19.暗殺者、遠隔で強敵を倒せるようになる
アリーシャが呪竜を倒せるようになってから、半月が経過した。
俺は神社の建物の中で、手印を組み、目を閉じていた。
「おっつー! ひかげくーん! 用事終わった~?」
建物の中に、エステルが入ってくる。
俺の真横へ座ると、ナチュラルに俺の腕に、乳房をくっつけてきた。
や、やらけえ……なんだこの柔らかさは……おかしいだろ。髪からは甘い匂いがするし……。
「ヒカゲ様。お食事の用意、ができました」
ミファも入ってくる。
俺の逆側に座ると、ナチュラルに俺の腕をつかみ、胸にきゅーっと抱きしめる。
「あらミファったら、うふふ~♡ だいたぁん♡」
「ねえ様。わたし、気付きました。ライバル、たくさんです。だから、がんばると決めましたっ」
「うんうん! いいよその攻めの姿勢! ないすふぁいと! お姉ちゃんめっちゃ応援してるからよー!」
ぐにぐに、ぐにぐに、とエステルとミファが、俺にくっついていくる。
「……あの暑くないのか?」
「お構いなく!」「ぜんぜん、だいじょうぶ、です!」
遠回しに離れてくれって言ったんだけどな……。
俺が自分から離れようとした、そのときだ。
「ご主人様。敵が出現しました」
俺の影から、ずぉっとダークエルフのヴァイパーが出てくる。
「……そうか」
そしてヴァイパーは、当然のように、俺の後に座り、むぎゅっとその巨乳を押しつけてきた。
「……おまえは何をしてるんだ?」
「ご主人様、お気になさらず」「そうだよ気にしちゃめっ、だよ!」「めっ、です」
わ、わからん……。
なんでみんな笑顔なの? ねえ男におっぱい触られてるんだぞ? きしょいとか思うんじゃないの? ……わ、わからん。
「あーっと、でもひかげくん出動するなら、お姉ちゃんたちどいたほうがいいかな?」
俺はうなずこうとした。
だがヴァイパーが機先を制する。
「大丈夫ですよエステル様。ご主人様はこの場から動きません」
「ほよん? どーゆーこと? とろろ72ちゅうを倒しにいくんじゃないの?」
「……ソロモン72柱」
「そうそれ! ひかげくんは頭良いなぁ~♡ お姉ちゃんすーぐわすれちゃうんだもん」
むぎゅーっと、さらに俺の腕につよく抱きつくエステル。
う、腕が沈む……。柔らかい泥の中に腕を突っ込んでいるみたいだ。
「むぅ~~~~~~~~」
ミファがほっぺをパンパンに膨らませる。ぺんぺん、と俺の肩をたたいてきた。
「……なんだよ?」
「ヒカゲ様。エステルばかり、仲良くしないで、ください!」
なんでキレてるの、この子?
「わ、たしとも、仲良くしてください!」
「……してるだろ」
「もっと、親密に、なりたい……です!」
そりゃまたどうしてだろうか。
わからん。女の子の気持ちが、わからなすぎる……。
「ご主人様。戦いに身を置きすぎましたね。恋愛のイロハをしりたいのでしたら、ぜひわたくしとベッドを供に!」
「……仕留めるから3人ともちょっと黙っててくれ」
俺は手印をくんで、目を閉じる。
俺の視界と、影式神の鴉の視界とを、リンクさせる。
最近覚えた技術だ。
ヴァイパーには【五感共有】というスキルがある。
これを使って、ヴァイパーを経由して、式神の得た五感情報を、俺にも反映させることができるのだ。
「ヴァイパーちゃん、うちの最高にかわいくて頼りになる弟くんは、いったいなにをしようとしてるんだい?」
エステルがヴァイパーに尋ねる。どうでもいいが身じろがないでくれ。ぐにってなるから。
「ご主人様が、これよりソロモン72柱の最後の1体を、遠隔で倒そうとしているのです」
ヴァイパーが背後で胸を張る。だから胸を張るな。生暖かく柔らかなそれが背中をなめるように動いて気持ちが良い……じゃねえ。
「あの……しかし遠隔では火力が落ちるから、ソロモン72柱は直接倒さないといけないのでは?」
ミファがヴァイパーに尋ねる。……だから胸を……はぁもういいや。
「ふふっ。ミファ。ご主人様は進化したのです。以前までとは違った姿をお見せしましょう」
そう言ってヴァイパーが、指をパチンッとならす。
「わっ! 目がくらくらするよぅ!」
「……ヒカゲ様の視界と共有してくださったのですか?」
「さようでございます」
どうやら俺の見てる映像を、ミファたちも見れているようだ。
式神の影鴉が見下ろす先には、巨人の女がいた。
「わわっ! ミファ見ちゃダメだよぅ! えっちぃかっこうの悪魔がいるんだよぅ! 子供は見ちゃめっ! だよ!」
「ヴァイパー様。あれは?」
「あれはソロモン72柱が1つ、【アスモデウス】でございます」
巨人女のまわりには、雑魚のモンスターたち(それでもA~S級くらいはある)がうじゃうじゃといる。
「アスモデウスは【色欲】というスキルを持っており、弱い魔物を操る能力を持っているのです」
「わわっ! あんなたくさんが押し寄せてきたら、村が危ないよっ! たすけてひかげくんっ!」
エステルが俺の顔を抱きしめる。
……顔に……おっぱいが……。
なんだこれは……顔が沈んでいくぞ……甘いにおいと、日の光のような温かな感触に……まどろみたくなる。
「むぅ~~~~~~~!!!」
ぎゅ~~~~~~~~~!!
「……いってぇ! た、助かったぞミファ」
ミファが耳をつねってくれたおかげで、正気に戻れた。
俺は手印をくんで、【影喰い】を発動させる。弱い魔物が、いっせいに影の沼に沈んでいく。
「わっすっごーい! あんなたくさんの魔物が、いっきに消えちゃったよぅ! しゅげーやぁ!」
「わかった、わかったから動かないでくれ……」
柔らかな胸で顔をこすられて、どうにかなりそうになった。
「ご主人様の【影喰い】は、すでにS級以下なら瞬殺できるレベルにまで成長しているのです……さすがです」
ふふふっ、とヴァイパーが得意げに語る。だから、胸を、張るな(切実)。
「鳥さんとか打ちもらしちゃっているよ!」
「……問題ない」
空に逃げられる敵がいても、俺は焦らない。
【織影】が発動する。影の沼から、何百もの触手が勢いよく出る。
「うぎゃー! うじゃうじゃだぁ~!だめだよひかげくん! これは子供には見せられない18きん触手ぷれーだよぅ!」
エステルが声を張る。あほ姉がどんな顔しているのかわからない……。
影の宿主は、鳥よりも早く動き、空中の敵を捕捉。そして影の沼にズブッ……! と沈める。
「すごい、です! ヒカゲ様、あんなにたくさんいた敵が、もうアスモデウスだけです!」
「そーそーミファ! すごいじゃろ~? ひかげくんはお姉ちゃんの自慢の弟なのじゃ! すごいじゃろー!」
「はい! すごいじゃろ……です!」
きゃあきゃあ♡ と左右から歓声が上がる。だから、俺を挟んで抱きしめないでくれ……。
ふたりともかなりの巨乳なんだ。その間に挟まれる男の気持ちも考えてくれ!
「ふふふ……ご主人様が女に挟まれて困った顔をしてらっしゃる♡ ……はぁん♡ かわいいですわぁ♡」
……この変態にはあとできつくお仕置きをしておこう。
「……さて。倒すか」
あとは巨人女だけだ。
だがアスモデウスはまた【色欲】スキルを発動させる。
散らばっていたモンスターたちが、アスモデウスのもとへ集結しかけている。
「……させるか」
俺は手印をくむ。
すると視界を借りている影鴉の口から、黒い煙が吐き出された。
「わー! 鴉ちゃんが……吐いたー!」
「あれは暗幕結界でございます」
「ほよ? よよ……よ……あー! あんまん結界な! わかるわかる! おいしいよねー!」
……アホ姉は放置する。
影鴉から吐き出された暗幕結界が、敵に降り注ぐ。
黒煙は雑魚を1匹ずつ、球状の結界に閉じ込めた。
「すごい、です。式神にも、ヒカゲ様の習得したスキルを使えるようになったのですねっ」
「……そのとおりだがミファ。はしゃいでジャンプしないでくれ」「いや、です!」「……あ、そう」
なにゆえこの美少女たちは、俺との肌の接触を積極的に行うのだろうか……?
「ねーねーみんな~。難しい話しないでよ~。おねえちゃん置いてけぼりは嫌だよぅ」
エステルが不満げにつぶやく。
「……これから結界に閉じ込めた雑魚を一掃する」
「んーむずい! もっと簡単に!」
「……今からフィニッシュだ」
俺は手印をくむ。
……影呪法には、10の型が存在する。
織影。潜影。幻影。
影喰い。影式神。影真似。
影繰り。影転移。影探知。
……そして、【奥の手】をくわえた10の型が、火影に代々伝わる影呪法のわざだ。
だが俺は、ここに来て新しい型を、俺オリジナルの技を開発した。
暗幕結界。そして、影呪法。
このふたつを組み合わせたことで……俺が作った、新しい影呪法。
11番目の型。
「……【影領域結界】」
暗幕結界に呪力を流す。
すると結界内の敵が、結界の中に沈んでいった。
「およ? よよお? な、なにがおきてるんじゃい?」
「ヒカゲ様が影喰いを発動させたのです」
「け、けど……影喰いは、地面にできた影の沼に沈めるわざ、では?」
「ええ。本来なら。しかしあの技を使うと、結界内での【影喰い】の発動が可能となるのです!」
暗幕結界をヴァイパーに調べさせたところ、影の術と非常に親和性がいいことがわかった。
結界に閉じ込めたあと、結界内で影呪法を発動させられるのだ。
結界に閉じ込めてから影喰いしたり、結界内に織影で刃を伸ばしてめった刺しにすることもできる次第。
「はえ? ほ、ほぉ! や、やりおるなっ!」
エステル、まったくわかってなさそうだ。
「……ようするにあの煙に捕まったら、俺の術の餌食になるってことだ」
捕縛→攻撃が同時に行えるようになったというわけだ。
「はえ~……そ、そっかぁ。ひ、ひかげくんも大人になったなぁ!」
……あかん。この説明でも、うちのアホ姉にはわかってないようだった。
「さて……じゃあ、終わらせるか」
俺は手印をくむ。
新たな影鴉を生み出し、アスモデウスの上空に配備させる。
「……いけ」
無数の鴉の口から、暗幕結界の煙が吐き出される。
巨人女は、あっというまに、煙の結界の中に閉じ込められた。
俺はぎゅっ、と手を握るジェスチャーをする。
結界内で影喰いが発動。
逃げようともがいていたアスモデウスだが、煙に捕食されていく。
煙はどんどんと小さくなっていき、やがて消えた。
「終幕ですね」
「……ああ」
ソロモン72柱、これにてすべて、討伐し終えた。俺は深くと息をつく。
「魔王四天王3体。ソロモン72柱。そして大量のA~S級モンスターを取り込んでいる……。ご主人様、準備は万端かと」
「……四天王ドランクスと、魔王の左腕がまだだが?」
「やつらは決して、こちらに来ません。ドランクスは狡猾なやつです。そして左腕の剣鬼は……魔王の懐刀。おなじく敵地に自分から踏み込むことはありません」
俺は式神とのリンクを切る。
「……つまり、ここにいても、これ以上の強化はできないと?」
「ええ。あとは……敵陣へ踏み込み、ドランクス、剣鬼、そして魔王を倒すのみかと」
……俺は考える。
果たして俺は、魔王に勝てるだろうか?
強化はした。備えも整えた。……だが、確実に勝てる保証は、どこにもない。
もし俺が負けたら?
ミファは、さらわれるだろう。
村がおそわれ、エステルが死ぬかも知れない……。
……村を出る、勇気がない。
出てしまった後、返り討ちに俺があい、この子たちに危険が迫ったら……?
「ひかげくん。だいじょーぶ!」
エステルがニコッと笑って、俺を正面からハグする。
彼女の柔らかな胸。そして、くらくらするような、大人の女性の甘い匂い。
「お姉ちゃんたちは、大丈夫だから! いってこいや!」
「……けど。もし、だめだったら?」
するとエステルが抱擁を緩めて、ニコッと笑う。
「大丈夫さ! ひかげくんは勝つ! お姉ちゃん、そう信じてる!」
……信じてる、か。
俺は……嬉しかった。
誰かにこうして、信じてもらえることが、こんなに嬉しいとはな。
「…………わかった」
俺はポケットから、通信用の魔石を取り出す。
これは勇者パーティの1人、エリィとの連絡用の通信マジックアイテムだ。
「……エリィ。俺だ。ビズリーは……そうか。こっちは準備万端だ。いつでも出動できると陛下に伝えてくれ。出動時期はまかせる」
エリィは了承し、通信が切れる。
「決心が、ついたのですか?」
ミファが俺を見上げる。
「……ああ。おまえを困らせている張本人を、ちょっと殺してくる」
俺の決意は揺るがない。
残りの兵を倒し、魔王を倒し、村に平和をもたらす。
その覚悟が決まったのだ。
「……それは、ヒカゲ様。エステルに、鼓舞されたからですか?」
「……えっ?」
図星をつかれて、俺は素っ頓狂な声を出す。
「むぅ~~~~~~~~~!!!」
ミファが頬をパンパンに膨らませる。
「ヒカゲ様!」
「……な、なに? えっ?」
ミファが俺の両頬を、手で包む。
そしてぐいっ! と自分のほうへひきよせると……。
チュッ……♡
と、俺の唇と、ミファの唇が……重なった。
「……は? へ?」
「……わ、わたしも応援してます! ひかげさまが勝つって信じてますっ!」
ミファがきゅっと目を閉じて、顔を真っ赤にして言う。エステルとヴァイパー「「やった! やった! キッスだFU~♪」」となんか踊っていた。
てか……は? へ……? なに……?
え? ええ? き、キス!?
「よぅし! お姉ちゃんもひかげくんのやる気ビンビンにするために、キッスしてあげる!」
「ではわたくしもねっとりとした大人のキッスを……」
「……い、いらねえよ!」
俺は影転移を発動。
その場から……脱兎の如く逃げ出したのだ。
……とにもかくにも。
こうして俺の戦闘準備は整った。
いよいよ魔王城に乗り込み、四天王の残り、魔王の側近、そして最後に魔王を……倒す。