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14.勇者ビズリー、手柄を焦って返り討ちにあう



 暗殺者ヒカゲにぼろ負けした後。

 勇者ビズリーは、森の中をあてもなく歩いていた。


 そのとき、背後から声がした。


「ビズリー!」

「英雄王っ? ……って、なんだエリィか」


 尊敬する英雄王が、ビズリーを追いかけてきてくれたと思ったのに。

 やってきたのは、仲間の魔法使い、エリィだった。


「おばかっ! ひとりで勝手に出て行って! 途中で魔物に襲われたらどうするつもりだったの!?」


「襲われるわけない。ぼくは勇者なんだぞ? 魔物がなんだ。ぼく一人で、どんな敵でも返り討ちにしてやる!」


 そう、自分は強く、特別な人間なんだ。

 どんな魔物も、ひとりで倒せるだけの力を秘めているのだ。


「……そうさ! 仲間の力なんて、いらないんだ。ぼくは、ぼくだけで十分に強いんだ! なのに英雄王はわかってくれない……ぼくの力を認めてくれてないんだ!」


「…………」


 バシッ!


「いってぇ~! な、なにすんだよババア!?」


「ば、ばば……わ、私はまだ20……」


「うるせえババア! いきなりぶつとどういうことだよ! ぼくは勇者、偉いんだぞ!?」


 12歳のビズリーから見たら、20歳なんて年上というか、おばさんだった。


 エリィは「……相手は子供。真に受けちゃダメよエリィがんばれふぁいと」とうなったあと、ため息をつく。


「……英雄王はあなたの力を、別に認めてないわけじゃないわ」


「じゃあどうしてヒカゲなんて卑怯者を頼ろうとするんだよぉ!?」


 ビズリーは納得がいっていなかった。

 敬愛する英雄王が、もし本当にビズリーを認めているのなら、ヒカゲの元へ助力を求めてここへは来なかっただろう。


「ビズリー。英雄王はあなたの身の安全のためを思って、ヒカゲさんを連れ戻しに来たのよ?」


「はぁ!? 意味わかんないよ!? どうしてぼくのためにあの卑怯者を連れ戻すんだよ!!」


 ビズリーは声を荒らげる。

 その場にしゃがみ込んで、駄々っ子のように叫ぶ。


「ヒカゲなんていらないんだ! ぼくは強いんだ!」

「……じゃあどうしてヒカゲさんと真正面からぶつかって、負けたの?」


「そ、それは……それはきっと! やつがずるしたんだ! そうだ! あの式神が付与とか使ってヒカゲに力を貸してたんだ!」


 そうだ。そうに違いない。でなければ人類最強の勇者が、あんな闇討ち上等な卑怯者に、真正面からのタイマンで負けるわけがないのだ!


「あの野郎! 正々堂々の勝負をしてたのに!」

「……ビズリー。あなたって子は。どこまで愚かなのッ!」


 エリィが声を震わせる。

 また手を振り上げた……そのときだ。


 ずどおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!


「な、なんだぁ!?」

「! 空から何かが……魔族!?」


 バッ……! とビズリーは落下地点を見やる。

 そこにいたのは、仰ぎ見るほどの大きさの、黒い亀だ。


 亀なのに二足歩行をしている。

 そしてこちらをギロ……っとにらんだ。


【ふぉっふぉ。わしは魔王四天王がひとり。結界王『ドラシルド』。ここで勇者に出会うとはなんたる幸運。魔王様の安寧を乱す害虫を、わしが駆除してあげようぞ】


「し、四天王……だと!?」

「結界王……ドラシルド! まずいわビズリー! 早く撤退を!」


「はぁ!? するわけないだろ! ぼくは勇者だぞ!」


 ビズリーは腰の聖剣を抜き、ドラシルドに向ける。


「そっちこそ人間たちの平和を乱す害虫だろうが! 人類の希望である、ぼくが相手だ!」

「おばかっ! こいつは……結界王よ!?」


【ふぉっふぉっ。わしを知らぬとは勇者、ちと勉強不足みたいじゃのぅ】


 そう言うと、ドラシルドは、手足、そして頭を、甲羅の中に引っ込める。


 すると……。


 ぶしゅぅうううううう…………………………!!!!


 手足の穴から、黒い煙を放出したのだ。


「ゲホッ……! ゲホッ! え、煙幕か!? おのれ卑怯者!」


「おばかっ! 違うわ! これはドラシルドの【暗幕結界】よ!?」


 なんだよそれ……と聞く前に、周囲が黒い煙で包まれた。


「い、いったん引く……」


 にげようとしたそのときだった。


 ガンッ……!


「い、いってぇ~……。な、なんだ……? 壁か!?」


 ビズリーは手を前に出して、目の前のそれをおす。

 ぐっぐっ、とまるで壁が目の前にあるような感覚がした。


「……ドラシルドの得意技よビズリー。あいつは結界を使うの。結界で敵をとじこめて、じわじわいたぶるの」


 エリィが光魔法を使い、周囲を照らす。

 かろうじて自分とエリィ、そしてドラシルドが見えた。


【そういうことじゃ若き勇者よ】


「クソッ……! なんて卑怯なわざを……どうしてぼくの周りのやつらは、正々堂々戦えないクズばかりなんだ!?」


 悪態をつくビズリー。

 

「ビズリー。落ち着いて。今は状況がマズい。ここは回避に徹しましょう。時間を稼げば稼ぐほど、こっちが有利になるわ」


「はぁ!? なんでだよ!?」

「ヒカゲさんが影探知で、魔王四天王の魔力をたどってここへ応援に来るわ」


 ビズリーは首を振る。


「冗談じゃない!」


 聖剣に魔力を込める。

 きぃいいいいいん…………! と聖剣が聖なる光を発する。


「ぼくがこいつを倒すんだ! エリィ、おまえは下がってろ!」


「なっ……!? ば、バカなこと言わないで! 死にたいの!? 相手は、魔王四天王なのよ!?」


「うるさい! ぼくは強いんだ! あの卑怯者より、ずっとずっと強いんだ!」


 ビズリーは考える。ヒカゲは魔王四天王がひとり、ドライガーを単独で撃破した。


 ……つまりここで、勇者が単独で魔王四天王を倒せば、自分もヒカゲと同等。いや、それ以上の強者であることが、証明できる。

「英雄王に汚名を返上できる! おい亀! ぼくが貴様の首をひとりで討ち取ってやる!」


【ほっほっ。勇ましい少年だ……じゃが、勇気だけで果たしてわしが倒せるかな?】


「ほざけ!」


 ビズリーは聖剣を持ったまま、ドラシルドに特攻をかける。


「たぁあああああああああああ!!!」

【ほっほっ。なんとお粗末な剣技よ】


 ドラシルドはにやりと笑うと、フッ……と消える。


「な、なぁ!? き、消えた!? がぁああああああ!!!」


 背後から強めの一撃を食らい、ビズリーは地面に倒れる。


「ビズリー!!」


 エリィが駆け寄ってくる。


「来るな!! ぼくが……ぼくがやるんだ!」


 聖剣を構えて立ち上がる。

 だが……。


 バシッ……!


「ぐっ……!」


 またも見えないところから、攻撃を食らうビズリー。


「し、しまった……! せ、聖剣がッ!」


 転げ落ちたとき、あやまって聖剣を手放してしまったのだ。


 聖なる光が闇に消え、あたりが真っ暗になる。


「ど、どこだ……がぁッ!」


 バシッ! バシッ! バシッ! バシッ! バシッ!


 完全な暗闇の中、ビズリーは四方八方から、ドラシルドからの強烈な一撃を食らい続ける。


【ふぉっふぉ。敵が見えぬ状態で、一方的になぶられるのは、怖いだろう?】


「ぢ、ぢぐしょ~……」


「ビズリー!」


 そのときエリィが駆け寄ってきて、ビズリーを抱き起こす。

 その手に杖が握られていた。光魔法で、辺りを照らしている。


「大丈夫!? 今ケガを直すわ!」

「余計なこと……すんなって!」

「おばかっ! 仲間割れしている暇は……きゃぁあああああああああ!!!」


 そのときだった。

 エリィが突如として、闇の中に消えたのだ。


「エリィ!?」

【ふぉっふぉ。なんともうまそうなお嬢さんだ。勇者を喰らった後、食後のデザートとしていただくとしよう】


「くそっ!」

【おっと勇者よ。動くな】

 

 すぅ……っと、闇からドラシルドが出てくる。


 その手にはエリィの足が握られていた。魔法使いは逆さ宙づりになっている。


【動いたらこの女の命はないぞぉ~?】


 ドラシルドが、エリィを見せつけるようにして、勇者にずいっと手を伸ばす。


「く、クソッ! この卑怯者めッ!」


 ビズリーは立ち止まる。

 このままでは……ドラシルドからなぶり殺しにされてしまう。


「ビズリー! 私のことはかまわないで!」

「…………。そう、だな。わかった!」


「……は?」【ほ?】


 ビズリーは、落ちているエリィの杖を拾い上げる。


「いくぞ結界王! ぼくが相手だ!」


 光る杖を持った状態で、ビズリーがまた突撃をかける。


 杖を思い切り、ドラシルドめがけて投げつける。


 かんっ……!


【何をしてるんじゃおぬし?】

「目くらましだっ!」


 ビズリーは素早く動き、落ちている聖剣の元へ行く。

 剣を拾い上げ、飛び上がる。


「しねぇえええええええええええええええええええええええええ!!!」


 ドラシルドの脳天めがけて、聖剣を振り下ろした……そのときだ。


【おろかだな】


 しゅっ、とドラシルドが、頭と、そして手足を、甲羅の中に引っ込める。


 がぎぃいいいいいいいいいん!!!


 聖剣が甲羅にぶつかり、はじかれる。

 そのまま聖剣は、また闇の中へと飛んでいってしまった。


「クソッ……! おいエリィ! おまえのせいだぞ! おまえがもっとドラシルドの注意をひきつけてないから、ぼくの攻撃が通らなかったじゃないか!」


【ふぉっふぉっふぉ。なかなか良い性格をしているなぁ勇者よ~。わしを楽しませてくれる】


 ドラシルドがまた闇に消える。

 エリィはドラシルドの甲羅の中に閉じ込められている状態だ。


「こいドラシルド! 人質をとっても無駄だぞ! そいつは魔王討伐軍のひとりだ! 死ぬことはいつだって覚悟してる! いつ死んでも良いやつだ! ぼくにとって人質としての価値はないぞ!」


【ふぅ……そうか。つまらんな。じゃあ、死ね】


 ドラシルドの声が消える。


「かかってこい! ぼくが倒してやる……ぼくひとりでも倒して……」


 と、そのときである。


 ひゅぅうう~~~~………………。


 上空から、何かが落下してくる音。

 そして……。


 どごぉおおおおおおおおん!!!!!!


「ぎゃあぁああああああああああ!!!」


 頭上から、ドラシルドが降ってきたのだが、ビズリーはそれに気づけなかった。


 暗幕結界の中で、視覚が奪われている状態だったのだ。致し方ない……。


「いだい……いだいよぉ……」


 巨大な亀に押しつぶされ、全身にダメージを負ったビズリー。


【おお存外頑丈じゃなぁ。さすが女神の加護。頑丈にできておる……くくく、楽しませてくれるなぁ】


「ま、まさか……」


 フッ……! とまたドラシルドが消える。

 どごぉおおおおおおおおん!!!!!!


「ぐぎゃぁあああああああああああ!!」


【さて頑丈なおもちゃは、あと何度押しつぶせば、死んでくれるかな?】


 どごぉおおおおおおおん!!! どごぉおおおおおおおん!!! どごぉおおおおおおおん!!! どごぉおおおおおおおん!!!


 ……どれくらいの時間が経ったろうか。


 ビズリーはすでに、虫の息だった。

 体が動かない。全身の骨が折れているようだ。

 肋骨が刺さっているのか、呼吸するだけで痛い。


「痛い……痛いよぉ……たすけてぇ、英雄おぉ~……」


 ぼろぞうきんのようになったビズリーが、顔中を涙と鼻水でぬらしながら、情けなく声を上げる。


【愉快愉快。さてそろそろ仕上げといこうかのぅ】


 ドラシルドがまた消える。

 また頭上から、落下する音がした。


「も、もうだめだぁああああああああああああああああ!!」


 とビズリーが叫んだ……そのときだ。


 じゅぉおおおおおお………………!


 暗幕の結界が、消えていくではないか。


【なんと!?】


 ドラシルドが目をむく。

 落下途中だった亀。その甲羅を、黒い触手が弾き飛ばす。


 ドラシルドはビズリーたちからほど近い場所に落下した。


「……はぁ。はぁ。だ、だれだぁ? えりぃ?」


 暗幕結界がとけて、視界が明瞭になっている。


 エリィが魔法で、結界を解除したのか……と思ったが、違った。


「……大丈夫か?」

「ひ、ヒカゲぇえええええええ!?」


 そこにいたのは、黒髪の少年、暗殺者のヒカゲだった。


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