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09.勇者ビズリー、暗殺者に命を救われる



 勇者ビズリー。


 彼は10歳の時、女神から勇者の職業ジョブをもらい、魔王討伐を任された。

 ……それから、3年半が経過し、現在。


 ビズリーたち勇者パーティは、物理的に崩壊しかけていた。


 場所は魔族国と人間国の間にある、【奈落の森アビス・ウッド】と呼ばれる大森林の中。


 ビズリーは四天王のひとり、獅子王【ドライガー】との戦闘を行っている真っ最中だった。


 その名の通り、人の三倍くらいある大きさの、白い獅子ライオンだ。筋骨隆々で、2足歩行している。


「くそ……! なんて強さだ……こんなに強いなんて、聞いてないぞ!」


 ビズリーは眼前のドライガーを前に悪態をつく。


【ハッ……! よえーよえー! 逆に言うが、勇者のくせにこんなよえーとはなぁ……!】


 がははは! とドライガーが豪快に笑う。

【お仲間はぐったりしてるようだし、今日は出直してきな。逃げるなら見逃してやろう。我が輩は今別件で忙しいからなぁ】


「て、敵に情けをかけるつもりか! ふざけやがって!」


 ビズリーはボロボロの体で立ち上がる。


「び、ビズリー……逃げましょう。いったんひくべきです……」


 魔法使いのエリィが、ビズリーにそう提案する。


「みなここへ来るまで消耗しすぎました……」


 魔法使いが辺りを見回す。

 残りの仲間たちは、すでに虫の息だった。


「ふ、ふざけんなよエリィ! 敵の提案に乗るっていうのかよ!」


 ビズリーはかんしゃく起こした子供のように、だんだんと足踏みして叫ぶ。


「……今戦っても負けるだけです。態勢を整えるべきです」


「必要ない! 魔族は悪! 悪即斬だ! そうだろう、おまえら! 何寝てるんだ、立ち上がれ! それでも勇者の従僕か!?」


 ビズリーが声を荒げる。

 だが仲間たちはビズリーに発破をかけられても、立ち上がれないでいた。


「……無理です。もう、体力が」


 ……そうなった理由は単純。ドライガーのところにくるまで、余計な戦いをしすぎたからだ。


 ビズリーは出会う敵出会う敵、全力で戦闘に挑んだ。しなくていい戦闘を繰り返した結果、みなの体力、魔力は減少。


 結果、ドライガーとの戦いに、万全の状態で挑めなかったのだ。


「なさけないやつらめ! どうしてそんな体力がないんだ!」


「それはビズリー……あなたが余計な戦いをしたからです……」


「ぼくのせいじゃない! 今まであの露払いをしていた卑怯者がいなくなったせいだ!」


 ……そう。

 今までボス以外の敵は、すべてあの暗殺者ヒカゲがやっていた。


 索敵能力に長ける彼がいたからこそ、余計な戦闘をすることなく、万全を期して勝負に挑めていたのである。


 ……またどうしても避けようのない敵は、全部彼が消してくれていた。だから、苦労せずに戦えていたのだ。


 そう、このパーティをそれこそ【影】で支えていたのは、ヒカゲだった。影の功労者がいなくなった結果は、ご覧のとおりである。


【おいおい仲間割れか? いかんぞぉ? リーダーがそんな感情的になってはなぁ】


「うるさいうるさい! 魔族のくせに! 悪役のくせに! しねぇええええええええええええええええ!!!」


 勇者は聖剣を持って立ち上がると、ドライガーに向かって無茶な特攻をかける。


 彼もすでに魔力がそこをつきていた。聖剣は魔力を通さないと真価を発揮しない。ゆえに今のそれは、ただの剣と同じだった。


 ビズリーは剣を振る。だが……。


【弱いな、人間】


 バシッ……!


 まるで蚊でもおい払うかのように、ドライガーがビズリーを張り倒す。


「がぁああああああ!」

【やれやれ……見逃してやるというのに戦ってくるとは。己の状態も顧みず無策で突っ込んでくるなんて、自殺行為も甚だしいぞ】


 ドライガーが呆れた調子で首を振る。


「う、る゛ぜぇ~……」

【我が輩も子を持つ身として、貴様のような年端のいかないガキを殺すのは心が痛む……だが】


 ガシッ……! とドライガーがビズリーの頭を掴む。


 そのまま持ち上げる。


 ギリギリギリギリ…………!!!


「ぎゃぁーーーーーー痛い痛い痛い痛いーーーーーーーーー!!!」


 渾身の力を込めて、ドライガーがビズリーの頭を潰そうとする。


【魔王様の命令だ。刃向かうものは皆殺しにしろとな。悪く思うな勇者。これも仕事なんだ】


「や、やめて痛い痛いよぉ助けてたすけてよぉーーーーーーーーーー!!!」


 ビズリーが子供のように……否、まさに子供のように泣いてわめく。


【なんだその情けないセリフは……。勇者の看板を背負っているとはいえまだ子供か……ゆるせよ】


 ドライガーがひと思いにぐしゃっと潰そうとした……そのときだった。


 シュコンッ……!

 ドサッ……!


【なっ!?】


 ドライガーが目をむく。

 ビズリーを掴む腕が、何者かによって切り飛ばされたのだ。


 腕ごと落ちたため、ビズリーは頭を潰されずに助かった。無様に這いつくばった状態で、見上げる。


 そこには……。


「ひ、ヒカゲぇ~……」


 そこにいたのは、1年前にパーティから追い出した、暗殺者のヒカゲだった。


「な、なんでおまえが……ここに……」

「…………」


 黒髪に黒目の少年は、ちらっとビズリーを見やった後、ドライガーと相対する。


【貴様は勇者の仲間か?】


「……違うが、似たようなもんだ」


【ほう……なかなかの闘気。よく鍛錬されておる。手練れとみた】


 ふむ……とドライガーがうなる。

 だがビズリーにはわからなかった。手練れ? 見た目に全然変化がない(ちょっと髪が伸びたくらいか)ではないか。


「お、おい逃げろヒカゲ! おまえ程度雑魚がかなう相手じゃない! 殺されるぞ!」


【だそうだぞヒカゲ。逃げるなら見逃してやろう】


「……必要ない」

「なっ……!? お、おまえこっちが善意で言ってやっているのに! 無下にしやがって!」


 かんしゃくを起こすビズリー。そうだこいつは闇討ちしかできない雑魚だ。真正面から挑んで勝てる相手じゃないことは、ビズリーがよく知っている。


 逃げろと言ったのは、かつて仲間だったので情けをかけてやったのだ。


【なんだ仲間割れか?】

「……そんなのとっくの昔に起こしてるよ」


 ヒカゲはドライガーに向かって、ゆっくりと歩き出す。影の異能を使って、手に刀を作り出した。


【ほう。真正面からの真っ向勝負を挑むか。いいだろう!】


 ドライガーは獰猛に笑うと、その巨大な腕を振り上げる。すでに切り飛ばされた腕は再生していた。


 両腕を勢いよく振り上げると、


【オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!】


 ドドドドドド………………!!!


 まるで速射砲の如く、ヒカゲに連打を喰らわせる。


 ヒカゲは影に逃げることせず、真正面からそれを受けていた。


「ああ死んだ……ぼくの忠告を無視したからだ……バカなやつだ……」


 と思った、そのときだ。


 シュコンッ……!

 シュコンッ……!


 ……ドドゥッ!


【なぁ!?】「なんだそりゃ!」


 ドライガーと、ビズリーが同時に目をむく。


 そう……ドライガーの両腕が、いつの間にか切断されていたのだ。


【な、なんて速さ! しかも我が輩の高密度の魔力を込めた腕を吹き飛ばしただと!? き、貴様ぁ……!!!!】


 ドライガーがなりふり構わず、ヒカゲに突っ込んでくる。


 ヒカゲは冷静に、手で印を組んだ。


 とぷんっ……!


 自らの影にヒカゲが潜る。

 ドライガーは勢い余って、地面に激突。そのまま……。


【ぐろぉぁあああああああああああああああああああああああ!!!】


 ずぶぶぶ……! とすごい勢いで、影の中に沈んでいくではないか。


【なんのこれしき……! ぐぬ……ぐぬぬぅ!】


 影の沼から逃げようと、ドライガーがもがく。その背後にヒカゲが出現。


「…………」


 無言で、ドライガーの首を撥ねる。

 クビを失ったドライガーの動きが、鈍る。

 その間にヒカゲがまた手印を組む。

 あっという間に、ドライガーの体が、沼の中に沈んだ。


「……すごい。圧倒的です」


 仲間のエリィが、ヒカゲの戦闘を見てつぶやく。


「…………」


 ヒカゲは戦いを終えた後、刀を消し、きびすを返す。


「お、おい待てよ!」


 ビズリーがヒカゲに声をかける。

 ぴたりとヒカゲが立ち止まる。


「おまえ……おまえこんなに強かったのかよ!?」


「…………」


 答えないヒカゲに、ぎり……とビズリーは歯がみする。……自分たちが、束になっても叶わなかった相手を、ヒカゲが瞬殺した。


 自分が追い出したこの卑怯者に、命を助けられた。その事実に、ビズリーは耐えきれなかった。


 だからこんな言葉が口をついたのだ。


「おまえ実力隠してやがったな! この卑怯者!」


 勇者の言葉に、エリィが絶句していた。


「び、ビズリー。それは……いくらなんでも酷すぎますよ」


「ウルサい! こ、こいつはこんなに強いくせに手を抜いてやがったんだ! 卑怯者! やっぱりおまえは卑怯者だ!」


「ビズリー!」


 エリィは立ち上がって、ビズリーの元へ行く。


 そしてその頬を、パンッ……! とたたいたのだ。


「いってぇなぁ!」

「おばか! 助けてもらったんだからありがとうでしょう!?」


「な、なんでぼくがこいつに礼を言わないといけないんだよ!」


「おだまり!」


 エリィにしかられ、じわ……っと涙を浮かべるビズリー。


「ヒカゲさん、危ないところ、助けていただき、誠にありがとうございました」


 エリィが深々と、ヒカゲに頭を下げる。


「……いや、別に」

「もしよろしければで良いのですが、わたしたちを森の外まで送ってはくれないでしょうか」


「なっ!? お、おいエリィ! 余計なこと言うな!」


「あなたは黙ってなさい!」


 うぐぐ……とビズリーが歯がみする。


「われわれはこの通りボロボロです。動くのでやっとの状態です。お願いします、ひかげさん。どうかわたしたちに力を貸していただけないでしょうか」


 エリィはその場に膝をついて、深く土下座をした。


「こんなやつに土下座する必要ない!」

「すみません、ビズリーがしたことを水に流すのは無理だと思いますが、なにとぞ……なにとぞ!」


 エリィは必死になって土下座した。……こんな卑怯者に、頭下げなくていいのに……。


 するとヒカゲは「頭を上げろよ、エリィ」と言う。


「……わかった。案内をつける」


 そう言って、ヒカゲは影から式神を作った。


 影犬。やつが昔から持っていた式神。そして……。


「な、なんだそれは!?」


 そこにいたのは、獅子王ドライガー。そして、竜王ドラッケン。


「……こいつらは俺の式神だ。敵はこいつらが倒してくれる。影犬に道案内させるから、それでここを立ち去れ」


「…………」


 ビズリーはヒカゲを、まるでバケモノを見るような目で見る。あの魔王四天王を、自分の下僕サーバントにしてる……だと!?


 ヒカゲの技量に……ビズリーは心から驚いた。そして……激しく嫉妬した。


「ひかげさん……本当にありがとうございます。このお礼は、またいずれ必ず!」


 エリィが何度も頭を下げる。


「いや……いいよ」

「今はどちらに住まわれているのですか?」

「この森の中で……まあ細々と」


 エリィと仲よさげに話すヒカゲ。自分を無視して仲間の女と仲良くしてるのが、むかついた。


「おいエリィ! さっさと帰るぞ!」


 ふらふらと立ち上がろうとしながら、ビズリーがエリィに叫ぶ。


「すみませんひかげさん。お礼は後日、必ず」

「……いや、だから良いって」


 エリィがペコッと頭を下げると、ビズリーを立ち上がらせる。


「なんであんなのにお礼しなきゃいけないんだよ……」

「ビズリー!」


 バシッ……! とエリィにまた頬をぶたれる。


「いい加減にしなさい! 彼がいなかったら、わたしたちは全員死んでたんですよ! 彼はわたしたちを助ける義理もなかったのに、助けてくれたんですよ!」


 うぐぐ……とビズリーが泣きそうになる。 

「本当にごめんなさいひかげさん……」

「……早く行け」


 エリィが何度も恐縮そうに頭を下げ、仲間たちとともに歩き出す。


「ちくしょう……おぼえてろよ……ひかげ……くそぉ……」


 ビズリーはエリィにあそこまで諭されても、ヒカゲに対して憎しみを向けていた。


「……おいビズリー」


 ヒカゲが、背後からビズリーに声をかけてくる。


「なんだよ!」

「……乗ってけ」


 そう言って、ヒカゲが式神を召喚する。大きめの影犬を人数分だした。


 仲間たちはヒカゲにペコペコと頭を下げる。……まるで、まるで彼がリーダーみたいではないか。


「ぼ、ぼくは乗らないからな! 絶対に乗らないから!」


「……好きにしろ」


 そう言うと、ヒカゲはその場から消えた。おそらく転移テレポートしたのだろう。

 ヒカゲがいなくなった後、ビズリーはふらふらになりながら、森の中を歩く。


 やがて力尽きて、その場で倒れた。……結局、やつの犬の背に乗って、森を脱したのだ。


 ……ひどく、惨めだった。

 自分が追放した相手に、命を助けられ、そして情けをかけられた……。


 やつはビズリーに対して、恨み言を何も言ってこなかった。それどころか、弱者を普通に助けていた。


 ……それは、まるで勇者のようだった。だからこそ、ビズリーは本当に、惨めだった。


 救いの手を払いのけ、助けてくれたヒカゲにお礼も言わず、情けをかけてくれたことに感謝もしない。


 ……自分のほうが、小物のようで、本当に惨めだった。

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