72.
千の軍勢が奈落の森に攻めてきている、らしい。
森の主であもある、精霊のサクヤから状況を聞いた。
「この神木を黒獣……つまりひかげの住処と定めておるのじゃろうな。こっちへ向かって、囲うように攻めてきておる」
物量作戦ってわけだ。
こっちの戦闘員はひとりなのにいいことに……。
「どうする、ひかげ」
「……どうもこうも、俺がやる」
この村には女しかいない。
訳ありの女達が逃げる、最後の楽園が、木花村なのだ。
みんな戦う力は持っていない。
戦えるのは……。
「わがはいもいるぞー!」
すぱーん! とふすまを開けて入ってきたのは……。
竜魔神、ベルナージュだ。
「ベルナージュ……おまえ話聞いてたのか?」
「むろんだー!」
小柄で、胸のデカい女だ。
オレンジ色の髪の毛をしてる。
一見すると溌剌とした少女に見えるが、その実、凄まじい力を持った竜の化身なのだ。
「わがはいが村を守る! だからひかげは、思う存分に戦えー!」
「!」
サクヤも同調するようにうなずく。
「村の結界をさらに強固にしておく。ベルナージュもいれば守りは完璧じゃろう。ひかげ、おまえは後ろを気にせず戦うがよい」
……聖騎士達の戦いに際して、俺が一番気にしていたのは、このか弱い女達をどう守るかだった。
波状攻撃をさばきながら、彼女らを守るのはなかなかに骨が折れる作業だと思っていたのだ。
「ひかげくん、後ろは任せな!」
「エステル……」
にっ、とエステルが笑って、俺を抱きしめる。
「ひかげくんは、精一杯戦って。それで負けたら……そんときゃそんとき! このエステル姐さんが、ひかげくんはわるい子じゃ無いって、訴えまくってやんよ!」
……ああ、なんて温かいんだ。
俺はこのぬくもりを……決して失いたくない。
だから……。
「……ありがとう。いってくる」
俺は影転移を使って、村をあとにするのだった。