24.暗殺者、黒い獣となる
魔王城。
魔王の間の前にて。
俺は最強剣士【剣鬼】と戦いを繰り広げ、そして勝利を収めた。
「ぜはぁ……! ハァッ……! ハァッ……! ハァッ……! ハァッ……!」
俺はその場に倒れ込む。
一歩も動けなかった。
体の中の呪力を、すべて振り絞った。
……あと、魔王、そして魔王四天王最後のひとり、ドランクスが残っているというのに。
俺の体の中には、呪力のひとかけらも残っていない。
そうしなければ、俺は剣鬼に勝利することは不可能だったのだ。
荒い息がいつまでも収まらない。
すでに体力も底をつきていた。
【ご主人様。お見事でございます】
ヴァイパーが影の中から語りかける。
すでに影式神であるヴァイパーを顕現させておくだけの呪力が残っていなかった。
【魔王軍最強を倒すとは……さすがです、ご主人様】
「けど……からだが、ぼろぼろだ」
【呪力が回復するまでの間、影の中に潜んでおくのが先決かと】
そうだな……と俺がうなずいた、そのときだ。
「おーやおやおや。そんなことワタシがさせるわけ、なーいでしょう!」
バサッ……! と俺の前に、炎の鳥が現れる。
体が燃えたと思った瞬間、そこには赤い髪の女が立っていた。
白衣を着て、メガネを着用している。
「……だれだ?」
【ドランクス!】
ヴァイパーが焦ったように叫ぶ。
「そうでぇ~す☆ 魔王四天王がひとり、不死王ドランクスでっす! よろしくしくしく~!」
どうやら魔王四天王、最後のひとりが現れたようだった。
俺はすばやく、自分の影に手を突っ込んで、中に保存していたものをとりだそうとする。
がッ……!
と、ドランクスが俺の腕を踏みつける。
「ふーむふむなるほどなるほど。影喰いを応用してるんだね~。影喰いで完全に消化せず、物体を保存しておくことができる訳か。いやぁほんと、影呪法は応用が利くスキルだな~。ぜひともワタクのコレクションに入れたいね☆」
ドランクスが俺の腕を踏んづけた状態で言う。
俺の手から回復薬を奪い、ぽいっと放り投げる。薬瓶が壊れる音がした。
「さってとヒカゲくん。話しよっか☆」
ドランクスが俺の目の前にしゃがみ込む。ニコニコ~と上機嫌そうだ。
【消え失せろ狂った科学者! ご主人様に手を出してみろ! 消し炭にしてやるからな!!】
「おーこっわ。まあやれるもんならやってみることだね。ヒカゲくんが呪力切れしてるせいで、あんたはワタシに攻撃できないんだからさ」
ヴァイパーが悔しそうに歯がみする。
その一方で、俺は冷静だった。
……負けたんだ。俺は。
なぜなら俺は呪力・体力ともに切れている。その状態で、魔王四天王に勝てるわけがなかった。
「……俺を、殺すのか?」
「殺す? おいおい冗談言ってもらっちゃあこまるよ! そんなおしいことするわけないじゃないかー!」
ドランクスが目をギラギラさせる。
「ワタシはね、取引をしに来たの」
「……取引、だと?」
「そーそー。ワタシの願いを聞いてくれない? そしたら君の願いを叶えてあげようと思ってね」
科学者は立ち上がる。
俺の目の前で、シュッ……! と手を高速で動かす。
ボトッ! とドランクスの片手が落ちる。
「……何やってるんだおまえ?」
「まあ見てなって。あせんなよ」
ドランクスの手が……元通りになっていたのだ。
消えた部分から、新しい手が生えたのである。
「ワタシは不死鳥。見てのとおり不死身なわけさ。殺しても死なないの」
「……俺におまえが倒せないっていいたいのか?」
「ちーがうって。なに結論急いでるの? ちゃうちゃうそういうことじゃなくってね」
ドランクスが首を振って言う。
「不死鳥の血には物体を完全回復させる能力がある。つまり……どういうことかわかるかい?」
「……条件をのめば、おまえの血を俺が飲んで、体力を完全回復できる」
万全の状態で、魔王を戦えるというわけだ。
「ごめーとー! いやぁ察しが良くって助かるよ。どうどうっ? 魅力的な提案だと思わない? ワタシの些細なお願いをちょ~~~っと聞いてくれるだけで、きみは魔王を倒せるんだ! やったね! エステルちゃんも喜んでくれるよ~きっと~」
「……回復したところで、お前が俺を殺す可能性はあるだろ?」
「あー、ないない。ワタシ戦うのちょー苦手なの。切った張ったってワタシきらいだなー。野蛮だもんね」
……この女の言ってることが本当ならば。
俺は体力を回復し、万全の状態で、最終決戦に挑める。
だがこいつが本当に条件をのむとは思えなかった。
「疑り深いな~。ま、じゃあ時間制限を設けよう」
ドランクスがにまにまと笑いながら、自分の懐から、中を取り出す。
「じゃーん☆ これなーんだ?」
「……腕?」
「そー! さてじゃあこの腕、いったい誰の腕でしょーか?」
ドランクスが実に楽しそうに、手に持った【誰か】の腕をかかげる。
……手には、剣を握った【タコ】ができていた。
無数の傷が見て取れた。
ま、まさか……。
「そー! これ剣鬼ちゃんの腕ね。あいつが君に粉々にされるまえに、ワタシがちょろ~っと盗んだわけ☆」
俺の中で嫌な予感が広がる。
再生持ちの不死鳥。そして、死体の一部。まさか……。
ドランクスが剣鬼の腕を、地面に置く。
そして自分の腕を深く切る。
大量の不死鳥の血が、剣鬼の体の一部に注がれる。
すると……。
ずぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
腕の肉が、ものすごい速度で増殖したのだ。
腕から剣鬼の体が再生される。
いや、前よりも剣鬼の体は、2周りくらい大きくなっていた。
「あーりゃりゃこりゃりゃ。血を分けすぎたな~。回復通り越して過剰に細胞が増殖しちゃってるよ。まいったね☆」
全然参ってなさそうに、ドランクスが言う。
「大変だよヒカゲくん! 剣鬼はワタシの血を浴びまくって前よりも強い最強を越える存在となってしまった! このままでは君はあっさり死んでしまうだろう!」
「GUROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」
変わり果てた姿の剣鬼が叫ぶ。
ビズリーの時と同様だ。
身体能力は上昇しているようだが、知性は著しく低下しているようである。
「で? どうする? ワタシの提案の飲む?」
「……条件を言え」
この際、四の五の言っていられなかった。
今ここで回復しないと、剣鬼を倒せない。
「簡単さ。君の最後の技を見せて欲しいんだ」
「……影呪法の、【終の型】のことか?」
「そそっ。ワタシさ~。きみの中の【霊獣】にすっっごく興味あるわけ!」
らんらんとした目でドランクスが言う。
……俺の気分は最悪だった。
「……自爆の技だって知らないのか?」
「あっはっは☆ そんなの知ってるに決まってるだろ~?」
にやっと笑うドランクス。
「大丈夫。君が霊獣に意識を乗っ取られてしまった後、ワタシが可愛がってあげるよ。こう見えて調教は得意なんだ」
「……カス野郎が」
「はいはい。んでどーすんの? 飲むの? 飲まないの?」
剣鬼がどんどんと巨大化していく。
これ以上、やつに力をつけられる前に、殺さないと。
「…………」
俺は考えた。【黒獣】を使うためには、ある程度の呪力が必要となる。
今の呪力0状態では、【終わりの型】を使えない。
「どうする?」
「……ぜひもないだろ」
俺がどうなろうと関係ない。
最終的に、俺が敵を倒して、エステルが無事であれば、それでいい。
「……飲ませろ」
「きひっ……! きひひっ! 仰せのままに」
ドランクスが俺の口の前に、腕を持ってくる。
ぽた……っと少量の血が、俺の口に入る。
……体に、呪力が宿る。
といっても、完全回復はしてない。
【黒獣化】を使うぶんだけの、最低限の呪力だけだ。器用なヤツだ。
「さぁ見せてくれよ☆ 火影という希少種が持つという、【霊獣化】の呪法をさ!」
ヴァイパーが影の中で、やめろと叫んでいる。
だがこの中途半端に呪力が回復した状態で、剣鬼と、そして魔王には勝てない。
……ドランクスが約束を守るやつかはわからない。だがそれは関係なかった。やつを、魔王を倒すには……これしかないのだ。
……俺は、手印を組む。
「一」
まずは影呪法、1の型【織影】の印を。
「二」
影呪法、2の型【潜影】の印を。
「三、四」
3の型【幻影】。4の型【影喰い】の印を。
……そう。影呪法10の型は、影呪法1~9までの型を、すべて、同時に出す必要がある。
「五、六、七、八、九、十」
【影式神】、【影真似】、【影繰り】、【影転移】、【影探知】。
……そして、最後の印。10の型。
「布留部、由良由良止、布留部」
……俺が呪いの言葉を吐く。
すると体の中で、【やつ】がうごめきだす。
「黒獣よ、死の眠りから、目を覚ませ」
俺の呪力を吸って、体内の【黒獣】がうごめき出す。俺の意識が……どんどんと黒く塗りつぶされる。
「影呪法、終の型……【月影黒獣狂化】」
……その瞬間、 俺の影が、間歇泉のように吹き出して、俺の体を包み込む。
影が俺を包んでいく。徐々に徐々に、感覚を失っていく。
音が聞こえなくなる。立っている感覚が消える。血のにおいを感じなくなる。血の味を感じなくなる。
影が俺の体をむしばんでいくと同時に、五感が消えていく。
やがて俺の精神と肉体が、完全に分断された。
俺は視覚以外の五感を、すべてなくす。
「ーーーーーーーーーーーー!!!」
元、俺だったものが、何事かを叫んでいる。
俺の意思はすでにない。
俺の中に閉じ込めていた【黒獣】が、完全に解き放たれたのだ。
10の型【月影黒獣狂化】。
俺という存在を代償に、閉じ込めていた狂った黒い獣を、この世に呼び起こす術式だ。
……こうなってしまったら、もう俺には自分を制御できない。
死ぬその瞬間まで……すべてを葬り去る。狂った死の獣になる。
【黒獣】となった俺に、剣鬼が気付く。
剣鬼はすでに以前の3倍くらいの大きさの、大鬼になっていた。
そう思った次の瞬間、恐ろしい速度で俺に近づくと、右腕を振り下ろす。
やつの巨大な腕が、俺の頭を潰そうとする。
ずぉっ……! と、剣鬼の腕が、俺を通り抜けた。
……そう。
黒き影の獣となった俺は、存在自体が影そのもの。
敵の攻撃は、いっさい当たらない。影に攻撃が当たらないからだ。
「ーーーーーーーーーーー!!!」
俺が叫びながら、剣鬼に突進。
右腕が伸びる。大きくなる。織影を無意識に使っている。
この状態となった俺は、影呪法を無制限に、自在に使えるのだ。
伸びた獣の腕が、剣鬼の肩をえぐる。
剣鬼が叫んでいる。
……そう、影の獣は相手の攻撃がいっさい通らない。しかし俺からの攻撃は、当たるのである。
……なんたる馬鹿げた性能だ。
もし黒獣化をコントロール下におけるのなら、それこそ俺は地上最強となるだろう。
敵の攻撃が通らず、こちらからの攻撃が当たるなんて、それはなんてチート能力なのだ。
……まあ、もっとも、もう関係ない。
黒獣に俺の体は取られてしまったのだ。もう俺は、自分が敵を殺し続ける様を、傍観するしかない。
剣鬼が巨腕を振り上げる。
俺は避けない。避ける必要がないからだ。
影となれば攻撃が通らないからな。
……ああでも、がら空きの胴体に、一撃食らわせられるじゃないか。
バカだなこの黒獣は。
ああ、ほんと……黒獣の状態で自分の意思で攻撃できたらな……。
と思っていた、そのときだ。
俺の右腕が、伸びた。
そしてがら空きの、剣鬼の胴体に、右腕が突き刺さる。
……どうなってるんだ?
まるで俺が、自分の意思で、黒獣となった【俺】をコントロールしたみたいじゃないか。
【ご主人様っ!!!】
……聴覚を失っている、はずなのに。
俺の脳裏に、ヴァイパーの声が、響いた。
【大丈夫! わたくしがおります! わたくしがあなたを……絶対に死なせません!】