35.暗殺者、冒険者の討伐部隊を一瞬で全滅させる
竜神王ベルナージュ襲撃から2週間後。
俺はその間、ドラゴン少女とともに、結界に引きこもって(強制的に)修行をしていた。
【闘気】を身につけ、修行を終えた。
俺は結界から出て、2週間ぶりに、拠点である【木花開耶村】へと帰ってきたのだった。
「ひかげくんっ!!!!」
世界樹の根元、祠へと帰還すると、エステルが俺に抱きついてきた。
「もうっ! 2週間も帰ってこないなんてっ! 悪い弟だっ!」
エステルが正面から、俺を抱きしめる。
彼女の大きくふくよかな乳房に、俺の顔が埋まる。
や、やわらけぇ……そして良い匂いが……って今はそれどころじゃない。
「……ごめん」
「もうっ。お姉ちゃんを心配させる悪い弟は、こうだっ」
エステルが俺のことを、さらに力強く抱きしめる。
その体が震えていた。
俺は……申し訳ない気持ちでイッパイになった。
「……ごめんな。もう次からは、勝手に居なくならないから」
俺はエステルを抱き返す。
びっくりするくらい、腰が細かった。
「約束だよ。ゆびきりげんまんだよ。嘘ついたらキス千本だよ」
「……ただのご褒美なんだが」
そこはハリセンボンじゃないのかだろうか。
ややあって、エステルは俺を解放してくれる。
「およ? ひかげくん。お隣の可愛い女の子はだれでっしゃろ?」
エステルが竜神王【ベルナージュ】を見て言う。
ベルナージュはニカッと笑う。
「嫁だっ!」
「そうかっ!」
エステルがにこーっと笑ってベルナージュの前へ行く。
「お姉ちゃんはエステル! ひかげくんの嫁だ……!」
「そうなのかっ! ではおまえもまただーりんの女なのだなっ!」
「そーゆーことだっ!」
「そーゆーことだな!」
だきっ! と抱きしめ合うベルナージュとエステル。
え、なに……? え、アホ姉さんいいんですか?
「およよん? どったんひかげくん。暗い顔して」
「いや……俺が他の女作ってもウェルカムなの……?」
エステルが「もちろん」とうなずく。
「ひかげくんの嫁が増える。これは嬉しいことだっ。ひかげくんが男の子として魅力的ってことだもん。お姉ちゃんも鼻が高いですな」
……ああ、そうですか。
なんだろう。できればエステルに嫉妬して欲しいというか、ちょっとは他の女ができたことに拒否感を起こして欲しかったような……。
いやでもここは極東と違って一夫多妻が普通だからな。
俺の考えの方が異端なんだよな……。
「だーりんが凹んでるのだ。おいえすてる、どーしてだーりんは落ち込んでるのだ?」
「きっと可愛いお嫁さんが二人と今晩どうやってえっちなことするのか悩んでいるんだよ」
「なるほどっ! ワタシそれしってるぞ! むっつりってやつだな!」
「そーそー。ひかげくんはむっつりさんなんだぜ?」
……断固として違う。
はぁ、と俺はため息をついた。アホが三人に増えてしまった……。
と、そのときである。
「兄上っ! 戻られたでござるかっ!」
俺の妹、ひなたが、祠に飛び込んできたのだ。
「ひなたちゃん……って、誰だおまえー!? ぼんきゅっぼーん!」
エステルが【ひなた】を見て驚く。
今のひなたは、妖艶な美女になっている。
「……落ち着け。ひなただ。【変炎呪法】って能力で変身してるんだよ」
ボッ……! とひなたの体が炎に包まれる。
するといつもの、つるぺた体型の妹が、そこにはいた。
変炎呪法。ひなたの持つ異能の名前。ひなたもまた火影の一員なので、異能力が使えるのだ。
「良かったひなたちゃんだった。ビックらこいた」
「姉上すみませぬ! それで兄上! 緊急事態なのでございます!」
汗びっしょでひなたが言う。
「冒険者の一団が、この森に向かってやってくるのであります!」
「……外で話そう」
ここでは一般人たちがいるからな。
「ひかげくんっ」
はしっ、とエステルが俺の腕を引っ張る。
「……緊急事態なんだ。止めないでくれ」
「止めないよ。ただね……」
エステルが、少し怒ったように言う。
「ちゃんと、いってきますって言って!」
……そうだった。
俺はエステルと約束したんだった。
もう勝手に居なくならないと。
「……ごめん」
「そういうのいいから。ほら言ってくれめんす」
俺はエステルに向かって、きちんと言う。
「……いってきます」
それは、ちゃんと帰ってきますという意味もこもっている言葉だ。
「おうよ。いってらっ! なるべく早く帰ってくるんじゃよ!」
エステルの笑顔を見て、俺はうなずき、そしてその場を離れる。
ベルナージュがついてきそうだったので、「おまえはエステルを守ってくれ」と言って残してきた。
この魔神、好戦的すぎるからな。
敵を皆殺しにするとかあり得る。
俺はひなたとともに、神社へと移動。
彼女から事情を聞く。
「実はせっしゃ、変炎呪法を使って、周辺の情報収集をしていたのでござる」
俺の居ないこの2週間。
ひなたが森を見て回っていたらしい。
するとどうにも冒険者の動きがおかしかった(前のようにバラバラで動くのではなく、何グループかのパーティでまとまって動いていたらしい)
不思議に思ったひなたは街へ行って情報収集したそうだ。
「冒険者の大部隊が、この奈落の森に向かってるのでござる」
・冒険者ギルドが【黒獣】を討伐するため、大規模作戦を開始した。
・奈落の森近辺の街の冒険者ギルドが手を組んでいるらしい。
・中にはS級の手練れもいるという。
「……大事になりすぎてるな」
俺は重くため息をついた。
「どうするのでござる?」
「……そうだな」
前回は歩みよろうとして、逃げられてしまった。
今回もまた、まともに交渉は無理だろう。
かといって人間を殲滅とかはしない。
ならどうするか……。
「……向こうが怖がって、こっちに手を出さないよう、威嚇するしかないな」
暴力での解決は悲劇しか生まない。
なら向こうから、こっちに手を出すとやばいと思わせるしかない。
お互い不干渉。
これしか平和的な解決は無理だろう。
「……いってくる」
「兄上! せっしゃも!」
「……いや、俺だけでだいじょうぶだよ。おまえは村に戻ってくれ」
ひなたはためらった後、了承し、村へと戻っていった。
「……よし」
俺は影鷲馬を出現させる。
背中の乗って、上空へと飛ぶ。
【何をするのですか?】
影エルフのヴァイパーが、俺の影の中からきいてくる。
「……新技のお披露目だよ」
俺は大気中から【闘気】を取り込む。
体の中に、莫大な量の生命力が充満する。
「……闘気は人間を超強化させるらしい。それは術式……俺の影呪法もそうなんだってよ」
俺は手印を組む。
影呪法の一つ・【影探知】。
これは俺の影が触れている影を、他の誰かが踏むことで、そいつの情報を探知できるという術……だった。
しかし今、【闘気】を組み合わせることで、【影探知】は1段階上へと進化する。
俺の体から【闘気】の膜が薄く広く広がる。
そして……俺は、【影】を【探知】した。
【なるほど! 今までは森の中の人間しか探知できませんでしたが、森の外にいる人間の『影』を『探知』できるようになったのですね!】
ヴァイパーの言うとおりだ。
文字通り影を探知する術へとシフトしたのである。
……確かに北西の方向から、冒険者の一軍が、こちらに向かってやってきていた。
そいつらの正確な数と強さまでも、俺は読み取ることができるようになっていた。
影探知が進化したからだろう。
すさまじいレベルアップだ。
「…………」
【どうしたのですか、ご主人様?】
「……いや。この闘気の技って、ミファの【血】に似てるなって思ってさ」
ミファの血、邪血は、飲んだ【魔族】を無条件で超レベルアップさせていた。
闘気は使うことで、人間や術さえも、超レベルアップさせていた。
……この二つに類似点があると、俺は思ったのだ。
もしかしてミファの邪血って、魔族だけじゃなく……。
いや、今はこっちに集中だ。
「……いくぞ」
敵の正確な位置と数が把握できた。
これなら……余計な被害を出すことはないだろう。
俺は【闘気】を練る。
練る……どんどんと練る。
【すさまじいパワー……なるほど、【闘気砲】で皆殺しにするのですね!】
ヴァイパーが嬉々として言う。
物騒なのは、思考回路が魔族だからだろうか……。
「……ちげえよ。お帰りになってもらうだけだ」
俺は次に【織影】を使用。
これは影を使って、あらゆる無機物を作り出す術だ。
俺は織影を使って【人形】を作る。
巨大な……黒い獣。
俺のうちに秘めてある【黒獣】。
それを……超巨大なサイズで作ったのである。
【黒獣がでたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!】
【ひぃぃいいいいいいいい!】
【ば、ばけものおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!】
冒険者たちの悲鳴が、影を通して、俺の元へと聞こえてくる。
俺は【影式神】の【影鴉】を、冒険者たちのもとへ【影転移】させておいた。
で、ヴァイパーの【五感共有】を使い、音を拾っている次第である。
「……黒獣がやばいってことを、理解させておくんだ」
俺は影で作った黒獣の人形の、頭の上に乗っかる。
そして【闘気】を、冒険者たちに向かって飛ばす。これは【闘気砲】とは違って、攻撃力は無い。
だが……。
【ひぐぅ……!】【ぶくぶくぶく……】【がはぁっ……!】
レベルの低い冒険者たちは、その場に倒れ伏してしまう。
【ご主人様。これはいったい?】
「……闘気をまとえないと、闘気に当てられただけで気絶するんだよ」
相手を破壊するだけじゃなくて、威嚇するのが今回の目的だからな。
闘気砲をぶっぱなす必要は無い。
ようは『あの森にはやばいモンスターがいる。近づくのは止めよう』と意思をくじけばそれでいいのだ。
黒獣の人形と、そして飛ばした【闘気】に、冒険者たちは完全にびびっていた。
これで近寄ってこなくなるといいんだが……。
【すごいですご主人様! 何もせずただ威嚇するだけで人間を気絶させるとは……! もう人間相手では敵無しですね!】
闘気を身につけたとき、俺はどこか、人間を辞めたような気がした。
そして今確信した。
冒険者たちは、俺に誰も勝てない。
なぜなら闘気をちょっと飛ばしただけで、S級を含めた冒険者の大群が、一瞬にして全滅したからだ。
【まさにご主人様は人類最強! 誰もご主人様には勝てないのですよ!!!】
「……いやまあ。上には上が居るがな」
俺より強いヤツはまだいるからな。
「……さて。寝てる奴らを送るか」
俺は影呪法に、闘気を混ぜて発動出せる。
寝ている冒険者たちを、一瞬にして、近隣の街へと【飛ばした】のだ。
【影転移もレベルアップしているのですね!】
「……ああ。本来自分を転移させるだけだったんだが、相手も飛ばせるようになった」
しかも俺の影のない場所へと転移させられる。
【すごいですすごいです! ご主人様は……もはや世界最強ですよ!】
ヴァイパーが子供のように無邪気に喜ぶ。
俺はあまり感慨がわかなかった。
まだ魔神たちとの戦いが控えている。
人間程度に手こずっているようでは、いかないからな。