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令嬢と小姑(男)のあれこれ  作者: 藍澤


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ヴェルナーのひとりごと

 妹は幼い時から父を嫌っていた。自分もそうだった。父に逆らったり、指示通りにできないことがあると、鞭で打たれた。

 愛されていた記憶などない。父にとっての子どもは、権力を手にするための駒にしか思えなかった。


 俺は鞭で打たれるのを避けるために、父に逆らわず指示に従うようにしていた。

 妹はいつも父に逆らっては鞭で打たれていて、正直馬鹿な奴だと思っていた。馬鹿過ぎて学習機能がついていないのだとさえ思っていた。


 その様子を見ては泣いている母にもうんざりしていた。いつも謝ってばかりだ。

 つい、きつい言葉で追い払ってしまう。謝られたって、鞭で打たれた痛みが消えるわけじゃない。


 ある日妹が部屋にやって来て言った。

「お母様を責めるのは間違っています。お母様は支援と引き換えに伯爵家から侯爵家に嫁入りしたので、離縁は絶対にできませんし、実家に逃げることもできません。私たちを連れて逃げることもできず、お母様に選ぶ権利はないのです。父と戦う気がないお兄様に、お母様を責める権利はありません」


 幼い妹にそんなことを言われるとは思っていなかった。

「戦うって…。どうやったらできるっていうんだ」

 僕たちはまだ何の力もない子どもだ。庇護下から外されれば、生きていけない。


「もちろん、今の私にそんな力はありませんが、私は父の言いなりなる気はありません。私は選ぶ権利を持ちたいと思っています」

「…選ぶ、権利…?」

 どういうことかと考えている間に、妹は部屋から出て行った。母の所へ行ったのだろう。


 それから、母と妹を観察するようになった。二人は父や使用人の目を盗んでは、熱心に話をしている。遠目では内容まではわからない。


 ある日、母が嬉しそうに一緒にカントリーハウスへ行かないかと声をかけてきた。

 どういうことかと思っていたら、母と妹は父と離れてカントリーハウスで暮らすことにしたと言う。

 父は王城勤めをしているので、今までは家族で一年のほとんどを王都のタウンハウスで過ごしていた。


 エルヴィーラに説得されて、勇気を持つことができたと母が言っていた。

 勇気だけで許可がもらえるとは思えないが、母はどうするか考えるようにとだけ言って、立ち去った。使用人が近付いて来ていた。


 僕たちは家族のはずなのに、自由に会話することもできない。


 気になって、出先でエルヴィーラに確認すると、父は私たちに興味はないと言った。使用人に一日中見張らせていてそれはないだろうと思ったが、詳しく聞けば納得できた。

 エルヴィーラは愚かでも何でもなく、母と一緒に父をしっかりと観察していたのだ。


 観察の結果、使用人から報告さえあれば、俺たちがどこに居ようと構わないと結論付けたのだ。

 元々数ヶ月に一度程度はカントリーハウスへ行っている父にすれば、どちらでも一緒だったのだ。


 最初は父の使用人がついて来たが、彼らは王都へ戻りたがった。ここにいては父に媚を売る方法が無いので、当然の申し出だとも思う。

 僕たちについて来て、得することは何もない。

 母は念入りに素性や性格を吟味した使用人を採用して、父の支配下にない、専属使用人を用意してくれた。

 父に買収された振りをして、嘘の報告まで引き受けてくれた。


 父の使用人は王都に帰りたいと希望し、こちらとしては領地から追い出したい。

 お互いの利益が合致した結果、間もなく父の使用人は全員王都へ帰って行った。

 父もそれを咎めることはしなかった。既に報告を受け取れる準備は整っているからだ。


 父の影響下にない快適な生活は素晴らしかった。父は数ヶ月に一度程度のペースで領地に戻って来るが、カントリーハウスに滞在することはほとんどなかった。

 領主代行に会って、用事が済むと帰るだけ。本当に僕たちに興味は無かった。

 僅かな滞在時間に僕たちの教育が順調に進んでいるかを実際に確認して、その時に不満があれば鞭で打つことを忘れはしなかったが、以前よりずっとましだ。


 母は俺たちが鞭で打たれることがないように、優秀な家庭教師を用意してくれた。エルヴィーラは時間を惜しんで知識を吸収するだけでなく、簡単に新しい魔法を創り出す。

 もちろん相応の努力をしていることは見ていて知っているが、間違いなく魔法の才能に恵まれている。

 置いて行かれないように、必死で頑張らなければならなくなった。


 ついに、エルヴィーラは痛覚を感じなくする魔法を創った。鞭で打たれても痛くなくなった。

 母も癒やし魔法を家庭教師に師事して訓練し直し、酷い傷でも癒やせるまでになり、父に内緒で直ぐに癒やしてくれるようになった。


 エルヴィーラの専属使用人は、二人に料理や掃除に洗濯、町で暮らすための一般常識、生活魔法を仕込んだ。度々一緒に町へ出かけている。

 家から逃げた場合の収入源を何にするのかも、一緒になって考えているようだ。


 エルヴィーラは本人の意志など関係なく、父が選んだ男と結婚することになるだろう。それがどんなに酷い人間でも、どれだけ性格や年齢が合っていなくても。

 父は自分の利益にさえなれば良いと考えているのはわかっていた。

 父がいる限り、実家に戻ることも許されない。その時、母が選べなかった選択肢、貴族である自分を捨てて逃げる、例え子どもがいても一緒に逃げる、を本当に実行できるように準備していたのだ。


 しばらくして、母に「あなたはどうする?」と聞かれた。自分も選択肢を持って良いのだろうか。普通に考えれば侯爵家を継ぐことになる。

 ただ、父は俺のスペアとして従兄も教育している。従兄は父と同じ権力至上主義。いつも俺を嵌めようと考えているような男だ。何があるかわからない。


 それに、最近ではすっかりエルヴィーラの考えに触発されていた。別に嫡男に生まれたからといって、必ず家を継ぐ必要はないのではないか。

 父に決められた女性を妻とし、あの父が隠居するまで操られ続ける必要があるのかと考えるようになっていた。


「俺も自分の選択肢を広げたい」


 そう告げた。母は、「それがいいわ」と応じてくれた。それからエルヴィーラと一緒に選択肢を広げる努力をした。

 生涯の仕事にするには危険がつきまとうが、ダンジョンギルドにも二人揃って偽名で登録した。

 高収入が見込める。何かあった時、母も連れてこの侯爵家から逃げられるように、お金はあればあるだけいい。

 それぞれがお互いのことを思いやりながら努力する。数年前の重苦しい家族の雰囲気は一変した。


 父が突然縁談を持ってきた。相手は公爵令嬢のルイーゼだった。俺の絵姿を見て気に入ってくれたそうだ。歳も離れているので直接会ったことはない。

 八歳下の可愛らしい見た目の子と聞くが、あまりいい噂を聞かない。面識のあるエルヴィーラに聞いてみた。


「エルはルイーゼ様の事をどう思う?正直に教えて」

「うーん。イケメン好きで、いかにも公爵令嬢って感じ」

「いかにもって?」

「自分がお姫様って感じで、人のことを顎で使うの。自分の言うことは皆が聞いて当然って感じ。私はああいうの好きじゃないな」

「そうか…」


「どうして急にルイーゼ様の事を聞くの?」

「父がルイーゼ様との縁談を持ってきたんだ」

「お兄様はどうしたいの?」

「聞く限りでは性格がね…。権力至上主義の父らしいけど」

「実際に会うのはシーズンに入ってからだよね?公爵家で会うことになりそうだし、何としてでも私を同席させて!後は何とかしてみせる!!」


 そう言ってエルヴィーラは徹底的に変身魔法を鍛えだした。自分も同じように鍛えてみようとしたが、うまくいかなかった。

 何とかエルヴィーラを同席させて、会うことになった当日。エルヴィーラを公爵家まで連れて行くと、どうやら絶妙に不細工に見えるように魔法をかけてくれたようだ。

 公爵家で魔法を使うなんて大胆過ぎてハラハラしたが、幼いルイーゼには気付かれなかった。


 ルイーゼは不機嫌になり、縁談は断られた。人を見た目で判断するのはまだ幼いから仕方がないかもしれないが、周囲にもこちらにも当たり散らす様子は酷かった。エルヴィーラが言っていたことがよくわかる。

 エルヴィーラに凄く感謝した。絵姿が割と忠実だったので、エルヴィーラがいなければ縁談が成立して、いずれ婚約することになっただろう。選択肢が残された。


 操り人形でしかなかった俺を人間にしてくれたエルヴィーラ。大切な妹であり、宝物。

 過保護だ、心配性だ、シスコンだとか言われるが、何と言われようが構わない。エルを傷つけるものは誰であっても許さない。

 エルは大切な人であり、俺の人生を楽しいものに変えてくれた人なのだから。


 今なら良くわかる。あの時の俺は父の影響でおかしくなっていた。力を付けてやり返すという発想さえなかった。今なら、その発想がある。

 エルは未だに父の影響からか、逃げることに重点を置いているが、俺は違う。俺が母とエルを守る。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] お兄さんの一人称が「俺」なのか「僕」なのか統一していないので分かりません。 この場合誤字報告が出来ないので感想にて書かせていただきます。
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