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28.暗殺者、自分の知らないところで話題になる



 暗殺者・焰群ほむらヒカゲが魔王を倒してから、1ヶ月ほどが経過した。


 今は梅雨も明けて、夏真っ盛り。

 ギラつく太陽が人間国を照らしている。


 ……その遥か上空に、ひとつの浮遊する物体があった。

 それは山のようであった。

 だがよく見ると、窓や塔などが見受けられる。


 画家が見ればこれを【山を削ってできたお城】と表現するかも知れない。


 そんな浮遊する城の、頂上。


 そこは庭園になっていた。

 地上ではまずお目にかかれない種類の、色鮮やかな花々が咲き乱れている。


 庭園の中央には噴水があり、そのそばには白い円卓があった。


 卓を囲むように、イスが置いてある。

 その数は【12】。


 そのうち3つのイスが埋まっていた。


「っかー! おせー! おせえよいつまで待たせるんだよ!!!!」


 座っている3人のうち、ひとりが叫ぶ。

 褐色に銀の髪をした男だ。


 背が高く、細身だが体つきはがっしりとしている。


 頭には金の輪。イスの脇には1本の長い棒。そして尻からは猿の尾が生えていた。


「こちとらもう10分も待ってるぜ!? 10分だぞふざけんなまたせすぎだーっつーの!」


 サル男ががなり立てる。

 すると正面に座っていた、青髪の少女が柳眉を逆立てて言う。


「うっさいわよサル! ちょっとだまりなさいよ!」


「あー!? 誰がサルだよこのイヌ女!」


「イヌ女!? あたしは賢狼よ!? 畜生と同列にするんじゃないわよこのエテコウ!」


「俺様だって【斉天大聖】の【孫悟空】さまだ!! 動物扱いすんじゃねえよイヌ!」


 イヌと呼ばれた賢狼は、なるほど確かに頭に尖ったイヌ耳、お尻にはふさふさとしたイヌのしっぽがあった。


「まあまあ落ち着くんだなぁ」


 3人のうちの1人。

 巨人の如く大きな女が、間延びした調子で言う。


「おいらたちこの世にたった12柱しかいない【魔神どうほう】なんだなぁ。【十二神将じゅうにしんしょう】同士、仲良くしないとダメなんだぁ」


 ねー、とのんびりした調子で巨人女が言う。


「別にあたしは他のやつらとは仲良くしてあげても良いわよ。このサル以外」


「けっ! おれさまは誰ともつるまねえよ。特にこの犬っころは論外な!」


 歯をむく二人。


「けんか良くないんだなぁ。おいらのミルクでも飲んで落ち着くんだなぁ」


 巨人女はよく見ると、頭部から牛の角が生えていた。

 そして目を見張るのはその巨大な乳房だ。

 牛女はよいしょ、と来ている上服を脱ごうとする。


「ちょっと公共の場でなにおっぱいだそうとしているの!?」


 イヌ女が慌てて止める。


「サルも止めなさいよ!」

「お、おう……」

「ガン見しててるんじゃないわよこのエロざる!!!」


 そんなふうに騒いでいると、空いてるイスに、2柱の新しい【魔神】が現れた。


「なんなのだ! けんかかっ? けんかしているのかっ? よしわたしも混ぜるのだっ!!!」


 小柄な女が、目をキラキラさせて言う。


 イヌとサル、そして牛が青ざめた顔で「「「けんかしてないから座れ!」」」と叫ぶ。


「そうかー? 残念なのだ。あー! つまんないつまんなーいー! どっかに強いやついないのだー?」


 両手を頭の後に組む少女。

 先ほどの3人と違って、この少女には動物的なシンボルが見られない。


「……あぶなかったわ。【竜神】が暴れたらこの城軽くつぶれてたとこだもんね」

 

 ほっ、とイヌ女が安堵の吐息をつく。


「なーなー【ネズミ】~。なんか地上で強いやつの情報ないのだ? おまえ無駄にいろいろ知ってるのだ。教えろやなのだ」


 竜神の少女が、先ほど新たに現れた男を見て言う。


 真っ白いスーツを着た男だ。

 こちらも竜神同様、動物的なシンボルはない。


 キツネのように細い目と、尖った耳が特徴的だ。


「ん~。そうですねぇ~」


 ニヤニヤと笑う白スーツ。


「そういえばみなさん、最近、【山羊悪魔神バフォメット】が倒されたのをご存じですか?」


 白スーツの言葉に、その場にいたものがうなずく。


「あのヒツジ野郎だろ? おれさまたち十二神将最弱のクソ雑魚。あんなのがおれさまたちと同じ魔神どうるいとは思いたくないね」


 サル男が小馬鹿にするように笑う。


「まったくサルの言うとおりね。あたしらの中で一番弱いくせに、下界で【魔王】とか名乗ってさ。弱いくせに偉そうに」


 イヌ女も不快そうに顔をしかめる。


「そんなやついたのだ? 覚えてないのだ」


 竜神の少女が首をかしげる。

 

「いたのですよ。まぁ確かに彼はあまり我々の集まりに顔を出さない方だったので、あなたが覚えてないのは無理からぬことかも知れませんが」


 白スーツが竜神を見て言う。


山羊悪魔神バフォメットは我々【十二神将】最弱とは言え魔神の1柱。それを倒したのがただの人間……となると、あなたも興味がわきませんか?」


 竜神がピクッ! と反応を見せる。


「ほうっ! 人間がっ!? 人間が魔神を倒したのかっ!?」


 先ほどまでの興味なさそうな顔から一転、竜神少女がキラキラと目を輝かせる。


「【神殺し】なのだ! これは期待できるのだ!!! じゃあさっそくケンカしてくるのだー!!」


 そう言って、竜神少女は立ち上がると、庭園からひょいっと飛び降りる。


 地上から遥か遠く離れた場所から、生身で……である。


「さて。では【神殺し】がどの程度の強さを持つのか、我々はじっくりと見極めさせてもらいましょうか」


 ニコッと白スーツが笑う。


「……あんた。神殺しの力量を測るために、わざとあの子をたきつけたのね」


 イヌ女がため息をつきながら言う。


「ええ♡ もちろん♡」

「……ほんっと、自分の手を汚さないわよね。汚いネズミだこと」


 白スーツは笑顔を崩さずに、すっ……とその糸目を見開いて言う。


「さて……ではお手並み拝見といきましょうか。新たに出現した【神殺し】が……我々を殺すに足りる能力を持つかどうかを」



    ☆



 魔神たちがヒカゲに興味を持ち始めているその一方。


 ヒカゲは別の場所でも、注目を集めていた。


 場所は人間国・辺境の街【オヌゥマ】。


 王都や首都からだいぶ離れた辺境の田舎町だ。


 オヌゥマの冒険者ギルドは、【ある話題】でもちきりだった。


「おい聞いたか【黒獣】のうわさ」

「聞いた聞いた! やべえよな。SSS級を越えるって話だぜ?」


「なんだそりゃ!? じゃあそいつSSSS級かッ?」

「SSS級の上のランクに、新たに【特級】って名前がついたらしいぞ」


 ざわざわ……! と冒険者たちはみな、噂話に花を咲かしていた。


 ……と、そのときである。


 ガチャッ。


 冒険者ギルドの出入り口の扉が開いた。


 そこに立っていたのは……背の高い黒髪の少女だった。


 その場にいた冒険者たちが、少女に目を奪われる。


 腰の辺りまで伸ばした黒髪はつややかだ。

【ワフク】という、最近流通している変わった服を着ているのだが……だいぶ着崩していた。


 なにせ胸元が完全に空いている。

 下に何もつけてないのか、生の谷間が、服の間からのぞいでいた。


 男の冒険者たちは、みなその黒髪の少女の豊満な生乳による谷間に、目を奪われる。


「もし……そこのあなた?」


 黒髪の少女が、ひとりの冒険者に声をかける。


「な、なんだっ?」


 男は緊張でうわずった声で言う。


「先ほどの【黒獣】というのは、いったい何のことなのですか? よろしければ教えてくださいまし」


 少女が妖艶に笑う。

 その唇には紅が引かれていた。ぷるっとみずみずしいそれと、そして真っ白な上乳。


 男は思わずごくり……と生唾を飲む。


「……お礼はきちんとしますわ」


 少女が男の耳元でささやく。

 体を密着させ、男の股間をさらり、と手で軽く撫でた。


 男は女からもらう謝礼を期待しながら、口を開く。


「【奈落のアビス・ウッド】って知ってるか?」

「確か人間国と旧・魔族国の間に広がる、大森林のことですよね?」


 男はうなずく。


「前から魔物がうじゃうじゃいるからって一般人は近づかなかったんだ。最近特に強い魔物が見つかるようになってなおのこと人が訪れなくなっていたんだ」


 男と少女は、近場の席に座って話す。


「それがここ最近……聖女エリィ様たちが魔王を倒したくらいからかな。魔物の姿がぴったりと見えなくなったんだ」


「聖女……エリィ?」


 少女が首をかしげる。


「なんだあんた知らないのか? 魔王を倒した5人の英雄のことを」


 ええ、と少女がうなずく。


「もとはビズリー様を含めた5人の勇者パーティだったんだ。その五人が魔王を倒すべく魔族国ケラヴノスチィアへ向かった。そして勇者様と【影の英雄】様が自分の命と引き換えに魔王を弱らせて、聖女様たちが魔王にとどめを刺した。これが1ヶ月前のことだ」


 へぇ……と少女が関心を示す。

 特に【影の英雄】の部分に、強く興味を持ったようだ。


「奈落の森の魔物の数が激減した。魔王が死んだ影響だろうな。……しかしここで新しい問題が発生したんだ」


「新しい、問題?」


 少女が首をかしげる。


「ああ。魔物の数は激減したんだが……代わりに奈落の森に、【黒獣】という超強力なモンスターが出現したんだよ」


 男曰く。黒獣の目撃情報は、以前からあったらしい。


・先日、【火山亀】討伐に向かった冒険者パーティが、【黒獣】を目撃。単体で火山亀を撃破していた。


・ある時期森にあり得ないほどの魔物の群れがいたのだが、黒獣がすべてを飲み込んだ。


・奈落の森から旧・魔族国までの間、えぐるように1本の道ができている。それは黒獣が通った後である。



 などなど。黒獣に関する多数の目撃証言、そしてあまたの【伝説】が存在していた。


「冒険者ギルドは奈落に住む獣を【黒獣】と認定。そして強さはSSS級以上……【特級】とランクづけることにしたらしい」


「特級……。そんなランクがあるのですか?」


「ない。そんなもの存在しなかった。だが明らかに強さが別格だ。ほかのSSS級と同格に扱っちゃいけない。ってことで、新設されたランクなんだとさ」


 へぇ……! と少女が目をキラキラさせる。


「……兄上すごいっ」


 ぽそっ、と少女がつぶやく。

 男は首をかしげた。

 少女の妖艶な見た目に反して、今のセリフは、どこか幼さを感じられたからだ。


「それで黒獣は奈落の森のどの辺りで目撃されているのですか?」


「森の中に神社があるんだとさ。そこら辺で前はよく見かけたらしい。今はわからんけどな……って、おいあんた。まさかと思うが討伐に向かうつもりかい?」


 男が少女を心配して言う。

 この女とヤル前に、死なれては困る。


 そう、死だ。

 今や奈落の森は別名【死の森】。

 特級モンスター【黒獣】がうろつく、文字通り入れば【即死】の森だ。


 誰も怖がって近づかないだろう……と思っていても、興味本位で森へ入る輩もいる。冒険者は特にそうだ。


 特級モンスター【黒獣】には、多額の懸賞金がかけられている。


 それに目がくらんだバカな冒険者たちの……その後は誰も知らない。


「いくのはやめときな! それより俺と今夜ふたりきりで宿で……って、おい! いないし!」


 少女はすさまじい速さで、その場を離れた。


 その動きはまるで【暗殺者】そのものだ。

 少女は音もなく街を走る。


「なるほど……さすが兄上! 有名人でございまするなぁ!」


 少女の顔に……ボッ! と【炎】が上がる。


 炎は少女の顔や体を溶かしていく。

 ……否。


 顔体のパーツが、炎でできていたのだ。

 それが解かれて、元の【姿】となる。


 小柄な少女だ。

 長い黒髪も、豊満なバストもない。


 ツルペタなロリータ体形。

 だがひとつ、変身前と同じなのは、その黒い髪と目。


 ……奈落の森に住む少女たちが、今この【彼女】を見たら、こう叫ぶだろう。


防人さきもりさまと顔似てる! そっくりーー!』


 ……と。


「なるほど神社があるのですね! そこに兄上がいらっしゃるのでござるな! くぅ~~~~~! 楽しみ! 待っててくださいませ!」


 少女はひょいひょいっ、とまるで猿のごとき俊敏さで、街の外へと向かう。


 目的地は奈落の森。

 そこに住む黒獣に……【兄】に会うため。

 炎を使った少女は、明るい笑みを浮かべながら、向かうのだった。


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