07.暗殺者、暫定的に守り神となる
魔王の部下襲来から、数時間後。
夜。俺は村はずれの、いつもの神社にて、横になっていた。
「…………」
天井を見上げながら、はぁ……っとため息をつく。
「……いろんなこと、起こりすぎて……頭いたい……」
思えばこの1年半は、変化に乏しい日々だった。魔物を狩る。飯を食う。魔物を狩る。寝る……非常にシンプルな日々だ。
それが今日、偶然エステルたちを助けたことで、状況が一変した。
「……いろんなもん、知ってしまった」
村の事情。
村長であるサクヤの抱える事情。
そして……あのハーフエルフの少女のこと。
邪血の一族のこと……。
「…………」
影探知に、反応があった。
誰かが神社にやってくるようだ。
時間的に……誰かが飯を持ってきたのだろう。
探知の精度を上げ、やってくる人物が誰かに見当をつける。
俺は織影を使い、影を伸ばし、神社の入り口の扉を引く。
「わっ……! びっくり~。自動でドアが開くんだもん」
そこにいたのは金髪に豊満ボディの美少女、エステルだった。
「よっ……! ひかげくん、ご飯を持ってきたよ。飯くうかい?」
「…………ああ」
俺は起き上がる。
エステルがテキパキと飯の用意をしてくれた。
どうやらお弁当を作ってきたらしい。
重箱をぱかんと開ける。
「じゃーん! お姉ちゃん特製のちらし寿司だい! たぁんと食いなさいな」
弁当箱にぎっしりと米や魚介が敷き詰められていた。
……こんな森のど真ん中で、魚なんて捕れるのか?
いや、取れるのか……。
「さぁさぁいっぱいたーべてっ♪」
「……いただきます」
エステルが寿司をよそって、お皿を俺に手渡してくる。
箸を使ってそれを食う。
甘酸っぱい酢飯に、新鮮な魚貝が実にあった。
「ひかげくん、今日はほんっとうにありがとう! いつも感謝してるけど……今日は特にありがとう!」
にこーっと笑うエステル。
……俺は「いや、別に……」と素っ気なく答える。
「けどそっかー。防人さまがひかげくんだったんなら、明日からもこうして一緒にご飯食べよっかなー」
エステルも自分の分をついで、むしゃむしゃとちらし寿司を食べる。
「毎日ひかげくんが村を守ってくれる……お仕事頑張るひかげくんのために、おベントを持って行くお姉ちゃん……はっ! 通い妻みたいだ!」
「…………」
俺は寿司を食いながら、考え事をしていた。
……守り神を、続けるか否か、である。
エステルは、俺が防人として、昨日も、今日も、明日も……この村を守ってくれると固く信じているようだ。
……俺は、どうするべきだろうか。
俺はおばばさまとの会話を思い出す。
邪血についてと、結界が破壊された件について、以下の回答を得た。
・邪血とは、【邪神の力を宿した血】のこと。
・ミファの一族は、先祖が邪神だった。その邪神は、全知全能の力を持っていた。
・邪神なき後も、その力は一族に代々受け継がれている。その血に流れる邪神の血は、万物を作り出し、万物に進化をもたらす……強大なエネルギーを秘めていた。
・ゆえに魔王は邪血を求めていた。邪神の力を得て、世界を征服するために。
・ここ数年、魔王の動きが活発になってきた。そしてつい先日、魔王がこの場所を、そして邪血の姫を発見。
・魔王はさらに強くこの森への侵攻を強め、攻撃に耐えられなくなり、結界が崩壊した。
「…………」
厄介な案件だ。
邪血がある限り、ミファがあの村にいる限り、争いがなくなることはない。
結界は、今は修復しているらしい。
だが魔王はすでにミファがここにいると見当をつけているのだ。
今後より一層、魔王は攻撃を仕掛けてくるだろう。
結界はそのたび破壊修復を繰り返し、やがておばばさまの体力が尽きて……。
「ひかげくん?」
「……え?」
「どうしたの、暗い顔して」
「……あ、いや」
「悩みがあるのならお姉ちゃん相談だっ! 何でも言ってみ? たいていのことは解決してあげますぞー?」
にへーっとだらしのない笑みを浮かべるエステル。
……俺は改めて、彼女が生きていて良かったと思った。
昔、この子は死んだと思った。
事故に巻き込まれて……命を絶った。と思っていた。
だがエステルは、こうして今も元気でやっている。
そして、あの村で……楽しそうに暮らしている。
「エステルは……」
「おうおう」
「……あの村が、好きなのか?」
何もない、どがつくほどの田舎。
内に爆弾をかかえており、いつ爆発するかわかったモンじゃない、あの村を。
エステルは俺を見て、にかっと笑って、強くうなずいた。
「うんっ……! お友達イッパイ、妹もいて、そんでもってひかげくんがいる! 今までもこの村、この森が好きだったけど……今はもっともっと、も~~~~ッと好きになったよ!」
エステルは嬉しそうに笑うと、俺に抱きついて、むぎゅーっとハグする。
「……だって、大好きなひかげくんが近くにいたんだもん。いるんだもん……だから宇宙一だいすき」
「そ、うか……」
エステルは、この村が大好きらしい。
きっとここで、いろんなことがあったのだろう。楽しい思い出、嬉しかった思い出が、あるのだろう。
「……けど、俺には何もない。からっぽだ」
俺には……なにもなかった。
ここにとどまる理由が、なかった。
正直ここを捨てて出て行っても、俺には何も問題ない。
ここに居続けるとなると、嫌でも邪血を巡る争いに、巻き込まれることになる。
戦うことになるだろう。
……何のために?
俺は、考える。
何のために戦うのか。何のために生きているのか。
戦い続ける理由も。
何かを守る、理由も……今の俺にはない。
子供の頃、エステルと出会う前、俺は父親が暗殺者だからと暗殺術を振るった。
エステルと出会った後、俺は世のため人のために、という漠然とした理由で、戦っていた。
そして勇者に追放された後……俺には、戦う理由も、ここにいる理由も、生きる理由も……なにも……なくなっていた。
俺は、本当に空っぽな人間だ……。
「そんなことないよ。何もないなんてわけないさ」
ハッ……! として、俺は彼女を見上げる。
エステルは慈愛に満ちた笑みを浮かべると、俺の頭を撫でてくる。
「じゃあ……俺には何があるんだよ?」
「強い力があるじゃあないか」
エステルがよしよしと頭を撫でる。
「すごい力だよ。あんな恐ろしいバケモノを簡単にやっつけられちゃう……すごい力じゃない」
「けど……この力は、暗殺術で……人をあやめる力で……」
感情のままに、言葉を吐き出した。
理路整然としてなかった。
だがエステルは、辛抱強く、俺の言うことを聞いてくれた。
「エステルに……言われたから。人のために使いなさいって……けど、ダメだった。結局俺は上手く使えなかった。勇者にいらねえっていわれて……だから……」
「だから……もうその力は、もういらない?」
エステルの問いかけに、俺は静かにうなずいた。
こんな力があっても、何の意味もなかった。
世のために人のために振るったところで、また必要ないと拒否されるだろう。
「ひかげくん……ダメだよ」
むぎゅっ、とエステルが俺を抱きしめる。
柔らかで、温かい……彼女の感触に、目がくらむ。
「ダメだよ。だってその力はひかげくんそのものなんだよ? いらないっていったら……かわいそうだよ?」
俺はエステルを見上げる。
彼女は微笑んで、俺の額にキスをした。
「その力もひかげくんの一部……ひかげくんなんだよ。いらない子扱いしたら……かわいそうだ。きっと悲しい悲しいって、泣いてるよ」
影呪法が……泣く?
比喩表現だろう、きっと。
けれど……なぜだか知らないが、しっくりきた。
「力を持っちゃったら、もう手放すことはできないんだよ。のぶれすおぶ……おぶ……おぶり……えっと~……」
「……ノブレス・オブリージュ?」
「そうそう、それっ!」
この人、自分で教えといて、忘れてやがる……。
「もうその力はひかげくんそのものなんだよ。だからいらねーとか、なければいいのにーって否定したら、ふてくされちゃうよ。ひかげくんもそうだったんでしょう?」
ハッ……! と俺は気付かされた。
……そうか。
俺は、ふてくされていたんだ。
いろんなやつに、俺自身を否定され続けて……もう嫌になっていたんだ。
「一度否定されたら、もうそれで終わり? 一回拒絶されたからって、それで人生終了? もったいないよ……それ」
「……じゃあ、どうすればいいんだ?」
俺は救いを求めるように、エステルに尋ねる。彼女は笑うと、よしよしと頭を撫でる。
「わからない……だからお姉ちゃんが一緒に、探してあげるよ!」
エステルが花が咲いたような笑みを浮かべる。
「自分探しだね、おうけいよっしゃお姉ちゃんが手伝ってあげらい!」
「いやあの……」
「田舎でやることないからさ。だからお姉ちゃんが付き合ってあげる。ひかげくんが、心から望むこと、これから何がしたいのか……ってこと。一緒にさ!」
ねっ、とエステルが無邪気に笑う。
……ああこの子は、何も知らないんだった。
邪血を巡る戦いのことも。
俺が本当の守り神ではないことも。
この子は無邪気に信じてるのだ。
俺が……これからもずっと、エステルのそばにいるということを。
「…………ああ、そうだな」
エステルを見て、俺はうなずいた。
「手伝ってくれよ、俺の、したいこと探しにさ」
俺は彼女から離れて、手を伸ばす。
……手にしている、力、影呪法。
新たに手にした、奈落の魔物を倒して手に入れた、この最強ステータス。
これを、どう使えば良いのか、俺にはまだ正しい答えがわからない。
だから今は、心のままに使ってみよう。
つまり……この子と、そしてこの子が愛するあの村に住む人々、あの村を……守ろうと。
「よっしゃ! お姉ちゃんに……おまかせあれ!」
エステルが俺の手を握る。
……その瞬間、俺は契約が結ばれたような気がした。
俺は、本当にしたいことが見つかるまで、この子とその周囲を守ろうと。
「では夜も遅いし……今日はもう寝ますかな。ここお布団ある?」
「え、えっ? こ、ここで泊まるのか!?」
「もっちろんさー! いいでしょー、ねーねー」
「……いやまあ、別に」
「やったぁ……! じゃあ寝ましょうか」
ぽいぽいとエステルが衣服を脱ぎ捨てていく。
「何してんだよ!」
「お姉ちゃん暑いの苦手でさ~。最近ほら暑いでしょ、だからパンツ一丁で寝てるのさ」
「やめろって脱ぐなってほらもー!」
……かくして俺は、暫定だけど、この村の守り神をすることに、したのだった。