36.暗殺者、魔神たちの標的となる
暗殺者ヒカゲのもとへ、竜神王ベルナージュが向かった後。
遥か上空、魔神たちの会合の場である【空中魔神城】にて。
最上階の庭園には、竜神王を除く10柱の魔神たちが集結していた。
魔神。
神に近しい力を持った、強力な魔物たちことのである。
彼らは1柱1柱が最強の力を持っている。竜神王が良い例だが、単騎で世界を滅ぼすほどの力を持っていた。
しかし世界を滅ぼそうという気概を持つものは少ない。
なぜなら魔神にとって、人間などあまりにも下等で、羽虫にも等しい。
そんな下等生物相手に征服活動をしたところで、己の【欲求】は満たせなかった。
魔神たちは世界征服を望まない。彼らの望みはただ一つ。【神】となり、【天上】へと上り詰めることだけである。
さて。
現在、庭園に集まっているのは、10柱の魔神。
1柱は【神殺し】に倒され、1柱はその【神殺し】にほだされてしまった。
残る10柱たちは、今後の対策を考えていた。
円卓に座る魔神たち。
「さて。では皆さんそろったところで、【神殺し】対策会議を始めましょうか♡」
1柱の魔神が、立ち上がっている。
白いツーピースのスーツに身を包む青年だ。
ともすれば人間に見えるこの男も、魔神の1柱である。
「どうでもいいけどよぉ。なんでネズミ野郎がしきってんだよ」
「そうよえらっそーに!」
猿の魔神と犬の魔神が、それぞれ白スーツに異を唱える。
ネズミと呼ばれ白スーツは、「これは失礼いたしました」と言って頭を下げる。
「私のような若輩者が出しゃばり申し訳ございませんでした。では孫悟空様、現状の説明と、敵対勢力の戦力の分析、そして今後の我々がどうするべきか……皆様の前で説明してください♡」
ニコッと、と白スーツが笑う。
うぐっ! と孫悟空が言葉に詰まる。
「サル頭のあんたにゃ無理ね」
「んだといぬっころ!」
犬と猿とがケンカしている一方で、1柱の魔神がため息交じりに言う。
「……【シュナイダー】。貴様が仕切れ」
シュナイダーとは、白スーツの名前だった。
「おや【白蛇】さま。私なんぞが進行を努めて良いのですか?」
白蛇と呼ばれた魔神は、こくりとうなずく。
真っ白な髪に赤い目の女だ。
「……貴様が一番理解してるのだろう。さっさと進めろ。わたしはこの無駄な会議をさっさと終わらせて帰りたいんだ」
白蛇の言葉に、犬と猿が顔をしかめたが、他の魔神たちはうなずいていた。
「【ゴーゴン】の言うとおりだな」
「我らは人間ごとき下等生物にかける時間も用も無いのだからな」
白スーツ・シュナイダーは「では僭越ながら」と言って、現状を軽く説明する。
「【山羊悪魔神】を倒した神殺し【焰群ヒカゲ】は、竜神王ベルナージュと戦闘を行いました。その際彼は【闘気】を使えないにも関わらずベルナージュに有効打を与えました。そしてベルナージュは彼を気に入り、修行をつけ、【闘気】を習得させ、現在に至ります」
シュナイダーの言葉に、魔神たちから不満の声が漏れる。
「なぜあのバカ女は敵に塩を送るようなまねをしたんだ?」
シュナイダーは答える。
「彼女の一族はもとより強い雄を求めていました。ヒカゲくんに強くなってもらい、自分の伴侶にふさわしい男になってもらおうと思って鍛え上げたのでしょう」
「けっ! 余計なことしやがってよぉ」
孫悟空が悪態をつく。
「それで? これからどうするのネズミ?」
犬女がシュナイダーに尋ねる。
「現状彼の強さはそこまでではありません……が、最弱の魔神とは言え山羊悪魔神を単騎で撃破し、2週間で【闘気】を身につけた。その脅威は無視できません」
そこで……とシュナイダーが続ける。
「我々全員で協力し、脅威である【神殺し】を確実に排除するのはどうでしょうか?」
シュナイダーの提案に……。
魔神たちは顔をしかめた。
「けっ! どうして俺様が犬っころたちと協力しねーといけねーんだよ」
「そりゃこっちのセリフよ! アタシだって猿みたいな雑頭と一緒に動くのなんてごめんね」
そのほかの魔神たちも、猿や犬と同意見だった。
白蛇がため息交じりで言う。
「……無駄だろシュナイダー。みな自分が一番だと思っているやつらばかりだ。協力なんてできるはずがない」
「それは困りましたねぇ~」
シュナイダーが腕を組んで首をかしげる。
「だいたいその神殺しはそんなに強くないのであろう? なら全員でいく必要はないじゃろうが」
最年長の魔神が言うと、他の魔神たちもうなずく。
「それにいくら神殺しとは言え人間でしょう? 人間ごときがアタシたち魔神に太刀打ちできるわけないじゃない」
「つーかどうして俺様が人間の相手しなきゃいけないんだよ。いきたいヤツが勝手に行けばいいんじゃね? 誰も行きたがらねーとは思うけどよ」
うんうん、と魔神たちがうなずく。
魔神にとってたかだか人間なんぞ、戦うに値しない相手なのだ。
魔神がゾウなら人間など蟻に等しい。
蟻を潰したところで、ゾウにとって何のメリットもない。
「そうですねぇ~なるほど♡ では当面は彼を放置という方向にしましょうか。異議は」
「「「なし」」」
全会一致で、魔神たちは【神殺しヒカゲは放置する】という方向でまとまった。
その日の会議は終わった……はずだった。
魔神たちが全員帰った後。
白スーツ・シュナイダーは円卓でひとりお茶を飲んでいた。
するとそこに、1羽の不死鳥がやってきた。
「おや、ドランクス。どうしたのですか?」
シュナイダーは不死鳥を見て言う。
ボッ……! と燃え上がると、不死鳥は赤髪の女へと変化した。
彼女は【ドランクス】。
もと魔王四天王のひとりだ。
「きひひっ。いやいやぁシュナイダー様。さすがの手腕でございますねぇ~」
にたにたと笑いながら、狂科学者がシュナイダーの前にやってくる。
「これでバカな魔神どもは、ヒカゲくんのもとに1匹ずつ、のこのこ現れるって寸法ですねぇ?」
ドランクスの言葉に、白スーツがうなずく。
「ええドランクス。奴ら全員には、あらかじめ神殺しのそばに【邪血】がいる情報を流しましたからね」
シュナイダーがカップをもてあそびながら言う。
「邪血……飲めばその存在を一段階上へとシフトする最高の供物。われわれ魔神が目指すのは、魔神を超越した存在……つまり【神】へと至ること。ただそれだけです」
「つまり全員が、邪血を喉から手が出るほど欲してるってぇわけですねぇ~?」
こくりとシュナイダーがうなずく。
「しかし邪血は1人しかいない。つまり、神へと至れる魔神は1柱のみ。……だからみな、協力を渋ったのです」
「そして表面上は放置する形で……その実、裏では邪血を巡り、みなが邪血の、ひいてはヒカゲくんのもとへ訪れるわけですねぇ」
「ええ。愚かにも1柱ずつ魔神は訪れて、ヒカゲくんの供物となるわけです」
「きひっ! ひひっ! そして魔神を吸収したヒカゲくんはさらに強くなるっ!」
実に楽しそうに、狂科学者が笑う。
シュナイダーはにこやかに言う。
「しかしドランクス。なぜあなたはヒカゲくんに肩入れするのですか?」
「もっちろん! 彼が研究対象だからですよぉ!」
きひひとドランクスが気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「彼の宿している【黒獣】の力はまだまだこんなものではありません! 力を与え続ければ無限に進化し続ける……まさに可能性の獣! ワタシは見てみたいんですよぉ! 彼の進化する様を!」
ギラギラと妖しい光を目に宿しながら、ドランクスが叫ぶ。
その一方で、シュナイダーが冷静に「そうですか」と答える。
「しかしシュナイダー様はどうしてワタシに協力してくれたのですか?」
そう……シュナイダーとドランクスはグルだ。
ドランクスからの提案に、この魔神は素直にうなずいたのである。
「簡単ですよ。掃除です」
「掃除?」
ええ……とシュナイダーがうなずく。
「古くからこのイスに座っているだけで、なにもせず、偉そうするだけの老害どもを、この機会に掃除しようと思いましてね」
冷たい瞳で、シュナイダーが円卓を見据える。
「ヒカゲくんにはバカな魔神どもの掃除にご協力願いましょう。……ドランクス、あなたにも協力してもらいますよ」
シュナイダーがドランクスを見て言う。
その瞳の奥には、冷たい光が宿っていた。
「きひひっ! もちろんですよぉ。お互いの利害は一致してますからねぇ」
そう言って、狂科学者は不死鳥の姿に戻り、どこかへと去って行く。
「……さて。ヒカゲくん。君にはもっと強くなってもらいますよ」
シュナイダーはひとり、そうつぶやくのだった。