46.暗殺者、自分の知らないところでどんどん有名になる
暗殺者ヒカゲが6体の魔神を討伐・吸収した。
魔神の力を取り込んだ焰群ヒカゲは、人間たちの暮らす世界において、尋常ならざる存在になってしまった。
各地では脅威に対して、どのようなリアクションを取っているのだろうか。
順を追って見ていくとしよう。
☆
人間国・辺境の街【オヌゥマ】。
その冒険者ギルドにて。
「お互い命があって良かったな……」
「ああ、あのバケモノ相手に生き残れたんだ。生きてるだけでも丸儲けだよ……」
ギルドホール内では、【奈落の森】に突如出現した【黒獣】の話題で持ちきりだった。
先日、ギルドは冒険者の大軍を引き連れて、魔の森へ黒獣討伐へ向かった。
だが結果は惨敗。
「S級冒険者パーティでもまるで歯が立たなかったらしいぞ……」
「マジかよ……。やべえな黒獣」
討伐作戦に参加しなかった冒険者たちは、噂を聞いて戦慄し、黒獣への興味を深める。
「オレ……黒獣討伐やってみっかなぁ」
「バカッ! やめとけって! おれ作戦に参加したがあれは本物のバケもんだ! ドラゴンや魔王の比じゃねえ!」
黒獣討伐作戦に参加した冒険者たちは、命があることへの感謝と、そして黒獣への恐怖を、無知な者たちに伝達する。
「なんでもギルドは、黒獣の討伐依頼を撤廃したそうだぞ」
「まあそりゃ今回の作戦で、いかに黒獣がバケモノかって思い知らされたしなぁ」
「けど国は何をやってるんだろうな。あんなバケモノ野放しにするなんてさ」
「うわさじゃ国王はあの土地を特級災害指定地域に指定し、一般人の立ち入りを本格的に禁止する流れにしようってしてるらしいぜ」
「まじかよ……黒獣、国からも警戒されてるのか……そうとうやべえモンスターだな」
「けど不思議と街のみんな、悲壮感ないよな。魔王の時みたいに」
「そりゃ黒獣は森に近づくやつらしか相手しないし、向こうから森の外に出ようってしないからな」
「触らぬ神に祟りなしってやつだな」
「あれだけ強いんだから、本当はあそこに魔神でもいるんじゃないか?」
「魔神っておとぎ話の存在だろ。まさかいるわけ……」
「いや……あんな強いバケモノなんだ。ひょっとしたら魔神なのかも……」
冒険者たちは口々に、黒獣へのうわさ、憶測を言う。
ただオヌゥマの冒険者ギルドだけじゃない。
今回の黒獣討伐作戦は、奈落の森に近い街の冒険者で連合チームを組んでいた。
みなそれぞれがホームタウンに帰り、黒獣の恐怖といかに強かったかを広めて回る。
もはや人間国の冒険者ギルドで、黒獣を知らぬ物は誰もいないレベルにまで、うわさになっていた。
その一方で、こんな噂もあるらしい。
「なあ聞いたか。国外の冒険者ギルドでは、黒獣の討伐依頼をまだ出しているらしいぜ」
「きいたきいた。しかも討伐賞金が今までにないくらい高額らしいぜ」
「外国って言うと、獣人国やエルフ国などか?」
「ああ。外国には黒獣の恐怖が伝わってないからな」
「しかもうわさだと黒獣の捕獲依頼もあるらしいぜ」
「はぁ……外国は命知らずが多いなぁ」
「まあ実情知らないからな、外は。しっかし黒獣を捕らえてどうするつもりだろうね」
「案外自分のところで飼って、生物兵器的な感じで、他国へのけん制にでも使うんじゃないか」
「「「ないない」」」
……と、このように人間国の冒険者ギルドでは、日夜黒獣についての話題で持ちきりである。
さすがに黒獣を討伐しようとはしないものの、諸外国の動きを気にしたり、黒獣の強さを他の魔物や英雄たちと比べようとしたりと。
とにかくギルドでは、黒獣は話題の中心なのであった。
☆
場所は変わり、人間国の王都。
この国を治める英雄王の居城。
深夜。王の寝室にて。
「ふぅ……」
英雄王は今さっきまで、ベッドで寝ていた。
だが部下がやってきて、火急の知らせを持ってきたのだ。
英雄王はそれを聞いて、深々とため息をつく。
そしてベッドで寝ている妻を起こさないよう、出かける準備を整えていた。
「……あなた」
英雄王が振り返ると、王妃が静かにたたずんでいた。
「すまん、起こしちゃったな」
「……いえ。お気になさらず」
王妃が英雄王のそばへ行く。
夫の寝癖を、妻である彼女がととのえる。
「……寝癖ついてます」
「おっとすまん」
「……急ぎだとは思いますが、せめて身なりくらい整えてください」
「ん。了解だ」
英雄王は部屋に設えてあるソファに座る。
王妃は夫の背後に立ち、ブラシで髪を整える。
「……何かあったのですか?」
「ああ。諸外国のお偉いさんたちから、緊急で会議を開きたいから来いって呼び出されちまった」
「……まぁ。もしかして黒獣のことで呼び出されているのでしょうか」
王妃は王が何も言わずとも、事態を察したらしい。
「ああ。おまえのところ強力な生物兵器を隠し持っているだろ。それは本当か? 本当だったら許さないぞ……だってさ」
英雄王が伝令の内容を要約して、妻に伝える。
「……生物兵器ってひどいです。あの子はあなたの部下でしょう?」
王妃は黒獣の正体が勇者パーティの一員、焰群ヒカゲであることを知っている。
英雄王は素直にうなずく。
「まったく、外国のお偉いさんたちにも困ったもんだ。何におびえてるんだか」
「……あなたがあの子を利用して、戦争をふっかけてくるとでも思っているのでしょう。愚かですね。そんなことしないとすぐにわかるものでしょうに」
「まあそう言うなって。相手の気持ちもわからんでもない」
王妃が髪をとかし終える。
素早く動き、外出用の服やマントを用意する。
「ヒカゲの脅威は、冒険者たちを通じて、国内外とわず広まっちまったからなぁ」
「……ギルドは何をしていたのでしょうか。せっかくあなたが根回しして、奈落の森には近づかないよう必死で働きかけていたのに」
国王命令で奈落の森に近寄るなとすることは容易かった。
しかしそうすると、余計な騒動を起こしかねなかった。
だから英雄王は、慎重に慎重を期して、迂遠ではあるものの、確実にヒカゲたち一般人たちが関わりを持たないよう、裏工作をしていた……のだが。
「俺の言葉を信用しなかったり、逆に興味持った奴らがいたんだろうな。んで俺が止める間もなく話がどんどんでっかくなっちまった」
使いたくない手だが、ここまで黒獣の噂が広まった以上、国王命令で、奈落の森への出入りを禁じるしかないところまで来てしまったのである。
だがそれをしたところで、ヒカゲの平穏を守ることは完全にはできない。
「国外でもヒカゲにちょっかい出すやつはいるだろうなぁ」
「……ええ。国外のギルドで非公式にあの子に多額の報奨金を出しているところがあるみたいですし。ある国では公式で討伐依頼を出しているところまであるみたいですね」
「さすがだなぁ。耳がお早い」
「……あなたの帰りを待っている間、暇ですからね」
王妃が英雄王に服を着せていく。
「……そしてまた帰りが遅くなるんですよね」
王妃はすねたように言う。
英雄王は「すまない」と頭を下げる。
「……いいです。自分の部下を、国民を守るためのお仕事ですもの」
「いつもなかなか構ってやれなくってすまないなぁ」
「……良いです。あなたがいつも忙しくしてるのは、若いときからずっとでしたから、なれました」
王妃がニコッと明るい笑みを浮かべる。
英雄王はわかっていた。
こうやってわざと明るく振る舞っているときは、構って欲しいと思っているときだと。
「ごめんって。帰ったらその……ゆっくり時間取るから」
「……ふぅん。本当でしょうか。いつもそう言ってすぐどこかへ行ってしまうくせに」
「悪いって。今度は長く休暇取ってさ、久しぶりに家族旅行でも行こうぜ」
英雄王は立ち上がる。
王妃がその後をついてくる。
「……引退なされば良いのに。あなたももうわかくないんですから」
「まぁまだ動けるからさ。動ける間は国のために頑張りたいんだよ」
「……そのせいで私は、いつも待ちぼうけを食らってます」
「ごめんって。今度帰ったら温泉行こう。一緒に露天風呂につかろうぜ」
英雄王は部屋の出入り口を開ける前に、妻に軽く口づけをかわす。
王妃はニコッと微笑むと、「……期待しないで待ってますね♡」という。
彼女はわかっているのだ。
今回の案件、すぐに解決するものではないということを。
諸外国はすでにだいぶ動き出している。
ヒカゲは……というより黒獣という新たに出現した【魔神】は、国内外問わず注目を浴びているのだ。
魔神。1柱で世界をひっくり返すほどの力を持つバケモノ。
魔神は基本的に、人間たちに干渉しない(魔王以外)。
だがこの世界のトップたちは、魔神を自分たちの陣営に取り込もうとやっきになっている。
なぜなら魔神という最強の兵器を手にすれば、世界を把握したのと同義になるからだ。
みな魔神を取り込もうと必死なのだ。
しかし魔神とのコネクションを持つ国家は存在しない。
魔神の居場所は誰も知らないからだ。
そこに降ってわいた、森に住まう魔神の噂。少なくとも今回の魔神は、どこにいるか確実にわかっている。
となると次になにが起きるのかは明白だ。
ヒカゲという武力を巡っての争いである。
このままではヒカゲが、国家間の戦争を引き起こす引き金になりかねないのはもちろん、ヒカゲに脅威が降り注ぎかねない。
そうならないため、彼を守るために、この国トップが動くのだ。
「……ごめん。帰り遅いかも」
英雄王は素直に、妻に謝る。
王妃は満足した風にうなずくと、
「……存じ上げています。お気をつけて」
夫と口づけをかわし、女神に武運を祈る。
英雄王はうなずくと、ドアを開けて外に出る。
部下を引き連れて、英雄王はその場を後にしたのだった。
☆
英雄王が動き出したその一方。
遥か上空、【空中魔神城】にて。
庭園には円卓が置いてある。
12あったイスのうち、すでに半分が空席になっている。
だがそれは会議に欠席しているからではない。
この世からいなくなったから、空席になっているのだ。
魔神城には現在生き残っている魔神5柱が集結していた。
犬神・賢狼。
猿神・斉天大聖孫悟空。
煉獄神・牛鬼。
森賢神・白蛇。
そして……操網神・シュナイダー。
12にいた魔神も、ここにいる5柱と、そしてヒカゲの元にいる竜神王だけになった。
実に半分にまで減らされたのだ。
話題はくだんの新しい魔神……【黒獣】についてである。
「まったく他の魔神たちはばっかじゃないの!」
賢狼が不機嫌そうに吠える。
「あれには不干渉だってみんなで決めたのに! 手を出して返り討ちに遭うなんてほんとバカ! まさか猿よりバカな連中だったとはね!」
「俺様を遠回しにバカって言うんじゃあねえよ犬っころ」
孫悟空がけっ……と悪態をつく。
「なんであんたそんな冷静なのよ! 仲間が殺されたのよ!?」
「仲間って……おいおい魔神は個人主義だったんじゃないのか、なあ犬っころよ。なんだ悪態は口だけだったのか?」
「う、うっさいわね! ばかっ! しねっ! このエテコウ!」
はいはいと孫悟空が流す。
「んでどーするよ? あの黒獣のガキ、まさかこのまま放置って訳にはさすがにいかねーよな?」
孫悟空が魔神たちを見回して言う。
「当然でしょ」
「そうだなぁ……おいらもさすがに無視できないんだなぁ」
賢狼と牛鬼がうなずき合う。
どちらかというと仲間意識を持つ2柱の魔神たちだ。
彼女たちは仲間を、あの黒獣に殺されたことに怒りを感じている。
「黒獣は全員で協力して倒すべきでしょ!」
「そうなんだなぁ。みんなで力を集めれば怖くないんだなぁ!」
その一方で、白蛇がため息交じりに言う。
「……よした方が良い」
「どうしてよ!?」
白蛇の言葉に、皆耳を傾ける。
「……黒獣は6柱の魔神を喰っている。やつには莫大な量の闘気にくわえ魔神の持つ能力を6柱備えている」
ハァ……と白蛇がため息をついていう。
「……ハッキリ言おう。あの少年……黒獣は、魔神と同等の力を備えている」
その言葉に、魔神たちが目をむく。
「信じられない……ただの人間が、魔神になるなんて……」
「確かにそんなの聞いたことねーな」
魔神は生まれ持っての強者だ。
だがヒカゲは違う。
彼は最初、弱者だった。
それが己の能力を駆使して、少しずつ強くなっていき……そして魔神の領域へと到達した。
「……あの黒獣の少年は脅威だ。人間が魔神になるなど前代未聞。計り知れない実力を秘めている」
「だから手ぇ出すなってことかよ?」
孫悟空の言葉に、白蛇がうなずく。
「何よそれ!!!」
ダンッ……! と賢狼がテーブルを手でたたく。
「仲間を殺した犯人がのうのうと生きてるのよ!? それを黙って見過ごせって言うの!?」
「そんなのできないんだなぁ!!!」
牛鬼、賢狼はヒカゲを殺すことに積極的のようだ。
一方で白蛇と孫悟空は乗り気でない様子。
「熱くなんなよ犬っころ」
「あんた冷静すぎるのよ!!! もっと怒りなさいよ!!!」
「別に良いじゃねーか。俺様たち魔神はもともと個人主義だろ? 何人死のうが殺されようが、俺様はなーんも思わないね」
「このっ……!!!」
賢狼が闘気を高める。
牛鬼もまた孫悟空に殺意を向けていた。
「……やめんか、三人とも」
白蛇がその場を静める。
「あんたもリーダーぶってるんじゃないわよ! ああもう腹立つ!! いくわよ牛鬼!」
賢狼は牛鬼を引き連れて、魔神城から退出する。
「んじゃ俺様帰るわ」
すくっと孫悟空が立ち上がると、その場から消える。
あとには白蛇、そしてシュナイダーだけが残された。
「……シュナイダー。貴様何を企んでいる」
白蛇がシュナイダーをにらみ付けて言う。
「私が? 何をとは何のことでしょう♡」
「……わたしの目が節穴だと思うなよ」
白蛇は立ち上がると、シュナイダーのそばまで行く。
「……貴様が裏で情報を流し、我々に不和をもたらすよう仕向けただろう」
「まさか! そんなことしていませんよ」
「……あくまでもとぼける気か」
白蛇が懐から小刀を取り出す。
「仲間割れはよしましょうよ白蛇さん♡ たった5柱しかいない仲間ではありませんか♡」
「……仲間割れを引き起こしている張本人がよく言う」
白蛇は小刀をしまう。
「……貴様が黒獣の何に興味を持っているかは知らぬ。だが我々を貴様のくだらない実験に巻き込むのはやめろ」
魔神シュナイダーが、魔神を使ってあの黒獣に実験を行っていることは、明白だった。
「……おぬし、何を企んでいる」
「まさか。私は何も。企んでいるのは孫悟空さんではないでしょうか? 彼にしては少し判断が冷静すぎると思いませんか?」
シュナイダーの言葉に、白蛇がうなずく。
「……裏に協力者がいるのだろう」
「ええ。それも……人間たちの」
シュナイダーが言おうとしているのはつまり、孫悟空は人間と手を組んでいるということだ。
「彼は人間と手を組み、さて我々に何をしようとしているのでしょうね。そちらのほうも危険度が高いと思いますが」
「…………」
白蛇がシュナイダーをにらみ付ける。
そしてため息をついた。
「……少し前は均衡が保たれていたのだがな」
「ええ。それをあの少年、ヒカゲくんの出現によって崩されたわけですね」
「……ヒカゲとは、何者なのだ?」
シュナイダーの強みはその情報網と情報量にある。
当然この魔神は、ヒカゲについて何かを掴んでいるだろう。
「何者でもありませんよ。ただの……人間です」
「……そんなわけがないだろう。生身の人間であそこまで強くなれるはずがない。驚異的すぎる」
「そうはいっても彼は本当に少し生まれが特殊なだけの一般人ですけどね」
「……生まれが特殊? どういうことだ。情報をよこせ」
なにせあの黒獣、脅威であることは明白なのに、やつに関する情報が少なすぎる。
見過ごせないレベルの敵になっているヒカゲに、何も知らないでいるわけにはいかなかった。
するとシュナイダーが、ニコニコと笑いながら、黙る。
チッ……と白蛇が舌打ちをする。
「……見返りに協力しろということか」
「ええ♡ 話が早くて助かります」
「……そうやって他の魔神どももたぶらかしてきたのだろ?」
「さぁ……どうでしょうね」
そう言って、シュナイダーは笑うのだった。