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22.暗殺者、魔王城に潜入する




 エステルが魔王の毒を受けてしまった。

 解除するためには、魔王を討伐するしかない。


 勇者パーティたちも毒を受けて動けないため、俺は単身、魔王の元へ向かった。


「…………ここが、魔王城か」


 魔王の城のほど近く、小高い丘にて。

【俺】は城を見下ろしていた。


 ここは魔族国ケラヴノスチィア。

 魔王が統治し、魔族たちの暮らす土地。

 俺たち人間からしたら敵地だ。


 ここには魔王の手下、魔族たちがうじゃうじゃいる。

 ここに単身向かうのは、火の中に飛び込むのと同義だ。


 ゆえに俺は、手を打つことにしたのだ。

 ……ビズリーの言葉を借りるなら、【卑怯者】らしく。


「ヴァイパー」

「御身の前に」


 ずぉッ……! と影エルフのヴァイパーが、【俺】の影から出てくる。


「……あの城の中に魔王が?」

「ええ。ルートは案内できます。お任せを」


 ヴァイパーは元魔王軍の幹部。

 魔王の右腕だ。

 魔族国の地理も、そして魔王の城の内部構造も熟知している。


 ……つくづく、こいつを味方に引き込んで良かったと思う。


「ご主人様。そう思っていただき光栄にございます」


 ヴァイパーが【俺】の目を通して、俺に言う。


「ご褒美は、人間国へ、ご主人様のもとへ帰ってから、いただきます」


 ……そう。

 俺は今、まだ【奈落の森アビス・ウッド】の中にいる。


 魔族国と戦争するのだ。

 単身で乗り込めば、連戦は避けられないだろう。


 俺は圧倒的な強さを手に入れた。

 だが、だからといって無敵ではない。


 それに、俺の術に必須となる、【呪力】。

 森の中にいたときは、年中夜の大森林の中にいるおかげで、呪力無制限で戦えた。


 しかし、魔族国は、奈落の森の外。

 つまり、魔族国の中にいる間、俺は常に、呪力切れにおびえながら戦う必要がある。


 あと1日で魔王を倒し、呪毒を解除しないと、勇者パーティが全滅し、人間国は終わりだ。


 そして魔王を倒さない限り、俺の大切な人は、氷の棺の中で永遠に目覚めないこととなる。


 ……失敗は許されない。

 ゆえに俺は策を講じた。


「さすがですご主人様。まさか【影人形】を先行させて、【影繰り】で操り、自身は奈落の森の中で待機しておくとは」


 ヴァイパーが【俺】に言う。

 ようするに奈落の森の外にでるからいけないのだ。


 なら本体である俺は、森の中で待機しておき、分身である影人形を操って戦わせれば良い。


 これなら呪力は無制限だ。 


 もちろん影人形は、俺よりも戦闘能力に劣る。

 つまり最後の決着は、俺自身がそっちに向かって、戦わないといけない。


「四天王のひとりドランクスは、たいしたことはありません。やつ単体の戦闘力はさほどではありません。問題は……魔王の左腕【剣鬼】です」


 ヴァイパーが険しい表情で言う。


「やつは魔王軍最強。ハッキリ言って、大賢者であるわたくしよりも、そして、単純な戦闘能力ならば魔王より上です」


【俺】の耳を通じて、俺はヴァイパーの言葉を聞き……目をむく。


「……そんなに強いのか、剣鬼は」

「ええ。剣鬼の神速の抜刀術は、刻、そして空間を斬ると言われています」


 ……なんだそのチート能力は。


「……俺で、勝てるか?」

「……勝ってもらわないと、困ります」


 ヴァイパーが言葉を濁した。

 つまり……そういうことなのだろう。


「しかしご主人様にも勝機はございます。あなたの内に飼う【黒獣】を解放すれば、悠々と剣鬼を倒せるでしょう」


「……気付いていたのか」

「ええ。あなたの能力の一部になったからでしょうね」


 ……火影の人間は、みな異能の力を使える。


 その異能というのは、自身の体の中にひそませている【霊獣】から力を借りているのだ。


 俺の【影呪法】も、俺の中で飼っている【霊獣】から力を借り受けて使っている。


 やつは普段、まじないをかけ、俺の体の中で眠っている。

 だが俺がまじないを解けば、やつは目覚め、莫大な力を俺は手にするだろう。


「……その引き換えに、俺は死ぬがな」

「し、死ぬっ? 死ぬとは……どういうことなのですか!?」


 ヴァイパーが焦って言う。

 なんだ。そこまでは知らなかったのか。

 まあ、火影秘伝の技だからな。詳しいところまではわからないのだろう。


「影呪法の10ある型のうち、最終の奥義。その技は禁忌の術だ。使うと霊獣に意識を完全に乗っ取られ、俺という個人が死ぬ」


「……そん、な。そんなの自爆の術式ではないですか……」


 普段余裕ある笑みを浮かべているヴァイパーが、このときばかりは、こわばった表情をしていた。


「使うのですか?」

「……最終的には、な」


 剣鬼が魔王やヴァイパーより強いのなら、使わざるを得ないだろう。


「……けど、なるべく使わない。いざとなったら使う。文字通り【奥の手】だからな」


 黒獣の解放は勝利と引き換えに、俺の死を招く。

 

 最終的に、魔王を倒すミッションを達成すればいいのだから。それでもいいかもしれない。それほどまでに、黒獣が完全に目覚めたら圧倒的なパワーを発揮する。


 ……だが、使えば俺が死ぬ。

 そしたら……エステルにもう、二度と会えなくなる。


 それは嫌だった。

 だから俺は、人間として帰ってこれるよう、こうして策を練っているのだ。


「……よし。じゃあいくぞヴァイパー」


 作戦はこうだ。


 俺は奈落の森で待機。

【影人形】と影エルフで魔王城へ乗り込む。

 呪力を抑えて、ボス部屋まで向かう。


 そして【影転移】を使って、一瞬でその場にテレポート。(転移を使えば、式神が居る場所へと跳べる)

 

 あとはボスを倒して……それで終わり。


「……いくぞ。開幕の花火だ。でかいのかましてくれ」


 ヴァイパーが目を閉じる。

 吐息をついて、目を開けた。


「わかりました。ご主人様……その目でしかと確かめてください」


 ヴァイパーが丘の上に立つ。


「ご主人様。呪力をお借りいたします」


 大賢者はその身に膨大な量の呪力を宿している。

 それ+αとして、奈落の森の呪力を使おうとしている。……よほど、強力な魔法まじないを使うのだろうか。


 ずぉおおおお……!!!!


 俺の体を通して、森の呪力が、ヴァイパーの中へと流れ込んでいく。


 ヴァイパーは両手を天に向かって伸ばす。

 手の周りには、4つの呪法陣(魔法陣とも言う)が出現していた。


 赤。青。黄。緑。

 4色の呪法陣に、莫大な量の呪力がこめられ、そして複雑怪奇な術式が回る。


「ご主人様。わたくし、人間なんて毛ほども興味ありません」


 ヴァイパーが魔法の準備をしながら言う。


「というより、自分以外の生命などどうでもいいのです。誰が死のうと、誰が生きようと、どうでも良かったんです」


 大賢者が【俺】を、そしてその先にいる俺を見て……笑う。


「けど……あなたと出会って知りました。この世界には、思っていた以上に、楽しいもので満ち溢れていることを」


 魔法まじないの準備を完了させ、ヴァイパーが前を見やる。


「あなたを殺させません。愛しいあなたを守ります。あなたと、そしてあなたの大事にするすべてを守る盾となり、そして剣となりましょう」


 ヴァイパーが両手を振り下げる。


「滅びよ魔族! 滅せよ魔王! 喰らうがいい! わが4の最上級魔法!

煉獄業火球ノヴァ・ストライク】!

永久氷獄棺セルシウス・コフィ】!

颶風真空刃ゲイル・スライサー】!

神罰豪雷剣ディバイン・セイバー】!」


 魔法陣が空に浮かぶ。

 魔族国を覆うほどの大きさだ。


 4つの魔法陣からは、それぞれ巨大な隕石、氷山、逆巻く嵐、そして巨大な雷の剣が、落ちる。


 どごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!


 ヴァイパーの4つ魔法は、大地を燃やし、凍てつかせ、削り、そして割断した。


 ただの一度の攻撃で、魔族国という国が、崩壊していた。


「……城にはきいてないか」


 一瞬にして荒れた大地と化した魔族国を見渡し、俺が言う。


「ええ。わたくしが長い時間をかけて作った、対魔法結界に覆われてますからね」


 あの魔法攻撃を受けても、魔王の城だけは、無事だった。


「……そうか。結界の解除は?」


「何度も試みているのですが、この姿になったからでしょうね。無理でした」


 そうなると本格的に、敵地に丸腰で突っ込むしかないようだ。


「……いってくる。ヴァイパー」


「ええ。征って参りませ。ご主人様」


【俺】は丘から飛び降りる。

ヴァイパーは空を飛び、その場を離れる。


「聞け! おろかな元同胞ども! 大賢者ヴァイパーが貴様らの根絶やしにきてやったぞ!!!」


 ヴァイパーが空中で、ド派手な爆発魔法を連発する。


 先ほどの4つの魔法でだいたいがふっとんだが、魔王城にはまだ魔族がたんまりいた。


 ヴァイパーが威嚇攻撃をすることで、魔王城から雑魚どもが出て行く。


 俺はその間に魔王城へと潜入する手はずだ。

 

 ヴァイパーは今、自分の呪力で魔法を撃っているので、俺自身の呪力消費はない。


【俺】は少し間を開け、魔王城に潜入。

 ヴァイパーが、【五感共有】スキルを介して、俺に適切なルートを指示してくれる。


 途中、何度か魔族と遭遇した。


「な、なんだ貴「……邪魔だ」さ……」

 

【俺】はそのたび、魔族の急所を正確につぶす。


 城の中の魔族は、ソロモン72柱や、魔王四天王、そして側近たちと比べて雑魚だ。


 だがやつらと比べて弱いというだけだ。


 人間が相手にしたら勝てないような強敵だろう。Sランク、SSランク、SSSランクの敵がうじゃうじゃいる。


 だが今の俺は強い。


 奈落の森で力をつけまくった俺は、【影人形】で力が一段落ちたとしても、強力なモンスターを瞬殺できるようになっていた。


 スキルや影呪法を使わず、単純な呪力と腕力だけで、魔王城の敵を狩り殺していく。


 草刈りのようだった。


 そこら辺に生えている雑草(といっても十二分に強い敵)に、俺という死神の鎌が通り過ぎると、キレイになる。


 ヴァイパーが陽動をしてくれているのだが、魔王城には恐ろしいほど大量のモンスターがいる。


「ぎゃぁっ!」「ひぐぃ!」「ぎぃ!」


 俺は出会った敵すべての命を摘み取る。

 俺は今、魔族を殺すためだけの武器となっていた。


「ば、バケモノ!?」

「ば、バケもんだぁああああああああああああ!!!!」

「人間どもが大量殺戮兵器を送り込んできたぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 ……魔族どもの断末魔が響く。

 大量破壊兵器か。その通りだと思う。


 俺は魔王の元へと一直線に進みながら、考える。


 ……俺なんて殺すこと以外に能のない人間だ。つまらない人間だ。

 

 ……そんなつまらない人間のことを、気にかけてくれる人が居る。


 ……俺のことを好きだと言ってくれた、優しいひとがいる。


 エステル。

 俺の大事な人。

 俺に、殺すこと以外を教えてくれた、恩人だ。


 その人が死にかけている。

 大切な、そして、大好きな人が……死に瀕している。


 彼女を守るためには、魔族こいつらを根絶やしにする必要がある。


 だから俺は魔族を狩ろう。

 魔王を倒そう。


「このバケモノに一矢報いてやるぅうううううううううう!!」

「くたばれこの人の皮をかぶったバケモノめぇええええええええ!」


 ……エステルを守れるなら。

 こいつらから、心ない罵声を浴びせられても、平気だ。

 よろこんで、大量殺戮兵器となろう。


 ……しゅこんっ!

 ……しゅこんっ!


「あがぁああああああああああ!」

「ひぎぃいいいいいいいいいい!」


 俺はひたすら走りながら、ひたすらに刀を振るいまくった。


 しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! しゅこんっ! 


 ……。

 …………。

 …………やがて、どれくらいの魔族を殺しただろうか。


 そのすべてを殺し、すべてを【影喰い】で取り込んだ。


 俺の体には、【俺】を通じて、今まででは考えられないほどの、尋常じゃないレベルの呪力が蓄えられている。


 万全の状態で、俺は目標の場所へと、たどり着いた。


 つまり、魔王のいる場所、魔王の間の前まで。


「来た、か」


 巨大な扉の前では、着物姿の、鬼の剣士が座っていた。


 魔王の左腕、最強の剣士。

【剣鬼】


「……ああ」


 俺は【影人形】を動かし、刀を構える。まずは、様子見だ。


「いや。きて、ないか」

「ッ!!!」


【俺】の背後に、剣鬼がいた。

 動きが目で追えなかった。


 影人形はあっさりと、腹をえぐられていた。

 人形が消滅しかける。


 その前に俺は、【影転移】を発動。


 奈落の森から一瞬で、剣鬼の前にテレポートする。


「……雑魚を瞬殺できる影人形を、瞬殺か」


 俺は織影で刀を作り、構えを取る。


「そう、だ。それで、いい」


 剣鬼は……心なしか満足げに言った。

 何に満足しているのか、知らないし、興味もない。


 ただ、こいつを殺す。

 そしてエステルを守る。

 それだけだ。


「暗殺者よ。名を、聞かせろ」


 剣鬼が殺気を緩めることなく、俺に問うてくる。

 その殺気に気圧されそうになるが、俺は平気だった。


 強くなったから。 

 そしてなにより、俺の背後に、大事な人の命を背負っているから。


「……ヒカゲだ。焰群ほむらヒカゲ」


「焰群……。そうか。【末裔】、か」


 ふっ……と、なぜか知らないが、剣鬼が俺を見て笑ったような気がした。


 だがそれも一瞬のこと。


焰群ほむら、ヒカゲ。私は、剣鬼。貴様を殺す、剣士の名だ。覚えて、そして、逝け」


 剣鬼が腰の刀に、手をかける。

 俺も、呪力を高める。


 ……今、最後かもしれない戦いの火蓋が、切られようとしていた。

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