37.暗殺者、2人目の魔神を余裕で撃破する
冒険者の討伐隊を退けてから数日後。
俺のもとに、魔神がやってきた。
【我は十二神将がひとり! 炎馬神【馬頭】! 邪血の少女をもらい受けに来た!!】
場所は奈落の森の中。
俺の目の前には、【人馬】のような魔神がいる。
下半身が馬。上半身は筋骨隆々の人間。そして顔は馬。
馬頭の足下には青い炎が纏わり付いてる。
腕は6本ついていて、そのすべてに武器が握られていた。
「……なるほど、ドランクスの言うとおりっぽいな」
数日前のこと。
俺の脳裏に、不死王【ドランクス】から通信が入った。
どうにもやつと俺との間には、【パス】のようなものができてしまっているらしい。
以前不死鳥の血を取り込んだことがあるのだが、それが媒介となって、こちらの動向が向こうにも届くようになったとのこと。
ドランクスからの通信によると、魔神たちはミファに標的を定めたようだ。
魔神たちの目的は、ミファを取り込んで神になること。
だから魔王の時と同様に、魔神たちはミファを狙ってくるだろう……と。
……ドランクスの言うことを鵜呑みはしていなかった。
だが竜神王ベルナージュが来たときから、俺はなんとなく魔神たちが来る予感がしていたのだ。
「……で? 何のようだ」
一応聞いておこう。
【邪血の少女をもらい受ける! やつの心臓を食べ我は更なる高みへ昇るのだ!】
なるほど……わかりやすい直情タイプのようだ。
俺は手印を組んでおく。
闘気の量からしてまあ負けないだろうが……いちおうな。
【では参る! むんっ!】
馬頭が体を沈めた。
と思ったその瞬間、やつの体が消えた。
【影探知】でやつの居場所を探る。
真後ろにいて、すでに攻撃態勢だった。
【しねぇい!】
馬頭が俺の脳天めがけて、手に持っていた金棒を振る。
俺はとっさに織影で触手を作る。
金棒が触手もろとも、俺の脳にぶつかる……前に、金棒がズォッ……! と溶けた。
正確に言うと、金棒が影の塊になって、俺にぶつかる瞬間に壊れたのである。
【むぅ! 面妖な技を使う!】
「……そりゃ忍者だからな」
俺は影で刀を作る。
馬頭の胴体にめがけて刀を振る。
馬頭の腕は6本生えている。左右3対。
下段の1対には刀を持っていた。
俺の刀と馬頭の刀とがぶつかる……前に、馬頭の刀がまた溶けた。
俺の斬撃を馬頭が受ける。
【ぐっ……!】
馬頭がよろける。
……どうやら上手くはまっているようだ。
俺が使っているのは【織影】を闘気で強化した新しい技だ。
影から物体を作る【織影】。
これに闘気を流すことで、物体を影に変換する技へと進化したのだ。
触れた物体を影に変える。
これによって相手の攻撃を無効化できる次第だ。
もっとも影にする物体の呪力量が高いほど、影に変えるのが難しくなる。
【なるほど……貴様に触れると武器が影になって攻撃が当たらないわけか。ならば!】
馬頭は持っていた武器をすべて放り投げる。
拳を握り、ファイティングポーズを取る。
思った通り徒手空拳での打撃戦に持ち込むみたいだ。
【ぬ゛ぅんっ!】
馬頭がまた消える。
……どうやら特別なスキルを使っているようだ。
【闘気】を使って俺の身体能力、動体視力は強化されている。その目をもってしても、馬頭の動きを捉えきれないからな。
【ふはは! しねぇい!】
馬頭の気配は右斜め後ろからする。
俺めがけて腕を振る。
俺が攻撃を受ける直前、【潜影】で自分の影に潜る。
闘気が加わることで、影に潜るスピードがもはや光速を越えていた。
さらに【能力統合・変質化】により、【影探知】と【潜影】を組み合わせ、俺が知覚できない角度からの物理攻撃を探知した瞬間、自分の影に避難するようになっていた。
馬頭の一撃が空振りになる。
俺は影の中から【織影】を発動。
馬頭の影を無数の槍にかえ、ヤツの体を串刺しにしようとする。
【ぬるいわぁ!】
馬頭の体がブレる。
するとまた馬頭はいなくなっていた。
「……【縮地】か?」
極東でも使い手がいた。
長い距離を一瞬で詰める技術だ。
【その通り! 我のスキルは【瞬動】というがな!】
なるほど、縮地の使い手か。
だから攻撃を食らう前に逃げられると。
まったく厄介な相手だ。
「……まあ、スキルを使っている時点で、ベルナージュより格下ってことだよな」
ベルナージュは闘気だけの素の力で、パワー・スピードにおいて、俺を凌駕していた。
だがこいつはスキルに頼っている。
つまり純粋な殴り合いに自信が無いということだ。
【ほざけ下等生物風情が!】
馬頭が瞬動を使う。
早すぎて馬頭が分裂していた。
【どうだ! 瞬動を駆使した分身術! その名も瞬動分身の術だ!!!】
複数の馬頭が俺を囲む。
まあ……だからなんだって話だがな。
【死ねぇ!】
この期に及んで、また死角から攻撃を仕掛けてくる。
思ったよりも卑怯なヤツだな。
……まあ、卑怯者とパーティを追放された俺が言うのもあれだけど。
俺は闘気を練る。
身体能力を向上させ、俺は馬頭の一撃を手で掴んで止める。
【なぁあ!? に、人間風情が! 我の一撃を止めるだとぉ!?】
「……まあ、スキル使って翻弄しても、結局数が増えたわけじゃないだろ」
早く動くことで、複数に分裂しているように見えているだけだしな。
どこから攻撃が来るかは不明だが、俺のところに来るのは一撃のみ。
俺は闘気で動体視力と身体能力を向上させ、ヤツの攻撃を受け止めた次第だ。
これでわかった。
純粋な闘気での戦闘において、俺は馬頭よりは強い。
【離せ!!!!】
「……いいぜ」
俺は馬頭の腕を掴んだまま、乱暴にやつの腕を引っぱる。
【ぎゃぁああああああああああ! う、腕がぁああああああああああああ!】
存外もろいな。
ベルナージュはもっと頑丈だったぞ。
馬頭がひるんでいる間に、俺は手印を組んで【影の触手】を作る。
尖端は刃のように尖っている。
俺は腕の数と同じだけ触手を作り、やつの腕に突き刺す。貫通するだけの威力は無いが十分だ。
俺は潜影で影にしまっていた鬼神刀を取り出す。
空間を削り取る刀で、馬頭の胴を切り飛ばそうとしたが……。
【甘いわぁ!!!】
馬頭が瞬動を使用。
すべての腕を自ら引きちぎり、逃げおおせたらしい。
「……力業だな」
【腕などいつでも生やせるからなぁ!】
馬頭が全身に力を込めると、ちぎれた箇所から腕が再生した。
……魔族よりも再生能力が高いんだな。
参考になったよ。
「……で、どうする? 続けるか? 正直おまえの攻撃は全部見切ってるぞ」
正面からの攻撃は受け止められる。
死角からの攻撃は【影探知】【潜影】のコンボで避けられるからな。
馬頭はどう見てもパワータイプだ。
物理攻撃以外の手段を持っているようには思えない。
つまり詰んでるわけだ。
【ハッ……! 続けるに決まっておろうがぁ!】
相手さんはやる気満々と。
そうか。じゃあ死んでもらうか。
俺は手印を組んで準備をしておく。
準備が整うまで会話する。
「……やめとけ。おまえじゃ俺に勝てないよ」
【何をたわけたことを! いいか!? 貴様と違って我らには超再生能力がある! 四肢を飛ばされようとすぐに元通り! 体力が切れることはない!】
余裕ぶって大口開けて会話してる。
やりやすい相手だ。
おかげで【虫】を仕込むのが楽だったぞ。
【それに対して貴様は脆弱な人間! 戦い続ければ息も切れるし体力も底をつく! 貴様がへばるまで何度も攻撃してやるわ!】
「……そうか。まあ、無理だがな」
俺は手印を組む。
すると馬頭の体から、影の槍が生えた。
【なぁ!?】
正確に言うと、馬頭の体の内側から影の槍が生えその体を地面に縫い付けたのである。
針の山ならぬ槍の山となった馬頭は、その場から動けないでいた。
【お、おまえいったい何をした!?】
「……おまえの体に虫を仕込んだだけだ」
俺は手印を組む。
影式神を相手の影から作成。
影の蚊を作り、馬頭の口の中に式神を入れる。
あとは織影で式神の形を槍に変えた……というわけだ。
【わ、我との会話は時間稼ぎだったわけだな!? この卑怯者!】
「……あいにくと卑怯なのは俺の専売特許らしいんでね」
言われなれてるので別にへこみはしなかった。
俺は悠々と馬頭に近づく。
馬頭は地面から少し浮いた状態で、影の槍で串刺しになっている。
足が地に着いてないのだ。
瞬動は使えないだろう。
「……おまえのスキルは空間転移じゃない。超高速で移動してるだけだ。足がついてない状態では使えない。そうだろ?」
俺は馬頭のそばまでやってくる。
やつは逃げようとジタバタしていたが、一歩も動けないようだった。
俺は鬼神刀に闘気と呪力を混ぜて振りかぶる。
縦一閃。
両腕以外を消し飛ばす。
あとは影喰いをして……戦闘終了。
「……こいつくらいなら余裕もって倒せたな」
ベルナージュ級のバケモノが来たらどうしようかと思ったが。
比較的弱い魔神であったことと、あと俺が闘気を身につけていたことが、今回の勝因だろう。
魔神を食ったことで、俺はまたパワーアップしていた。
【瞬動】を覚えた。さらには闘気の総量(体の中に取り込める量のこと)が上昇した。
闘気は取り込めば取り込むほど強くなる。
俺はまた1つ強くなったというわけだ。
……残り9柱。まあ、なんとかなりそうだ。
気は抜けないけどな。