66.暗殺者、両手に花で温泉に入る
双子座の神器を持つ男を撃退した、翌日。
俺は奈落の森のなかにある、いつもの神社のなかにいた。
「へーい! ひかげっち~! お姉ちゃんと一緒に風呂入ろうぜぇ~!」
金髪に豊満なボディのアホ姉。
エステルが、ノックも無しに部屋の中に入ってきた。
「……エステル。急に入ってくるなよ」
「およん? なんでかね。あっ! ごめんごめん、なるほどそーゆーことね」
うんうん、と訳知り顔でアホ姉がうなずく。
こいつがこの顔のとき、たいていロクデモナイことを考えてる。
「自家発電の途中だったわけだ! すまねえ!」
「……ちげえよアホ」
「だいじょうぶ! お姉ちゃんそういうの理解してるから。お姉ちゃんに遠慮せずささっ、どーぞどーぞ!」
俺はため息をついて、アホ姉の頭をチョップした。
「……要件は?」
「一緒にお風呂入ろう! 最近バトルバトルでお疲れでしょう? この姉上様がひかげくんをご奉仕してやろうってな」
「……まあ、別に良いけど」
「はいけってー♡ さ、いこーぜ!」
というわけで、俺はアホ姉の背中に押されながら移動。
神社からほど近い場所にある。露天風呂へとやってきたわけだが……。
「……なんでミファもいるんだ?」
温泉の入り口に、ハーフエルフが立っている。
白く長い髪に、同じく真っ白な肌。
ただし、今は処女雪のように白い肌は、真っ赤に染まっている。
彼女はミファ。
この村の巫女であり、エステルに次いで大事な存在だ。
「あの……ヒカゲ様。わたしも一緒では、おいや……ですか?」
潤んだ目でミファが見上げてくる。
「……いや、別に嫌って訳じゃないけど」
「ええやん、ひかげきゅん。三人で仲良くびばのんのんしようよぅ。ねーねー」
じっ……とミファが俺の答えに注目している。
正直、エステル以外と裸の付き合いをするのは、気恥ずかしい。
ただ、ここで断るのも、ミファに悪い。
彼女には大きな借りがある。
エステルを復活させる際に、邪血をかなりの量分けてもらったからな。
「……わかったよ。一緒に入ろう」
「はいっ!」
ミファは花が咲いたように笑みを浮かべる。
「いやっふー! みんななかよくすっぽんぽん祭りじゃー!」
俺はアホ姉の頭を軽く叩き、風呂に浸かることにした。
奈落の森は木々に覆われ、年中夜のように暗い。
しかしここの露天風呂は、周囲の木々を伐採していることもあって、開放的な雰囲気がある。
「待たせたな青少年! サービスシーンの時間だぜぇ♡」
エステルが脱衣所(柵で囲って作った簡素な物)から、笑顔で出てくる。
「……おまえ、隠せよ色々と」
彼女は肌に何も身につけていなかった。
美しすぎる裸体が、惜しみなく俺の前にさらされている。
シミ一つ無い肌。ふくよかな乳房。
つるりとした……いや、なんでもない。
「ぬふふ~♡ ひかげっちはいつになってもシャイシャイボーイだねぇ~♡」
目線を反らしてると、エステルが俺に近づいてくる。
「ベッドでは散々見せ合った中ではないか~♡ ほれほれ恥ずかしがる必要がどこにあーる♡」
「……ばかっ! タオルを奪い取ろうとするなアホ姉!」
ぐいぐい、とエステルが俺の腰からタオルを奪い取ろうとする。
「……離せっ! 非常識だろ!」
「なはは! 湯船にタオルを入れてるきみのほうが非常識なのだー! てりゃー!」
がばっ、とエステルが勢いよくタオルをダッシュする。
「ふはは! お姉ちゃんの裸体にみとれてしまったねひかげくん! それが君の運の尽きさ!」
勝ち誇った笑みを浮かべて、エステルが頭上にタオルを掲げる。
なんて女だこの人は……!
「ええっと、あのぉ……」
「おっとミファたんきたかね~。ほら、おいでおいで♡」
脱衣所からひょこっ、とミファが顔だけを出す。
「あう……あうぅう~……」
ハーフエルフの彼女の耳の先が、真っ赤に染まっている。
「恥ずかしがることないよぅ。お姉ちゃんとひかげくんしかいないんだしさ。ほれほれかもーん」
ミファはひょいっ、と脱衣所の柵から、体を出す。
「ちょっ!? なんでおまえも!?」
「あうぅう~…………」
アホ姉に続いて、ミファもタオルを巻いていなかった。
局部を手で隠しながら、よたよたとこっちに……って、いかん!
「ひかたんどったの~? 恥ずかしがっちゃってぇ~♡ うりうり♡」
実に楽しそうに、アホの姉が俺の頬を指でつつく。
目前にグラマーな美女の、そして間近には、スレンダーな美少女の、凄まじく美しい裸体があるのだ。
直視なんてできるわけがない。
「にゃははっ♡ ひかげくんはいつまで経っても童貞っぽい反応してくれるから、お姉ちゃんからかいがいがあるってぇ、もんよぅ~♡」
「……おまえは後で殴る」
「ささっ♡ おふろにインしようぜっ♡」
三人で湯船に浸かることになった、のだが……。
「……なぜ左右に座る」
「お、お気になさらずっ」
「気にすんなっ♡ よくあるこったろ?」
右にエステル、左にミファが座っている。
しかも肩が触れあうくらい、ぴったりと密着していた。
みずみずしい肌の感触が実にむずがゆい。
離れようとすると、逆側の女の子によりくっつくことになるので……ああもうどうすりゃいいんだよ!
「ひかげくんってば顔が赤いぞぉ? どうしたのかね♡ にゅふふ~♡」
エステルは俺の腕にしっかりと、しがみついてくる。
たわわに実った乳房が、ぐにゅりと潰れる。
「……おまえわざとやってるだろっ」
「しっけーな。わざとじゃないよ。あえてだぜ♡」
ぽかっ。
「あいたー♡」
一方でミファが、じーっとこっちを見ている。
「……ど、どうした?」
「し、しちゅれいしまちゅー!」
ミファもエステルをまねるようにして、俺の腕を掴んでくる。
エステルほどではないが、きちんと胸がある。吸い付くような肌の感触だ。
「……あの、離してくれないか?」
「…………」
捨てられた子犬のような目をミファが向けてきた。
「……いや、このままでいい」
「はいっ♡」
むきゅーっ、とミファが嬉しそうに俺の腕にしがみつく。
「両手に花とはこのことだね、ひかげくんっ♡」
「……そ、そうっすね」
「うりうり~♡ もっとよろこべ~♡」
エステルが、自分の谷間に、俺の腕を挟んでくる。
「ちょっ!?」
「にゃははっ♡ どうどう? 元気で……たかね?」
エステルがニコニコしながら問うてくる。
「……ああ」
「良かった良かった~。ひかげくん最近またお忙しそーにしてるからさ。お姉ちゃん……心配だったんだ」
ぽつり、とエステルがつぶやく。
彼女が静かに微笑んでいるとき、それは……内心の動揺を表に出さないよう、必死になっているときだ。
「妙な人たちが、最近出入りしてるでしょう? また……狙われてるんだよね?」
「……ん」
ミファが心配そうな目を俺に向けてくる。
「やっぱり……わたしの邪血を狙って……?」
「……いいや、違うよ。今度の敵は、関係ない。だからそんな顔しないでくれよ」
俺はミファの頭を、手でなでる。
絹糸のようにさらさらとしていて、気持ちが良かった。
「ヒカゲ様……」
「……エステル。これからもミファを頼むよ」
「あいよぉ、でもねひかげくん」
「……わかってる。無理しないから」
「ならよし♡」
エステルは太陽のように明るい笑みを、俺に向ける。
そう、俺はこの女性の、この笑顔が大好きなのだ。
「なはは、ひかげくんやっと笑ってくれた。いつも気難しそーにしてっからさ、よくねーぜそういう顔。スマイルスマイル♡」
「そうですっ。スマイル、です!」
ふたりの笑みを見ていると、戦いの連続で張っていた緊張が、ほどけていくような気がする。
相変わらず、敵からはバケモノ扱いされる。
実際俺も、自分が人間でなくなっている自覚はある。
けれど、大事な人たちの笑顔を見ているとき、俺はその瞬間だけ人間に戻れる。
この大切な人たちのいる村を、これからも守っていくのだ。
俺は改めて、そう思うのだった。




