61.暗殺者、天の騎士と戦う
夏の日差しが西に傾いてきた頃。
俺たちの暮らす【奈落の森】に、敵がやってきた。
式神にして元魔王の側近・ヴァイパーの案内で、俺は敵の元までやってくる。
「……人間? 子供?」
俺から少し離れた場所には、純白の衣装を身に纏った少年がいた。
白銀の鎧に、真っ白なマント。
その腰には【手斧】がぶら下がっている。
少年の歳は……17の俺より若い。
12か、下手したら10歳かもしれない。
「へぇ、君が【執行対象】かい? なんだなんだ、ガキじゃあないか?」
少年は俺を見て、はんっ、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「……子供が子供っていうなよ」
「なに、この程度で怒ったの? 精神がガキだねきみ」
「……ヴァイパー。なんだこいつは?」
こっそりと、俺は影のなかに潜むヴァイパーに言う。
俺は影を操る能力を使う。
倒した相手を影のなかにいれて、式神にすることが可能なのだ。
ヴァイパーは基本的に、俺の影のなかに潜んでいる。
『シュナイダーからの情報によると、やつは【天導教会】の騎士です』
「……てんどうきょうかい?」
『この世界にある宗教のことです。唯一神をあがめたたえ、その神を父と呼び、人間たちは彼の子供。そしてそれ以外は全て敵だという教えらしいです』
「……なかなかのイカレっぷりだな」
俺はまだ武器を出さない。
相手が何を望んでいるか不明だからな。
「……おい、ガキ。何をしに来た?」
「失礼だね君。ぼくはガキじゃない。ぼくは【十三】。誉れ高き天導最強の騎士【13使徒】だよ?」
「……じゅうぞう? 変な名前」
「……調子乗るなよガキが」
十三は腰の手斧を抜いて、俺に向ける。
「偉大なる我らが父上の導きに従い、【黒獣】を討伐させてもらうよ」
黒獣とは俺の呼称だ。
別に自ら名乗ったわけではないのだが、すっかり通り名になっている。
「……なんでおまえに殺されなきゃいけないんだ?」
「知らないね。興味も無い。ぼくはただ、父上から殺せと命令された。だから殺す。それだけだよ」
十三は手斧をクルクル回しながら、俺を見下すようにして言う。
『ヒカゲ様。やつの手に持っているのは【神器】と呼ばれる、強力な武器です』
「降伏するなら今のうちだよぉ? ぼくの神器【牡羊の斧】は強いんだよ? ハッキリって最強。君が勝つ確率は0だね」
にやにやと笑いながら、斧をクルクル回す。
『どうやら【牡羊の斧】は見えない斬撃を遠隔で放てるようです』
「……なんでそれを知ってるんだ?」
『シュナイダーの情報網を駆使して集めたデータです』
……あのうさんくさい魔神と手を組むのは、最初どうかなとは思っていた。
しかしこうして情報収集に、やつは役立っている。
まあ、何を考えてるのかわからんやつなので、過剰に信頼しては駄目だろうが。
「どうする? ほら無様に這いつくばって命乞いするなら考えてやっても良いよ? まぁもっとも、楽に殺すか、苦痛を持って殺すかの二択だけどねぇ」
「……殺されるつもりはない」
俺は手印を組む。
足下の影が触手のように伸び、それは俺の手に絡みついて、やがて刀の形へと変化する。
「へぇ、それが【影呪法】か。影を使った多彩な攻撃をするんだっけ?」
このガキがどこでその情報を知ったのか……。
脳裏をよぎるのは、あの白スーツの魔神シュナイダーだ。
やつは情報を俺に運んでくる。と同時に、その情報をどこか別の場所へ運んでいるように思える。
……まあ、種が割れたところで関係ない。
「それじゃあ始めようか。もっとも、これは戦いじゃなくて一方的な作業だけどね!」
十三はその場から動くことなく、手斧を振る。
ザシュッ……!
俺の首が切断された。
「あーあ、あっけなかったねぇ」
「……なにがだよ?」
「なっ!? なにぃいいいいいい!?」
くわっと十三は目を大きくむいて叫ぶ。
「な、なんで!? 首を切断しただろ!」
「……シュナイダーからは何も聞いてないのか?」
俺の影呪法のひとつ、【黒獣化】。
影の化け物となる技能だ。
黒獣は影でできているため実態がない。
俺は黒獣となることで、体を影に変えることができる。
すなわち、俺に物理攻撃は聞かないのだ。
……全部をシュナイダーから聞いてると思ったが、そうでもないらしい。
「く、くそっ! くそっ!」
十三が手斧を何度も振る。
そのたび見えない斬撃が俺の体を襲い続けた。
だがやつが物理攻撃しか使わないというのなら、勝機はない。
「……こっちから行くぞ」
俺は手印を組む。
身をかがめて、突撃の構えを取った。
「はっ! やってみなよ! いっとくけどぼくは【闘気】を使えるんだ! 打ち合いでぼくが負けるとでも思うなよ!」
「……そうだな」
ドスッ……!
「いっ、てぇえええええええええ!」
十三の体を、影の槍が四肢を突き刺していた。
「なっ!? なんだよこれ!?」
「……影呪法、壱の型。【織影】」
影を好きな形に変えて、実体化させる技だ。
本来は自分の影の形を変えるわざ。
相手の影を変えることはできない。
しかしここ奈落の森では違う。
森全体が昼間でも、夜のように暗い、深い森だ。
つまり俺の影は森の影と同じであり、奈落の森は俺の領域。
その影の領域内にやつがいるのである。
だからやつの影は俺の影の一部となり、操ることが可能なのだ。
からん……。
十三が手斧を落とす。
その瞬間、俺は【影喰い】を発動。
黒獣の頭が影から這い上がり、やつの神器を丸呑みにした。
「う、うわぁあああああああああ!」
十三はその場に尻餅をついて、泣き叫び出す。
「神器がぁああああああ! 父上からもらった、ぼくの神器がぁあああああああ!」
『どうやら13使徒の強さは神器に依存している様子ですね』
なら神器を失った今、やつが俺を攻撃する手段はない。
「……どうする? まだ続けるか?」
「ひっ……!」
十三が怯えた目で、俺を見上げる。
「う、うわぁあああああ! やだやだ、死にたくないよぉおおおおおおお! うぇええええええええええん!」
転がるようにして、十三が逃げていく。
『……とどめを刺さなくてよろしいのですか?』
ヴァイパーが感情を押し殺した声で言う。
『手負いの今なら、わたしでも倒せますが?』
「……いや、いい。放っておけ」
相手が魔族やモンスターならいざ知らず、さすがに生身の人間、しかも子供を殺す気にはならなかった。
『優しいのですね』
「……甘いっていいたいのか?」
『まさか。違いますよ』
穏やかな口調でヴァイパーが続ける。
『ヒカゲ様は、慈悲深き御方ですといいたいのです』
「……そんなたいそうな人間じゃねえよ、俺は。ただ……ここでやつを殺したら、エステルが悲しむかなって」
目を閉じれば、俺の恋人エステルの笑顔がいつも見える。
あのアホ姉は俺が傷付くのも、誰かを傷つけることも嫌う。
子供を殺したなんて言った日には、エステルは悲しんでしまう。
だから殺さない。
……そこに、俺の意思があるかどうかはわからんが。
「……人間らしさが欠如してきてるのかな、俺」
黒獣の力がどんどんと強くなっていくと同時に、俺は感覚が鈍くなって言ってる気がする。
そんな俺を化け物でなく、人間としてとどめてくれているのは、エステルがいるからだ。
『ヒカゲ様は人間ですよ。間違いなく』
「……ありがとな」
俺はそうつぶやくと、家路につくのだった。