02.暗殺者、奈落でモンスターを狩りまくる
勇者ビズリーが、俺をパーティから追放して、1年半が経過した。
当時16歳だった俺は、17歳(と半年)になっていた。
俺は人間国と魔族国との国境である、【奈落の森】と呼ばれる大森林の中で暮らしていた。
四天王ドラッケンを討伐した後。
ビズリーから追放をくらい、ショックでふらふらとあちこちさまよい歩いた。
俺は勇者一行から外されたこと。
もっと言えば、世界を救うために戦う部隊から外されたことがショックだった。
……暗殺者の一族として生まれ、人を殺す術ばかりをたたき込まれた俺。
【あの子】を救えなかったあの日から、俺は、この暗殺術を人のために使おうと決めた。
そして勇者の仲間に加わり、やっとあの日の約束を守れると喜んだのに……。
追放された後、俺は深く落ち込んだ。
結局、この暗殺術は、なんのためにあるのだろうか。
なんのために、こんな人殺しの専門の術を身につけたのだろうか……と。
考えても答えは出なかった。
ただ、もう誰とも関わりたくなかった。
故郷へも、パーティへも戻ることができない俺は、その足で、誰も足を踏み入れない場所を探した。
たどりついたのは人間も、魔族すら近寄らない、魔物の巣窟。【奈落の森】へとやってきたのだ。
奈落と呼ばれる深い森には、日の光がまったく届かない。日中であっても、夜のように暗いのだ。
俺は影を使う異能者だからだろうか、暗いとこにいるとすごく落ち着くのだ。
奈落の森へと足を踏み入れたのは、決して、死ぬためじゃない。俺は死ぬのが怖い。
死ぬほど辛い目にあったというのに、俺は自殺する勇気を持っていなかったのだ。
笑いたいやつは笑ってくれよ。
奈落の森。年中暗いこの闇の森には、無数の魔物が沸いて出る。
踏み入れたら最後、外に出ることは不可能の、前人未踏の森。
……ここなら、人もいないだろう。魔族もめったにやってこないという。
ひとりになりたい俺には、うってつけだった。
俺は奈落の森をねぐらにすると決めた。
ちょうど森の中腹くらいに、1軒の古い【神社】を見つけた。
朽ち果てた神社だった。
なんでこんなところに……?
疑問はわいたが、ねぐらには好都合だった。
幸いというかこの神社、見た目ぼろいけど、不思議と天井や床には穴が空いてなかったのだ。
あとで調べてわかったが、神社には【まじない】が施されていた。
ここの大陸では【魔法】と呼ばれるその技術が、神社に使われている。そのおかげで、建物が倒壊することはなかったのだ。
神社の中で俺は生活することにした。
とはいっても、やることはほとんどない。 横になり、ひたすら寝る。
やることと言えば、この【奈落の森】に住まう魔物を狩ることくらいだ。
【奈落の森】には魔物がうじゃうじゃいる。
そいつらはエサである俺にひかれて、神社へと向かってやってくる。
……うっとうしいので、俺は寝転んだ状態で、影呪法(影を使った異能力)で魔物を狩る。
幸いにしてこの光の届かない森の中には、俺の力の元となる【影】があちこちにあった。
【影】に覆われているようなこの森は、俺の支配領域のようなものだ。
影呪法のひとつに、【影探知】というスキルがある。
これは影に触れている物体を探知することのできるスキルだ。
森全体を影が覆っている。すなわち、この森のすべてを、俺は把握できると言うこと。
俺は【影探知】を使って敵の気配をすべて把握し、影を遠くに伸ばして、魔物を狩ることができた。
俺はひたすらに寝転び、暇を潰すように魔物を狩った。
【影探知】で魔物を見つけ、【織影】で影を刃に変えて、めった刺しにする。
力が切れることはない。だって影が無限にあるこの森の中では、無制限に【影呪法】が使えた。(影が大きければ少ない呪力で異能が使える。さらに影から呪力を吸い上げることも可能なのだ)
魔物を見つけ、影の刃で殺す。
魔物を見つけ、殺す。見つけ、殺す。見つける、殺す……。
途中で面倒くさくなり、【影式神】を使い、探知した瞬間に式神に自動で殺させるようにした。
暇になったら自分で。そうでないとき(寝てるときなど)は式神を使って、魔物を狩って狩って、狩りまくった。
そこに正義はない。ただ、暇だったというそれだけの理由だ。
日中はひたすらに寝て、魔物を狩り続ける。体が汚れてきたら近くの温泉に入りに行く。
この森、近くに活火山があるせいか、神社の裏に温泉が湧いているのだ。
さらに都合の良いことに、近くには川が流れている。飲み水はそこで調達している。
衣服は、影で作っているので必要ない。
普段の仕事着も【織影】で胴衣を作ってそれを羽織っている。
そうなるとこの神社、思いのほか住みやすい環境であるといえた。衣食住のうち、食以外がバッチリそろってるからな。
さて、ここで一つ疑問がわくだろう。
着るものと住む場所、水は確保できる。なら食べ物はどうしているのか……?
森の動物を狩って食べる? なるほど、それは確かにそうだ。というか初期はそうしていた。だが、今はそんなことしていない。
食べるものは、これは驚くことなのだが、【用意してくれる】のだ。
誰が……? この、前人未踏の森に、いったい誰がいるというのだ?
答えは……わからない。
影探知で知ったのだが、神社からほど遠くない場所に、集落……【村】があるのだ。
そこに住むのが魔族なのか、人間なのかは、判然としない。影探知では、【人らしきものがそこにいる】と漠然とした情報しか入ってこないのだ(まじないか何かがかかってるのかもしれない)。
とにかくこの奈落の森の中に、村がある。そこに住む奴らが、毎食、神社に食べ物を運んでくれているのだ。
理由? わからん……。
ただどうにも、向こうは神社に飯を運んできた後、「ありがとう」だの「神様今日も守ってくれて感謝します」だのと、そんなことをいっていた。
どうやらこの神社に神的な何かが住んでいると思って、お供えものをしているようなのだ。
……その神様宛のご飯を、俺がいただいているのである。
もちろん罰当たりなことをしていると承知している。だが腐らせるのももったいないだろう、と自分を正当化する。
集落から人が朝昼晩と、お供えものを持ってきてくれる。俺はそれを食って生きている……という生活を1年半くらい続けた。
朝起きて魔物を狩り、ご飯を食べて横になり、暇つぶしに魔物を狩って、疲れたら寝る……。
誰とも関わらず、そんなふうに奈落の森に出没する魔物を、ひたすらに殺し続けた。
この行為に意味は無い。死ぬまでの暇つぶしとしか思っていなかった。
今、俺は17歳。あと何年で死ねるだろうか。80くらいまで生きるとしたら、あと約60年残っていることになる。
あと60年……森で魔物狩りを続けられるだろうか。……わからない。
途中で孤独をこじらせて死ぬかも知れない。ただ今は、孤独であることにそこまで苦痛を感じていない。
今は、極力人と関わりたくなかった。
もう、誰も傷つけたくないし、誰からも傷つけられたくないから。
もう……俺は、絶対にひとりで生きていくんだ……。
そんなふうに思っていた、ある日。
森での生活が、1年半続いた、ある初夏のこと。
ちょっとした事件が、この森に起きたのだ。まさかこれがきっかけで、謎だった【村人】たちと関わりを持つようになるとは。
そしてその【村】が、元王女や、ハーフエルフ、獣人など、訳ありの【女性】ばかりが集まる村であるとは。
このときの俺は、まったく知らなかったのである。