表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/119

61.暗殺者、天の騎士と戦う



 夏の日差しが西に傾いてきた頃。


 俺たちの暮らす【奈落の森アビス・ウッド】に、敵がやってきた。


 式神にして元魔王の側近・ヴァイパーの案内で、俺は敵の元までやってくる。


「……人間? 子供?」


 俺から少し離れた場所には、純白の衣装を身に纏った少年がいた。


 白銀の鎧に、真っ白なマント。

 その腰には【手斧】がぶら下がっている。

 少年の歳は……17の俺より若い。


 12か、下手したら10歳かもしれない。


「へぇ、君が【執行対象】かい? なんだなんだ、ガキじゃあないか?」


 少年は俺を見て、はんっ、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「……子供が子供っていうなよ」


「なに、この程度で怒ったの? 精神がガキだねきみ」


「……ヴァイパー。なんだこいつは?」


 こっそりと、俺は影のなかに潜むヴァイパーに言う。


 俺は影を操る能力を使う。

 倒した相手を影のなかにいれて、式神にすることが可能なのだ。


 ヴァイパーは基本的に、俺の影のなかに潜んでいる。


『シュナイダーからの情報によると、やつは【天導てんどう教会】の騎士です』


「……てんどうきょうかい?」


『この世界にある宗教のことです。唯一神をあがめたたえ、その神を父と呼び、人間たちは彼の子供。そしてそれ以外は全て敵だという教えらしいです』


「……なかなかのイカレっぷりだな」


 俺はまだ武器を出さない。

 相手が何を望んでいるか不明だからな。


「……おい、ガキ。何をしに来た?」


「失礼だね君。ぼくはガキじゃない。ぼくは【十三じゅうぞう】。誉れ高き天導最強の騎士【13使徒】だよ?」


「……じゅうぞう? 変な名前」


「……調子乗るなよガキが」


 十三は腰の手斧を抜いて、俺に向ける。


「偉大なる我らが父上の導きに従い、【黒獣こくじゅう】を討伐させてもらうよ」


 黒獣とは俺の呼称だ。


 別に自ら名乗ったわけではないのだが、すっかり通り名になっている。


「……なんでおまえに殺されなきゃいけないんだ?」


「知らないね。興味も無い。ぼくはただ、父上から殺せと命令された。だから殺す。それだけだよ」


 十三は手斧をクルクル回しながら、俺を見下すようにして言う。


『ヒカゲ様。やつの手に持っているのは【神器じんぎ】と呼ばれる、強力な武器です』


「降伏するなら今のうちだよぉ? ぼくの神器【牡羊の斧アリエス】は強いんだよ? ハッキリって最強。君が勝つ確率は0だね」


 にやにやと笑いながら、斧をクルクル回す。


『どうやら【牡羊の斧アリエス】は見えない斬撃を遠隔で放てるようです』


「……なんでそれを知ってるんだ?」


『シュナイダーの情報網を駆使して集めたデータです』


 ……あのうさんくさい魔神と手を組むのは、最初どうかなとは思っていた。


 しかしこうして情報収集に、やつは役立っている。


 まあ、何を考えてるのかわからんやつなので、過剰に信頼しては駄目だろうが。


「どうする? ほら無様に這いつくばって命乞いするなら考えてやっても良いよ? まぁもっとも、楽に殺すか、苦痛を持って殺すかの二択だけどねぇ」


「……殺されるつもりはない」


 俺は手印を組む。

 足下の影が触手のように伸び、それは俺の手に絡みついて、やがて刀の形へと変化する。


「へぇ、それが【影呪法かげじゅほう】か。影を使った多彩な攻撃をするんだっけ?」


 このガキがどこでその情報を知ったのか……。


 脳裏をよぎるのは、あの白スーツの魔神シュナイダーだ。


 やつは情報を俺に運んでくる。と同時に、その情報をどこか別の場所へ運んでいるように思える。


 ……まあ、種が割れたところで関係ない。

「それじゃあ始めようか。もっとも、これは戦いじゃなくて一方的な作業だけどね!」


 十三はその場から動くことなく、手斧を振る。


 ザシュッ……!


 俺の首が切断された。


「あーあ、あっけなかったねぇ」


「……なにがだよ?」


「なっ!? なにぃいいいいいい!?」


 くわっと十三は目を大きくむいて叫ぶ。


「な、なんで!? 首を切断しただろ!」


「……シュナイダーからは何も聞いてないのか?」


 俺の影呪法のひとつ、【黒獣化】。


 影の化け物となる技能だ。


 黒獣は影でできているため実態がない。


 俺は黒獣となることで、体を影に変えることができる。


 すなわち、俺に物理攻撃は聞かないのだ。

 ……全部をシュナイダーから聞いてると思ったが、そうでもないらしい。


「く、くそっ! くそっ!」


 十三が手斧を何度も振る。


 そのたび見えない斬撃が俺の体を襲い続けた。


 だがやつが物理攻撃しか使わないというのなら、勝機はない。


「……こっちから行くぞ」


 俺は手印を組む。

 身をかがめて、突撃の構えを取った。


「はっ! やってみなよ! いっとくけどぼくは【闘気オーラ】を使えるんだ! 打ち合いでぼくが負けるとでも思うなよ!」


「……そうだな」


 ドスッ……!


「いっ、てぇえええええええええ!」


 十三の体を、影の槍が四肢を突き刺していた。


「なっ!? なんだよこれ!?」


「……影呪法、壱の型。【織影おりかげ】」


 影を好きな形に変えて、実体化させる技だ。


 本来は自分の影の形を変えるわざ。


 相手の影を変えることはできない。


 しかしここ奈落の森では違う。


 森全体が昼間でも、夜のように暗い、深い森だ。


 つまり俺の影は森の影と同じであり、奈落の森は俺の領域。


 その影の領域内にやつがいるのである。

 だからやつの影は俺の影の一部となり、操ることが可能なのだ。


 からん……。


 十三が手斧を落とす。


 その瞬間、俺は【影喰い】を発動。


 黒獣の頭が影から這い上がり、やつの神器を丸呑みにした。


「う、うわぁあああああああああ!」


 十三はその場に尻餅をついて、泣き叫び出す。


「神器がぁああああああ! 父上からもらった、ぼくの神器がぁあああああああ!」


『どうやら13使徒の強さは神器に依存している様子ですね』


 なら神器を失った今、やつが俺を攻撃する手段はない。


「……どうする? まだ続けるか?」


「ひっ……!」


 十三が怯えた目で、俺を見上げる。


「う、うわぁあああああ! やだやだ、死にたくないよぉおおおおおおお! うぇええええええええええん!」


 転がるようにして、十三が逃げていく。


『……とどめを刺さなくてよろしいのですか?』


 ヴァイパーが感情を押し殺した声で言う。

『手負いの今なら、わたしでも倒せますが?』


「……いや、いい。放っておけ」


 相手が魔族やモンスターならいざ知らず、さすがに生身の人間、しかも子供を殺す気にはならなかった。


『優しいのですね』


「……甘いっていいたいのか?」


『まさか。違いますよ』


 穏やかな口調でヴァイパーが続ける。


『ヒカゲ様は、慈悲深き御方ですといいたいのです』


「……そんなたいそうな人間じゃねえよ、俺は。ただ……ここでやつを殺したら、エステルが悲しむかなって」


 目を閉じれば、俺の恋人エステルの笑顔がいつも見える。


 あのアホ姉は俺が傷付くのも、誰かを傷つけることも嫌う。


 子供を殺したなんて言った日には、エステルは悲しんでしまう。


 だから殺さない。

 ……そこに、俺の意思があるかどうかはわからんが。


「……人間らしさが欠如してきてるのかな、俺」


 黒獣の力がどんどんと強くなっていくと同時に、俺は感覚が鈍くなって言ってる気がする。


 そんな俺を化け物でなく、人間としてとどめてくれているのは、エステルがいるからだ。


『ヒカゲ様は人間ですよ。間違いなく』


「……ありがとな」


 俺はそうつぶやくと、家路につくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 13のしょっぱさでふと、勇者(笑)の事を思い出してしまった・・・ 今どうしてるんですかね~?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ