39.暗殺者、魔神を遠隔で楽々と撃退する
エステルと川で泳いだ後。
お昼前に、魔神の襲撃があった。
魔神はまたご丁寧に、空から降ってきた。
その瞬間、村長サクヤとともに作った【迎撃システム】が作動。
俺はすぐさま手印を組み、戦闘態勢に入る。
まず俺は【影式神】と【五感共有】スキルを使い、やってきた魔神を、【式神】の目を通して見やる。
【クソッ! ここはどこだー!? この真っ暗空間はなんだー!?】
そこには巨大な白いイノシシがいた。
また脳みそ筋肉っぽい。
これなら、遠隔迎撃システムの動作テストができるな。
俺は村の中、祠にいながら、魔神と戦う。
「……魔神か?」
【そうだっ! 猪神だ! 出てこい!!!】
魔神・猪神は現在、俺の出した【影領域結界】の中にいる。
なぜこいつが【領域結界】内にいるかというと、俺とサクヤが作った新しい結界が正常に作動しているからだ。
何度も魔神などから、上空からの侵入を許してきた俺たち。
そこで俺はサクヤと協力して、新しい結界を作成したのだ。
俺の【能力統合・変質化】スキルを使い、サクヤの巨大な結界に【影転移】と【影領域結界】を組み合わせた。
やってきた魔神が結界に触れると、神社近くに設置した【影領域結界】へと転送される仕組みになっている。
これなら結界がいちいち破壊されない上に、俺に有利な条件で戦える。
もっとも、領域結界を破壊するほどのやつだった場合は、俺はそこへ赴いて直接バトルする必要がある。
ただこの猪神は、あまり強くないみたいだ。俺の結界を破るほどの技術は無い。【闘気】の量も俺以下。
まあ雑魚だ。
なのでこいつには、動作テストの良い実験台になってもらおう。
【ぬぅうん! 地面が沈むだとー!】
領域結界内は全方位影となっている。
入った瞬間、【影喰い】が発動し、地面が影の沼となる。
そのまま沈んでくれれば良いのだが、猪神はダッシュして沈むのを回避する。ああそうかい。
影沼で沈まないと、【織影】が自動で発動。
四方八方から、影の槍が突き出て猪神を串刺しにする。
【影領域結界】も、【闘気】を流すことで進化した。
こうしてあらかじめ、発動する術をインプットすることができるようになったのである。
今回は影沼で沈まないということを条件に、【織影】による【影の槍】が生成するようになっているのである。
【こしゃくなぁ! ふんぬー!】
刺さっていた槍がすべて吹き飛ぶ。
【ふははっ! どうだこれぞ我が必殺の【全反射】よぉ!】
ヴァイパーから聞いた情報によると、触れた物体(物理攻撃)を弾き飛ばすスキルだそうだ。
便利なスキルだな。
……まあ、だからスキルに頼っている魔神の時点で、雑魚確定なんだけど。
しかし【全反射】は厄介なスキルだな。
影槍が防がれた後は、影の弾丸が雨のように降り注いでいる。だが反射持ちの猪神は、それをすべてはじき返していた。
【きかんきかんきかんぞーーーーー!!】
「……ああ、そう」
んじゃ別の手段を取るか。
俺は【影式神】を、領域内に召喚する。
影エルフを結界内部に召喚する。
【影式神】は闘気で進化しており、影のある場所(俺のじゃなくても)召喚できるようになっているのだ。
「……ヴァイパー。焼き払え」
【かしこまりました】
さらに進化した領域結界においては、影式神(というか影エルフ)は、呪力(魔力)無限状態で魔法が撃ち放題である。
もともと俺は奈落の森内では呪力無限で戦えた。
進化した影領域結界は、それと同じ現象を、影エルフに起こすことができる。
影の世界では、影から呪力を作り放題。その呪力を使って、影エルフは結界内で魔法を使い放題なのだ。
【汚らわしい畜生が。ご主人様の領域に無粋にも立ち入った大罪に罰を与えよう】
ヴァイパーが領域結界から呪力を引き出し、火属性最上級魔法【煉獄業火球】を発動させる。
地獄の業火が影の中にいる猪神を焼く。
【ぬぅうううううううううううん! きかんぞおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!】
【全反射】は物理攻撃だけをはじく。
魔法攻撃は通っている……はずだが。
なるほど、闘気の鎧を纏っているようだ。
魔法攻撃はそれではじかれているようである。
「……ヴァイパー。強度のテストも兼ねる。気にせず魔法攻撃を続けろ」
【かしこまりました】
ヴァイパーが次々と、魔法を撃つ。
炎が、氷が、雷が、猪神を削っていく。
【ぬ、ぬぅうん! き、きかーん!】
炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。
【ぐ、ぐぅう……!】
炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。炎。
【ぎ、ぎぎが……!】
闘気の鎧をまとっていも、熱さを感じるのだろう。
ヴァイパーは休むことなく、炎で猪神をあぶっていく。
【ご主人様に楯突く愚か者め。灰となって消えるが良い】
ヴァイパーが無慈悲に魔法の炎を出しまくる。
猪神が苦しみもだえだしても、まだまだ炎は解除しない。
炎は嵐となり、槍となり、槌となり、魔人の腕となり、猪神の体を絶え間なく焼き続けた。
【無限に魔法を出し続け、相手をいたぶり続ける……魔法使い冥利に尽きます。ご主人様のおかげです。さすがです】
ヴァイパーが楽しそうに言う。
こいつドMでドSだからな。
相手をいたぶるのが大好きなのだ。変態め。
【ぐぁあああああああああ! や、やめろおぉおおおおおおおおおお! やめてくれぇええええええええええええ!】
猪神がその場で倒れジタバタと醜く、手足を動かす。
「……やめなくて良い」
【承知】
【やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!】
しかし魔神相手に魔法攻撃が通じるのか。
こいつが魔神として、俺より格下ってこともあるが、魔法にも【闘気】をこめれば、ある程度魔法も魔神に通じるみたいだった。
良い実験台になったな。
「……ヴァイパー。良いデータが取れた。撤収だ」
【かしこまりました】
ヴァイパーを転移させる。
結界内には猪神だけが残される。
【に、人間ごときに……魔神が翻弄されるだと……! ありえん! まさか相手は魔神を越えるバケモノなのかっ!?】
……なんか俺、いつもバケモノ扱いされてる気がする。
そんなにバケモノか?
「ご主人様。魔神を遠隔で倒せている時点で、十二分にバケモノだと愚考します」
後に控えるヴァイパーが、楽しそうに笑いながら言う。
「……そうかな?」
「ええ。考えてもみてください。あの魔王よりもこの魔神どもは強いのですよ」
そういえばそうだったな。
今俺は魔王を越える存在を、遠隔で楽々と倒せている。
つまりあのときの魔王も、今では楽勝で屠れるということか。
「……思えば強くなったもんだな」
「ええ。とってもお強くなられています。ああ、素晴らしい……強くて格好いいご主人様……しゅき……」
ヴァイパーがでへでへとだらしのない顔で言う。
「……きめえ」
「ありがとうございます!!!!」
別に俺は罵倒したわけじゃない。
それでもこれはこいつにとってのご褒美なのだ。
……ヴァイパー、変態め。
【ふはは! バカめが!!! 貴様らがバカをやっている間に、我は完全に回復したぞ-!】
猪神が調子に乗っていた。
魔神は魔族以上に体力回復速度が速いのである。
……うん、知っていた。
あえてだ。
【この目障りな結界を突き破ってくれよう! うぉおおおおおおおお!】
猪神が結界の壁に向かって、文字通り猪突猛進する。
……意味ないがな。
俺は手印を組む。
領域結界のそばに、黒獣の頭部だけが顕現する。
黒獣化と影食いの合成技、【黒獣食い】。
領域結界ごと黒獣が丸呑みする。
それは1秒にも満たない速度だった。
竜神王なら、結界を破って、なおかつ黒獣の顎から逃れていただろう。
しかしこの猪神という魔神は、本当に良かった。そこまでのパワーもスピードも備わっていなかったのである。
「……テスト終了。まずまずだな」
結界も正常に作動していたし、魔法に闘気を流す攻撃が有効であることも確認できた。
さらに【全反射】スキルと、【闘気】をゲット。
……まあ、魔神相手に【全反射】が有効かどうかは、ベルナージュ相手に後で検証する必要があるかな。
「……これで魔神は、残り8柱」
俺は一仕事終え、ふぅ、と吐息をつく。
「さすがですご主人様ぁ!」
ヴァイパーが俺の体に抱きつく。
「あの魔神をこうも翻弄するとは! 完全にあの魔神はご主人様の手のひらの上でした! さすがです! すごいですご主人様ぁん♡」
ヴァイパーがふりふりと、下品に腰を振る。
「こんなにも強くおなりになられて……。強きものの下僕として飼われて、とても誇らしいです!」
目を♡にしてヴァイパーが俺に艶っぽい視線を向ける。
むせ返るほどの、甘い匂いが鼻孔をつく。
南国の花みたいだ……。
「……は、離れろ」
「ご主人様ぁ! もっと強く! もっと汚く罵って!」
「……離れろってんだよ変態!」
「あ~~~~~りがとうございます~~~~~!!!」
……魔神と戦った後だというのに、俺には精神的な余裕があった。
それだけ……強くなったってことだろうか。