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55.暗殺者、悪の芽を潰す



 暗殺者ヒカゲにより、魔王、そして故郷の魔族国が壊滅させられてから、幾日が経過したある日のこと。


 魔族の残党、老錬金術師は、どことも知れぬ国の地下にて、研究を進めていた。


「ひひ……もう少しだ……もう少しで、完成するぞ……」


 地下には緑色の液体に満たされたカプセルがいくつもある。


 カプセルの中には、人とも獣とも言えぬ異形の存在が、液体内で胎児のように丸まっていた。


「魔王を倒したあの暗殺者め……。魔王様をよくも! あの時は間に合わなかったが、これが完成すれば、やつに一矢報いることができる!」


 錬金術師が見上げる先には、ひときわ巨大なカプセルがあった。


 そこにいたのは……巨大なハエだ。


「人造魔神……ベルゼバブ。かつて存在したという魔王四天王の一人をベースに改良を加えた、最強の人造の魔神……。これが完成すれば、いくらあの規格外の暗殺者とは言え、かならず葬ってくれることだろう……」


 きししっ、と錬金術師が笑う。


「弟子たちもそれぞれ人造魔神を完成しつつあると連絡がある……。全員で一斉に魔神で攻撃すれば、やつに勝てる……! まってろヒカゲぇ!!!」


 と、そのときだった。


 錬金術師は、部屋の隅に、何かがうごめくのを視認した。


「ん? なんだ……?」


 近づいてみる。

 それは、白く、そして小さな生き物。


「なんだ、ネズミではないか」


 ここは薄暗い地下空間。

 ネズミがいてもおかしくはない……。


「いや……おかしいぞ」


 たらり……と錬金術師は額に汗を垂らす。

「ここは誰にも見つからないよう、厳重に結界を張っていた。人っ子一人、ネズミの一匹すら、ここにははいってこれないはず……」


 部屋の片隅にいるネズミを、錬金術師は異様な物を見る目で見やる。


「い、いや! だからといってネズミになにができるんだ! こんなもの!」


 錬金術師は足を振り上げると、白いネズミをぐしゃっと潰す。


「きししっ! どうだ! おどかしよって! ベルゼバブが完成したら! ヒカゲも、こんなふうに一ひねりよ!」


 錬金術師が何度も踏み潰すと、やがてネズミは絶命した。


「ヒカゲ! せいぜい魔王様を倒していい気になっていろ! 魔神ベルゼバブは、貴様なんぞの力を遥かに凌駕している! なにせ魔神だ! 魔なる神だ! 人間の貴様に太刀打ちできる存在じゃあないんだよぉおおおおお!」


 と、叫んだ……そのときだった。


 パリィイイイイイイイイイン!


 と、ベルゼバブが入っていた培養カプセルが、破壊されたではないか。


「はぁああああああああ!?」


 カプセルが横一線に、斬られている。


 その前に立っていたのは……黒衣に身を包んだ少年だ。


 全体的に覇気が無く、陰気な印象を受ける。


 黒髪というほかに特徴は無い。


 だが……錬金術師は知っている。

 ヤツの正体を……知っている。


「貴様……ヒカゲぇええ!!!」


 魔王を倒した張本人。

 復讐相手、ヒカゲがそこにいたのだ。


「ば、バカな!? どうしてここがわかったんだ!?」


「…………」


 ヒカゲは答えない。

 だが彼の肩の上に、さっき殺したはずの白いネズミが乗っているのを確認できた。


「ヒカゲ様。ほら、役に立ったでしょう」

「……ああ」


 ネズミと会話するヒカゲを見て、錬金術師は、さっきのネズミとこの少年がグルであることに気付く。


「クソッ! もう少しだったのに……あと少しで復讐を果たせたのに!」


 錬金術師は頭を垂れ、だんだん! と拳で地面を叩く。


「あと少しで復讐できたのに! ベルゼバブ! こいつが完成すれば……おまえなんて……!」


 そのときだ。

 錬金術師の思いが届いたのか、倒れ伏したベルゼバブが、ぐぐ……と体を持ち上げたのだ。


「おおっ! ベルゼバブ! わが呼び声に応えてくれたのかぁああああああ!」


 錬金術師は半狂乱になって叫ぶ。

 勝った! 


「はっはっは! ヒカゲ運が悪かったなぁあああああああ! たったいま最強の存在が産声を上げたぞ! その名もベルゼバブ! われが作り上げし最強の魔神よぉおおおおおおおおお!」


 巨大なハエが、ヒカゲの前で飛翔する。


 その巨体に似合わない敏捷性で、ヒカゲめがけ飛翔する。


「はははっ! どうだこの速さ! 目で追うことはできないだろう! そうだろう! どうだ恐れおののいたか! このような強い存在に出会ったことなどなかっただろうかなぁ!?」


 ベルゼバブがヒカゲの体をかすめ、やつにダメージを与える。


 凄まじい速さを持って、ベルゼバブが暗殺者の体を削っていく。


 やつは手も足も出ないようだ。

 棒立ちしている。


「さぁベルゼバブ! われら魔族に刃向かったこの愚か者に死の恐怖をあたえよぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 巨大ハエが、今まで以上の速さでヒカゲに突っ込んでいく。


 この質量で、この速さ。

 この一撃を食らわせれば、生きてはいられない!


「死ねぇええええええええええええ!」

「…………はぁ」


 ヒカゲはため息をつく、右手を前に出す。

 そして超高速で飛翔するハエの頭を、手で掴んだではないか。


「な、なんだとおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?!?」


 バカな! やつは動きについていけなかったはず!


「…………うぜえ」


 ヒカゲはそのまま、ベルゼバブの頭を手で潰す。


 逆の手に刀を出現させ、ハエの巨体を粉みじんに切り刻んだ。


 あとには肉片すら残っていなかった。


「は、はやすぎて……目で追えなかった……だと!?」


 ベルゼバブを上回るスピードで、ヒカゲは刀を振るったと言うことだろう。


「う、うそだ……最強の魔神が……こうもあっさりと……だと……?」


 錬金術師はその場に尻餅をついて、ヒカゲを見上げる。


 自分が作った最高傑作が、あっさりと、しかもこんな非力なガキに……。


「ば、化けものめ……」

「……またそれかよ。他に言うことないのかよおまえら」


 はぁ、といらだちげにヒカゲがつぶやく。

 そこに苦戦の色はまるで見られなかった。

 本当に、ハエをタダつぶした。

 それだけの様に見えた。余裕そうだった。

「ヒカゲ様、申し訳ございません。人造魔神というから、てっきり本物以上の強さを持っていると思い、ヒカゲ様に協力を要請したのですが……」


 白ネズミがちらり、と錬金術師を見やり、鼻で笑って言う。


「まさかここまで弱い代物とは思っておりませんでした。魔神の強さの1%も再現できていない、贋作と呼ぶにもおこがましい、ガラクタだったとは思わなかった物で」


 ネズミに、錬金術師が作った最高傑作をバカにされ、腹が立った。


 だが実際ヒカゲにベルゼバブを瞬殺されたことで、何も言い返せず、悔しい思いが募るばかりだ。


「こ、これで勝ったと思うなよ!!!」


 錬金術師がヒカゲに叫ぶ。


「わ、わしには弟子が3人いる! やつらもまたベルゼバブと同型の、人造魔神を作っている! 弟子はわしなんかより優秀だ! 魔神を完成させかならずや貴様を殺しに来るだろう!」


 はははっ! と高らかに笑い、錬金術師が言う。


「今はいい気になっているがいい! だがおまえはもうおしまいだ! 残り三人が必ず! わしのかたきを取ってくれるからな!」


「…………」


 ヒカゲは手で何か印を組む。


 彼の影から、何かが出てきた。


 そこにいたのは……人造魔神の死体。

 そして、弟子たちの、死体。


「ひ、ひぃいいいいいいいいいい!!!」


 死体となった弟子たちを見て、錬金術師が恐怖におののく。


「ば、バカな!? こいつらもわしと同様、誰にも見つからない場所で研究をしていたはず!」


 驚愕する錬金術師をよそに、白ネズミがクスクス笑って言う。


「なんと~。まさかあの程度の認識阻害の結界で、隠れている気になっているとは。いやはやなんともお粗末な結界でしたよ」


「な、なんてことだ……。き、貴様! そこのネズミ! 何者だ!?」


「何者と言われましても……魔神シュナイダーとお答えするしかありませんね」


「ま、魔神~!? ほ、本物の魔神だとぉオオオオオオオオオオオオ!?」


 バカな。 

 あり得ない。魔神は人間界に興味をまるで示さないやつらばかりだった。


 なのになぜ! こんなところに! しかも、人間のガキに力を貸しているのか!?


「簡単です。私はこのヒカゲ様の従者となったのです」


「じゅ、じゅうしゃ~……ば、ばかなぁ~……」


 この少年は、魔神すら使役するほどの力を、持っているというのか……。


「は、はは……かなうはず、ないじゃないか……」


 錬金術師は呆然とつぶやく。


 ヒカゲは無感動に自分に近づき、その手を一閃させた。


 命乞いさえも、言う暇が無かった。


 相手は……想像以上の、いや、想像を遥かに超越する、バケモノを越えたバケモノだった。


「このものも恥ずかしいやつですね。あの程度のオモチャを作ったくらいではしゃいでしまうなんて。本物に比べたら、あんなもの塵芥だというのに」


 ネズミの声を聞きながら、錬金術師は心の中で同意する。


 そうだ。あの理外の外のバケモノと比べたら、自分の作った物の、なんてちんけなものか……。


 自分の最高傑作は、人生をかけたはずのそれは、ガラクタだったのかと思いながら……彼は絶命したのだった。

土曜日(11/16)も更新します。

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