55.暗殺者、つかの間の休息を取る
暗殺者ヒカゲが、魔神シュナイダーの助力で悪の芽を潰した、その数日後。
残った魔神たちは一堂に会し、円卓を囲っていた。
「……すでに12あったはずの席が、残り3つとはな。嘆かわしい」
体に蛇をまいた女、魔神【白蛇】が嘆息をついていう。
「んま、しゃーねーだろ。邪血には手を出さないって協定をアホどもが力ほしさに手を出したんだから。自業自得だっつーの」
猿男の魔神【孫悟空】が、心底こけにしたような調子で言う。
「しかし魔神を8柱も取り込むたぁ、黒獣もそろそろ魔神を越える存在になったんじゃねーの?」
「……もはや我々に対抗するすべはなし、か」
12柱いた魔神も、シュナイダー、孫悟空、白蛇、そしてベルナージュの4柱のみ。
そのうち8柱はすべて、ヒカゲに取り込まれてしまった。
1柱だけで国家を容易く破壊できる生体兵器、それが魔神。
それが8柱分のちからを取り込んだヒカゲは、最強最悪の兵器だ。
「どーすんのよ白蛇さんよ」
「……どうもせぬわ」
がたっ、と白蛇が立ち上がる。
「あん? どーもしないってなんだよ」
「……言葉通りの意味だ。これ以上黒獣に楯突いても、我々に未来はない。そこの裏切り者のように魔神の矜持を捨て、黒獣にかしずく気などわたしにはサラサラない」
白蛇が、白スーツの男シュナイダーをにらみ付ける。
「裏切り者? 白蛇様はいったいなにをおっしゃってるのでしょうね」
「……白々しいやつめ。仲間を売り、そんなに我が身が可愛いか」
「それはもちろん。生きていていることが何より大事ですからね」
「……もういい。貴様と話すのは疲れる。私は去る」
白蛇が円卓を立ち、帰ろうとする。
「だってよシュナイダー。どーする?」
「では、予定通りお願いしますよ、悟空さん」
「あいよ」
孫悟空が立ち上がる。
手に持っていた鉄の棒、如意棒に力を入れる。
如意棒は凄まじい勢いで伸び、複雑な軌道を取りながら、白蛇の腹部を貫いた。
「ガハッ……!」
白蛇がその場にドサッ……! と倒れ込む。
「き、貴様……孫悟空ぅ! なにを……するんだ!!!!」
「わーり。白蛇。俺様も裏切りもんなんだわ」
孫悟空は気安く、シュナイダーの肩に腕を回す。
「俺様も我が身がかわいくてね」
「貴様……貴様わたしを売るというのかぁ……!」
「しゃーねだろ。協力しなきゃ黒獣に俺様の居場所をばらすってこの白スーツがいうんだからよ。ま、わりいな姐さん」
「クソ……が……地獄に……落ちろ!」
孫悟空は如意棒を手に、白蛇の元へと向かう。
「そりゃおめーだよ」
如意棒を白蛇の頭にこつん、と乗せる。
棒の質量が何倍にもなって、巨大なそれで白蛇の頭部を完全につぶした。
「ほらよ。任務完了だぜ、シュナイダーさんよ」
如意棒を縮めて、孫悟空がシュナイダーに近寄る。
「ええ、ご苦労様でした」
「これで俺様もおめーさんらの仲間にしてくれるって約束、ちゃんと守ってくれよ?」
悟空がシュナイダーの肩に腕を回す。
「ええ、もちろん♡」
シュナイダーがにこり、と笑った……そのときだ。
「がッ……!!!!」
孫悟空が、急に苦しみだしたのだ。
その場に崩れ落ちる。
「な、き、貴様!? な、なにを……!?」
「すみません。あなたは私の仲間にはふさわしくないものでして」
「て、てめえ……か、からだ……し、しびれ……」
「ああ、これは私の優秀な部下、不死王ドランクスが作ってくれた魔神すらも動けなくする呪いの麻痺毒です」
孫悟空の懐から、白いネズミが出てくる。
ネズミはシュナイダーの指先に止まる。
「我が眷属の歯に毒を塗っておきました」
「て、めえ……」
そのときだ。
シュナイダーのとなりに、白衣を着た赤髪の女が現れたのだ。
「ひひっ、シュナイダー様。それが検体ですかぁ……」
「ええ、ドランクス。あなたのリクエスト通り魔神が2柱」
「きししっ! これで【キメラ】が作れますねぇ。楽しみですねぇ」
「て、め……なに、すんだ……!」
シュナイダーが見下ろして言う。
「君はそこの蛇と一緒になって、理性無き獣になってもらう」
「なん……だと」
「魔神を2柱あわせつくる人造魔神。ひひっ! ヒカゲくんの更なるエサとなるわけだぁ」
孫悟空が驚愕に目を見開く。
「ば、……かな。おれたち、をよりつよくして、黒獣を倒すんじゃ、ねえのかよ」
「それこそ愚かな考えです。あなたがたは黒獣のエサですよ、エサ」
「て、めえ……いったい……なに、考えてやがる……」
「あなたが知る必要は無い。さて、ドランクス。後は任せましたよ」
「きししっ! はぁい……♡」
☆
ベルゼバブとか言うハエを倒した後、俺はホームである奈落の森へと戻ってきた。
深夜。
俺はねぐらにしている、村近くの神社にて。
恋人であるエステルと肌を重ね終わった直後だった。
「ぬふふ♡ またわたしがヒカゲくんに勝ってしまったわい……」
布団の上で、美しい裸身を惜しみなくさらす、金髪の美女エステル。
女性らしいカーブが随所に見られ、真っ白で、それでいてふくよかな胸は、見た目と味と柔らかさ、五感すべてで俺をいやしてくれる。
「ヒカゲくんはとっても強くなったのに、ベッドの上では弱々ですなぁ」
「……うるせえ。おまえがド淫乱なだけだろ」
「ほほっ♡ ヒカゲくんは知らないだろうけど、女はみんなスケベなんですぜ。わたしだけが特別エロいわけじゃあないわけよ。勉強になったね」
うぜえ……。
俺が疲れて動けないのをいいことに、エステルはニヤニヤ笑いながら、俺の体にしがみついてくる。
「ヒカゲくん、細い見た目の割にカチカチですな。下とおんなじだ」
「……流れるようにセクハラするのはやめろ」
エステルが俺の股の付け根をさすってくる。
「もう一回いっとく? いっとく? お姉ちゃんまだまだいけるぜ~?」
「……あ、あんだけやってまだやるのかよ」
「なははっ。お姉ちゃんのエロ力は無限大なのさ。あれくらいで満足するわけないよ。わたしの精力は53万です」
「……意味わからん。もう勘弁してくれ」
ベルゼバブを倒し、ここへ帰ってきてから今の今まで、ぶっ続けで俺はエステルと肌を重ねていたのだ。
戦闘力も体力も、俺の方が上なはずなのに、一度も俺はエステルより優位に立ったことがない。
「しゃーない。今夜はこれくらいで勘弁してやるかー」
「……なんで上から目線なんだよ」
「お姉ちゃんですからなぁ」
エステルは微笑むと、俺の頭をその大きな胸に抱き寄せてくる。
呼吸をするたびミルクのような甘い匂いと、果実のような、甘酸っぱい匂いがまじりあってとてつもなく良い匂いだ。
彼女の体は驚くほど柔らかく、かつ、温かい。よく干した布団のように、いつまでも抱いて欲しいと思うほど。
今彼女の肌は汗で濡れている。
俺の肌に彼女の濡れた肌がかさなりあって、なんだかふたりの体の境目が無くなったような気がする。
肉体で繋がっているわけじゃないはずなのに、すごく身近に愛しい人の存在を感じて、心地よい。
「……少しはお姉ちゃん、君の元気補充に役に立ってるかな?」
エステルが俺の頭を撫でながら言う。
端から見たら親に甘える子供みたいだ。
だが……だからなんだ。
俺は彼女とこうして抱き合っている時間が、一番好きだ。
「……いつもエステルは、俺の元気の源だよ」
「にゃははっ。そりゃそりゃ光栄ですな」
……そして、俺を人間たらしめているのも、エステルだ。
彼女がいなかったら、俺はただのバケモノだ。
今日の敵だって言っていたではないか。
バケモノだと、おびえていたではないか。
その通りだ。
俺は魔神を取り込みすぎた。
武を極めすぎた。そして……人間をやめてしまった。
けれどかろうじて、エステルの尽力で、俺は人間側に立っていられている。
彼女が俺を男として、人間として、求めてくれているから。
俺は人間でいられるのだ。
逆に言えば、エステルがいなくなったとき。
そのとき……俺は魔神たちの言うところの、本物の【黒獣】となってしまうだろう。
「……エステル。ずっと俺のそばにいてくれ」
俺は、驚くほど弱々しい声で言った。
エステルはどうしたの、と聞いてこない。
彼女の持つ母性と、そして女性としての柔らかさと暖かさで、俺をいやしてくれる。
「だいじょうぶだよヒカゲくん。お姉ちゃんはずっと君のそばにいるから。だから、安心して戦って」
「……ああ」
俺はエステルの体を押し倒す。
「おや? もうお疲れになったのではなかったのかい、ひかげっちくんよ」
にやにや、とエステルがいじわるくわらう。
だがふふっ、と優しく笑うと、両手を俺に差し出してくる。
俺は、エステルを下に敷きながら、彼女の柔らかな唇に、自分の唇を重ねる。
エステルのにおい、柔らかさ、心地よさ……彼女の持つ情報を、五感で感じているときだけ、俺は【人間】としての生を感じられる。
敵を屠っても、もう何も感じなくなった俺が、唯一人間らしい感情を手にできる時間は、彼女と一緒にいるときだけ。
俺にとってエステルは、もうなくてはならない存在なんだと、俺は深くそう想ったのだった。