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27.暗殺者、国王から【影の英雄】の称号をもらう




 エステルの毒を、無事解毒することに成功した、その数日後。


 俺はエリィたち勇者パーティを連れて、森の外へ送り届けた。


 さっさと帰ろうとしたが、エリィに引き留められた。今回の功績を、国王に報告するのだという。


 俺はそれを固辞しようとした、ちょうどそのとき。国王が数人の部下を連れて、森の入り口までやってきていたのだ。


 どうやらエリィからすでに報告を受けているらしい。英雄王は俺を見るなり、深々と頭を下げた。


 そして報告を兼ねて、ぜひ王都に来てくれと招待された。……いや、エリィから報告を受けてるんじゃと思ったが、断るのも悪いと思って、結局王都へ向かった。


 馬車に揺られ王都に到着。

 まだ国民たちは、魔王が討伐されたことを知らないらしい。


 街の人たちはみな、どこか不安げな表情をしていた。


 俺たちは英雄王に連れられ、王城へとやってきた。


 王の私室にて。

 俺は今回の顛末を語った。


・魔王を討伐した。

・魔王四天王も、ドランクス以外倒した。

・黒獣となって、魔族国に壊滅的なダメージを与えた。


 国王は再び俺に感謝しまくっていた。

 何度も何度もお礼を言われた。


 そしてこの後の待遇の話をされた。

 俺には魔王を倒した英雄の地位と名誉を与えられることになりかけた。


 ……だが、俺はそれを固辞した。

 英雄王がくれるという報酬も、いらないと断った。


「ヒカゲ。さすがにそれはできねぇ」


 英雄王の私室。

 ソファセットに座る俺とエリィ、そして英雄王。


「そうですよヒカゲさん。あなたが魔王を倒したのです。地位も名誉も、そしてお金も受け取ってもらわないと困ります」


 うんうん、と英雄王とエリィがうなずく。

「……何度も言ってるけど、いらない。俺は別に、国のために魔王を倒したわけじゃない、ですから」


 あくまでエステルを魔王の呪毒から解放するために、魔王を倒しただけだ。


「……手柄はエリィたちにあげてください」

「いや……それはさすがになぁ……」


 英雄王が困っていた。


「……本当にいいんですよ。俺は、地位も名誉もいらないです。欲しいものは……もう手にしましたから」


 俺は目を閉じる。

 脳裏に浮かぶのは、あのアホな笑顔の美少女の姿だ。


「ふぅむ……」


 英雄王がうなる。


「なるほどなぁ……そっか」


 俺は目を開ける。

 英雄王がにかっと笑う。


「わかった。そこまで言うなら、手柄はエリィたちのものとしよう」


「英雄王ッ!?」


 ガタッ! とエリィが慌てて立ち上がる。

「ど、どうして!? どうして引き下がるのですか!?」


「落ち着けエリィ。ヒカゲは見つけたんだよ。本当に大切なものが。……それは地位や名誉なんかより、よっぽど大切なもんなんだよな?」


「……は、はい」


 この人どうしたんだ?

 嫌にあっさり考えを変えたな……。


「どうしてって顔だなヒカゲ。……言っただろ? 俺は目が良いんだ。おまえが脳裏に浮かべたキレイな少女が、おまえの大事な人なんだろ?」


 この人……そこまで見抜けるのか。

 目といったが。魔眼でももっているのだろうか。


「確かエリィを介抱してもらっていた村があったそうだな。そこの村娘か。べっぴんさんだなぁ」


 ニコニコと笑う英雄王。

 俺は恥ずかしくなって「……っす」とあいまいに答えた。


 俺は気を静めて言う。


「……俺はあの森で、あの村で平穏に過ごせればそれでいいんです。金も地位も名誉も、俺にとって邪魔でしかないんです」


 もしかりに俺が魔王を倒した英雄となってしまったら、あの森に注目が集まってしまう。


 そうなると邪血の少女の存在が、公になってしまうかも知れない。それは避けたい。

「ヒカゲさん……本当に良いのですか?」


 エリィが不安げに言う。


「……ああ」


「……地位や名誉やお金よりも、エステルさんの方が大事、なんですね」


 切なそうにエリィがつぶやく。

 俺がうなずくと……彼女はグス……っと泣いた。


 な、なんで泣いてるんだ?


「エリィ。泣くな。失恋は誰にだってある」

「は、はい……」


 英雄王がエリィにハンカチを差し出す。

 そして彼女の頭を撫でる。


「それになエリィ。一度で諦めるのはよくないぞ」


 と英雄王。


「この世界は一夫多妻が常だからな」

「!」


 くわっ! とエリィが目を見開く。


「一度であきらめるのは良くない。何度だってアタックすれば良いさ」


「そ、そうですね……!」


 エリィが一転して元気になった。


「ヒカゲさんっ!」


 ガシッ……! とエリィが俺の手を握る。

「魔王討伐関連のばたばたを片付けたら、必ずあなたのところへあいさつしにいきますから!」


「……お、おう。そう」


 ふんす、とエリィが鼻息荒く言う。

 なんなの……?


 エリィが目をらんらんと輝かせている。

 や、やばい怖いぞ……。


「エリィ。ちょっと外の空気を吸って落ち着ついてきなさい」


 英雄王が助け船を出してくれた。

 エリィは俺に名残惜しい目線を残した後、素直にうなずいて、部屋を出て行く。


 後には俺と英雄王だけが残された。


「さて。長く引き留めて悪かったな。帰りたいんだろ?」


 俺は目をむく。


「どうしてわかったかって顔だな。さっきも言っただろ。俺は目が良いんだ」


 くつくつと笑う英雄王。

 彼は真面目な顔になると、すっ……と再び頭を下げた。


「ヒカゲ。ありがとう。魔王を倒してくれたこと、国を代表して心からお礼を申し上げる」


 この国のトップに深々と頭を下げられてしまった。


 俺は「い、いやいいですってほんと」と慌てて言う。


「ヒカゲ。くどいようだが本当にエリィたちに手柄を譲って良いのか? 報酬もいらないのか?」


 俺はうなずく。

 英雄王は「そっか」と残念そうにつぶやく。


「じゃあ、これだけはもらっていってくれ」


 そう言って、英雄王は懐から、銀の懐中時計を取り出した。


「これは俺からの個人的なプレゼントだ」


 ピカピカの純銀製の時計だ。

 表面はつるりとしている。特に模様とかない、普通の懐中時計だ。


 まあ、これくらいなら受け取っても良いか。


「時計がないと不便だろう?」

「……ありがとうございます」


 そう言って、俺は英雄王から懐中時計を受け取った。


「それを俺だと思って大事にしてくれると嬉しいな」

「……わかりました」


 俺は銀時計をしまおうとする。

 一瞬、表面がチカッと輝き、何か模様のようなものが浮き出たような気がした。


「……英雄王? これって」

「ん? 普通の時計だぞ」

「……そう、ですか」


 なんかすごい精緻な模様が浮かび上がった気がしたからな。


 すごいお宝かと思ったんだが、普通の時計らしい。


「ヒカゲはあまり目が良い方じゃないんだな」

「……え?」


「ん。まあこっちの話だ。気にしないでくれ」


 くつくつと英雄王が笑う。

 なんだろう、いやに楽しそうだ。 


「ところでヒカゲ。ビズリーの件だが……」


 英雄王が切り出す。

 俺はビズリーに対しては、ありのままを報告した。


 英雄王は何度も、部下が迷惑をかけたと言って謝罪してきた。そのとき一瞬、この偉い人の目に涙が浮かんでいたような気がする。


 ……ビズリーが死んで悲しかったのだろうか。


「その後の消息は、こちらで辿るから、気にしないでくれ」


「……英雄王は、ビズリーが生きてると思っているんですか?」


 俺の問いかけに、国王はうなずいた。


「ああ。生きてるさ。必ず見つけるさ」


「……そう、ですか」


 正直ビズリーに対しては、良い感情を持ち合わせていない。


 なぜなら俺の大事な人を、傷つけたからだ。あと一歩でエステルは死ぬところだったんだ。


 許せるわけがなかった。


「…………」

「ヒカゲ。本当にすまなかった。ビズリーに変わって、俺が謝罪する」


 またも国王が頭を下げる。

 俺はそう何度もこの国のトップに頭を下げさせていることが、申し訳ないことこの上なかった。


「……もういいです。俺はあいつと二度と関わらないので」


 絶対に再会したくなかった。

 また顔を見合わせたときは……そのときは、どうなるかわからないからな。


 さて。


 報告も済ませた俺は、エリィが帰ってくる前に退散することとした。


 影鷲馬ヒポグリフを窓の外に出す。俺は窓を飛び越えて、その背中にまたがる。

「ヒカゲ。ありがとう」


 英雄王が俺に近づいてくる。


「きみは……魔王を倒した真の英雄……いや、違うな」


 英雄王は微笑んで言い直す。


「魔王を討伐せし【影の英雄】……ヒカゲ。俺はきみの功績を、忘れないよ」


 俺は気恥ずかしくなって、頬をかく。


「……俺のことはどうでもいいんで、エリィたちにちゃんと地位と名誉を与えてあげてください」


 英雄王が笑顔でうなずく。

 俺はあいさつをして、影鷲馬ヒポグリフを飛ばす。


 ……存外、時間がかかってしまった。


 俺はまっすぐに奈落の森アビス・ウッドを目指す。


 森に入ると、影探知を使ってエステルの居場所を探す。


 ……俺の住処である神社に居るようだ。


 魔王を取り込んだからか。影探知の精度がだいぶ良くなった気がする。


 すぐにエステルの場所を割り出して、俺はそこへと影転移。


「ぐ~…………」


 エステルは、神社の入り口の前に座り、眠っていた。


「むにゃぁ~……えっへえ♡ ひかげくん……おっぱいちゅっちゅしないで~……♡」


「し、してねえよ!」


 何の夢を見てるんだこのアホ姉は!!


 すると俺の声で「ほよっ?」とエステルが目を覚ます。


「あ、ひかげくんだぁ!」


 ぱぁ……! とエステルが笑顔を浮かべる。


「おかーえりっ。早かったね」

「……ああ。まあそんなにすることなかったからな」


 面倒ごとは全部、エリィたちに押しつけたしな。


 申し訳なかったとは思うが、魔王を代わりに俺が倒したんだ。それくらいはやってもらいたい。


「そか。じゃあやるべき事は終わったんだね」

「……ああ。これで、一段落だ」


 エステルが立ち上がる。


「んっ」


 といって、右手を差し出してきた。


「かえろ? みんなのいる……村にさ」


 エステルが微笑む。

 俺は……うなずいて、彼女の手を取る。


 ふにふにしていて、柔らかい。

 ちょっと強く握っただけで、つぶれてしまいそうなほど、儚かった。


 ……だからこそ俺はこの儚げな美少女を、この先一生をかけて、守っていくんだ。


「ふふっ」

 

 村に向かって歩きながら、エステルが楽しそうに笑う。


「ひかげくん。いい顔になったね」

「……そう、かな?」


「そうだよ。前はむずかしーい顔してたよ。けど今は……晴れ晴れしてる」


 エステルはニコッと笑って言った。


「見つけたんだね。やりたいこと」

「……ああ」


 俺は立ち止まる。

 エステルの目をまっすぐに見て言う。


「俺は守る。恋人である……おまえのことを。一生」


 俺の告白に、エステルが「ふぇぁっ!」と顔を真っ赤にして、素っ頓狂な声を上げる。


「も、もうっ! 改めてそれゆーかねっ! は、恥ずかしいったらありゃしないなぁ~……」


 わたわたと動揺するエステル。


「と、とゆーかだねっ! ひかげくんは気が早いのではないかねっ?」


「……どういうことだ?」


 エステルはこほんっ、と咳払いする。


「いいかいひかげくん。お姉ちゃんはまだ、ひかげくんに好きだと返事を……わー! うそうそ! うそだよ大好き! だからそんな悲しい顔しないで-!」


 エステルが慌てて、俺を正面からハグする。

 そ、そっか……うそか。良かった……。


「ひかげくんは冗談が通じないね」

「……心臓に悪い冗談言わないでくれ」


「いさいしょーちだよっ! さて……と」


 エステルは微笑むと、俺の唇に、自分の唇を重ねる。 


 軽めのキスを終え、エステルが言った。


「ひかげくん、大好き。付き合って……じゃないな」


 エステルが、大輪の花のような、明るい笑みを浮かべていった。


「お姉ちゃんや村のみんなを……しあわせにしてっ!」


 エステルからのお願いに、俺は一も二もなくうなずく。


 俺の心はすでに決まっている。


 大好きな人の居る、この村で。

 俺は一生をかけて、彼女たちを守っていこうと。


 ……かつて俺は、生きる目標を失っていた。

 生きる意味がわからなかった。


 けれど……今は違う。

 今は……はっきり、言える。


 俺にとっての、生きる意味が何かって。

 

 やっと見つけた、この生きる意味を、俺は大事に持っておこう。


「……帰るか、みんなんとこに」

「おうさっ! 帰ろうぜ、みんな喜ぶよー! 今夜はうたげだねっ!」


 俺はエステルと手をつないで、村へと向かう道を歩く。


 やがて村の入り口が見えてきた。

 ミファやアリーシャ。


 村長のサクヤ。そのほかSDCのメンバーや、それ以外の村人たちがいる。


 みんなが、俺の帰りを待ってくれていた。

 以前の俺なら、逃げていたかも知れない。

 だが今は、あの村に行くことに、そこまで抵抗を覚えていない。


「おうみんなー! ひかげくんが帰ってきたぞー! 出迎えるぞこのやろー!」


 エステルが手を離し、村人たちのもとへへ行く。


 くるっと振り返って、彼女は言った。

 村人たちが、声をそろえて、笑顔で。


「「「おかえりなさいッ!」」」


 俺は彼女たちの笑顔を見て、笑う。

 ああ、いつぶりだろうか。

 人前で、心から、笑ったのって……。


 何年? いや、下手したら生まれて初めてかも知れない、純粋な笑みを浮かべて、こう言った。


「ただいま」

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