63.暗殺者、射手と戦う
毒使いのトゥエルブとの戦いから、数日後。
新たに【13使徒】が攻めてきた。
奈落の森の中にて。
バシュッ……!
どこからか、何かが射出する音がした。
と思ったら、俺の足にボウガンの矢が刺さっていた。
『ご主人さま。敵はボウガンの使い手のようです』
「……みたいだな」
俺は織影で触手を作り、足に刺さった矢を抜く。
影喰いを発動。
地面から黒獣の顔が伸び、矢を食べる。
『解析の結果、どうやら遙か遠方から神器による射撃を行っているようです。しかも打ち込む方向は自在に操れるみたいです』
「……なるほど。道理で今打ってきた方角に、敵が居ないわけだ」
足に矢が刺さった瞬間、式神を使って、敵の位置を探ろうとした。
しかし結果は空振りだった。
思った方向からボウガンの矢を打ち込める、という仕組みらしい。
バシュッバシュバシュッ……!
今度は連続して、矢が射出される。
俺が視認するよりも早く、矢が体中にささった。
『矢を狙った場所へテレポートさせる能力のようですね』
「……厄介な相手だな」
影の触手で矢を抜いて、ため息をついたそのときだ。
『うひゅひゅ……どぉだぁ……ボクの神器【射手座の弩弓】はぁ……?』
いずこより、奇妙な男の声が聞こえてきた。
「……おまえが今回の使徒か?」
『そぉとも! ボクは【イレヴン】! 使徒随一の射撃の名手さっ!』
「……それ、自分で言ってて恥ずかしくないのか?」
『うひゅひゅっ! ボクの攻撃を前に手も足も出ない君が言っても、ぜーんぜん恥ずかしくもなんともないねぇい! おら死ねぇ!』
バシュバシュバシュッ……!
ボウガンの射出音が連続して聞こえると同時に、俺の体中に矢が突き刺さる。
『うひゅー! これで終わりだぁ!』
バシュッ……!
俺の眉間に、ボウガンの矢が突き刺さる。
『ひゃっはー! おいおいなぁんだ、黒獣なんてたいしたことなかったねぇ!』
「……それはどうかな」
『はぁあああああああ!? い、いったいどうなってるんだぁ!?』
イレヴンが声を荒らげる。
『み、眉間に矢が刺さったんだぞ!? しかもその矢は退魔属性が付与された矢なんだぞぉ!?』
「……突き刺さる瞬間のギリギリを見極めて、矢を掴んだ」
俺は手に持った矢を地面に捨てる。
『ばかなっ!? あり得ない! ボクの弓矢はテレポートしているんだぞ!?』
「……そうはいっても、出現してぶつかるまでには、コンマ数秒のラグがあるだろ?」
闘気で動体視力と反射神経を強化し、織影で矢を包んで、それを掴んでいたのだ。
『し、信じられない……』
「……自慢のボウガンが封じられたら、おしまいか?」
『そ、そんなわけがあるか! く、くらえ!』
バシュバシュバシュバシュバシュッ!
俺の周囲に、無数の矢が出現する。
『はっ、はぁああっ! この数の矢を、全部捕まえられるもんならやってみろ!』
「……ああ」
俺は手印を組み、織影を発動。
足下の影から、無数の触手が伸びる。
矢を包み込んで、すべて受け止めた。
『なぁっ!? ばっ、ばっ、ばかな!? この数をどうやって!?』
「……おまえの攻撃は全て見切った」
実は影式神も出しておいた。
鳥形の式神を周囲に出しておき、ヤツの矢を視認した瞬間、影の触手でそれらを全て受け止めたのである。
『式神の視覚共有を、このような使い方するなんて、さすがですご主人さま』
ヴァイパーが感心したようにつぶやく。
『ふざっ! ふざっっけんな! こんなもん反則じゃないか! 正々堂々と戦え!』
「……隠れてこそこそ遠くから攻撃してるおまえが、正々堂々を語るな」
『うるさいうるさいうるさぁああああい!』
イレヴンがめちゃくちゃに、矢を放ってくる。
だがもう攻撃を防ぐ方法は確立されている。
式神と触手を使って、それらを自動的に防御する。
『くっ! け、けどまだボクの優位は変わらない! なんせ、ボクの居場所を特定できてないんだからね!』
森の中にイレヴンの声がこだまする。
『知ってるよ! きみはその森のなかでしか最強でいられないんだろ! 森の外にいるボクに、果たして勝てるのかな!?』
「……いや、普通に勝てるけど」
俺は手印を組み、【影転移】を発動。
足下の影の中から、イレヴンの影へと転移した。
「……よぉ」
「なっ!? ほ、焔ヒカゲぇ!」
俺の眼前には、不健康そうな肌色の、ひょろ長い男がいた。
「う、うそだぁ! 森の外にいるボクをどうやって!?」
「……使い魔におまえの居場所をさがさせた。あと俺の転移は闘気でパワーアップしてる。敵の影だろうと転移できるぞ」
「そんな……そんなのもう……ずるすぎるじゃないかぁ……」
ぺたん、とその場にへたり込むイレヴン。
「……威勢がいいのは、自分が優位なときだけか?」
俺は織影で刀を作り、イレヴンに突きつける。
「ひぃいいいいいいい! すみません! すみません! 命だけは助けてくださいぃいいいいいいいいいいい!」
イレヴンは地面に頭をこすりつけて、必死の形相で命乞いをする。
手に持っていたボウガンを放り投げて、何度もお土下座する。
「……二度と俺の前に現れるな。いいな?」
「はいぃいいいいいい! わかりましたぁああああああ!」
俺はため息をついて、きびすを返し、その場を後にしようとする。
「なぁんてそんなわけあるかぁ! 死ねぇえええええええええ!」
イレヴンが血走った目で叫ぶ。
だがヤツの手には武器もないのに、どうやって攻撃するというのか。
『ご主人さま。見えない自動追尾矢が周囲に配置されております』
なるほど、そんな芸当もできるのか。
俺の目には映らないが、賢者には鑑定スキルがある。
それを使って矢が見えているのだろう。
無数に飛翔し、押し寄せてくる見えない矢。
「串刺しになって死にやがれぇええええええええ!」
「……おまえがな」
俺は手に持った影の刀を振るい、見えない矢全てを打ち返した。
ガキキキキキンッ!
「ふげぇえええええええええええ!」
矢はすべてはじき返され、数本がイレヴンの肌にぶっ刺さる。
体中を穴だらけにしたイレヴンはその場に倒れる。
「ば、ばかなぁ~……見えないんだろぉ~……?」
「……ああ。けど使い魔は矢が見えている。視覚を共有して攻撃対象を細くし、あとは全部打ち返しただけだ」
「そんな……芸当。もはや……人間じゃ……ない……」
がくんっ、とイレヴンが気絶する。
まあ、退魔属性の矢だ。
人間には効かないだろう。
いちおうヴァイパーに治癒の魔法をかけさせ、俺はイレヴンを放置し、その場を後にするのだった。