49.暗殺者、ドラゴン娘を容易くねじ伏せる
2匹目の黒獣を取り込んだその日の夜。
俺は竜神王ベルナージュに、呼び出された。
神社へ向かうと、そこには真剣な表情のベルナージュがいた。
「だーりん。ワタシと戦ってくれなのだ」
「……なんでだ? 戦う理由はないだろ」
俺がベルナージュは友好的な関係にある。
まあダンナがうんぬんをのぞくが。
俺にとってのベルナージュは、【闘気】を教えてくれた、いわば師匠的な存在。恩人だ。
なぜなら闘気を使えなかったら、今頃俺は次々とやってくる魔神たちを撃退できなかっただろうからな。
そういう意味でベルナージュには感謝している。だから戦う理由はない。
「ある。ワタシは知りたいのだ。今のおまえ様に、ワタシの力がどれくらい通用するかをな」
ベルナージュの言葉に、俺は違和感を覚えた。
「……おまえ、変なこと言うな」
「変?」
「……ああ。なんで俺がおまえより格上みたいな言い方をするんだよ」
今のベルナージュの言い方では、まるで俺が最強の魔神である、こいつより強いような言い方ではないか。
確かに俺は魔神どもを食らい、多少なりとも強くなった。
だがまだ魔神最強のこいつを倒せるほどの力は、ついてなかったはずだが……。
「……おまえ様。気付いてないのだ?」
ベルナージュが目をむく。
「……なにに?」
「今のおまえ様の強さは、ワタシを越えているぞ?」
……????
何を言ってるんだ、このロリ巨乳は。
「どうやら自覚がないようなのだ」
「いや……ありえないだろ。おまえにボコられてからまだひと月もたってないぞ」
「1ヶ月でワタシより強くなったとは思わないのだ?」
「……おもわないね」
そうか……とベルナージュ。
「ではなおのこと、手合わせしてみるのだ。そうすればおぬしが今、どの位置に立っているのかわかるだろう」
ベルナージュが俺から距離を取る。
よくわからないが……ベルナージュは、どうやら模擬戦がしたいようだった。
久しぶりに稽古をつけてもらおう。
俺はベルナージュから離れて、手印を組む。
「言っておくが本気だからな? 殺す気でこいなのだ」
「……いや、なんでそこまでするんだよ」
ベルナージュを殺す理由は俺にはない。
というかそもそも、俺が本気でやったところで、ベルナージュにかなうかどうか……。
「関係ない。こちらも殺す気でいく」
ベルナージュが闘気を練り上げる。
一瞬ですさまじい量の闘気が、彼女の体から噴出した。
桁違いの闘気量だ。
かなうはずがない。
「いくぞー!」
ドンッ……! とベルナージュが俺めがけて突っ込んでくる。
いや無理だって。
以前闘気を習う前と同じ結果になるに決まっている……と、思ったのだが。
「……あれ?」
不思議とベルナージュの動きが、はっきりと見えた。
……おかしい。
こいつはもっと早かった。
以前は、目にもとまらないうちに、俺はあっという間にダウンさせられていた。
今回もそうなるだろうと思っていたのだが……。
ベルナージュが俺の前までやってくる。
みぞおちめがけて拳を振る。
俺は避けない。
部分的に【黒獣化】する。
俺は2匹目の黒獣を取り込んだことで、より影呪法を自在に操れるようになった。
俺の最終奥義、【月影黒獣狂化】。
影の獣になる代わり理性を失うというこの術。
今ではこのように、部分的に黒獣となって(影となって)、物理ダメージを無効にできるようになった。
……しかしベルナージュの拳、こんなに遅かっただろうか。
前は早すぎて、黒獣化する暇もなかったのにな。
ベルナージュの拳が、影となった俺の体を貫く。
ダメージはゼロ。
俺は右手を黒獣化。
影となった右手から、鬼神刀を取り出す。
そのまま鬼神刀を、ベルナージュめがけて振る。
まあ避けられこと前提の攻撃だ。
これは攻撃と言うより距離を取るための一撃である。
さて。
俺が振った鬼神刀を、ベルナージュが避け……。
「……あれ?」
ベルナージュは避けなかった。
俺からの攻撃を、もろに左肩に受けた。
彼女の左腕が空間ごと削り取られる。
「ぐっ……!」
バッ……! とベルナージュが距離を取る。
まあ、距離を取るための攻撃だったんだが……あれ?
「……どうして避けなかったんだ?」
本気でこいというから本気でやっているのだが……。
どうやらベルナージュは手を抜いてくれているらしい。
でなければけん制目的の攻撃を、棒立ちで受けるわけがなかった。
俺は両手足を黒獣化させる。
最近気付いたのだが、完全な黒獣になるより、こうして部分的に黒獣になるほうが、攻撃力・スピードが上がるのだ。
俺はベルナージュめがけて突っ込む。
左手をそろえ抜き手の構え。
刃のような黒獣の鋭い爪で、俺はベルナージュの体を切り上げる。
これもまあ避けられること前提の攻撃だ。
本命は右手の鬼神刀での攻撃……と思っていたのだが。
「がッ……!」
ベルナージュが俺の左手の攻撃を受けたのだ。
ざっくりと、胸に爪痕が残る。
俺は右手の攻撃をやめて、その場で止まる。
「……おまえ、どうしたんだよ。手抜くなっていったのそっちだろ?」
「はぁ……! はぁ……! く、らぁあああああああああああ!」
ベルナージュが俺めがけて連撃を食らわせてくる。
こいつは格闘術を使う。
パンチ。キックを、流れるように、俺の体に食らわせてくる。
……なのだが。
どうにも動きがトロいように思えた。
確かに俺は目を黒獣化させている。
闘気を宿した黒獣の目は、動体視力が極限まで上がっている……が。
正直ベルナージュの攻撃を見切れるほどの精度はなかったはず。
ところがどうだろう。
ベルナージュの攻撃が、すべてどこに来るか見えるではないか。
ベルナージュの拳、蹴りを鬼神刀ではじきながら、首をひねる。
こいつはいったい何をしたいのだろうか……と。
こいつ自身、俺に全力を出せ。ワタシも全力で行く……といったくせに、ふたを開ければいつもの稽古だ。
まあ稽古だから力を制御されても仕方の無いことなのだが……。
そうだとしたら、じゃあ戦う前のあの死ぬ気でうんぬんはなんだったのだろうか。
ややあって、ベルナージュが俺から離れる。
俺が考え事している最中も、ベルナージュは嵐のような連続攻撃を食らわせてきた。
だが俺はそれをすべて見切っていた。
まあ、向こうの手を抜いた攻撃くらいなら、上の空でも裁けるくらいには、強くなっただろうからな。
「は……ははっ……すごい……すごいぞだーりん……最高だ……♡」
ベルナージュが肩で息をしながら、いつぞやと同じようなセリフを言う。
ん? 稽古の割に……なんだかベルナージュのやつ、やけに汗をかいてないか?
手を抜いて攻撃すると余計に疲れるのかな。
俺はまだまだ余裕があるが。
「すごい……すごいのだだーりん。ほんの数日でここまで強くなれるなんて……すごいのだぁ……♡」
ベルナージュが目を♡にして言う。
「……どういうことだ?」
「おまえ様気付いてないようだが……おまえ様、ここ数日で一気に強くなったぞ。具体的に言えば、ひなたと一緒にここへ帰ったときからな」
となると、俺が黒獣を取り込んでから……ということか。
「ひなたと出かける前。おまえ様は、ワタシにあと少しで比肩するかなくらいの強さだった。それが帰ってきてから、完全にワタシを越える力を身につけていたのだ」
え、っと……意味がわからない。
「……ベルナージュを越える? 冗談言うな」
「冗談ではない。このワタシが、まるで子供のように、おまえ様にあしらわれているではないか」
「……はぁ? それはおまえが手を抜いてるだけだろ」
「違う。全力だ。ワタシは今、かつて無いほど、全力で戦っている」
ベルナージュが興奮しているのか。
にぃ……っと好戦的な笑みを浮かべる。
「久しぶりだ……全力を出して誰かと戦うことなど、久しくなかったのだ」
どうにも信じられなかった。
ベルナージュが手を抜いてるようにしか思えないのである。
「では……そうだな。ワタシの、本当の本気を出すとしようか」
そう言うと、ベルナージュの目が赤く輝く。
【うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!】
ベルナージュが叫ぶ。
体全身から、あり得ないほどの量の闘気が吹き出す。
ベルナージュの体が、どんどんと大きくなる。
見上げるほどの、漆黒の竜となった。
2足歩行するドラゴンだ。
全身に闘気がみなぎっている。
体のパーツすべてが、攻撃に特化したデザインになっている。
手も鱗も剣のように尖っている。
しっぽは槍のようだ。
【いくぞだーりん!】
ベルナージュが竜の巨大なこぶしを、俺めがけて振るってくる。
俺は潜影で逃げようとしたのだが……。
【逃げるな!!】
とベルナージュに一喝された。
逃げるなって言われたってこれをもろに受けたら……。
【信じろ! おまえ様は……強い!!】
よくわからないが、攻撃している側に励まされた?
俺はベルナージュの言葉を信じて、黒獣化した腕を、ベルナージュめがけて向ける。
俺の右手に、竜化したベルナージュの強烈な一撃が当たる。
腕どころか、体まで粉々に……。
粉々………………って、あれ?
「う、そだろ……?」
攻撃を受けている俺の方が、驚いていた。
なんと、巨岩のごときドラゴンの一撃を、俺が受けとめていたのである。
確かに体にかかる負荷はある。
だが……ダメージはまるで無かった。
普通に殴られた拳を、受け止めたくらいの感覚だ。
【ははっ……はははははは! すごい! すごいぞだーりん!!!!!】
漆黒のドラゴンが、凶悪そうな笑みを浮かべて言う。
【真の力を解放した竜神王の本気の一撃を! おまえ様は当たり前のように受け止めている!】
心から嬉しそうに、ベルナージュが笑うではないか。
【確信した! おまえ様は2匹目の黒獣を取り込んだことで、元の2倍の力を手に強いてるのだ!】
ベルナージュの解説を聞いて、俺は首をかしげた。
「そんな2匹いるから力が二倍になるなんて、安易な理論で、二倍の強さが手に入るわけがないだろう?」
【ではこれをどう説明する!】
ベルナージュが距離を取る。
空中へと飛び上がる。
漆黒の竜が大きな口を開け、そこから破壊の光線を吐き出す。
圧倒的なエネルギーのビームが、俺めがけてやってくる。
それに対して、俺は……。
手に持った鬼神刀に、黒獣を宿す。
……以前、ベルナージュと最初に戦ったときに、失敗した技だ。
あのときは上手くいかなかった。
だが、黒獣を二匹取り込み、完璧なコントロールを得た、今なら。
空間を削る鬼神刀。
すべてを飲み込む黒獣。
その二つの破壊の力を刃に乗せて、俺は全力で振りかぶって……下ろす。
刀から、巨大な衝撃波が出た。
漆黒の刃となって、ベルナージュめがけて飛来する。
それはベルナージュの光線を飲み込みながら、彼女のボディめがけて飛んでいく。
やがてベルナージュの体を、肩から腰にかけて、衝撃波が通り越した。
「おいっ……!!!」
ベルナージュが竜化を解いて落ちてくる。
俺は慌てて鳳凰の翼を生やし、彼女を空中でキャッチ。
ヴァイパーの治癒魔法と、俺の超再生スキルで、ベルナージュの傷を癒やした。
「はぁ……はあ……見たろ、だーりん……おまえ様の……力……」
俺の腕の中で、ベルナージュがつぶやく。
虫の息だが、一命は取り留めた。
俺は今もなお治癒を続けているが……なかなかこいつの再生は上手くいっていない。
魔神は人間より遥かに傷の再生速度が速い。
その魔神が、俺から受けた攻撃の傷を、癒やすのに時間を要している。
それほどまでに、強い攻撃を受けた、ということか。
……もしかして、本当に?
「……本当に俺、おまえを越えてるのか?」
「信じてくれなかったのか。ひどいのだ、だーりん」
むー、とベルナージュが唇を尖らせる。
「……いや、まさかおまえを越えられるとは思って無くってさ」
残りの魔神を取り込んで、ようやく竜神王と並べるかな……くらいになると思っていたのだが。
まさか黒獣が2匹になっただけで、本当に二倍の強さを手にするとは……。
「おもうにおまえ様の取り込んだ新しい黒獣は、取り込んだ時点でおまえ様と同格の強さを手にしたのだろう」
同じ強さの黒獣を、2匹体に飼った。
だから二倍強くなった……ってことだろうか。
「……あり得るのか、それ?」
「わからないのだ。ただ、おぬしの黒獣は、計り知れない力を持っていることだけは確かだ。でなければ、魔神最強のワタシが、1ヶ月でおまえ様に負けるとは思えない」
……それは、まあそうか。
俺にも黒獣の力の底はわからない。
食えば食うほど、こいつは無限に強くなっていく。
「だーりん……これが、雄に屈服するという感覚なのだな……♡」
俺の腕の中で、ベルナージュうっとりとつぶやく。
「すさまじい力でねじ伏せられる……この誰かに征服される感覚……♡ これがメスの喜びか♡ たまらないのだぁ……♡」
ベルナージュが目を♡にし、頬を朱に染めて言う。
明らかに興奮していた。
なんだか知らないが、膝をこすり合わせているし……。
「だ、だーりん♡ ここでワタシと交わろう♡ もうワタシの体は、おまえ様がほしくてたまらないのだ♡」
「…………」
俺はベルナージュをかかえて、村へと向かう。
「だーりんっ! こーび! こーびしよう! おまえ様の子供を産ませてくれなのだー!」
……子供の戯言、と聞き流して、俺はベルナージュを連れてその場を後にする。
かくして俺は、圧倒的に強い存在だと思っていたベルナージュを、越える力を手に入れていたことを、自覚したのだった。