26.暗殺者、大切な人のもとへ帰る
暴走した剣鬼を倒し、魔王を飲み込んだ後。
俺は影転移を使って、奈落の森にある、神社へと帰還した。
「…………」
ついた瞬間、俺は神社へと急ぐ。
自然と早足になっていた。
がらっ、と神社のドアを開ける。
「ヒカゲ様!」「ヒカゲっ!」
そこにはハーフエルフ・ミファ。獣人騎士のアリーシャがいた。
どうやらエステルを心配して、神社の方へ来ていたようだ。
ちなみに勇者パーティたちは、村で看病をされている。
あの3人もエステル同様、魔王の呪毒を受けていた。
魔王を倒したので、毒は解除されているはずである。
「ヒカゲ様。魔王を……倒したと言うことですね」
ミファはどうやら、エリィからある程度事情を聞かされているらしい。
「魔王を、殺した……んですか?」
「……ああ。ちゃんと殺したよ」
「そう……ですか」
ミファが視線を落とす。
……妙だな。
ミファは憂い顔だった。
自分を付け狙う存在が消えたのだ。
なら安堵するなり、喜ぶなりするかと思ったんだがな。
「ヒカゲ様。……ありがとう、ございます」
ペコッ、とミファが頭を下げる。
「これで平穏無事に過ごすことができます。……ヒカゲ様、本当にありがとうございました」
「……気にすんな。俺がしたくてしたことだからな」
礼を言われるほどのことはしてない。
究極的に言えば、エステルを、俺の好きな女の子を助けるために動いただけだ。
「……ねぇ様は、しあわせものです。素敵な殿方に愛されて……うらやましい、です」
え? と俺は驚く。
「……な、なんで俺がエステル好きなこと知ってるんだ?」
「女の……勘です」
そ、そうか……。
ミファはなんだかすねているようだ。
「ヒカゲ様は、ねぇ様が好きなんですね」
じっとミファが俺を見上げる。
「……まあな」
「…………」
ミファはうつむく。
ぐっ、と顔を上げる。すると俺の頬に手をやる。
そのまま顔を近づけて……チュッ♡ と俺の唇に、キスをした。
「……………………は?」
「わ、わたし……あきらめませんっ! たとえ今、ヒカゲ様がねぇ様ひとすじだったとしても、ぜったいあきらめませんからっ!」
ミファが耳をピコピコとせわしなく動かしながら言う。
え? ってか……え? ええっ?
困惑する俺。
「ヒカゲ」
一方で、赤髪の獣騎士アリーシャがやってくる。
「……あ。アリーシャ。ミファが」
「ああ。おまえを好きだそうだ。そして……」
アリーシャが俺の元へ近づく。
そんなに近づいてないのに、そのでかい胸が、俺の胸に触れた。
ぐにょりと潰れた胸に目を取られる。
アリーシャは俺の顎をくいっとあげて、そのままのぞき見るように、俺の口にキスをした。
「ヒカゲ。私もおまえが好きだ。おまえが無事で……心から嬉しかった」
アリーシャが
「……はっ? えっ? はぁ!?」
俺は驚く。
な、なんで? なんでなん? え、なんで急にキスをしたんだ?
「だってそうでもしないと、勝てないかと思いまして」
「ああ。おまえの心はすでにエステルに向いている。こちらを振り向かせるには、強攻策に出ないといけないと思ってな」
うんうん、とミファとアリーシャ。
わ、わからん……。
「……え、おまえら俺のこと好きなの?」
「「はい」」
「……人間的に好きってことじゃなく?」
「違います」
……そんな即答するなよ。
「……こんな根暗のどこがいいんだよ?」
「根暗なんかじゃないです! 寡黙でかっこいいです!」
「強くて優しいところだな。素敵だとお、思うぞっ」
顔を真っ赤にして、美少女たちが言う。
わ、わからん……。
「……わ、悪いけど俺は、エステルのことが好きだから」
「ええ承知してます。ですが今は……でしょう?」
「私はヒカゲ、おまえを諦めないからな」
「ええっ! りーしゃ、いっしょにヒカゲ様の女となれるよう、がんばりましょう!」
ぐっ……! と気合いを入れるミファとアリーシャ。
わからん……。ほんとこんなヒョロガリのどこがいいんだか。
まあいい。
俺たちは気を取り直して、氷の棺もとへと向かう。
中には氷付けになった、金髪の美少女がいる。
エステル。
俺の大事な人。守りたい、大切な存在。
呪毒を受けてしまったエステルは、氷付けになることで、死を免れている状態であった。
俺が魔王を倒したことで、呪毒は解除されている。
「……ヴァイパー。魔法を、解け」
影エルフに命じる。
すると……パシャッ……! と、氷の棺が、一瞬で水に変わった。
ざぁああ……! と水が足下に流れる。
ドサッ、とエステルが地面に、仰向けに倒れる。
「「エステルっ!」」「ねぇ様!」
俺たちは眠るエステルに駆け寄る。
エステルの体を、俺は抱き起こす。
……その肌は、冷たかった。
「生きてます……よね? 生きてますよね?」
ミファが青い顔で俺に尋ねる。
俺はうなずく。ヴァイパーは、変態だが、信用できるヤツだ。
ややあって。
「ん、んんぅ~……」
エステルが徐々に、目を開ける。
翡翠の目に光が戻る。
「ふぁぁ~~………………。くちゅんっ!」
エステルがあくびをした……と思ったら、くしゃみをした。
「ううぅ~……さみぃよぅ~……」
ぶるる、とエステルが体を震わせる。
……良かった。
「エステル!!!」
「わっぷ! ひ、ひかげくんっ?」
俺はエステルの体に抱きつく。
冷たいが……柔らかく、そしてちゃんと脈打っている。生きてる。
「ねぇ様!」「エステル!」
ミファたちもエステルにハグをする。
「いやぁ、お姉ちゃん人気者だなぁ。もてもて~♡」
ぬへへ、とエステルが脱力しきった笑みを浮かべる。
……俺の愛した、アホな姉だ。
「良かった……エステル。無事で」
「ほほほ。お姉ちゃんは無事なのだよ。わっはっは!」
エステルが明るい笑みを浮かべる。
……俺は、この人が、無理して笑ってるように思えた。
「エステル……」
俺はエステルに、正面からつよく抱きつく。
「無理すんなって……」
「ひかげくん……」
俺は知っている。
この人は、誰よりも優しい人だと言うことを。
俺が気にしないよう、無理して明るく笑ってくれているということを。
「りーしゃ。二人きりにしてあげましょう」
「そうですね。姫」
ミファとアリーシャはうなずきあうと、立ち上がる。
「ねぇ様。また後で」
そう言って、ミファはアリーシャとともに、神社を出て行く。
あとには俺とエステルだけが残される。
「……ひかげくん。あのね。お姉ちゃんね、信じてたよ?」
エステルが俺の頭を撫でる。
優しい手つきだ。
そうやって撫でられていると、体が溶けてしまいそうなほどの安心感を覚える。
「……ひかげくんが、絶対に助けてくれるって。だってひかげくん優しくて強い人だもん。約束は、守るって」
「エステル……無理しなくて良いって。怖かったんだろ、毒を受けて、氷付けになってさ」
いくら俺を信じてるっていっても、さすがに恐怖を感じてしまうだろう。
「…………」
エステルは答えない。
代わりに、俺の頭を撫でた。
「ううん。そんなことないさ。お姉ちゃん、ぜーんぜん怖くなかったよ!」
エステルが抱擁を緩める。
ニコッと、と笑った。
「さっきも言ったでしょう? ひかげくんを信じてるって。うちの弟が最強だって、お姉ちゃん心から信じてたからさ」
ぽわぽわと明るい笑みを浮かべる。
……先ほどまでの、無理に笑う姿はなかった。
……本当は、怖かったんだろう。
だが肯定すれば。俺が怖い思いをさせた、と負い目を感じさせてしまう。
だから大丈夫だと言っているのだろう。
……強い人だ。
強くて優しいこの人が……俺は好きだ。
「エステル……本当に無事で良かった」
「なはは。それはこっちのセリフだよ」
エステルは微笑むと、俺の頭を無ぎゅっと抱きしめる。
顔に彼女の、ふくよかな胸が当たる。
温かくて、良い匂いがする……。
柔らかい毛布に包まれているようだ。心から、安心できる。
「ひかげくんが無事で良かった。死なないでくれて良かった。無事に……帰ってきてくれて、本当にうれしかった」
……その言葉は、俺が彼女に言いたい言葉とすべて同じだった。
そのことをエステルに伝えると、彼女は「なはは」と笑う。
「こりゃ相思相愛ってやつだね♡ なーんつって♡」
「…………」
そ、相思相愛。つ、つまり? え、つまり……? え、そういうことなのか?
「ひ、ひかげくん。つ、つっこんでよ! いつもみたいに遠慮なく女子を突っ込みまくってよ!」
エステルが顔を真っ赤にして吠える。
「へ、変なこと言うなよ」
「変なここと言ったのはひかげくんでしょっ」
「言って、ね、ねえよ」
「いーや言ったね! 無言は肯定ってーことでしょ?」
エステルが顔を真っ赤にして言う。
額に汗をかいていた。
触れている彼女の胸の奥では、どくどくと、心臓が早鐘のように脈打っている。
……緊張している?
え、何に……?
「まったくひかげくんはおかしなことを言うもんだ。まったくまったく……」
きょろきょろと目線をせわしなく動かすエステル。
こほんっ、と咳払いをして言う。
「とにかくお姉ちゃんも無事だし村のみんなも無事。エリィちゃんたちも無事。そして何よりひかげくんも無事だ」
エステルは再度、俺の顔を強く抱きしめる。
「それもこれもひかげくん、全部きみのおかげだよ。ありがとう」
エステルの声に、涙が混じる。
感極まって泣いてるのだろうか。
俺もまた、途方もない達成感に包まれていた。
大切な人を守れて、良かったと……。
「エステル。俺は……おまえが好きだ」
俺は改めて彼女に言う。
エステルは微笑むと……俺の頬を手で包む。
エステルが目を閉じて、唇を近づけてくる。
俺もまた目を閉じて、彼女とふれ合う。
……俺たちは口づけをかわす。
それはミファやアリーシャのように、一方的にするキスではなかった。
お互いがお互いを求めるような、愛しいもの同士がするような、そんなキス。
俺たちは抱き合って、いつまでも、唇を重ね続けるのだった。