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44.暗殺者、恋人と一緒に寝る


 兄グレンを倒したその日の夜。


 俺はひとり、村近くの神社の中にいた。


「…………」


 普段俺は、村にある祠の中で生活している。


 考え事があったり、ひとりになりたいときは、こうして神社に来ているのだ。


 神社には布団が1枚引いてある。

 だがどうにも眠れなく、俺はふすまを開けて、夜空を見上げていた。


「…………」


 考えるのは、先ほどのこと。

 兄を殺したときのことを、考えていた。


 ……考えないようにしていたのだが、どうしても考えてしまうのである。


 兄を殺した。敵だからしょうがない。


 それに兄は昔から俺たち兄妹をしいたげてきたし、俺の命を狙ってきた。


 だから俺は殺した。

 それで納得したはずだった。


 だが俺の心にはひっかかるものがあった。

 ただ兄を殺した罪悪感……ではない。


 兄を、家族を殺した。


 だというのに、何の感慨も罪悪感もわかない自分が……異質な存在に思えたのだ。


 普通、家族を殺したら、もっと精神的に苦しんだりするのではないかと思った。


 けれど俺は今平然としている。


 つまり俺は……もう……。

 と悩んでいたそのときだ。


「だーれじゃい♡」


 ふにゅんっ、と俺の背後に何か柔らかな物が押しつけられた。


 この温かく、そして張りのある柔らかい物体に……覚えがあった。

 この甘いにおいに安心感を覚える自分がいた。


「……エステル」

「おー、さすがひかげくん。よくわかったね」


 金髪碧眼の美少女、エステルが、にぱっと笑いながらそこにいた。


 今は夜だからか、薄手のパジャマを着ている。

 布地が若干透けており、彼女のボディラインがうっすらと見えた。


 恐ろしく細い腰とか、びっくりするくらい大きな胸とか、透けて見えたのだ。


「やん♡ えっちぃ」

「……ご、ごめん」


「なーにあやまってるんだね君ぃ♡ いいんだよ、たくさん見てよ」


 嬉々としてエステルが言う。


「……だからなんでおまえは、俺に体を見られて喜ぶんだよ」


「そりゃあひかげくんが特別だからだよ。きみはお姉ちゃんの恋人じゃん? 好きな人には体を見てエッチぃ気分になってもらいたいものだよ」


「……そう、なのか?」


「そうそう♡ というかひかげくんに見てもらいたくって、お姉ちゃんこんなスケスケえっちぃパジャマに着替えたんだからね」


 ぷくっ、と頬を膨らませるアホ姉。


「もっと見てくれなきゃお姉ちゃん怒っちゃうもんね!」


「……いや、あんまり見るのは」


 月明かりでパジャマが透ける。

 ともすれば薄い布地の下が見えかける……。


 胸部が少しポチッとなっているのは、まさか……。


「ちなみにお姉ちゃん、寝るときはノーブラだぜ♡」


「……ぶっ!!!」


 なんだとっ!

 やはりあの下は何もつけてなかったのか。

 何を考えてるんだこのアホは。

 こんな薄い生地のパジャマでノーブラなんて、き、危険だろうが!


「ぬふふ~♡ ひかげくんが照れてるのぉ~♡」

 

 エステルが俺の隣に座る。

 ニコニコしながら、俺の腕に抱きついてきた。


 ぬ、布が薄すぎて肌に生の乳の感触が。

 ぐにってなった! ぐにって!


「おやおや♡」


 エステルが俺の腰の辺りを見て、ぬふふ♡ と意味深に笑う。


「ひかげくんも男よの~♡」

「……そうだよ。俺は男なの。だからそんな薄い服着ないでくれ。でないと……」


「でないと?」

「……もたないって、いろいろと」


 何せエステルは超絶美人でその上スタイルも良い。


 そんな女の子が積極的に、体をくっつけてきたり、エッチな格好を見せてきたりするのだ。


 ……そんなの、耐えられるわけないじゃないか。


「もたないって……理性的なサムシングえるすが?」


「……まあ、端的に言えば。もうちょっと自分が魅力的だったことに、気付いてくれよ」


「ほーほー♡ ほほほほーう♡」


 エステルが猫のように目を細め、つりあげる。

 すりすりとエステルが近づいてくる。

 そして耳元でささやいた。


「……いいよ♡」


 彼女の呼気が、俺の耳をくすぐる。


「……い、いいよって……な、なにを?」


「だって……耐えきれなくなっちゃうんでしょう? ……いいよ」


 エステルが俺を見下ろす。

 普段のアホ全開の笑みとは違い、大人っぽい、妖艶な笑顔だった。


「いや……無理だって……」

「どうして? ひかげくんはしたくないの……?」


 エステルが悲しそうに目を伏せる。


「……いや、そうじゃなくてさ。こういうのはもうちょっとな……」


「おねえちゃ……私たち、恋人なんだよ? 遠慮しないで……ね?」


 エステルが顔を近づけてくる。

 俺の頬を両手で包み、俺と唇を重ねる。


 ちゅっちゅっちゅ、と何度もついばむように、エステルが俺にキスをする。


 口の中に広がる、唾液の甘い味。

 鼻孔をくすぐるのは、彼女の果実のような、甘い髪の匂い。


 キスをしている間も、彼女は自分の柔らかな体で、俺を包んでくれた。


 ……俺は何度も自分の本能にまかせて、彼女を押し倒したい衝動に駆られた。


 だがそのたびに理性がブレーキをかける。

 欲望のままに相手を襲うなんて、男のすることじゃない。


 ややあって、エステルが唇を離す。


「ぬぬぅ……」

「……ど、どうした?」


「いやぁ、ひかげくんって、意外と我慢強いんだねと思ってさ」


 はふん、とエステルがため息をつく。


「女の子がここまで誘っているのにな~」


「……ご、ごめん。けど……おまえのこと、だ、大事だからさ。軽々しく傷物に……できねえよ」


 くっそ、何を言ってるんだ俺は。

 なんて恥ずかしいセリフを……。


「ぬぅふふ~♡ うれしいこといってくれますなぁ」


 エステルが俺をハグする。

 な、生暖かいプリンの中に沈んでいっているような気分だ……。


「もしかしてひかげくんって、結構私のこと好きだったりします~?」


「……そりゃ、まあ。当たり前だろ」


「ほーほー♡ そりゃあいいこと聞いたぜ♡ 明日村のみんなに報告しなきゃな~♡」


「……やめてくれ」


「えー? どうしよっかなー? 言っちゃおうかな~」


「……だからやめてくれってば」


「やめて欲しければひかげくん。おいで♡」


 エステルは立ち上がると、建物の中へと入る。


 布団の上に女の子座りをすると、こいこいと手招きをした。


「一緒に寝よ♡」

「…………」


 俺は躊躇する。

 別にエステルと寝ることは、ぜんぜん問題ない。


 問題は布団が1つしかないということだ。

 1つしかない布団で、一緒に寝るだと……!?


「かもーん。来ないと明日のトップニュースは私とひかげくんのらぶらぶっぷりで話題持ちきりだぜ♡」


「……わ、わかったよ」


 俺はエステルの隣へと移動する。

 汗をかいているからなのか、エステルからはさらに濃い、花のような甘い匂いがした。


「寝るべ♡」

「……あ、ああ」


 よいしょとエステルが仰向けに寝る。

 ぽんぽん、とエステルが自分のとなりを、手でたたく。


 ただでさえ透けていた布地が、近くに寄ることで、さらに透けて見えた。


 もう完全に彼女の生の乳房が見える。


 俺はごくり……と生唾を飲んだ。


「吸っちゃう♡」

「……吸わねえよ」


「食べちゃう♡」

「……食べない」


「本当は食べたいって思ってるでしょ? 正直に言ってみ? ん~♡」 


 なんだか楽しそうなエステル。

 年上だからか、彼女の方が余裕があるな……。


 くそっ。なんだか負けた気がして悔しいな。


「……ああ、そうだな」

「へ? ひゃっ……!」


 俺はエステルの上に覆い被さる。

 

 彼女の驚く顔がすぐ近くにあった。


「どっ、どどど、どうしたのひかげくん!?」


 エステルが顔を真っ赤にして言う。

 目がキョロキョロと動いて面白かった。


「……食べて、良いんだろ?」


 俺はエステルに顔を近づける。


「だ、だってさっきは自分がヘタレだから今は無理ーって言ったじゃん!」


 言ってない。


「……ああ。けど、気が変わったんだよ」


 俺はエステルの服の裾に手をかける。


「わっ、わっ、わー! だ、だめだめ! だめだよひかげくん! お姉ちゃん今汗びっしょりだから! せめてお風呂入ってからじゃないと恥ずかしくて……」


 ぱっ……と俺は手を離し、彼女のとなりに寝転ぶ。

 彼女に背を向けて、横を向く。


「はぇ?」

「……冗談だよ」


 エステルはしばらくぽかんとしていた。

 やがて、エステルが俺の背中をむぎゅっとつねってきた。


「いけない弟だっ。お姉ちゃんを翻弄するとはっ」


「……なんか今まで散々いじられっぱなしだったからな。むかついて」


「あそこまで期待させといて何もしないなんて、悪い子だっ!」


「……いや、期待って。嫌だって言ってたじゃないか」


「あれは良いよって意味でしょ! そんなこともわからないからな~?」

 

 なるほど、わからん。


「ひかげくん。覚えておくのだ。女の子の嫌って言葉にはね、文字通りの意味の時と、良いよって意味の時があるんだよ」


「……難しすぎるだろ」


「特にえっちなときの女の子の嫌は要注意だね。口では嫌だと言ってても体は求めてるときがあるんだよ。これ、豆知識な」


 なるほど、覚えておこう。


 俺はふと気になってエステルに尋ねる。


「……じゃあ、さっきの嫌は、どっちの嫌だったんだ?」


「そりゃもちろん……良いよって意味だよ」


「……そっか」

「おうよ。いいよ、別に。あ、でもお風呂入ってからね。今私汗やばいことなっているからさ」


 だからさっきから、甘い匂いがするのか。

「汗くさい?」

「……まさか。エロい匂いする」


「ほほー。ひかげくんはにおいふぇちでもあるんか。覚えておかねば」


「……もってなんだ、もっ、て」


「あとおっぱいフェチでしょ?」


「…………………………違う」


 否定にまで時間がかかってしまった。

 エステルがむふふと笑う。


「ひかげくんの嫌も2パターンあるのですな。ここは正直ですぜ♡」


「……触るな、下を」


 俺は彼女から離れようとする。

 だがエステルは嬉々として、俺に近づいて、抱きしめてくる。


「暑い?」

「……まあ」


「嫌?」

「……嫌じゃない」


 汗で濡れたエステルの乳房が、俺の背中に当たる。

 しっとりと吸いつくようだ。


「けど……良かった。ひかげくん、げんきになってくれて」


 ほっ、とエステルが吐息をつく。

 俺は後ろを振り返る。

 彼女が安堵の表情を浮かべていた。


「……俺、元気なかった?」

「うん。すっごくね。どよーんとしてたよ。なにか……あったんだよね、今日」


 俺は驚くと同時に嬉しくなった。

 ちゃんとこの人は、俺の心の変化を、わかってくれるんだなって。


「お姉ちゃんに話してみ?」

「……ああ、実は」


 俺は今日あったことを、エステルに素直に打ち明ける。


 彼女は俺を後から抱きしめ、俺の頭を撫でながら、俺の話を聞いてくれた。


「そっか……お兄さんを……」

「……ああ」


 エステルがなおもよしよしとしてくれる。

「……俺さ、今まで結構な人に、バケモノって呼ばれてたんだ。けどそのときは大げさだなって、あんま気にしなかったんだけどさ」


 俺は一息ついて言う。


「……今日、ハッキリ自覚したよ。俺は……もう人間じゃないんだなって。身も心も、本当に、バケモノなんだなって」


 強さだけの問題じゃない。

 精神的な意味でも、俺は人間のそれを越えてしまった気がした。


「んー……そうかなぁ」


 エステルがきゅっと抱きしめて言う。


「ひかげくんはバケモノじゃないと思うよ」

「そう……かな」


「そうだよ。だってさっきのひかげくん、普通の男の子の反応だったもん」


 そうだろうか……。

 

「女の子に触れてドキドキしたり、からかわれてかーっと赤くなる。エッチなことされたらおっきくする。ほら、ふつーだね。ひかげくんは普通の男の子だよ」


 俺はエステルを見やる。

 彼女は横を向いて、俺を見ていた。


「戦いのことは私よくわからないよ。けど心までバケモノになってるなんて思わない。ひかげくんは、今も変わらず優しくて可愛い男の子だよ」


 エステルが慈愛に満ちたまなざしで、俺を見てくる。

 正面から俺をハグする。


 ……暑い。

 けど、今はこの肌のぬくもりが、心地よかった。


「お兄ちゃんを倒して何も感じないなんてことはないじゃん。今も気にしてるんでしょう?」


「……何も感じないことを、気にしてるんだけど」


「ばっかおめー。感じてるじゃん。だから落ち込んでたんでしょ?」


 ……そうか。

 俺は自分で自覚してないだけで、ショックを受けていたのか。


「……気付いてなかった」

「なはは。ひかげくんは鈍感ニブチンマンですからな」


 エステルがニコニコしながら、俺をぎゅーっと強くハグする。


「だいじょうぶ。きみは人間だよ。お姉ちゃんの大好きな、優しい男の子さ」


「……エステル」


 ああ、好きだ……。

 本当に、心からこのアホ姉のことが、俺は好きだ。


 アホだけど、底抜けに優しくて、いつでも俺の心を支えてくれる。


 俺が自分を見失いそうなったとき、いつでも道を示してくれる。


 そんな彼女のことが、俺は……。


「……好きだ」

「私も……大好きだよ」


 俺は彼女の細い体に手を回す。

 ふたりでぎゅっと体を密着させる。


 すると途方もない安心感と、睡魔が襲ってくる。


 俺はとても安らかな気持ちで、眠りに落ちるのだった。

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