30.暗殺者、故郷の追っ手を一蹴する
冒険者たちを森の外に送り届けた後。
俺は影転移で神社へと戻ってきた。
すると入り口に小柄な少女が座っていた。
肩までの短い黒髪を、横でツインテールにしている。
幼児体型。
くりくりとした大きな赤い目。
真っ白でぷにっとした肌。
……すさまじく見覚えのあるその人物を見て、俺はその場から逃げようとした。
「兄上! あーーーーにーーーうーーーえ~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡♡」
少女は俺を見て、ぱぁ……! と表情を明るくする。
すさまじい俊敏性を見せると、俺の顔に、正面から飛びつく。
「もがっ」
「兄上兄上~~~! 会いかったでありまするーーーーーーー!!」
そう……この少女、俺の妹だ。
妹は俺の顔にしがみついて離そうとしない。
ぷにぷにしたお腹が顔に当たる。
ミルクのような甘い匂いと、しめった肌の感触。
「……離れろって」
「いやであります! 離したら兄上はまたいなくなっちゃうかもしれないのであります! もう二度と離さないのでございまするぅうううううううううう!!」
妹が叫んでいたそのときだ。
「なになにひかげくん? どうしたの……って、わぁ! ひかげくんが! ちっちゃい女の子のお腹に顔を埋めてくんかくんかしている!!!」
「ち、違えよ!」
俺は妹をべりっ、と剥がす。
妹は俺の腕にダキッ! とつよく抱きついてきた。
「お姉ちゃんどうしよう……浮気現場を目撃しちゃった……どきどき」
「あの~? 兄上? あのキレイなおなごはどちらでございまするか?」
妹が俺を見上げて言う。
「あの~、ひかげ上くん。そちらのキレイな幼女はどちらでござるまするか?」
エステルが俺を見て言う。
……なんだそのおかしなしゃべり方は。ひかげ上ってなんだ。
「せっしゃでございますか? せっしゃは焰群ひなた! 兄上の将来の【およめさん】でござる♡」
「なんと! 許嫁が!」
「……ちげえよ。こいつ、妹。血の繋がった実妹」
俺がひなたの頭をチョップする。
「ひ、ひかげくん……実妹にも手を出したというの……?」
「も、ってなんだよ。誰にも手出してねえよ」
はぁ……とため息をつく俺をよそに、ひなたがエステルに近づく。
「せっしゃ兄上の妹ひなたです。あなたは兄上の姉上なのでございますか?」
「おうよ! お姉ちゃんはひかげくんの姉エステルだ。つまりきみはお姉ちゃんの妹ってことだね!」
「なるほど! 姉上ー!」
ひなたがエステルに抱きつく。
エステルは妹の頭をよしよしとなでる。
「ほほ、またひとり妹が増えたぞい」
……アホが2名に増えた。
「……それでひなた。おまえ里を離れて何しに来たんだよ。火影の任務はどうした?」
俺とひなたは【火影】という暗殺者の一族の生まれだ。
かつては【忍者】と呼ばれ、主君に使えた影のものは、今では依頼を受ければ誰でも殺す殺人集団になっている。
俺はそんな中で嫌気がさしていたところ、女神に魔王討伐の任務をまかされ、里を追放された次第だ。
俺は里を出たが、ひなたはまだ火影にいたはずだったのだが……。
「せっしゃ兄上を探してここまでやってきたのでござる」
「俺を探す? なんでだよ」
するとエステルがハァ~~~……っと呆れたようにため息をついた。
「おいおいひかげくんよぉ。そんなこともわっかんないかなぁ。ニブチン鈍感マンだね」
「! 姉上はわかるのでござりますかっ!」
「もちろんだよ! 大好きな人に会うのに……理由なんていらないってヤツよね!」
なんだそりゃ。
そんな理由なわけ「そのとおりでございます!」そんな理由なのかよ……。
「けなげな妹ちゃんじゃのう。かわゆいなぁ。ほれ、飴ちゃん食べなさい」
「わーい! 姉上ありがとー!」
コロコロ、と妹がエステルからもらった飴玉を転がす。
「本当は兄上をすぐに探しに行きたかったのですが、里を出る大義名分がなかったのであります。だから今回は渡りに船でござりました!」
……ん?
「……ちょっと待てひなた。それって俺を追う何か理由があったんじゃないか?」
妹が答えようとした、そのときだ。
森の中に、また人間の反応があった。
だがさっきの冒険者たちとことなり、今回はそこそこ強い。
なにせ俺の作った式神ソロモン72柱を、単独で撃破したからな。
それに……この呪力は……。
「兄上?」
「……火影の忍者が、なぜか森に入ってきてる」
妹が「なんと! もう里の追っ手が!」と不穏なことを言う。
「……追っ手? なんだよ里の追っ手って」
「詳しいことはあとでございます! すぐに転移を!」
妹は俺の能力(影呪法)を知っている。
妹にききたいことは山ほど有った。
……だがそれよりも入ってきた人間の保護が最優先だ。
俺は転移して、火影の人間の元へ行く。
「! 焰群ヒカゲ!」
「……なんだ?」
そこには黒装束の、年若い暗殺者がいた。
「……ここは人が立ち入って良い場所じゃない。今すぐに」
でていけ、と言う前に。
暗殺者が俺めがけて、手裏剣を投げてきた。
俺は避けない。
対物理障壁が自動で発動する。
手裏剣が俺に触れる前に止まり、地面に落ちる。
「か、影呪法を使わず手裏剣を止めただと!? 貴様! いったいどうやって!?」
「……おまえに教える義理はない」
しかしどういうことだ。
なぜ同郷の人間が、俺を殺そうとする?
手裏剣の軌道は、俺の急所を狙ったものだった。
明らかに、この暗殺者は俺を殺そうとしている。
「……俺に何のようだ?」
「貴様が生きていると【グレン】様が困るのだ! お命、頂戴いたす!!!!」
暗殺者が小刀を抜いて、俺めがけて走ってくる。
……グレン?
いまこいつ【グレン】の名前を出したな。
あいつの手下なのか……?
暗殺者が手印を組む。
すると暗殺者の右手に、ボッ……! と炎のヘビが出現。
炎蛇は暗殺者の命で、俺めがけて飛んでくる。
俺は対魔法障壁を展開……したが、蛇はそれをすり抜ける。
俺は潜影で自分の影に潜ってかわす。
「くそっ! 逃げよって! 卑怯者!」
……別に逃げたわけじゃないが。
しかしそうか。
火影の忍者が使うのは、異能力。
【対魔法障壁】は文字通り魔法を阻む壁を作るからな。
異能の炎はすり抜けたのだろう。
俺は影に潜った状態で【影転移】を発動。
暗殺者の影に転移した後、バッ……! と飛び出て、やつの背中を蹴り飛ばす。
「がッ……!」
暗殺者がびたーん! と倒れる。
俺は影呪法【織影】を発動。
影の触手で、暗殺者をグルグル巻きにした。
「クソッ! ほどけっ! クソがッ!」
ジタバタと逃げようとする暗殺者。
だが影の触手の強度は、術者の実力に比例する。
俺の強さは魔王を凌駕するほど。
つまりこいつ程度では、俺の影は切れないということだ。
「……おまえ、【グレン】の命令で俺を殺しに来たのか?」
「そうだ! ご当主様が病床に伏した今! 次期党首はグレン様になって当然なのだ! おまえの存在は邪魔なんだ!」
火影の当主。
つまり俺の親父のことだ。
「……親父が、病気?」
初めて聞く情報だった。
……そうか。ひなたはそれを知らせようと俺のところへ来たのか……?
というか、あれ?
「……病気で親父が死んだら、次期党首は【グレン】で確定だろ。なんで側室の子である俺の名前が出てくるんだよ」
親父には妻が二人居る。
正室の子がグレン。
側室の子が俺とひなた。
つまりグレンと俺は、腹違いの兄弟ということになる。
親父が死んだら正室のグレンが、次期党首になることは確定事項だ。
だのになぜ、俺が命を狙われる……?
「それこそ貴様に答える義理はない!!」
暗殺者が俺をにらみあげる。
「貴様に捕まって尋問されるくらいなら……いっそ!」
そう言って、暗殺者が手印を組む。
やつの体内呪力が暴走しだす。
……自爆の術式だ。
気付いた次の瞬間には、暗殺者の体がかっ……! と赤く輝く。
どごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!
俺は潜影で爆風を逃れる。
……自爆しやがった?
俺は影から出る。すると……。
【GUROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!】
そこには見上げるほどの、炎の大蛇がいた。
9つの頭を持つ炎の蛇だ。
……俺の【黒獣】同様、この暗殺者の体にも、霊獣が宿っている。
暗殺者は霊獣化の術式を使ったのだろう(俺の【月影黒獣狂化】と同じ)。
炎の大蛇が、俺に向かって津波のような炎を吐き出す。
俺はそれを避けない。
対魔法障壁は発動しないが……。
俺は手印を組んで、影呪法を発動させる。
俺の影から、【黒獣】の頭だけが出る。
巨大な黒獣は、その顎を広げ、炎をまるごと飲み込んでいく。
……魔王を倒して、俺は新しい能力をいくつか手に入れた。
そのうちの一つ、【能力統合・変質化】だ。
これは自分の持っている能力同士を統合させ、新しい能力を作るというスキルだ。
俺は影呪法【影喰い】、そして【黒獣化】のふたつの術式を組み合わせた。
結果、黒獣の頭部だけを出現させ、相手を喰らうことのできるという新しい技を開発したのだ。
名前を【黒獣喰い】という。
「…………」
炎の大蛇となった暗殺者は、体を霊獣に乗っ取られて、戻ることができない。
すでにやつは意識を霊獣に乗っ取られたバケモノだ。
……こうなってしまっては、もう元には戻らない。
「…………」
俺は【黒獣喰い】を発動。
炎の大蛇の影に、黒獣の頭部が出現。
黒獣は顎を開き、そのまま大蛇を丸呑みにした。
俺は今しがた亡くなった同郷のものに、一応合掌しておく。
命を狙われた相手が、同じ里の人間だからな。
「……ふぅ」
「お見事でございます兄上!!」
たたたっ、とひなたが俺に駆け寄ってくる。
「さすが兄上! 以前より能力がれべるあっぷしてるでござる! すごいのでありますー!」
ぶんぶん! とひなたが両腕を上下に振って言う。
「……ひなた。あいつはグレンの部下だった。俺の命を狙っていた」
俺は妹に言う。
「……親父は病気なのか?」
「はい。あといくばくも持たないとのことでござる」
ひなたが平坦な調子で言う。
……そうか。
「次期党首は正室の子のグレンのはずだろ? なんでグレンが俺を狙う」
「当主がおっしゃられたのでございます。【次期党首はヒカゲにする】と」
はぁ? 意味がわからなかった。
「なぜ正室の子をさしおいて、俺が火影の当主になるんだよ」
「それはグレンが影呪法を使えないからでございます」
言われ……確かにと俺はうなずく。
親父の子供の中で、影呪法が使えるのは俺だけだった。
グレンには影の術式が発現せず、別の技を使っていた。ひなたも同様。
「火影の当主は代々【影呪法】が使えないといけない。よって兄上は側室の子であるけど、次期党首にするとのことです」
……そういうことか。
だからグレンは俺を消そうとしているわけか。
自分が次期党首になるために、俺が邪魔だから。
「しかし今の兄上なら、グレンなんてちょちょいのちょいでございまするな!」
ひなたがにぱーっと笑って言う。
「こんなに強くなられているとは! これならせっしゃが逃亡をお手伝いせずとも、ふたりでやつの追っ手をこの地で追い払えます!」
ン……? ンッ!?
「ひ、ひなた……今おまえ、変なこと言わなかったか? ふたりでどうのって」
「はいっ! せっしゃもこの地に留まり、グレンの手下を倒すお手伝いをするのでございます! そのためにせっしゃやってきたのです!」
俺は目をつむり、深々と息を吐く。
……どうして、魔王を倒して厄介ごとが片付いたと思ったのに。
冒険者だったり、元同郷のやつらから、平穏を邪魔されなきゃいけないんだよ。
俺はただ……森の中で、静かに暮らしたいだけなのに……。