65.暗殺者、もうひとりの自分と戦う
水使いを撃破してから、数日後の出来事だ。
奈落の森に、新たな使徒が攻めてきた……と思ったのだが。
「……なんだ、おまえ?」
森の中に立っていたのは、俺だった。
黒衣に黒髪。
陰気そうな少年は、紛れもなく【焔群ヒカゲ】そのものだった。
「おれは13使徒がひとり、【九条】さまだっ!」
九条と名乗ったそいつは、しかし、やはり見た目は俺とそっくりである。
「おれさまの神器【双子座の鏡】は、相手を完全にコピーする。つまり能力から戦闘力まで全部がおまえと同等!」
「……そうか」
神器というのは、なかなか多彩な能力を秘めた武器のようだな。
「おいおいおいおいなんだ黒獣くんよ? 余裕じゃねーかよぉなぁおい」
「……御託は良いから、とっとと始めるぞ」
俺は織影で影の刀を作り、敵に集中する。
「影呪法、壱の型【織影】ね。たしかこうやるんだっけか?」
九条もまた手印を組む。
自分の影が、粘土のように変形し、その手に黒い刀を発生させる。
「ひゅー! 影があれば何でも作れるとか、チート能力だなぁよぉ?」
「……うるさいやつだな。とっとと来いよ」
「じゃあご要望にお応えして? あんたをあんたご自慢の能力でぶっころしてやるぜ!」
ダンッ……! と九条が俺めがけて走ってくる。
【ご主人さま。やつは闘気すらもコピーしているようです】
「……身体能力も互角って訳か」
「おぅら、死ねぇ!」
闘気で強化された斬撃を、九条が俺に放ってくる。
俺は紙一重でそれを回避。
「そーら! もういっちょ!」
今度は九条が、連撃を放ってくる。
キンキンキンキンキン……!
「ははっ! 防戦一方じゃあないか!」
キンキンキンキンキン……!
「くっ……! このっ!」
キンキンキンキンキン……!
「ちょ、ちょっと待ちやがれ!」
九条が焦った顔で叫ぶ。
「どうして俺の攻撃がまったくあたらねえんだよ! おまえ、最強の黒獣じゃないのかよ!」
やつの攻撃を、俺は全部刀で打ち払っていたのだ。
「……同じ力を持ってるんだから、こうなるのは明白だろ?」
「ふざけんな! おれは13使徒として数多くの罪人達を葬り去ってきた! その経験がある、実戦経験がなぁ!」
九条が俺めがけて斬りかかってくる。
闘気で速度を強化してるようだが……甘い。
「もらった!」
スカッ!
「なっ!? ど、どこいった!?」
俺は影転移でヤツの背後に回り、一瞬で背中を切りつける。
ザシュッ……!
「がぁあああああああああ!」
九条は前のめりに倒れる。
「なんだ!? おれは何されたんだっ!?」
「……どうやら、俺の能力が使えるからといって、経験までコピーできるわけじゃないみたいだな」
あくまで九条が神器でコピーできるのは、姿と能力のみなのだろう。
「くっ、そぉおおおおおお!」
九条は手印を組む。
ずぉ……! と影式神たちが、彼の影からまろびでてくる。
「殺せ! ぶちころしちまえ!」
100体ほどの影の式神達が、九条の命令に従って、俺に向かって殺到する。
俺は右手を黒獣化させる。
大きさを変化させて、右手を勢いよく振る。
ガオォンッ……!
空気を切り裂く異様な音。
俺の右手が通った後には……しかし、何も残っていなかった。
「う、うそだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
九条は驚愕の表情で叫ぶ。
「なんだなんだよどうなってんだっ!?」
「……右手を黒獣にかえて、影に触れた式神達を影食いで喰らっただけだよ。そんなこともわからねえのか? 俺をコピーしておいて」
「う、うるさいうるさいうるさぁあああああああああい!」
顔を真っ赤にして、九条は地団駄を踏む。
「……実戦経験が違っていうけどさ。影呪法を使った戦闘経験でいえば、俺のほうが上だぞ」
今まで何十戦してきたと思ってるんだ。
【愚かですね。最強の力を模倣したところで、最強の存在になったわけではないというのに】
「だまれぇ! おれは……13使徒! 最強の騎士なんだ! それを……こんな餓鬼に負けてたまるかぁ!」
ゴォッ……! と九条の体から呪力があふれ出る。
「こうなったらてめえの最終奥義を使ってやる……ぐ、ぐぁあああああああああああああああああああ!」
九条の足下から、黒い影が噴出する。
それはヤツの体を完全に飲み込むと、異形のバケモノへと変化していく。
影呪法の、最終奥義。
自らが黒いバケモノとなって、すべてを喰らう終の奥義。
【すげえ……! なんてパワーだ! これならあの野郎をぶち殺せるぜえええええええええええええええ!】
黒獣となった九条は、俺に向かって突進してくる。
ゴォオオオオオオオオオオオオオ!
風を切り、地面をえぐりながら、影の暴風となって特攻してくる。
【死ねぇええええええええええええい!】
俺は手印を組み、織影を発動。
九条の体の下から、無数の影の触手が湧き出て、相手を束縛する。
【ば、バカな!? 最終奥義が、たかが壱の型のざこ技に止められるわけないだろ!?】
触手を引きちぎろうとするが、しかし九条は身動きをとれていない。
今の影の触手の強度が、黒獣を勝っているのだ。
「……闘気で影呪法を強化すれば、黒獣すらも動きを止められるんだよ」
『愚かですね。所詮猿まね。真の強者たるご主人さまに、敵うわけがないのに』
そのときだった。
【ぐぅううううううう! ぐぉおおおおおおおおおおおおお!】
九条の声が、獣のように変化する。
『精神が黒獣に支配されかけていますね』
「……もともと黒獣狂化は制御不能の、自爆技だったからな」
俺はヴァイパーがいたからこそ、自我を失わずに、最終奥義を使えた。
しかしヤツはひとりしかいない。
このままではヤツの意識は、黒獣に完全に食われてしまう。
「……仕方ない」
俺は織影で刀を作る。
同時に、黒獣となった九条が、触手を無理矢理ひきちぎって、突進してきた。
【グォオオオオオオオオオオオオオオ!】
黒獣の体から、無数の触手が生えて、俺に殺到する。
触手の先が槍になっており、俺を針山にしようとしてくる。
「…………」
俺は刀を持っていない方の手を、黒獣化させる。
黒獣の爪を振るう。
ガオンッ……!
九条の伸ばしてきた触手全てを、食い破る。
そしてツッコんできた九条へ、刀を振るった。
ズバンッ……!
縦に一閃された九条は、その場に倒れ込む。
ざぁあああ…………と黒い霧が晴れるように、九条の黒獣化が解ける。
俺はヤツのもとへ近づいて、左を黒獣の頭に変え、丸呑みにする。
「……ふぅ」
そして、黒獣の顎を開けて、九条を吐き出した。
「ゲホッ! ゴホッ!」
『なるほど、死ぬまで解除されない最終奥義。ならば一度殺して、死を喰らうことで蘇生させ、元にもどしたということですね。さすがです、ご主人さま』
俺の姿をしていた九条。
しかし一回死んだことで、神器の効果が切れたのだろう。
元の姿形へと戻っていた。
「…………」
「ま、まちがやがれ……」
九条が俺に声をかける。
「どうして、おれを殺さない……? おまえは、主の掟に背く悪人なのではなかったのか……?」
「……別に、おまえにどう思われようと、俺には関係ない。俺は、俺だ」
俺はきびすを返し、その場を後にするのだった。