05.暗殺者、美少女ばかりの村で歓待される
エステルたちの暮らす【村】とやらにやってきた。
「……なんだ、これ。すげえ……」
目の前の光景に、俺は呆然と呟く。
そこに広がっていたのは……明るい世界だった。
「どうどう? ひかげくんっ! すっごいでしょー! うちの【神樹】さま!」
エステルが得意顔でそれを見上げた。
……巨大な樹木だった。
あり得ないほど大きな樹が、遠くに見える。
大樹の周りに木々はなく、開けた空間となっている。
そこに民家と、そして村人が見て取れた。
「あそこにおわすがこの村を守っている神樹さま! 神樹さまのおかげで、お姉ちゃんたちは平和に暮らせてるのです! どやぁ……! でっかいでしょー? りっぱでしょー? ぶっといでしょー? あ、もちのろんで男の子の息子さんのことじゃないからね!」
……聞いてねえよ。
しかし……そうか。あれのおかげで結界が張られてたんだなと納得した。
神樹とやらからは、膨大な量の【呪力(魔力とも言う)】を感じられる。そして、今は解けているが【まじない(魔法のこと)】の気配もあった。
「……あの神樹そのものが術式となって、この辺一帯に結界を張っていたのか。だとしたら術者がいるはず……それが【おばばさま】ってことか、エステル?」
「んー、わっかんない! さてはひかげくん、お姉ちゃんを困らせようと、わざと難しい言葉を選んでるなっ! かまってちゃんめ! かまってやらぁ!」
エステルがニコニコしながら、俺を正面からむぎゅっと抱きしめる。
しまったこの人アホの人だった……。
なんにせよこのまじないをかけていた術者である【おばばさま】とやらから話を聞かないと話にならないようだ。
「さぁさぁお姉ちゃんが村を案内してあげよう……って、あれ? ミファ? ミファ! 良かった、目覚めたのねっ!」
エステルがぱぁーっと笑顔になると、影犬に乗っていた少女に抱きつく。
エステルを含め、森を3人の少女がうろついていた。ひとりは赤毛の少女。もうひとりはこの銀髪の少女だ。
ふたりとも呪竜との戦闘で気を失い、俺の式神の背に乗せて、ここまでやってきていたのだ。
「あの……ねぇ様、ここは?」
銀髪少女……ミファがキョロキョロと辺りを見回し言う。
その目は……キレイな紫色をしていた。
「【木花村】よ。大丈夫、お姉ちゃんたち助かったんだよ!」
エステルがむぎゅーっと、ミファを抱きしめる。
ミファはホッ……としたのもつかの間、じわり……と眼に涙をためて泣き出す。
「ねぇ様……ごめんなさい。わたしの、せいで……。わたしの血……【邪血】のせいで……ふたりに危害を……」
邪血?
「気にしなくていいんだよ! 大丈夫、もう危険は去った! なぜならここにいるお姉ちゃんの格好いい弟、ひかげくんがドラゴンを倒してくれたからです!」
ビシッ……! とエステルが俺を指さす。
「このお方が……?」
じっ、とミファが俺を見やる。
俺と目が合う。
ぼっ……!
「あぅ……あぅうう~…………」
ミファが顔を真っ赤にした。
耳の先まで赤く……。
と、そこで俺は気付いた。
長く、つややかな銀髪。
その両側面から……とがった耳が覗いていたことを。
「魔族……? いや、ハーフエルフか?」
「そそ。うちの妹ちゃんは美しきハーフエルフなのだ! どうだすごいだろぉ!」
えっへんと胸を張るエステル。
「エステルに妹なんていたのか?」
「妹的なサムシングだよ!」
なるほど、わからん。
まあエステルにとって俺が弟分だから、ミファは妹分ってやつだろう。
「あう……あうあう……」
ミファは目をグルグルにして、ささっ、とエステルの後に隠れる。
「おー? どうしたのかな、お姉ちゃんのかわいいミファちゃんよ?」
「ねぇ様……この人……」
ぽしょぽしょ、とミファがエステルに耳打ちをする。ふむふむとエステルがうなずいた後、ぱぁ……! と笑顔になる。
「よろこべひかげくん! うちのミファちゃんがきみにホの字だって!」
「ね、ねぇ様やめてー!」
わあわあとミファがエステルの口を手でふさぐ。
「もが……危ないところを助けてくれた……もがが……王子様だ……もごごご……」
ミファが一生懸命になって、エステルの口をふさいでいる。
なんなのだろうか……。
それにホの字ってなに? よくわからないよ……。
ややあって、俺はエステルの案内で、おばば様のところへ連れて行ってもらえることになった。
俺のとなりにエステル、背後にミファ。もうひとりの赤毛少女は、途中の家で下ろした(エステルとこの赤髪少女の家らしい)。
「ここは……奈落の森の中だって言うのに、すげえ明るいんだな」
年中夜のような森の中とは、思えないほどだ。日の光が普通に入ってきている。
「神樹さまがいるおかげで、光が入ってくるんだよー」
「どういう理屈なんだ?」
「って、おばばさまが言ってたんだけど、どういう意味なのかな?」
「ああそう……」
どうしてこのエステルは、昔から知性レベルが上がっていないのだろうか……。
体はすっごく成長しているのに……。
「あ、あの……樹は天に向かって伸びている、んです。低いところに枝はないから、朝夕は斜めからの光が差し、明るい……です。それと、陽光を吸収・屈折するまじないが付与されてるらしく、光が村の中に届くんです」
ミファがたどたどしく、俺に説明してくれる。なるほど、木の構造+魔法によって、日の光を享受できる、って理屈か……。
「なるほど……!」
エステルも訳知り顔でうなずく。
「わかったのか?」
「いやさっぱりわからん! ってことは、わかったよ!」
……俺はミファを見やる。
「エステルは……いつもこうなのか?」
「は、はい……こう、です」
こくこくとミファがうなずく。
どうやらミファの方が、エステルより知能レベルが高そうだった。
あらためてミファを見ると、かなり幼いような印象を受ける。10代半ば……いや、10代前半くらいだろうか。
いやでもハーフエルフであることを加味すると、もう少し年齢はいってるかもしれない。
体つきは……たしかに成熟している。手足がほっそりとしている割に、胸も尻も結構ある。
「あぅあぅ~…………」
「あー! こりゃひかげくんっ! いけませんぞ! 女子の体をじろじろみるなんてっ!」
エステルがミファを抱くようにして言う。
「ご、ごめん……」
「見るならお姉ちゃんのナイスばでーを見なさい! こっちならいいから!」
エステルが頭と腰に手をやって、妙ちきりんなポーズを取る。
「ご、ごめんなミファ」
「い、いえ……その……は、はずかしいので……あなたに、見られると……」
「……俺みたいなやつに見られて不愉快って意味だったか? だったらすまん」
「そ、そうじゃなくって……!」
ぶんぶん! とミファが首を激しく横に振る。
「お、男の人……はじめてみたから。びっくりして……」
「え? どういうこと……?」
と、おばばさま宅へ向かって歩いていた、そのときだ。
「おーーーーい、エステルー! 巫女さまーーーーーー!」
たったったー! と小柄な少女が、こちらに向かって走ってきたのだ。
ボーイッシュとでもいうのか。
黒髪を男のように短くカットしていた。
女とわかったのは、でかい胸と尻があったからだ。
「シリカ。ごめんね帰り遅くなって」
「もー心配したよっ! めっちゃ心配した~。エステルも巫女さまも帰ってこないしさぁ~」
ボーイッシュ少女が、ふと俺と目が合う。
「あれ……? も、もしかして……男?」
シリカが目をむいている。
「そうそう。そしてなんと、このかっこいい男の子が、防人さまだったのだ! じゃーん!」
エステルが俺に手を向けて言う。
「エステル。だから【さきもり】って……」
「えーーーーーーー! すっごーーーーーーーーーーーい!」
ぱぁ……! とシリカが目をキラキラさせて言う。
「あなたがおばばさまのいっていた【森を守る神の使徒】さまなんだねっ! うっわすごい……本当にいたんだ……感激だー!」
シリカが俺の手を握る。そして、ぶんぶんと手を振った。
「いつもボクらを守ってくださりありがとうございます、防人さま!」
シリカがペコペコと頭を下げてくる。
俺はどういうことなのかさっぱりだった。
「待ってて防人さま! いま防人さまに感謝したいってひと集めてくるからー!」
だーっ! とすさまじい速さでシリカが走り去っていく。
「エステル。な、なんなんだ……あれ?」
「みな防人さまが実在したからってびっくりしてるんだよ♡」
「いやだから防人ってなんだよ……?」
俺はミファを見やる。
「……古い言い伝えにある、この森を守るため、女神さまが使わせた天の使いのこと……です。簡単に言えば……守り神のこと、ですね」
「守り神……って、俺が?」
こくこく、とミファと、そしてエステルもうなずく。
「人違いじゃないか?」
「ちがうよ! ひかげくんはお姉ちゃんたちを守ってくれてたじゃん! あの影のうにょうにょってひかげくんの技なんでしょう? ならひかげくんが防人さまなんだよ!」
とはいっても別に俺は女神に選ばれてここへやってきたわけじゃない。
勇者に追放され、一人になりたかったから、この魔の森へとやってきた一般人に過ぎない。
それが守り神?
人違い……いや、神違いもいいところだ。
俺のような矮小な人間が、人を守る神様だと? ありえない。
そんなふうに考え込んでいた、そのときだ。
ドドドドド………………!!!!
なにやら遠くから、たくさんの人の足音が聞こえてくるではないか。
「「「さきもりさまーーーー!!!」」」
見やるとそこには……結構な数の、若い女たちがいた。
シリカを先頭にして、女集団が俺の元へやってくる。そして……。
「ありがとう防人さま!」「いつも本当に感謝してますわ!」「あんたがいるおかげで狩りが捗るんだよ!」「きみのおかげで木の実を摘みにいけるんだ。ほんとに感謝感謝だよ!」
わあわあわあ、と黄色い声をあげながら、俺の腕を掴んだりハグしたりする。
え、なに? なんなのこいつら……?
「あらこの子よく見ると結構可愛い顔してるわ? どう、お姉さんとあっちでお話ししない?」
「ちょっとあんた! 抜け駆けすんな! 防人さまはアタシとおしゃべりするのー!」
若い女たちが、俺の腕を引っ張ったり、俺の体を抱き寄せたりする。
ま、マジでなんなの……?
見知らぬ人から一方的に好かれてるのって怖いんだけど……。
「はいはいストップ! すとーっぷだよ!」
エステルがパンパン! と手を鳴らしながら言う。
「巫女さまが言いたいことあるそうです。はいミファどうぞ!」
すすっ、とエステルがミファの背中を押す。
「みこさまだっ!」「今日も可愛いねぇい」「美人だねぇい」
女たちがミファに注目する。
ミファはかぁ……っと顔を赤くして、うつむきかげんに、ぽしょぽしょとしゃべる。
エステルがそれを聞いてうなずく。
「ふんふんなるほど……。みんな聞いて! 巫女さまがこうおっしゃてたわ! 【おい野郎ども、防人が困ってるだろ! 感謝するのは後にしな! このすっとこどっこい!】だって!」
いや明らかにそんなこといってないだろ……。ミファも首を振っているし。
「「「はーい! わかりましたー!」」」
「従うんかいおまえら……」
若い女たちは「じゃあね防人さま!」「あとで良いことしましょう♡」「アタシいちどえっちってやつやってみたいんだよねぇ」と散っていった。
「……なんだったんだあいつら?」
俺はミファと、そしてエステルを見て言う。
「みんなひかげくんに感謝してるんだよ」
「なんでだよ」
「えっと……ミファお願い!」
銀髪ハーフエルフが顔を真っ赤にして、ささっとエステルの背後にかくれる。
「これはおばばさまに説明してもらうしかにゃーってことかな」
「にゃーってなんだよにゃーって」
「ニュアンス!」
「ああそう……」
この人に説明を求めるのは止めておこう……。
「それでおばば様っていうのはどこにいるんだ?」
「神樹様の木の根っこんところに【洞】があって、そこにいるよ」
早く結界のことについて、相談したかった。
今は俺の式神がいるから大丈夫だが、時間が経てば魔物の大群が、エサを求めてここへ来る。
エサとは魔力、そして人間の血肉。
この村には思っているよりたくさんの人が住んでいるようだし……エサが豊富……って、あれ?
「そういえば……なんか女しかいなくないか?」
村の中を歩きながら、俺はエステルに尋ねる。
さっきの集団も、そして今道ばたにいるやつらも、みんな女だった。
「……そ、それはそうです。神樹様の結界は、女人以外を排除するというものですから」
「へぇ……。え? でも俺は平気だったぞ?」
結界が切れる前から、俺は村近くの神社に普通に入れたしな。
「そ、それはたぶん……ひかげ様が、防人だからかなと……」
「いやだから防人じゃないって……人違いだよ……」
というか、待てよ。
この結界内には女の人しか入れないなら……この村の住人は、みな女しかいないってことか。
だとしたら、どうやって暮らしてるんだ?
力仕事もあるだろうし。そもそも生活必需品はどうしてるんだ? こんな外に魔物だらけみたいな森の中で、商人がやってくるとは思えないし……。
「……早くおばばさまにあいたいよ」
「も、もうすぐそこです……あそこ、です」
ややあって、神樹の根元までやってきた俺たち。
見上げるとほんとうに、でけぇな神樹って……。
木の根っこの間に、なにやら舗装された道があった。そこ先に進んでいくと、祠がひとつある。
「お、おばばさま。ミファです。防人様を、お連れしました」
【うむ、入るが良い】
祠の扉が開く。
そしてそこにいたのは……。
「よく来たな【さきもり】よ! わしがこの村の長……おばばさまじゃ!」
緑髪の……幼女がいた。
全裸だった。もう、なんなんだよ、この村はよぉ……。