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03.暗殺者、ドラゴンを楽勝で狩れるほど強くなる



 勇者に追放され1年半が経過した、初夏のある朝。


 俺はいつものように、【奈落の森アビス・ウッド】の、神社の中で目を覚ます。


「……ふぁぁあ」


 あくびをして体を起こす。

 俺が寝ていたのは、【織影】で作った布団の上だ。


【織影】。影を具現化させて、自在に形を変える技のこと。

 俺は【影呪法】と呼ばれる特殊な能力を使えるのだ。


 影を使って文字通り様々なことができる。

 織影は影呪法の基礎となる技だ。

 これができないと残り9つある型を習得できない。


「……腹減った」


 起き上がって、俺は神社の建物の外へと出る。

 毎朝、近隣の村人が、建物の外に、お供えものを置いていくのだ。


 人の立ち入らない魔窟と言われたこの森だが、実はこっそりと村人たちが暮らしていることを、俺は知っている。


【影探知】とよばれる、影呪法の一つを使うことで、影の領域内にいる人や魔物の気配を探知できるのだ。


 それによるとこの森には魔物の他に、人間たちが暮らしていることがわかる。


 そこに住む奴らが、毎日、この神社にお供えもの(ご飯)を運んでくるのだ。で、それを俺が拝借してるのである。


 ……さて。


 この日も、いつものようにお供えものを食べようと思った……のだが。


「……あれ? 置いてない」


 いつもは盆の上に握り飯がおいてあるのだが、盆すらおいてなかった。


「……誰かが食った? いや、そもそも来てないのか。……おかしくないか?」


 村人は、毎日同じ時間にお供えものをここへ運んでくる。

 だが今朝に限っては、置いてなかった。

 何かトラブルの気配を感じた……そのときだ。


 俺は、あるひとつの事実に、気付いた。


 今日まで周囲に施されていた【それ】が、なくなっていることを、肌で感じ取ったのだ。


「……神社のまじないが、きれてないか?


 俺は目に呪力(この大陸で魔力と呼ぶ)を集中させる。


 神社全体にかかっていた【まじない】(ここでいう魔法のこと)が、解けていることに、俺は気付いた。


 神社には【結界】のまじないがかかっていた。神社だけでなく、村を中心に、広範囲の【まじない】がかかっていたはず。


 ……だというのに、それが消えていた。


「……なにがあった? これじゃあ……今まで近寄れなかった強い魔物が、やってくるようになるぞ」


 村を中心にかかっていたまじないは、【魔物払い】の結界だ。これがあったからこそ、村にランクの高い魔物が侵入してこなかった(高レベル魔物モンスター専用らしく、雑魚は普通に入ってきていた)


 それが無くなったということは……。


「…………だからなんだ」


 俺には影呪法がある。

 自分の身は守れる。

 レベルの高い魔物は、倒すのに苦労するだろうが、毒や影を駆使すれば、倒せないことはない。


 俺の身の安全は保証されている。

 今まで通りだ。

 ……しかし。


「…………」


 村人はどうなる?

 今まで【まじない】によって守られていたやつらは?


 結界を張ると言うことは、そこに暮らす人間たちが、弱いということだ。


 強い人間がいるのなら、結界を張る必要は無い。


「…………俺には、関係ない」


 村人と俺との間には、何の関係もない。

 飯を運んできてはくれるが、それは別に俺の飯じゃない。


 この神社にお供えものを運んできているだけだ。 


 俺個人あてじゃない。


「…………」


 俺はおとなしく、建物の中へ戻ろうとした……そのときだ。影探知に、反応があった。


「……近くに、でかい魔物の気配と、それに……村人の気配……」


 おそらくいつも飯を運んでくる村人が、魔物モンスターに襲われているのだろう。


 影探知の精度を上げる。

 どうやら魔物モンスターはそうとう強い。


 村人は女が……3人。

 ひとり強い呪力(魔力)を持つが、残りふたりは完全な一般人だ。


 しかも強い呪力を発している女は、すでに気を失っているらしく、その場から動いていない。


「……残り二人も、死ぬだろうな」


 残り二人からは呪力を感じられない。

 敵を前にしても、戦おうという気配がない。


「…………」


 見捨てるという選択肢が、脳裏をよぎる。

 だが俺はそのとき、昔を思い出していた。


 ーーひかげくんは強いんだから、弱い人を守らないとダメだよ。


 幼い頃、よく遊んでいたあの子は、俺によくそういった。


 ーー強い人には、弱い人たちを守る義務があるんだって。おとうさまがいっていたわ。のぶれすおぶりーじゅってゆーんだって。


 ……その当時、俺はその子のいっていることがまるでわからなかった。


 強者の義務なんて言われても、理解できなかった。


 ーーひかげくんがその力を持っているのはね、きっと女神様が、ひかげくんに人を守りなさいって与えてくれたからなんだよ。


「…………」


 俺は目を開ける。

 そして気付けば、【影転移】を発動させていた。


 ……この力が、何のために俺に備わっているのかわからない。最初は、意味も無く振るっていた。


 あの子が死んで、この力は世のため人のために使わないといけないと気付いた。だが勇者に追放されて、それも否定された。


 それ以来ずっと、考えている。この身に宿した、影を使った暗殺の力は、いったいなんのために、俺に宿ったのか。


 答えは出ていない。きっとこのさきも出ないだろう。それでも……俺は。


「……ここで村人を見捨てちゃ、きっと本当に、見つからなくなってしまう!」


 そんな予感がした。だから俺は、もう一度だけ、人のために戦う決意をしたのである。


【影転移】。これは俺の影がある場所から場所へと移動させるスキルだ。


 本来なら影式神を使って、俺の影を先行させる必要がある。だがこの森は全体が影で覆われている。


 この森の影の中に、俺の影がある。つまり森全体に俺の影がある状態だ。


 すなわち、この森の中でなら、俺は好きな場所へ、一瞬で転移テレポートできる次第である。


 俺は影探知にひっかかっていた場所へと、一瞬で移動。


 するとそこには……。


「GUROROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!」


 ……見上げるほどの巨大なドラゴンがいた。


「……ば、ばかな。呪竜カース・ドラゴンだと!?」


 俺は驚愕する。

 呪竜。SSランクの高レベルモンスターだ。


 この世界にはモンスターの強さによって、ランク付けがなされている。一番下はF。で、E、D、C……と強くなっていって、Sは最高から2番目の強さを持つ。(残りはSSSだが、普通に生きていれば出会うことない魔王クラスの化け物だ)


「GUROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!!!」


 呪竜は呪いの毒によって、体が溶けたドラゴンだ。

 腐った肉がぽたぽた……と地面に落ちる。


「……こ、こんなバケもん、勝てるはずない」


 魔王四天王のひとり、ドラッケンはSランクの魔族だった。この呪竜はドラッケンの上をいく(呪竜は魔王四天王よりランクは高いが、凶暴ゆえに理性が無いから、魔王の配下になれなかったのだ)。


「…………」


 俺は膝が震えていた。

 こんな化け物に……勝てるわけがない。


 たとえ影呪法を使ったとしても、ここまで格上の相手に、暗殺術が通じるとは思えない。


 これは……終わったなと諦めた、そのときだ。


「そこの人! わたしたちにかまわず逃げてください!」


 振り返るとそこには、金髪の美しい女性がいた。


 そばには倒れている赤髪の女と、そして近くに、銀髪の少女がいる。


 金髪の女性は、そのふたりをかばうようにして立っていた。


 ーーどくん。


「……うそ、だろ?」


 そこにいた、金髪の女性に、俺は見覚えがあった。


「……うそ、どうして、エステルが?」


 そこにいたのは、【あの子】だった。

 俺に人を守れといってくれた、あの子だ。

 だがあの子は死んだはずじゃ……?


「GUROOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!」


 呆然としている間に、呪竜が動く。


「……あぶない!」


 呪竜は女たちをエサに定めたようだ。

 俺を飛び越えて、着地。

 巨大な腕を振るって、その場にいた女たちを掴もうとする。


「……やめろぉ!」


 俺はこわばる体を無理矢理動かし、呪竜へ向かって特攻する。


 織影で刀を作り、そのまま呪竜へと振りかぶった……そのときだ。


 呪竜が煩わしそうに、腕を振るった。


 ブンッ……!

 どごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!


「……がはっ」


 俺は吹き飛ばされ、大樹の幹に体をぶつけた。


 あんなでかいドラゴンから一撃食らったのだ。骨は折れているだろう。内臓は破裂しているに違いない。

 

「…………いってぇ。死ぬ。これは、死ぬ死んだ…………って、あれ?」


 そこで、俺は気付いた。


「……なんだ、体、ぜんぜん痛くない?」


 そう、あんな巨体から攻撃を食らったのに、微塵も痛みを感じていないのだ。


 腕も動く、口から血も……出ていなかった。


「……どうなってるんだ?」


 俺が不思議がっていたそのときだ。


「GUROOOOOOOOOOOOOOOOO!」

「ミファ! ミファ! やめなさいこのデカ物! ミファを返しなさい!」


 金髪の女性が叫んでいた。

 見やると、呪竜が、近くにいた銀髪の少女を持ち上げている。


 どうやらあの銀髪少女がミファというらしい。

 金髪の女性が、呪竜に食ってかかっている。


「……あぶない!」


 呪竜が金髪の女性を攻撃しようとしていた。

 俺は【織影】で自分の影を伸ばす。


 先端を刃状にして、呪竜の腕に向かって突き刺そうとした。


 影の攻撃力は、本人の攻撃力より1段階下がる。

 俺の腕力はBランクがせいぜいだ。

 つまり影の刃による攻撃は、Cランク相当。


 とてもあのSSランクモンスターに一撃食らわせられる威力ではない。


 だが、注意を引くことくらいはできるだろう。


 影の刃が呪竜の腕に突き刺さるーー


 ザシュッ……!

 ーードサッ!!


「………………は?」

「GURO……????」


 俺も、そして呪竜も、目をむいていた。

 

 なんと影の刃が、突き刺さるどころか、呪竜の腕を吹っ飛ばしたのだ。


「……え? なんで? Cランクのモンスターにしか通じない攻撃が、どうしてSSランクモンスターに通じてるんだよ……?」

 

 訳がわからなかった。

 困惑する俺に向かって、呪竜が突撃を喰らわせてくる。


「う、うわぁああああああ!!」


 俺は情けなく叫びながら、影の刃を5本作って、呪竜の体に飛ばした。


 ザシュザシュザシュザシュザシュ……!


「GROOOOOOOOOOOOOO…………」


 ずずぅぅうー…………ん。


「…………え?」「へ?」


 俺と金髪の女性が、目を丸くする。

 

 俺の、精度のへったくれもない、当てずっぽうの攻撃によって……。


「ど、ドラゴンの……バラバラ死体だ!」


 金髪女性が叫ぶ。

 そう……影の刃が、かすった程度で、SS級のモンスターを八つ裂きにしていたのだ。


「こんな……呪力もろくにこめてない、ただの影の刃で、SS級をたおした……?」


 いや、何かの偶然だろう。

 奇跡的なものがおきて、ラッキーで倒せたのだ……と思った、そのときだった。


「GUROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」


 ずずぅうううううううううん…………!!!


「ひゃあ……! に、2匹目のドラゴンだよぉおおおおおおおお!」


 金髪女性が、愕然としてそれを見やる。

 なんと呪竜がもう1匹、空から振ってきたのだ。


 俺の目の前に着地して、俺を丸呑みにしようと、その大きな顎を開く。


「もうだめだぁ! 逃げてぇええええええええええ!」

「…………」


 俺は、死を覚悟した。

 と、同時に、【ひとつの可能性】に気づけた。


 俺は右手に呪力を集中させる。

 呪力。魔力とも呼ばれるそれは、体に一点集中させることで、攻撃力を高める効果がある。


 もちろん、魔法やスキルと比べたら、その攻撃力は低い。だが一般人がただ殴るだけよりは、殺傷力はある。


 俺は呪力を右手に、ただ込める。

 影呪法も、【奥の手】も使わない。


 力を込めて、ただ殴る。

 目の前の、呪竜に、パンチを食らわせた……。


 ドッッゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 


「………………うそ、でしょ? 風穴……あいてるよぉ」


 金髪女性が、その場にへたり込んで、つぶやく。

 

 俺の攻撃によって、SS級モンスターが、一撃で死んだのだ。


 ただ殴った。それだけで、SS級を俺は倒してしまったのである。


「……そうか、そういうことか」


 今更ながら、俺は気付かされた。

 俺はこの1年半、【奈落の森アビス・ウッド】の魔物を、狩って狩って、狩りまくった。


 毎日休まず、寝ている間は式神を使って、魔物を倒し続けた。


 そのおかげで、俺はとんでもなく高レベルになっていたのだろう。それこそ、SSランクを、素手で倒せるようになるまでに。


「……素でこれなら、影呪法の威力があがってるのもうなずけるか」


 俺はひとり呆然と呟く。

 その姿を、金髪の女性が、じっと見ていた。


「……ひかげくん?」


 ややあって、彼女が口を開く。


「ひかげくん……ひかげくん、だよね?」


 彼女が立ち上がって、俺を見て言う。

 流れるような金髪に、エメラルドの瞳。


 垂れ下がったまぶたと、口元のほくろ。


 ……間違いない、彼女だ。


「……もしかして、エステル? お前……エステル、なのか?」


 俺の問いかけに、彼女がうなずく。


「そうだよヒカゲくん。ほんとうに、ほんとうに……ひさしぶりだねぇ」


 ……かくして俺は、彼女……エステルと何年かぶりに、再会を果たしたのだった。

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