょっと寂しい。今度はハルトくんを質問攻めにして楽しんだ。
デザートを完食した後、ハルトくんはレオンハルトと会う約束をしているので別れて、ディートリヒと一緒にゲルン侯爵家のタウンハウスへ向かった。
色々話をした結果、王妃陛下のこともあって私たちに全面協力してくれるらしい。タウンハウスでは先に帰ったはずのゲルン卿とクロムが待っているが、何となく嫌な予感がする。
玄関でわざわざゲルン卿が笑顔で出迎えてくれたので、嫌な予感が確信に変わった。ゲルン卿は挨拶と共に、笑顔でディートリヒの肩を掴んだ。
「いらっしゃい、ディートリヒくん」
二人が笑顔なのに何だか力んでいる気がする。効果音をつけるなら、ぐぎぎぎぎ?良く見ると、ゲルン卿の指がディートリヒの肩に食い込んでいた。自称私の真のお父様、やり過ぎです。
「ゲルン卿?気のせいか、指がディーの肩にめり込んでない?」
「き、気のせいだよ、エルちゃん。それより、屋敷の中ではお父様って呼んで」
どうしたものかと思っていたら、控えていた使用人がゲルン卿を笑顔で引っ張っていきつつ、お任せ下さいと囁いた。きっとこてんぱんに怒られるのだと思う。
「大丈夫?」
「肩が割れるかと思ったよ」
「何かごめんね」
「いや、イザーク様に事前に言われていたから、多少は覚悟もしていたよ」
後でクロムを引っ張ってきて治療して貰おうと思ったら、クロムからディートリヒの肩に癒しの魔法をかけに来てくれた。
「ゲルン卿は?」
「今、お仕置き中なので、お茶でも飲んでお待ちください」
お茶の準備をしてくれたが、さっきデザートまで食べたばかりでいらないというか…。クロムが無言で圧力をかけてきたので、諦めることにした。
「本当に愛されているね」
「うん。男兄弟しかいないから娘代わりって言われているけれど、正直ちょっと愛が重い時もあるよ。基本的には嬉しいんだけどね」
「自称家族はいっぱいいるって聞いたけど、エルにとってのお父様はどこまで?」
「えー?ちゃんと考えてなかったかも。ゲルン卿にウテシュ卿も大好き。それからラヒームはどっちかって言うとおじい様だけど、サリヴァンはお父様かな」
「お、多いね。他にもいたりする?」
「お兄様だったらヨアヒムだし、お姉様はノーラとマーサかな」
「…大家族…。あれ、イザーク様とかは?」
「イザーク様とエーリヒは、近所の悪い遊びを教えてくれるお兄さん的な?」
「そ、そうなんだ…」
「そんなの聞いてどうしたの?」
「いや、ちょっと聞いてみたかっただけだよ」
ふーん?
使用人がゲルン卿の準備ができたとディートリヒだけを呼びに来た。準備?準備って何?そして今から何をするの??私はクロムに連れて行かれて、魔法の特訓になった。ということは、やっぱり私の命は危険だということですね。頑張ります。死にたくないので。
数時間後、明らかにボロボロになったディートリヒが弱弱しくなって帰っていった。何をしていたのかと確認したら、訓練をしていたらしい。でも、やり過ぎじゃない?ねぇ?




