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21.暗殺者、変わり果てた勇者と戦う



 魔族国への出発前夜。

 俺が元住んでいた神社にて、宴会が行われた。


 その数時間後の、深夜。

 俺たち勇者パーティのところに、【勇者ビズリー】がやってきたのだ。


 神社の建物の壁が、破壊されている。

 そこに立っているのは、まごうことなき、少年勇者だ。


「ビズリー!」


 いちはやく飛び出たのは、魔法使いのエリィだった。


 エリィは青い顔をして、ビズリーの元へ行く。肩をがしっと掴んで揺する。


「あなたどこ行ってたの!? 1ヶ月も何も連絡せずにッ! 心配したんだからッ!」


 エリィはパーティ最年長ということもあり、パーティの最年少であるビズリーのことを、いろいろと気遣っていたのだ。


「…………」


 ビズリーは無言だった。

 いや……ブツブツと何かをつぶやいている。


「……英雄、王。ボク、ハ、ヤリマス。ボク、ガ、魔王ヲ……倒、ス」


「び、ビズリー? どうしたの? 何か具合でも悪いの?」


 エリィがビズリーの体調を心配して言う。

「倒、ス。殺、ス。殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!!!!!!!」


 ずぉっ……! と強烈な呪力を、ビズリーが急激に上昇させた。

 まがまがしい呪力……人間の呪力ではなかった。それを感知した瞬間、俺は手印を組んでいた。


「エリィ! 下がれ!!!」


 俺は織影で影の触手を作り、エリィの首根っこを掴んで引く。


 ザシュッ……!


「アッ……!」


 エリィが短く悲鳴を上げる。

 先ほどまで彼女が立っていた場所に……何かがあった。


 それは【爪】だった。


 刀ほどの大きさの、長く白い爪が、ビズリーの肩から生えていた。


「大丈夫かっ!?」

「は、はい……それより、ビズリーは……? あの爪は……いったい……?」


 俺とエリィ、そして勇者パーティたちは、ビズリーから距離を取る。


「殺ス殺ス殺スコロコロコロコロコロすぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」


 ビズリーの体がどんどんと膨れ上がっていく。

 肌は毒々しい紫色。


 上半身の筋肉が、異常なまでに膨れ上がっていく。

 そして肌のあちこちからは、爪がいくつも生えている。


 ややあって……。


「殺スぅううううううううううううううううううううううううううう!!!!」


 そこにいたのは、異形のバケモノだった。

 全身紫色の肌。筋肉だるまと称するのが適しているだろう巨躯。


 肩や腕のあちこちから生える爪。

 そして目は白く濁っており、片目からも爪が生えていた。


「……び、びずりー、なの? どうしちゃったの……?」


 エリィがその場にぺたんと尻餅をついて、呆然とつぶやく。

 俺も……わからなかった。

 困惑していた……そのときだった。


「ご主人様」


 ずぉ……! と俺の影から、ダークエルフのヴァイパーが出現する。


「あの勇者は肉体改造を施されています」


「……肉体改造、だと?」


 ええ、とヴァイパーがうなずく。

 どういうことか……と聞き返す前に、ビズリーがこっちへ襲ってくる。


「死゛ネェ゛ぇえええええええええええええええええええええ!!!!!」


 ビズリーがドスドスと走りながら、こっちへ来る。

 早い……が、俺には及ばない。


 俺は素早く攻撃を避ける。

 エリィは動けなさそうなので、影の触手で後へ追いやる。


「ごろごろおぉおおおおおおお! ごろずぅううううううう! 英雄王ぉのだめぇえええええええええええ!!!」


 俺が避けた、というのに、ビズリーはその場を何度も殴る。


「お前サエ居なければぁああああああああああああああああああああ!!!!」


「……ヴァイパー。ビズリーは、どういう状態なんだ? まともとは思えん」


 俺たちをいきなり襲ってきたことといい、今の知性の感じられない行動といい、あきらかに異常だ。


「四天王のひとりに肉体を改造する術にたけた狂った科学者がいるんです。おそらくそいつに体と、そして頭の中もいじられたのでしょう。身体能力は上昇してるようですが、知性が著しく低下しています」


 ヴァイパーは元魔王軍だ。

 内部事情に長けている。

 そうか……魔王四天王に、捕まってたのか、ビズリーは。


「ヒカゲぇええええ! いッのまえにぃそこにぃいいいいいいいいい!」


 ビズリーの狂った瞳が俺をロックオンする。

 

「やめろビズリー!」

「そうだ! 正気に戻るんだ!」


 勇者パーティの剣士、および聖職者が、ビズリーの前に躍り出る。


「う゛ゥ゛ううるさいぃいいいいいいいいいいいいいい! ぼくに楯突クなぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 ビズリーが体をぐぐっと縮める。

 呪力の高まりを感じる。


「逃げろおまえら!!!!」


 俺が触手を作るより早く、ビズリーが体を開く。


 体中から、さらに多くの【爪】が生える。

 無数の爪は伸び、そこらじゅうを針山に変える。


「がッ……!」「ぐぁああああ!!」


 剣士と聖職者が、爪による攻撃を受ける。

 俺は影で壁を作り、伸びた爪を受けとめる。

 爪は思ったよりも鋭いようだ。


 壁をつきぬけて、俺の目の前でとまった。

 あと少しで一撃食らうところだった……。

 ぽた……ぽた……。


「……なんだ? 爪の先から、紫の液体……?」


 俺はすぐに頭を切り替える。

 影の壁を解除せず、そのまま潜影。


 爪が建物や壁に刺さっているってことは、やつは動けない状態にあるはずだ。


 俺は影に潜った後、幻影で影の【人形デコイ】を作る。


「ぞごがぁああああああああああああああああああああああ!!!」


 影人形にビズリーが思い切り右腕を伸ばし、爪で人形の腹部を刺す。

 俺は【影繰り】を使って、影人形に爪を掴ませる。


 影人形に織影を使わせ、影人形を影の触手にする。


「クそ゛ぁ゛! 卑怯者めェ゛ええええええええええええええええ!!!」


 触手で動けなくなるビズリー。

 俺は潜影を解除して、影から出る。


 影の刀を織影で作り、背後からビズリーの首を……。


 ピタッ……!


「…………」


 俺の手が止まる。

 ……こいつは。こいつは……。


「ご主人様ッ!!!」


 一瞬の躊躇。

 そこにビズリーの爪が殺到する。


 体中からさらに多くの爪を出し、影の触手を切って自由を手にしたのだろう。


 俺は潜影で逃げる。

 あと一歩遅れていたら、串刺しになっていたところだ。


 俺は影転移でヴァイパーの元へ還る。


「……すまん。助かった」

「いえ。しかし……ご主人様。なぜ、とどめを刺さなかったのです」


 ヴァイパーが俺を見て言う。

 その目は……若干冷たかった。


「差し出がましいとは思いますが、異を唱えさせていただきます。……どうしたのです? 今、殺せましたよね?」


 声に非難の色が混じっていた。

 そう、今、俺はビズリーを殺せた。

 あのまま刀を振るえば良かった。


「……できねえ、よ」

「なぜです?」

「……だって、あいつは、元人間なんだぞ?」 


 ビズリーが自分で爪を殴り割り、新しい爪をはやす。

 俺に向かって伸びてくるそれは、今の俺にとっては遅すぎるものだ。


 俺はそれらを潜影してかわす。


【ご主人様。あの勇者は肉体を改造され魔族化してます。魔族です。敵ですよ?】


 影の中でヴァイパーが言う。


「……けれど」


 今魔族だからなんだ。元々は人間なんだぞ?

 しかも赤の他人じゃない。

 少しの間、共に旅した仲間だったやつだ。

【でも、だった……ですよね。過去形ですよね】


「ひヵげェえええええええええ! ドこ゛ダぁああああああああ!!!」


 ビズリーが地面をめった刺しにする。

 影の中の俺にはまるでダメージがない……が、パーティたちが心配だ。


【あのクズはあろうことかご主人様をパーティから理不尽に追いやった。しかも私怨で。そんなクズの身をどうして案ずるのです? もうあんなのは仲間でも友達でもなんでもないでしょう?】


「…………」


 ヴァイパーの意見はもっともだ。

 俺はビズリーに虐げられた。


 やつと俺との関係は、元仲間というただそれだけ。

 ……それでも、知人だし、それに、人間だ。


「…………」

【ご主人様。迷っているところ申し訳ないですが、時間がないようです】


 俺は影から出る。

 するとそこには……勇者パーティたちが、遠くで倒れていた。


「ひ、ひかげ……さん……」

「エリィっ。どうした!?」


 俺はエリィの元へ行く。

 彼女の顔色は真っ青だった。

 額は脂汗でびっしょりと濡れている。


 エリィのつるりとした額を触る。

 ……熱い。


「……毒か」

「そのようです」


 背後にヴァイパーがひかえていた。


「おそらくあの勇者。体に【魔王の爪】を移植されているようです」


「魔王の爪……だと?」


「ええ。強力な呪毒がこめられています。体を内側から焼き……最終的に死に至ります」


 俺はエリィ、そしてパーティメンバーたちを見やる。

 皆苦しそうにあえいでいた。


「……ヴァイパー。治癒を」


 俺はビズリーを注意深く見やりながら、影エルフに命ずる。

 ビズリーは爪を壊すのに時間がかかっていた。


「無駄です」

「……なぜだ?」


「魔王の呪毒は、魔王本人を殺さない限り解毒できません」


 ……つまり。

 このままでは爪の攻撃を受けた、パーティメンバーたちは、魔王を倒さない限り、死ぬ。


「…………」


 俺は考える。


 このままビズリーを放置しておくわけにはいかない。

 魔王の息がかかっている以上、やつがここへ来たのは、邪血持ちのミファをさらうのが目的だ。


 ビズリー放置は愚策。

 かといってビズリーを殺すのは……ためらわれる。人間だった頃を知っているからこそ、抵抗感を覚える。


 ……これを送りこんできた残りの四天王は、この状況を待ち望んでいたのだろうか。

「…………」

「ご主人様」

「……わかってる」


 このまま黙っていても、何も事態は好転しない。

 ほうっておけば仲間が死ぬ。

 仲間を助けようとすれば、ミファが連れて行かれる。


 ーーコロセ。


 ……俺の中、誰かがささやく。


「…………」


 俺は刀をぎゅっ、と握りしめる。

 潜影でもぐり、ビズリーのすぐそばへ行き、首を刈るのは簡単だ。


 できる……のに。

 できる……けれど。

 それをしてしまったら……俺は【人殺し】になってしまう。


 ……俺は、誓ったんだ。

 もう二度と、この【影呪法】を、火影直伝の暗殺術で、人を殺さないと。


 ーーエステルに。


「…………」


 どうすればいいんだ……と考え込んでいた……そのときだ。


「しねぇええええええええええええええええええええええええ!!!!!」


 ハッ……! とする。

 俺が考え込んでいる間、ビズリーはすでに攻撃の準備を終えていた。


 体からの爪攻撃。

 正面から降り注ぐ爪の雨を、影の刀で全部たたっ切る。


「ご主人様! 下です!!!」


 爪が地面からも生えたのだ。

 俺は対応をミスった。

 ぼうっとしていて……判断力が鈍くなっていたんだ。


 爪が地面から生え、俺に襲いかかる。

 ……呪毒を俺が受けたら、終わりだ。

 勇者パーティが再起不能の今……もう、俺以外に残りの敵を倒せない。


 なぜ俺は躊躇を……と、後悔してたそのときだ。



「ひかげくんっ! あぶないっ!」



 ドンッ……! と誰かが、真横から俺を押したのだ。


 俺はそいつに突き飛ばされる。

 爪の攻撃は、俺の肌にかすることはなかった。


 ーー代わりに、エステルが串刺しにされた。


「………………え、すてる?」


 なんで? どうして……?


 俺が呆然とする。

 そこにいたのは、金髪の女性。

 エステル。俺の……恩人。


 エステルの体に、勇者の爪が深く突き刺さっている。


 エステルは苦悶の表情を浮かべ、その場に崩れ落ちる。


「…………あ」


 俺は震える。わけがわからない。どうして、えすてるが? なんで? どうして……?


「ご主人様!?」


 ……嫌だ。死なないでくれ。エステル。

 おまえは俺の生きる希望なんだ。


 ーーコロセ。


 おまえが言ってくれた言葉が、俺を救ってくれたんだ。


 ーーコロセ。


 俺に人のために生きろって、一緒にいきる目標を探そうって……いってくれたじゃないか……。


 ーーコロセ。勇者。コロセ。コロセ!!


「ーーあぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



 俺は叫んでいた。

 体が勝手に動く。

【内】なる【ヤツ】が勝手に体を動かしているのか。術式は発動させてないのだが……知るもんか。


 俺は破壊したかった。ぶっ殺してやる。ぶっ殺してやる!!!


 俺は風よりも速く走る。

 ビズリーが爪の雨嵐を吹かせる。


 だが俺はその爪をすべて、刀で打ち払った。今、俺は【ヤツ】に主導権を握られてるのか? ……わからないが、頭が沸騰しそうななのに、意識は明瞭だった。


 爪をすべて打ち落とす。

 俺の肌が傷つく前に、超高速で爪を破壊。

 瞬く間に俺は、ビズリーへ接近。

 影喰いでビズリーの体を喰おうとする。


 やつは愚かにもジャンプをする。

 ……バカが! 逃げ道を限定させるための誘いだよ!


 ジャンプしたところに俺は影で巨大な両手を作り、ビズリーをたたき潰す。


 爪がすべて破壊される。

 影の手を解除すると……ぐしゃっ、とビズリーが地面に倒れ伏す。


「う……うう……」


 まだ意識があるようだ。

 良かった。俺はこの手でぶっ殺してやろうって思ってたからだ。


 ーーコロセ! コロセ! コロセ!


 俺の内側で【ヤツ】が歓喜する。


 人間の血を欲していたのだろう。

 エステルと出会ったあの日から、俺は人殺しをやめていたから。


 久々に血をすすれると、【ヤツ】は喜んで、俺に力を貸しているわけだ。【奥の手】は使うつもりなかった。まじないで封じていたはずだった。


 だがーー


「殺す……!!! 殺してやるよ!! ……よくも、よくもエステルをぉおおおおおおおおおおおお!!!!」


 俺は影の刀に極限まで呪力を込める。

 勇者の四肢、体を……切り刻む。


 超高速で体が動く。

 あり得ないスピードだ。


 この森に来てつよくなっているのだが、今は【やつ】が喜んで俺に力を貸しているため、いつも以上に素早く、力強く動けた。


 ほんの1秒にも満たなかっただろう。

 それだけで、俺は勇者の首から下を、完全に粉々に切り刻んだ。


「いでぇ……痛い゛よ゛ぉおお~…………」


 ビズリーが情けない声でなく。

 意識が戻った? 知るもんか……。


「殺す……」

「ひぎぃ! い、嫌だぁ! 殺さないでぇ~~~~~~!!!」


 首だけになったビズリーが泣き叫ぶ。

 魔族化してるからかな。

 しゅうう……っと煙を立てながら、首から下が生えだしていた。

 再生能力が高いのか。さすが魔族だ。


「……殺す」


 そうだ。こいつは魔族だ。人間じゃねえ。

 そうだよ。人間なら、人間エステルを傷つけるわけないんだ。


 エステルを傷つけやがったこいつを俺は絶対に許さない。だって俺は……俺は……。

「……ああ。そうか」


 簡単な事実に気付いた。

 そうだ。エステルのことが、俺は好きだったんだ。


 底抜けに明るく、優しい、あのアホな姉のことが……心から好きだったんだ。

 やっとわかった。わかった……のに。


「死ね……」そうだコロセ。「死ね……!」コロセコロセ!!!


「死ねぇええええええええええええええええええ!!!!」


「ひぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


 俺は刀を振り上げて、ビズリーの頭部を一刀両断しようとした……そのときだ。



「ダメだよ! ひかげくんっ!!!」



 ……ふわっ。


 と、誰かが、俺を後から抱きしめてくれたのだ。

 温かく、柔らかな体の感触。

 それは……エステルのそれだった。


 俺が止まっている間、ビズリーはそれを好機とみたのか、首をゴロゴロ転がして逃げる。


「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! 助けてぇええええええええええええええ英雄おうぅううううううううううううううううう!!」


 俺がためらっている間に、逃亡を図るつもりらしい。

 ……俺は式神の鴉を出して、やつの後を追わせる。


 あとには俺と、エステルだけが残される。

 俺は後を、エステルを見やる。


「エステル……おまえ、無事……」

「うん。ヴァイパーちゃんがね、魔法で治癒してくれたんだ。だから大丈夫だぞいっ!」


 えへっ♡ とエステルが笑う。

 俺を元気づけるため、俺に心配かけないように……。


 ……無理してる。

 だって、今彼女は体の傷が塞がっても、呪毒を受けているのだ。


 放っておけば、死に至る強力な毒を受けても。

 この人は……笑っていた。


「……どうして、止めたんだよ?」

「だって……ひかげくんに、人を殺してもらいたくなかったから」


 ふらっ……とエステルが崩れ落ちる。


「エステル!?」

「だいじょーぶ……うん。めっちゃ元気……ですよ?」

「嘘つけよ!? おまえそのままじゃ死ぬんだぞ!?」


 エステルは毒に体をおかされている。

 すごく、辛そうだ。

 でも……笑っている。


「大丈夫……死なない、から。だってしんじゃったら……ひかげくん、辛い思いさせちゃうから。ひかげくん……やさしいから、ね」


 俺に気遣って、笑っているのだ。

 無理をして。この人は……。


「…………」

「ひかげくん、優しい子でいてほしかったから。だから……やめてほしかったの。人なんて、殺しちゃ……だめだぞ?」


 ね? とエステルが笑う。

 そのけなげな姿に、俺はぎゅっ、と彼女を抱きしめる。


「エステル。俺は……」


 好きだ……と、エステルに伝える。


「……にへっ。死ぬほど、うれし」


 エステルが微笑む。

 体に呪毒が回りかかっている。


 勇者パーティたちは、女神の加護を受けているため、魔族の毒にある程度抵抗できる。


 だが……エステルは一般人だ。

 この後少しもしないで、死んでしまう。


「……エステル。俺、約束する。俺、ぜったいおまえを助ける。幸せにする」


 だから……と俺が続ける。


「……少しの間、眠っててくれないか?」


 俺は、大賢者ヴァイパーを取り込んでいる。

 大賢者の魔法を、俺も使えるのだ。


「……ちょっと寒いかも知れないけど、耐えられるか?」

「おうとも……よ。お姉ちゃん……こう見えて我慢強いんだぜ?」


 知ってるよ……。

 今だって、体がすごい痛いはずなのに、ニコニコと笑っているから。


 俺はエステルを横たわらせる。

 そして……魔法を発動させた。


 ーーキンッ。


 一瞬にして、エステルの体が、氷付けになる。

 以前敵に使った、氷の大魔法。【永久氷獄棺セルシウス・コフィン】だ。


 氷の棺に、エステルが包まれる。


「……なるほど。体組織を凍らせることで、毒の進行を止めるのですね」


 ヴァイパーが出現して言う。


「……ビズリーはどうなった?」

「あのまま川に落ちて行方知れずです。生死不明です」


「……そうか」


 俺は勇者パーティたちの元へ行く。


「……エリィ。みんな。大丈夫そうか?」

「まだ……なんとか。1日……くらいは」


 エリィが辛そうに言う。


 1日……か。

 ……十分だ。


「……エリィ。みんな、これから村に運ぶ。そこでおとなしくしててくれ」


 俺は影式神を出す。

 エステルに使った氷の大魔法は、何発も使えない。

 後のために、呪力消費は、抑えておきたいのだ。


 俺はきびすを返す。


「まって! ヒカゲさん! どこへ行かれるのです!?」


 エリィが俺の服を掴んでくる。

 俺はそれを振り払う。


「……魔王を倒してくる」

「ひとりで!? 危険です!!」


 そんなの百も承知だ。

 だが勇者は行方不明。

 パーティメンバーは毒で重傷。


 勇者パーティは人類最強のパーティだ。

 つまり俺たちがダメならもう後がない。


 他のメンツが動けない以上、俺が勇者パーティに代わって、魔王を討つしかない。


「ヒカゲさんを危ない目に遭わせたくありません!」

「……ありがとう。けど……行く」


「なぜ!?」

「……好きな子を、待たせてるから」


 俺は後ろを振り返る。

 氷の棺の中で、安らかな眠りについているエステルを見やる。


 死んだわけじゃない。だが呪毒の進行を完全に止めたわけじゃない。

 魔王を……倒さない限り、この子は死んでしまう。


「ヒカゲさん……」


 エリィが泣きそうな顔になる。

 俺は前を向く。


「……行ってくる」


 踏み出す。

 そして、影転移を発動させる。


 目的は魔族国。

 そして、魔王の城。


 そこに待ち受ける敵を排除し、エステルを助ける。


 俺の心は決まっていた。

 助ける。必ず魔王を倒して、エステルを、愛しいアホ姉を助け出すと。


 ……俺は、今ようやく、本気で魔王を倒したいと、心から、そう思っていた。


 やがて転移が完了し、俺は敵陣に踏み込む。

 行く先に待つのは、全員が敵。

 挑むのは俺だけ。

 俺が負けたら……人類は終わりだ。


 だが俺は、人類のことよりも、エステルの、大好きなあの人のことを考えていた。


 あの人を守るために、俺はいたんだ。

 あの人を守るために、俺は魔王を倒そう。

 俺はつよく地面を蹴って、魔王城めがけて、走り出したのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリー自体は面白いと感じる部分もあると思います。 [気になる点] 暗殺者である主人公があれだけ魔族を殺しておいて、魔族よりクズの勇者を殺せないとか流石にドン引きです。 [一言] 主人公…
[一言] 主人公の甘さがやっと……? 大事な者が傷ついて初めて覚醒するマンネリテンプレイベントだと分かってはいますが、それでもやはり周囲が傷付く前に気付いて欲しかったなぁ……。
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