58.暗殺者、2人目の嫁を得る
エステルとミファが蘇生してから、数日後。
夜。
この日、木花開耶村では、ふたりの快気祝いが執り行われた。
昼間っから夜まで、ぶっ通しで宴会が行われた。
この村の女は、なぜか知らないが全員が無駄にパワフルなのだ。
それでも深夜近くになれば、みんな疲れて眠ってしまった。
宴会が一段落した俺は、【彼女】を呼び出し、村のはずれまでやってきていた。
「ひ、ひかげ様っ……!」
振り返ると、そこには、色白の美少女エルフがたっていた。
長い耳、全体的に色素が薄い。
儚げな印象を会えたる少女は、ミファ。
この村の巫女であり……俺の恩人だ。
「お、お待たせして申し訳ございません。じゅ、準備に手間を、取りまして……」
ミファが消え入りそうな声で言う。
? よくわからないが……まあいい。
俺は彼女に近づく。
「あっ、あのっ! わたしその……ね、ねえさまと違ってはじめてでしてっ! だ、だから至らないこととかあるとおもうのですが、頑張ります!」
目をグルグルさせながミファが言う。
「? ミファ。これを着ろ」
そう言って、俺は普段身につけている半纏の上着を手渡す。
「へ……?」
「……風呂でも入ってきたのか? 湯あたりしたら大変だ。これを着てくれ」
「あ……えっと……はい……」
若干肩すかし食らったような表情で、ミファが俺から半纏を受け取る。
「あ、あれ……? おかしいな……違うのかな……?」
ミファがブツブツつぶやいている。
どうしたのだろうか?
ややあって。
「あ、あの……ひかげ様。お話って……?」
やっと本題に入れる。
俺は彼女の前で、スッ……と頭を下げる。
「……ミファ。ありがとう」
俺は続ける。
「……おまえが血を分けてくれたおかげで、俺はエステルを失わずにすんだ。おまえのおかげだ。本当に、ありがとう」
最愛の人を失わずにすんだのは、彼女が失血死するまで血を分けてくれたおかげだ。
「……おまえに、怖い思いをさせて、ごめん」
「そ、そんな! 気にしないでくださいませ!」
ミファが頭を上げてくれという。
俺は体を戻して彼女を見やる。
「わたしが……ねえさまを助けたかっただけです。わたしがしたくてしたことです。ひかげ様が気に病むことはありません」
「……けど、そのせいでミファは、一度死んだんだぞ? ……ごめんな」
ミファを喰らう前に、考えていた。
あのとき、あきらかに俺は、エステルの命を優先させていた。
「……ごめんな、ミファ。俺は、本当は、本当の意味で、村の守り神じゃないんだ。単に、エステルが、大好きな彼女がいるから、この村を守っているだけなんだ」
周りからは勘違いされているようだが、俺の行動原理は、すべて最愛の人に集約される。
人間らしさを全て失った俺にとって、唯一の、最後の人間性が……彼女なのだ。
自分の心臓や命と同等に、俺はエステルを大事に思っている。
村を思う気持ちは、正直なところ、エステルと比較すれば低い。
「……ごめん。そんな俺に、命を捧げさせて。ほんと、ごめんな」
「……ひかげ様」
ふっ……とミファが微笑む。
「お気になさらないでくださいまし」
「ミファ……」
「それは当然です。だってヒカゲ様はよそからやってきたのです。他人が他人を守る。それは、よほどの理由がなければできないことです」
むしろ、とミファが続ける。
「村の出身でもないあなたに、無理言ってこの村を守っていることを……申し訳ないと思っていました。いつも村を守ってくださり、ありがとうございます」
「……いや、けど、俺は……」
「いいじゃないですか。動機がなんでも。わたしたちはあなたに守られている。わたしたちはあなたに感謝している。それで十分です」
ミファは俺に近づく。
俺の手を握って、微笑む。
「いつもありがとうございます、防人様。この村の巫女として、あなたに最上の感謝を捧げます」
「…………」
俺は彼女の手を引いて、細い体を引き寄せる。
「……ありがとう、ミファ」
「は、はひ……」
「……俺、一生、君のそばにいるよ」
「!!!!!」
ミファのエルフ耳が、ぴーん! と立つ。
「あの……あのあのそのそれってその……」
そう、俺はミファを守る。
大事な人の命の恩人だ。
ならば、一生をかけて、本気で、彼女を守ろう。
そう決意した……そのときだ。
「おめでとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
物陰からバッ……! と誰かが出てきた。
そっちを見やると、エステルがそこにいた。
……いやまあ、影探知でわかっていたんだけど。
物陰に隠れてこっちをうかがっているから、何をしてるんだろうかと思っていたのだ。
エステルはドドドッと走ってくると、俺たちごと抱きしめてきた。
「おめでとうミファ! ヒカゲくん! これで三人ハーレムだね!」
「……はぁ?」
何を言ってるだ、このアホ姉は。
「やー長かった。お姉ちゃんね、いつも言ってたじゃん。ハーレムオッケーだよって、第二第三夫人どんどこいって! なのにひかげくんってば、美女に囲まれてもぜんっぜん手を出さないんだもん~。も~むっつりさんめ!」
「ねえさま! やりました! わたし……やりました!」
「うんうん、良かったねミファ~」
えへ~、と笑い合うエステルとミファ。
「……いや、何の話してるんだ?」
ほえ? とふたりがぽかんとする。
「何って……ヒカゲくんがハーレムメンバーげっちゅーってことでしょ?」
「ハーレム……? 何言ってるんだ」
俺は首をかしげる。
エステルたちもまた首をかしげる。
「え? ミファが好きって、今ヒカゲくん言ったよね」
「……え? 言ってないけど」
ほえ? とまたふたりがぽかんとする。
「で、でも今ヒカゲくん……一生そばにいるって」
「……ああ。命の恩人であるミファのことを、一生をかけて守るって。そう宣言したんだ」
エステルが俺を、じとっとした目で見ると、はぁ~……とため息をついた。
「ないわ。ヒカゲくん……それは無いよ……」
「……は? なんだよいきなり」
「あの流れで告白しないとか! なに!? 君は草食なの!? 草食獣なの!? 鹿なの!?」
「……いや人間だけど」
いちおう。
「は~~もう、ダメだこりゃ。ごめんねミファ。この子ちょー鈍感で」
「いいえ、ねえさま。わたし、わかってます。ひかげ様が鈍いってことは」
「おおごめんよ! ヒカゲくんにね、お姉ちゃんがちゃーんと説教しておくから!」
なんだか知らないが、怒られるようだった。
何を怒られるんだろうか……?
「ヒカゲくん!」
ビシッ! とエステルが俺を指さす。
「ミファと……ちゅーしなさい!」
「……はぁ?」
またアホ姉が、アホなことを言ってきた。
「君はミファを守ると宣言しました。しかーし! それは言葉でしかありませぬ。きちんとした誠意を、態度であらわしてもらわないと、困りますね……!」
「……まあ、そうか」
「とゆーことで誓いのちゅーをしなさい! ほらぶちゅっと!」
エステルが、ミファの背中をグイグイとおして、俺の前に押しやってくる。
「ね、ねえさま……恥ずかしいです……」
「……ヒカゲくんはこれくらいやらないとダメ! 鈍感やろうだから! 今は好意がなかったとしても、アタックしまくれば振り向いてくれるよ! お姉ちゃんがサポートするぜ!」
ふたりがこそこそ何かを話し合っている。
ややあって、ミファが目を閉じて、んっ……と唇を差し出してくる。
「……いや、その。エステルは、いいのか?」
「良いって言ってるじゃん。お姉ちゃんはハーレム全然おっけーなの。みんなで仲良くしようぜ~♡」
……いや、恋人の男が、他の女とキスするのって嫌って言って欲しかったんだが。
どうにもエステルは、俺と違う場所で育ったせいか、貞操観念が俺とは異なるんだよな。
……まあ、エステルが言っていたことは、もっともだ。
俺は口でしか、宣言していない。
行動で、誠意を示せというのなら、そうしよう。
……ただそれがなぜ、キスすることに結びつくのか。
「ヒカゲくん! ほら、早く! 女が待ってるぞ! ぶちゅっと男らしくほら!」
「……わかったよ」
俺はミファの細い肩を抱く。
彼女がビクッ! と体を震わせる。
俺は彼女を薄い唇に、自分の唇を重ねる。
……ややあって、口を離す。
「……ミファ。俺は、君を一生守るよ」
「……ふぁ、ふぃ……♡」
きゅーっと、ミファはその場に崩れ落ちる。
「ひゃっふー! 第二夫人の誕生だー! ハーレムだぜおっしゃー!」
エステルがどこから取り出したのか、紙吹雪をぱっぱっと投げていう。
「……いやだから、別に俺は妻を娶ったわけじゃ……」
「ヒカゲくん! ミファ!」
エステルは笑顔で、俺と、そしてミファを抱き寄せる。
「これからいっぱい……楽しいこと、しようね!」
むぎゅーっとエステルが、大きな胸に俺たちを抱く。
……まったく、強引なアホ姉だ。
けど……本当に、助かって良かった。
エステル。ミファ。
守りたい人が、ここに来て二人に増えた。
この村にいる理由が、増えた。
……それは、勇者パーティに居るときには、なかったもの。
守りたい物の存在。
……俺はこの先も、何があっても、戦える。
人間性を失おうと、バケモノになろうと、戦える。
彼女が、彼女たちがいるこの村を守る。
そのことを、忘れない限り。
これからも、俺はどんな敵が来ても、すべてはねのけてやる。
この身に宿した黒獣とともに、悪を滅する刃を振るおう。
俺は、硬くそう決意したのだった。
2章はこれで終わりです。
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