20.暗殺者、美少女たちと宴会する
俺がソロモン72柱を完全に撃破してから、半月後。
いよいよ明日、俺はエリィたち勇者パーティとともに、魔族国へ魔王討伐へ向かおうとしていた。
出発前夜。
奈落の森の神社にて。
いつも俺くらいしか使ってない神社の中には、数多くの若い女たちが集まっていた。
みなが整然と並び、座っている。
俺は上座に腰を下ろし……困惑していた。
「えー、それでは! これより【明日ついに出発ですね。ひかげくん魔王討伐がんばってきてね】の宴会をはじめたいと思うぞ、てめえら準備はオッケーかぁ!?」
「「「オッケーオッケー!」」」
エステルの問いかけに、村の女たちが返事をする。
「よーし、では始めるぞよ! 乾杯の音頭は僭越ながらみんなのお姉ちゃんことエステルが務めさせていただくぜっ!」
エステルが右手にコップを持ち、こほん、と咳払いをする。
「え~…………。うん、ひかげくん」
「……なんだ?」
エステルは俺を見て、ニコッと笑って言う。
「頑張って! 負けないで! 応援してるよ!」
エステルが晴れやかな笑顔で、俺を見て言う。
その顔にはいっさいのおびえも不安もなかった。
心から、俺の帰りを、無事を、信じてくれているような表情をしていた。
……俺は嬉しかった。心から嬉しいと思った。
そして……この人の笑顔のために、俺は絶対に「そぅれかんぱーい!」「「「かんぱーい!」」」……浸らせてくれよ!
エステルの音頭を皮切りに、村人たちがグラスを付き合わせる。
「「「防人さま~~~~~~~~~!!!!!!」」」
ドドドッ……! と村の女たちが、俺の元へ駆けつけてくる。
「防人さま最初はわたしと乾杯しましょう!」
「ずるーい! アタシがさきもり様と乾杯のちゅーするんだから!」
「ちょっと! 乾杯のちゅーって何!? ちゅーはわたくしがするのですわ!」
「ふざけんな防人様にいってらっしゃいのチューをするのはボクだからね!」
ぎゃあぎゃあ、と騒ぎ立てる村人たち。
「おおっと待つんだガールズ!」
ビシッ……! とエステルが格好いい(と自分が思っている)ポーズを取る。
「ひかげくん、おびえているよ。SDCの会則第2条を忘れたのかね?」
「「「第2条! 防人さまを不愉快にさせてはいけない! 防人さまが喜ぶよう、全力を尽くすこと!」」」
ここにいるのは【SDC】のメンバーたちだけらしい。
【SDC】とは【防人・大好き・クラブ】の略称だそうだ。俺の、ファンクラブなんだってさ……。
「そゆことじゃ。みなのしゅー、ひかげくんを怖がらせちゃあいけないのよ」
「そうだよねー」「ごめんね防人様~」「おゆるしになって~」「なんだったらエッチなおしおきしてくださってもいいのですよ♡」
「「「それはだめー! 私が先ー!」」」
……ぎゃあぎゃあとまたSDCたちが、騒ぎ出す。エステルが間に入ってとめようとするが、誰が俺と最初に近づくかでもめていた。
「はぁ……」
「あの、ヒカゲさん」
すすっ、と誰かが俺の隣に座る。
「エリィ」
勇者パーティのひとり。
魔法使いのエリィだ。
桃色の髪を三つ編みにして、メガネをかけている。
背は高く、体つきはすらりとしている。
「これはいったいなんなのですか?」
「……宴会だってさ。俺の無事の帰還を願う」
先日、俺はエリィと英雄王から、勇者パーティに復帰して魔王を倒してくれ、と頼まれた。
2週間後、俺はソロモン72柱をすべて倒し、俺は準備が整ったとエリィたちに連絡。
勇者パーティたちは準備を整えて、この奈落の森へと、俺を迎えにやってきたのだ。
奈落の森は人間国と魔族国を挟んでいる。このまま俺をつれ、魔族国へと乗り込む予定だ。
ちなみに勇者パーティメンバー以外は、誰もいない。魔族国は瘴気で包まれており、女神の加護を受けていない一般人は、入れないのだ。
ゆえに魔王討伐には、俺、エリィ、剣士、聖職者の4人で向かうことになった。……ビズリーは、あれから1ヶ月行方不明だそうだ。
いくら探しても見つからないため、このメンバーで行くんだそうだ。もたもたしていると魔族たちの侵攻をそろそろ止められなくなってきてるんだってさ。悠長にビズリーが出てくるのを待ってられないらしい。
「……すまんなエリィ。こんな汚い場所で1泊するなんて」
さすがに邪血の少女の存在を、外に漏らすわけにはいかないからな。
メンバーたちには神社で泊まってもらうことになった。そこにエステルがやってきて、『宴じゃー!』と騒ぎ立て、今に至る次第。
「そんな! 汚くないですよ! ヒカゲさんが住んでらっしゃる家、とてもきれいで、良い匂いがします!」
「……そ、そう」
エリィが興奮気味に言った。「……ああ良い匂いってなんだ。変な子に思われたかもしれないわ……私の方がお姉さんなんだから、もっと余裕ある振る舞いしないと」
ぶつぶつと、エリィが何かをつぶやいていた。小声で聞き取れなかったけどな。
「へいへいひかげくん! エリィちゃん、飲んでるかーい?」
エステルが真っ赤な顔をして、ふらふらとした足取りで、俺たちのところへやってきた。
「ぐへへ~♡ ひかげくーん♡」
エステルは俺のそばまでやってくると、正面からハグしてくる。
む、胸板に……エステルの爆乳がつぶれて、とんでもないことに! でけえ! 柔らけえ! ああいかん!
「……ど、どけよ」
「やーだー♡ ひかげきゅんと抱き抱きする~の~♡」
エステルは喉元を撫でられた猫のように、目を細めると、俺の体にすりすりと頬ずりする。
髪から花のような、そして肌からはミルクのような甘い匂いが漂ってくる。
ど、どうして女ってこんな良い匂いするんだ!?
「ねぇ~エリィちゃんはー、ひかげくんの彼女なの? どーなのよー? よーよー」
エステルが座った目つきで、エリィを見やる。
「か、彼女!?」
わたふたとエリィ。
「だめだからねっ! ひかげくんはお姉ちゃんのひかげくんなんだよっ! ずぇえったいに渡さないからな! ノータッチ!」
エステルが俺の顔を抱き寄せる。み、耳にプリッとした何かがっ!
俺は慌てて離れようとする。だがエステルから俺は離れられなかった。どうなってるんだ!?
「そ、そんな……私は、別にひかげさんのことは……なんとも」
「うそおっしゃい! お姉ちゃんにはわかってるんだからな!」
ビシッ! とエステルがエリィを指さす。
「きさまがひかげくんのことを、らびゅーってことッ!」
なんだ【らびゅー】って。
どうでもいいから早く離して欲しかった!
いやでも離れられない……こ、これは体が逃げることを拒んでるのかっ?
「ちちちっ、違います違います! 私は純粋に、一個人としてヒカゲさんのことを……」
「う~~~~そだうそだ! ぜったい嘘だ! かしこいお姉ちゃんには丸わかりなんだからっ!」
このアホ姉が賢いを自称すると、余計にアホっぽく見えるから不思議だ。
「素直になりな。そして我らの仲間に加わるといい。ミファ、あれを渡して」
「ねぇ様。了解、です」
すすすっ、と銀髪のハーフエルフが、俺たちのそばにやってくる。
ミファはエリィに、小さなカードを手渡した。
「これ、なんですか?」とエリィ。
「【SDC】の会員証だよ。お姉ちゃんも持っている。ミファも持っている。そしてここにいるみんなも……持ってる! そうだろおめーら!」
「「「もってまーす♡」」」
村の女たちが、懐からカードを取り出す。
……こ、こいつら全員が、俺のファンなのか?
にわかには信じがたいが、エステルと同じカードを持っているってことは……そうなのか?
わ、わからん……。なんでだ? なんでこんな根暗な男にファンがつくんだ?
「さぁさエリィ氏。受け取るが良い良い。そしてわれらの仲間になるのーじゃ」
「のーじゃ、です」
きらん、とエステルとミファがどや顔で言う。
「……エリィ。このアホたちがすまん。そんなカード捨てていいから」
「そ、それは嫌です! わ、私、好きなので!」
エリィが顔を真っ赤にして叫ぶ。
しーん……とその場が静かになる。
「ほほう♡」「ほうほう♡」「きみもか」「きみも防人様のファンなのか♡」
SDCたちが、ぞろぞろとエリィに集っていく。
エリィは戸惑っていたが、やがてこくりとうなずいた。
「みな! ここに新たなひかげくんのファンが誕生したぞ! みんなで温かく迎えよう!」
「「「いらっしゃ~い♡ 防人さま大好きファンクラブへようこそ~♡」」」
唱和するSDCたち。
あ、頭痛くなってきた……。
「エリィ、様。これ、会則、です」
そう言って、ミファがぶっとい紙の束を、エリィに手渡す。
「エリィ。すまん。そんな紙捨ててくれて良いから」
「すべて暗記します! 徹夜で暗記します!」
なんだか知らないが、エリィが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「……い、いや覚える必要ないだろ?」
「あります! わ、私も防人さま大好きファンクラブの一員ですから!」
「「「おおー!!!!」」」
歓声が上がる。
……頭痛がした。
「敬虔なる防人しんじゃの誕生だ!」
「祝うぞ! 新たな仲間が増えたぞ!」
「ねえねえエリィちゃんは防人さまのどこが好きなの~?」
SDCがエリィを囲む。
エリィはなんだってこんな頭のおかしな会に入ったんだ……?
エリィは戸惑いながらも、村の女たちと話す。途中で楽しそうに笑っていた。
「ふふん。どうだいひかげくん。お姉ちゃんの第・六・感!」
エステルがグラスを片手に、俺のとなりへやってくる。しなだれかかってくる。
長い髪からは、少し動くだけで、びっくりするくらい良い匂いがした。
「お姉ちゃん、わかっちゃうんだな~。誰が誰のこと好きかって……ああ! 自分の慧眼さ加減がおそろしい!」
「……いや、節穴だろ」
「およん? どうして?」
そんなのわかりきったことだろう。
「……エリィいってたじゃないか。俺を人間として好きだって。ファンクラブの好きって、そもそも異性として好きじゃないんだろ?」
……ぴたっ。
するとその場にいた全員が、動きを止める。
「「「はぁ~~~~~~………………」」」
SDCたちがため息をついた。
なんなの? え、なんなの?
「防人さまどんかーん」「鈍感なところも可愛くてお姉さんは好きよ~♡」「あーずっり! アタシだって防人さま大好きだもんっ!」
とかなんとか。
「ほほほ、ひかげくんはにぶちんですなぁ~」
エステルがにまにま笑いながら、俺のほっぺをつつく。
「けどそういうところ……お姉ちゃん、好きだぜっ!」
「……ああそうかい。そりゃどうも」
はぁ、とため息をついて、俺はグラスの中のジュースを飲む。
この国では15歳から酒が飲める。
だが俺は酒が苦手だった。
「ヒカゲ様っ! わ、わたしがお酌し、ます!」
ミファがビシッ! と手を上げて言う。
「あーずるいです巫女さま!」「わたしだっておしゃくしたーい!」「防人さまにおしゃくするのー!」
不満げにつぶやくSDCたち。
「ちょっとおめーら。順番な。ミファ、お姉ちゃん、エリィ……あと名前順! 並べぇい!」
「「「はーい!!!」」」
……俺は影呪法で逃げようと思った。
だがヴァイパーが出てきて、逃げられないよう結界のまじないをかけてきた。
逃げられず……結局俺は、その場にいた全員からお酌をされた。
その後も料理をあーんさせられまくったり、余興として全裸じゃんけん(負けたら1枚ずつ脱いでいく)をした。
……夜が更けて、村人たちは帰って行った。
あとにはここに泊まるメンバー。
つまり、俺と勇者パーティだけが残される。
「……死ぬほど疲れた」
「お疲れ様です、ヒカゲさん」
エリィが俺の隣に座り、水の入ったコップを手渡してくる。
「……ありがと」
俺はそれを受け取り、飲む。
……無言の時間が流れた。
き、きまずい。
好きと言われた相手と一緒にいると、い、意識してしまうな。
「……あ、あのさ。さっきの好きってやつさ。人間的にって意味だよな?」
その辺ハッキリさせないと、気になって眠れないからな。
「……わかってるからさ。おまえも気にすんなよ」
「いいえ。ヒカゲさん。あなたは何もわかってないです」
エリィは顔を真っ赤にする。
目が潤んでいた。
「私は……本当に、あなたのことがーー」
……と、そのときだった。
どごおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんん!!!!!
「な、なんだ!?」
「地震か!?」
勇者パーティの剣士、および聖職者が起き上がる。
神社の壁が、何者かに破壊されていた。
……ばかな。影探知にはひっかかってなかったぞ。
それに結界をどうやって破ってきたというのだ?
「…………」
神社の壁の中から、小柄な人影がのぞく。
そこに立っていたのは……見覚えのある顔だった。
「ビズリー!」
エリィが侵入者を見て叫ぶ。
入ってきたのは……勇者の少年、ビズリーだったのだ。