31.勇者ビズリー、体も味覚もバケモノになり迫害される
※注意※
今回の話には、だいぶ刺激の強いシーンが含まれてます。
食事中の方は絶対にご覧にならないでください。
また暴力シーンや吐瀉、虫を食うシーンなど、人によっては気分が悪くなる可能性のあるシーンがあります。
苦手な方は見るのを控えてください。
暗殺者ヒカゲのもとに、妹がやってきている、その一方。
勇者はどうなっているのか。
時間は少し遡る。
勇者ビズリー。
女神に勇者として選ばれ、魔王討伐の任務を得た。
まだ当時10歳だった。
それから2年後。
四天王のひとりドラッケンとの戦闘後、ビズリーは暗殺者ヒカゲを卑怯者だといって追放。
その1年後にビズリーはヒカゲと再会。
いろいろあってビズリーは魔王四天王のひとり、狂科学者であるドランクスに脳みそと体をいじられ、魔族になった。
魔族化したビズリーは奈落の森にて、ヒカゲと戦闘。
首から下を切り刻まれ、頭だけになったビズリー。
殺されるかと思われたが、なんと逃げおおせ、そのまま川へと落ちた。
……その後どうなったかいうと。
ビズリーは頭部だけの存在になっても、まだ生きていた。
彼には不死鳥であるドランクスの【細胞】が体内に埋め込まれていたのだ。
ゆえに川に落ち、息ができない状態で長時間続いても、生きることができた。
川から脱出することはできなかった。
なぜなら体がないからだ。
ビズリーは助けを求めて泣き叫んだ。
だが奈落の森に人間など住まない。
ゆえに川の流れに身を任せるしかなかった。
長い時間の後、ビズリーがたどり着いたのは、滝のほとりだった。
「ゲホッ! ゴホッ! し……死ぬかと思った……」
滝下へとたたき落とされたビズリー。
そこは池になっていた。
ぷかぷかと浮き、静かな水の流れに身を任せること長時間。
ようやく、ビズリーは水の中から脱出できた。
「ぜぇ~……はぁ~……ぜぇ~……はぁ~……」
ビズリーは今自分がどのような姿になっているのかわからない。
首から下の体部分がないからだ。
魔族には再生能力が本来備わっている。
だが再生にはエネルギーが必要である。
川に流されることしかしてないビズリーは、もちろん栄養のあるものなんて口にしていない。
「腹が……へった……なにか……たべるもの……」
ビズリーは自我を取り戻していた。
どういう理屈かは不明だ。
だが白昼夢の中にいたようだったビズリーだが、ヒカゲに殺されかけたとき、自我を取り戻していたのだ。
そのため川に流されている間、常に死の恐怖を味わっていた。
冷たい水に体温を奪われる感覚。
つんつん……と肌を魚につつかれる感触。
滝壺にたたき落とされ、激しい水流の中溺れかけた感覚も……。
自我がなければ、白昼夢の中をさまよい歩いていれば、恐怖は感じなかったろう。
だがなまじ明瞭な意識があったせいで、死の恐怖に長い間、さらされていた。
「だれかぁ……飯もってこいよぉ~……だれかぁ~……」
森の中にビズリーの声がむなしく響く。
……ここはどこなのか。
奈落の森の中……ではないように思えた。
なぜなら森の中が明るいからだ。
奈落の森の、あの光の届かない感じではない。
ここがどこかわからない。
そして周りに味方も、英雄王も、そして民家すらなかった。
「だれかぁ~……ぐす……だれかぁ~……」
ビズリーは何度も助けを叫んだ。
だが誰ひとりとして彼を助けるものはいかなかった。
……空腹が、限界に達した頃。
ビズリーは河原の土を、食べた。
「ぶべっ! はぁ……はぁ……こ、こんなのくえるかぁ……!」
口の中に粘ついた感触が残る。
頭部を転がし、川の水をすすって、ぶべっと口の中を洗う。
「くそ……なにか……なにか食うもの……」
そのときだった。
目の前に蟻が、何匹か歩いているのが見えた。
「…………」
ビズリーはゴクリ……と喉を鳴らしていた。
「ば、ばかかっ! 僕は……蟻を見てなにつばを飲んでるんだよ!!!」
ビズリーの頭は食べることを拒絶していた。
だが体はぎゅるるる……と空腹を訴えていた。
口の中によだれが充満する。
ビズリーは我慢した。虫など食べられるわけがない! と。
比較的(直近の)食生活は裕福だったため、虫を食うことなんてできなかった。
しかし……。
気付けばビズリーは、むさぼるように、蟻を食べていた。
もちろん手がないため、イヌのように、地面をなめながら、蟻を口に含む。
食べるとぷちぷち……とした食感と、口の中にほのかな甘みが広がる。蟻の蜜……だろうか。……と【このとき】は思っていた。
【このとき】は、自分の体が【別の生き物】になっていることに……自覚がなかったのである。
「くそ……! これは生きるためだ……生きるために……しかたなくだ!!」
ビズリーは野生動物のように、地面に落ちている虫を食べまくった。
蟻。蛆。ミミズを食べたときは思わず吐き気を催した。
だが食べると【意外と美味かった】。
不思議なことに、初めて食べた虫はおいしかったのだ。
虫を食べ始めたことで、ビズリーの体に、徐々に体力が戻り始めていた。
頭部だけだったビズリー、首から下が、徐々に生え始める。
虫を食べ続け1週間後。
胸から上が生えた状態まで、再生していた。
「なんとか……ここまで回復したぞ」
ビズリーは両腕を見て満足げにうなずく。
これで地を這う虫を食う必要がなかった。
腕があれば移動できる。
移動できれば、もっと上等なものを食べられると。
ビズリーは両腕を使って、少しずつ、滝壺から離れた。
地を這う亡者のように、ずりずり……と腹ばいになって、移動する。
「うう……勇者がなんでこんなみっともない姿をさらさないといけないんだ……」
ビズリーが悪態をつく。
「こんな姿……英雄王に見せられないよ……」
ビズリーが動く目的は、ただ一つ。
英雄王のもとへ、帰ることだ。
「英雄王……ぼくは……生きてます……英雄王……英雄王ぉ~……」
もはや魔王討伐がどうなったかは、頭になかった。
英雄王の下へ帰還する。
ただそれだけを、ビズリーは生きる指針に据えていた。
「英雄王……ぼくは……絶対にあなたのもとへ……帰ります。ぼくは……生きてるんだ……。ぼくは……帰るんだ……」
そんなふうに移動していた……そのときだ。
「あ、あれはっ!?」
森の中。
進路の先に……ビズリーは見た。
野イチゴが、草むらに生えていたのである。
「しめたっ! 果物だ!」
ビズリーは喜び勇んで、野いちごの成る草むらへと移動する。
腕でそれを乱暴にもぐ。
「やった……! もう虫なんて食べなくてすむんだ! まあこんな雑草でも……いちごだもんな!」
ビズリーは嬉々としてイチゴを口に入れる。
ああ、やっと、あの虫の気持ち悪い食感から解放され、文化的な食べものを食べられる。
ほら、野イチゴはこんなにも……。
こんなにも……。
「うぷっ」
ビズリーの顔色が悪くなる。
「おげぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
ビズリーは勢いよく吐瀉物をまきちらした。
「げぇえええええ! な、なんだこの……うぷっ、ま、まず……うげぇええええええええええええええええ!!!」
なぜか知らないが、体が拒絶反応を起こしていた。
以前野イチゴを食ったことがあったが、ここまでマズくはなかった。
むしろエリィが前に作った野イチゴのタルトは、それはそれはおいしかったと記憶している。
「なんだこれ……ゲロくってるみたいな味が……なんで……?」
ビズリーは不思議に思い、もう一度野イチゴを口にふくむ。
口に入れた瞬間、下水のような風味が口に広がり、食感は排泄物かと思うほどだった。
「うげぇえええええええええええ!!」
げっげっ、とビズリーは野イチゴを吐く。
「な、なんでだよぉ~……。どうしてこんなに……まずいんだよぉ~……」
甘くておいしいはずの果実を、ビズリーの体は受け付けなかったのである。
「わけわかんないよぉ~……」
ビズリーは頭を抱えて涙を流した。
つい最近までおいしいと思っていたはずのものが、おいしくなくなった。
この変化はなんなんだろうか……。
とおもっていた、そのときだ。
「…………」
自分の吐いた吐瀉物に、森の虫たちが集まりだしたのだ。
「あ……ああ……」
ビズリーは集まってきた虫を、ガシッ! とつかみ、むさぼり食う。
まるでスナック菓子を食べる感覚で、地に集まる蟻などを食べた。
……美味かった。
果実を食ったときとは対照的に、普通に食えた。普通に、美味かったのである。
「……っ!!」
虫を食ってある程度腹が膨れた後。
ビズリーは正気に戻る。
「なにやってるんだよぼくはぁ……。こんな姿……まるで……まるで……ばけものじゃないか……」
果実を食って吐き、虫を喜んで食う。
それは人間とは思えない所業だった。
「うッ……うう……うぇえええええええええええええええええええええええん!!」
ビズリーは恐ろしかった。
自分の身に起きている変化が、怖かった。
「だすげでぉよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 英雄王! 英雄王ぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」
子供のように泣きじゃくるビズリー。
……否、彼は子供だ。
自分の体の変化が怖かった。
それをなぐさめてくれる英雄王をもとめて泣いた。
だが泣いても誰も助けてくれない。
ビズリーはやがて泣き疲れ、その場で気絶した。
……翌朝。
ビズリーが目を覚ますと、体が腰の辺りまで肉体が戻っていた。
やはり虫を食べるとエネルギーが蓄積されるようだ。
「虫はやだ……虫はもうやだ……」
そうはいっても腹が減る。
……なぜか知らないが、一度食べ物を口にしたら、強烈に空腹を感じるようになったのだ。
体が再生にエネルギーを使い始めているからだろうか。
肉体がもっと虫を食わせろ、もっと……と訴えかける。
頭は虫を食うのを拒む。果物を食べようとする。
だが途中で見つけたリンゴも、野生で生えてる野イチゴも、食べても全部吐いた。
体が拒絶せず食べられるのは、虫だけだった。
「もぉ虫はやだよぉ~……」
情けなく泣きながらも、虫を食べ、エネルギーを蓄えながら、森の中を這って進む。
虫なんて食べなくなかった。
もっと別のものを食べたかった。
果物はダメだった。
……そうだ、肉だ。
肉が欲しい。
牛肉のステーキだ。ビズリーの大好物だ。
じゅうじゅうにやいた熱々のステーキを食べる。口の中に広がある油の、あの甘みが大好きなのだ。
「英雄王の下へ帰ったら……たらふくステーキを食べるんだ……ぼくは……帰るぞ……絶対に帰るんだ……」
もはや生きる希望は、英雄王の下へ、無事帰ることだけだった。
そんなふうに長い時間かけて、地を這いながら、森の外を目指した。
……そして。
深夜。
ビズリーは、ついに見つけた。
「やった……村だ……! 村がある! やった! 人だ! やったぁ!!!」
ビズリーは膝上までは回復していた。
赤ん坊のようにハイハイしながら、今しがた見つけた村へと向かった。
「おい! 勇者が来たぞ! 勇者が来てやったんだ! 誰か出迎えろ!!!」
村に入ったビズリーが声を張る。
だが深夜だからだろうか。
誰ひとりとして、外に出てくる気配がない。
「クソッ……! 勇者が来てやったって言うのに……出迎えもナシとか礼儀のしらない田舎者どもめ」
ビズリーはハイハイしながら、村人を探す。
だが誰も皆建物の中に引っ込んでいた。
廃村というわけではなさそうだ。
整備が整っているし、なにより家畜がいた。
「…………」
そのときビズリーは、ぴたり……と立ち止まった。
「あ……ああ……」
そう、家畜が居たのだ。
とある一軒家のそばで、鶏小屋があるではないか。
ビズリーは、ドバッ……と口の中でよだれが漏れ出すのが止められなかった。
「肉だ……」
鶏小屋に、目が釘付けになる。
その中でうごめく鶏どもに……ビズリーは引きつけられる。
ビズリーは口からだらだらとよだれを垂らし、ハイハイする。まるで赤ん坊のようだった。
ただし赤ん坊にしては、その目つきは、狂気に染まりきっていた。
「肉だぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」
ビズリーは鶏小屋の扉をぶち破る。
逃げ惑う鶏をわしづかみにする。
そしてそのまま鶏に、かぶりついた。
口の中に……みずみずしい肉が広がる。
いや、肉はどうでも良かった。
「血だぁ……」
ビズリーは鶏に肉をぶべっ! と吐き出して言う。
今もどくどくと流れでている、生きた鶏の血を、舌でなめ取る。
「うめぇええええええええええええええええええええええええええ! うめぇよぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ずぞ……ずぞぞ……!!!
ビズリーは鶏の生き血をすする。
それは極上の味だった。
生きた鶏をわしづかみ、頸動脈にかぶりつく。
新鮮な果実を食べたような食感。
そしてあふれ出る血は……まさしく求めていた果実の蜜。
口の中にあふれんる血の味に……ビズリーは涙を流した。
「うまい……うまいよぉ……おいしいよぉ……おいしいなぁ~……」
片端から、ビズリーは鶏を捕まえ、首にかぶりつく。
肉なんてどうでも良かった。
血が、体液が重要なんだ。
ビズリーは理解した。
蟻を食べて甘いと思ったのは、あれは蜜ではない。
虫の、生き物の体液だったのだ。
ビズリーはひたすらに鶏の血を、まるで狂ったようにすすり続けた。
口の周りを血でべとべとにしながら、ひたすら血をすすっていく。
鶏が大騒ぎしている。
ウルサいなぁ……と思いながら、鶏の血をすすっていた……そのときだ。
ガンッ……!
「いってぇ~……」
ビズリーの頭を、硬い何かがぶつかってきたのだ。
「誰だよ……こっちは食事中だぞ……?」
ビズリーが不機嫌そうにつぶやく。
後ろを振り返る。
そこには……。
スコップを持った、人間が立っていた。
寝間着姿の村人が、手にスコップを持って立っている。
「こ、このバケモノ!!!!」
村人が叫ぶ。
……バケモノ?
「おい村人。ぼくは勇者だ。村にとめてくれるっていうなら、そのバケモノを退治してやっても」
いいんだぞ、と言い終わる前に。
スコップを持った村人が、ビズリーの頭部を殴りつけたのだ。
「ってぇええええええええ!!」
「死ね! 死ね! バケモノめ!!!」
ガンガンガンガンガンガン!!!!
村人が何度もスコップで、ビズリーの頭を殴る。
「や、やめてっ! やめてよっ! 痛いっ痛いってばあああああああああああ!」
スコップでたたかれるたび、猛烈な痛みを感じた。
勇者と比べ、村人は非力なはず。
だというのに、村人からのスコップ攻撃は、勇者にきいていた。
【人道を外れたことで、ステータスにマイナス補正がかかっています】
……一瞬、脳裏に誰かの声がした。
それは神託を受けたときに聞こえた、女神の声のようだった。だが真偽は定かではない。
「どうした!?」「なにがあった!?」
他の村人たちが、ビズリーたちのもとへ集まってくる。
「【ゾンビ】だ! ゾンビがオイラの鶏を生きたまま食ってやがった!!」
村人が叫ぶ。
……ゾンビ?
ビズリーは痛む頭を抑えながら、首をひねる。
ゾンビなんて……いったいどこにいるというのんだ……?
「お、おいゾンビはぼくじゃないぞぉ~……」
と、人語をしゃべっているはずなのだが……。
「うげぇ気色悪い!」「うーうー、何言ってるのかわからないわ!」
……そう。
自分がまともに人間の言葉をしゃべっているはずだった。
だがさっきからしゃべる言葉が、うーうー、だの、あ゛ー……だのと、おおよそ人間の言葉とは思えない言葉を発してたのだ。
ビズリーは慌てて、自分のステータスを確認する。
するとそこには、種族の欄が【人間】ではなく【死霊】になっていたのだ。
能力の欄に、【死霊言語】というものがあった。
……これのせいで、人間の言葉がしゃべれなくなっていたのか!?
自分では人間の言葉をしゃべっているつもりでも、発せられるのは、ゾンビの言葉。
……そうか。
ビズリーはようやく、理解した。
自分は、人間じゃなくなっていたのだ。
そうだ。あのドランクスに体を改造され、人間じゃなくなっていたのだ。
人間から、生ける屍、死霊になった。
だから味覚が変化していたのだ。
……気付いた瞬間、ビズリーは小便を漏らした。
え、人間に……戻れないの……と。
「嫌だぁ……嫌だぁああああああああああああああああああああ!!!」
人間の言葉で叫ぶ。
だが発せられたのはゾンビのうめき声。
「殺せ!」「頭を潰せ!」「出て行けこの気色の悪いゾンビめ!!!」
村人たちがスコップや農具を取り出し、ビズリーの体をボコボコに殴る。
体の痛みもそうだが、心の痛みもそうとうなものだ。
ゾンビになってしまったビズリー。
人間に戻れないのか……?
だって人間じゃなかったら、英雄王から拒絶されてしまうじゃないか。
「いやだよぉぉおおおおおおおおおおおお……痛いよおぉおおおおお……助けてよぉ英雄王ぉおおおおおおおお」
ビズリーは村人にボコボコに殴られながら、情けなく涙を流すのだった。