13.暗殺者、国王の前で勇者より強いことを証明する
魔王の右腕・大賢者ヴァイパーを取り込んでから、1週間ほどが経過したある日のこと。
奈落の森に、来訪者があった。
大賢者を通して、来客のことを知った。……村のこと、ひいてはミファのことを知られたくない俺は、神社へと移動。
神社の建物の中にて、俺は【国王】と相対していた。
「よっ。ヒカゲ。元気だったか?」
目の前に座る初老の男が、俺に気軽な調子で言う。
「……お久しぶりです、国王陛下」
そう……この人がこの【人間国】の王様だ。
国王の後には勇者ビズリー、そして魔法使いのエリィが控えている。
「堅苦しい挨拶は良いって。それよりおまえちょっと明るくなったか? 顔色が良くなったように思えるぞ」
「……そう、ですか?」
「ああ。ふぅむ……さては美味い飯を作ってくれる嫁さんでもできたか?」
にやっ、と国王が笑う。
「……できてないです」
「ん? そうなのか……てっきり俺を出迎えてくれたあの砂漠エルフの美女が、おまえの嫁さんかと思ったのだが」
俺の影の中で、大賢者が【わたくしは下僕でございます!】と騒いでいたのだが、手印を組んで黙らせた。
「……国王陛下」
「いいって。名前で呼べよ。あとため口でいいって」
「……陛下は、いったいこんな危ない森に、どうして来たんですか?」
さすがに現国王になめた態度とれないからな。
「今日はおまえに謝りに来た。それと、お願いだな」
国王はすっ……と居住まいを正すと、深々と頭を下げた。
「ヒカゲ。すまなかった。ビズリーがおまえにしたこと、彼に代わって俺が謝る。大変申し訳ないことをした」
俺は……びっくり仰天した。
国王が、頭を下げている。この国トップ、重鎮が。
「……あ、頭上げてくださいっ」
「そうです英雄王!」
後で控えていたビズリーが、立ち上がって俺の前に来る。
「こんな卑怯者のためにあなた様が頭を下げる必要ありませんよ!」
ビズリーが声を荒らげる。
……いや、まあ確かに国王が謝る必要ないとは思うが、おまえが言うか、ビズリーよ。
すると……。
バシッ……!
「こんの、おばかーーーーーーーーー!」
さらに後で控えていた、魔法使いエリィが、勢いよくやってきて、ビズリーの頬をぶった。
「誰のせいで英雄王が頭を下げてると思っているの!? あやまるのはあなたでしょうが!?」
「な、なんでぼくが……というか、エリィ、勇者の部下のくせに勇者に手を上げるとはなにごとだよ!」
「うるさい! おばかっ!」
言い争う二人。俺が止めようかと思ったそのときだ。
「エリィ。ビズリー。落ち着け」
国王がふたりに、静かな調子で言う。
耳にすっ……と入ってくるような、優しい声音。だがそこには確かな厳しさもあった。
「けんかするのは仲いい証拠だ。パーティメンバーが仲良くするのはいいことだが……今は時と場合を考えような?」
「「は、はい……」」
しゅん……と肩をすぼめる勇者と魔法使い。
「すまん、ふたりが失礼したな」
「……あ、いえ」
「それでヒカゲ。ビズリーのしたこと、本当に申し訳なかった。俺の監督不行き届きだ。本当にすまない」
「……いや、まあ。もう良いですよ。すんだことですし」
俺は慌てる。
この人、昔から偉いのに腰の低いひとなのは知っている。だがこうして、ぺこぺこ頭を下げられたのは……初めてだ。
「英雄王が謝る必要ないのに……」
ぐぬぬ、とビズリーがうなる。
「そうですよ。悪いのはうちのバカリーダーなんですから。英雄王が謝る必要ありませんよ」とエリィ。
「いいや。ビズリーは俺の大事な部下だ。部下のミスは上司である俺のミス。だからこうして頭を下げるのは当たり前だよ」
「え、英雄王……」
ぐっ……! とビズリーが歯がみする。「……おまえのせいで国王に恥をかかせたじゃないか。絶対ゆるせない」ぶつぶつと、何か小声で言っていた。
「……それで、陛下。お願いというのはなんでしょう?」
「おお、そうだった。すまん」
国王は俺の前で、また深々と頭を下げた。
「ヒカゲ。どうかお願いだ。ビズリーのパーティに、戻ってくれないだろうか?」
……国王からの申し出に、俺は目をむいていた。
「……あ、頭を上げてくださいって。どういうことですか?」
「単純な話だ。ビズリーだけでは魔王は倒せない。ヒカゲ、おまえの力が必要なんだ」
四天王ドライガーを俺が倒したことは、エリィから国王に、報告がいっているようだった。
「ヒカゲ、俺の部下がおまえにしたことは、許せないことだろう。さぞむかついただろうとは思う。だが……どうか、この世界の平和のために、また力を貸して欲しい。頼む」
……国王から直々に、パーティへの復帰を依頼されてしまった。俺は、どうするべきだろうか。
もちろんミファを守る俺にとって、魔王は邪魔な存在だ。いつかは倒しに行かないといけない相手だ。……だが今の力で、果たして魔王を倒せるだろうか。
と、答えに迷っていた……そのときだ。
「ヒカゲてめぇえええええええええええええええええええ!!!」
ビズリーが立ち上がると、俺に殴りかかってきたのだ。
俺は影呪法を発動させようとする。だがそのときだった。
国王が目にもとまない速さで動き、ビズリーを組み伏せたのだ。……さすが武芸に秀でた英雄王。
魔物の巣窟に国王がこれたのは、それが可能なほどこの人が強いからだ。最も今は年老いて、全盛期ほどの力を出せないらしいが。(俺が若かったら俺が魔王を倒しにいったと昔言っていた)
「ビズリー。よさないか。俺が頭を下げたのが気に入らなかったのか?」
「そうです! 英雄王! やはり納得がいきません!」
ビズリーが俺を指さす。
「この卑怯者の力なんて借りずとも! ぼくは魔王を倒して見せます!」
「いやしかしなビズリー。おまえは四天王すら倒せなかったんだぞ? 対して、ヒカゲはドライガーを真正面から倒した。どう考えてもヒカゲの力が必要だろ?」
「必要ない! だってこの卑怯者が倒せたのは、ぼくが! ドライガーを手負いにさせていたからだ!」
……俺も、そしてエリィも、言葉を失っていた。何を言ってるんだ、こいつは……?
「この卑怯者は手柄をまた横取りしただけだ! 英雄王! ぼくの方がこいつより強いんです! 見ててください……今、その証拠をおみせいたします!」
ビズリーは立ち上がると、そばに置いてあった聖剣を手にして、俺に突きつける。
「おい卑怯者! ぼくと正々堂々……ここで勝負しろ!」
「ビズリー。やめないか」
「いいえ国王! ぼくはやっぱり納得がいきません! こいつは魔王が人々を苦しめ、ぼくらが一生懸命魔王軍と戦っているのにもかかわらず! ひとり森の中で何もせずウダウダしてた臆病者の卑怯者です!」
「……ビズリー。いい加減に」
「……いえ、陛下。いいです。本当のことですから」
俺は首を振る。
「……ビズリー。確かにおまえの言うとおりだ。俺は森の中で1年半ウダウダしてただけだ」
「そうだろぉ!? おまえなんてパーティに必要ないんだ! 強さだってぼくの方が上! おまえがいなくてもぼくは魔王を倒せることを……ここで証明してやる!」
国王はビズリーを止めようとしていたが、勇者が言うことをまったく聞いていなかったので、あきらめたのだろう。
「ヒカゲ。すまない。ビズリーに現実を教えてやってくれ」
「……陛下」
「俺は【目】がいいんだ。おまえがとんでもなく強くなっていることはわかっている。けれど……たのむ。ビズリーはこうしないと現実を理解してくれないんだ」
俺は国王の言葉を聞いて、こくりとうなずく。
かくして俺は、国王の前で、ビズリーと戦うことになった。
神社の外に出る。
「正々堂々とだからな! いつもの影呪法は使うの禁止だ! いいな!?」
「……わかった。ヴァイパー、木の枝を取ってきてくれ」
俺は大賢者に命令する。
すると影鴉が上空へとやってきて、俺に枝を落としていった。
「なんだそれは?」
「……おまえをケガさせるわけにはいかないからな」
「どこまでも……なめたやつだ! このぼくがその腐った根性、たたきのめしてやろう!」
ビズリーが勝ち誇った顔を、国王陛下に向ける。
「英雄王! 見ていてください! ぼくが一番、あなたのお役に立てることを! ぼくがあなたと、あなたの国を魔王から守ってあげられる、唯一の存在であることを! 証明して見せます!」
国王は厳しい表情で、黙って俺たちを見つめている。その【目】はビズリー、そして俺をしっかりと捉えていた。
「俺が審判をしよう。合図があったら始めろ。そして相手が気を失うか、参ったというまで勝負は終わらない。それでいいな?」
俺とビズリーがうなずく。……本当にそれでいいのだろうか?
「ヒカゲ。わかってるな。全力を見せてやれ」国王が俺に言う。
「……委細承知」
俺は木の枝を構える。
「では……はじめ!」
「死ねぇこの卑怯者がぁあああああああああああああああああああ!!!!!」
勇者が聖剣を持って、俺に斬りかかる。
上段から思い切り、俺の脳天めがけて振り下ろすーー
ーーキンッ!
「………………え?」
勇者が呆然と呟く。
その手に聖剣はなかった。
聖剣は宙を舞い、そして地面に落ちる。
「い、今のは……?」
「……見えなかったのか?」
「は、はぁ!? 見えたし!! 全然見えたし!」
額に汗をかきながら、ビズリーが動揺しまくって言う。
「英雄王、今ヒカゲさんはいったいなにをしたんでしょうか?」とエリィ。
「ヒカゲは目にもとまらない速さで、木の枝でビズリーの聖剣を払ったんだ」
さすが英雄王。いい【目】をしている。ビズリーかぁああ……っと顔を赤くしていた。
「い、今のは剣がすっぽぬけただけです! え、英雄王! だから勘違いなさらず! それに動きもちゃんと目で追えていました!」
言い訳するビズリー。落ちている聖剣を拾うのを、俺は待った。
「くそ……! 今度こそ! 死にさらせぇええええええええええええええ!!!」
今度はビズリーが、聖剣を何度も振るってくる。
バシバシバシバシバシッ……!!!
俺はその攻撃をすべて、木の枝で払い軌道をそらす。
「くそっ! どうしてぼくの聖剣が当たらないんだ! ぼくには【剣術・最上級】スキルがあるんだぞ!?」
連撃をやめ、ビズリーが肩で息をしながら言う。
「それはなビズリー……。ヒカゲがおまえのスキルを上回るほど強いからだ」
国王は諭すように言う。
「ビズリー。おまえは確かに強い。だがおまえの強さはスキルに頼りすぎている。修練が足りないんだ」
「~~~~~!!!!」
ビズリーがさらに顔を真っ赤にする。自分の至らない部分を、尊敬する国王から指摘され、恥ずかしかったのだろう。
「くそっ、くそぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ビズリーが聖剣を構えて、俺に向かって走ってくる。だが……。
俺はその攻撃をかわし、枝でビズリーの足を払う。
「ぎゃんっ……!!!」
ビズリーが転び、顔から地面に激突する。
「もういい。ビズリー。ヒカゲの強さはわかっただろう?」
「わかってない! ぼくは負けてない……ぜんぜんまいったって言ってないぞ!」
全身土まみれビズリーが、立ち上がり、また聖剣を構えて言う。
「尊敬する英雄王の前で何度も恥ずかしい姿をさらさせやがって……殺す! おまえだけは……絶対に殺す!」
ビズリーは俺から距離を取る。
上段に剣を構える。
そして……聖剣に、呪力をこめていた。
きぃいいいいいいいいいいいいいいいいいん…………………………!!
「や、やめなさいビズリー! それは対魔族用の最終殲滅奥義じゃない!? ヒカゲさんを殺す気なのあなた!?」
エリィが青い顔して叫ぶ。
ビズリーの前に躍り出ようとするが、国王がその肩に手を置いて止めた。
「英雄王!?」
「大丈夫だ。ヒカゲは……強い」
勇者は呪力を最大限にまで、聖剣に装填し終える。
「はっはぁあああああ! 死ねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
ビズリーは剣を、力一杯ふりおろした。
その聖剣から聖なる光の刃が、俺めがけて飛んでくる。
恐ろしい威力だ。
地面がえぐれ、衝撃で木が吹っ飛んでいる。
光の刃が俺に届く前に……。
バシッ……!
木の枝に呪力をこめ、光の刃めがけて、振った。
ぱきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん………………!
光の刃は、俺の剣とぶつかり、消滅したのだ。
「ば、ばかな……う、うそだぁ……」
その場にビズリーがへたり込む。
「うそだ……ぼくの最終奥義が……木の枝で? ありえない……こんな展開は、ありえなぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
ビズリーは聖剣を構えて立ち上がる。
……もう、これ以上は無意味だ。終わらせよう。
俺は超高速で、ビズリーの前に移動。
そして呪力のこもった木の枝で、聖剣をたたき割った。
がっしゃぁあああああああああああああああああああああああんん!!!!
「ほ……? へぇあ……ぼ、ぼくのせ、せいけんが……勇者の、あかしがぁ~……」
ビズリーがその場に、へたり込む。
あまりに脱力しているのか。その場でじょぼぼ……っとお漏らししていた。
「……ヴァイパー。壊れた聖剣を直したい。何か使えるものはあるか?」
【でしたら『超再生』が有用です。あれは自身だけじゃなく物体にも作用します】
ヴァイパーは俺の獲得したスキルを、すべて把握している。
俺は先日、ソロモン72柱(魔王の秘蔵っ子最強魔族たち)を倒して手に入れたスキルを使う。
「う、うそぉ……壊れた剣が、一瞬にして戻ったぁ~……」
ビズリーが情けないかっこうで、情けない声を出す。
「ビズリー。もうわかっただろう?」
「え、えいゆうおー……」
国王が俺たちの元へとやってくる。
「ヒカゲは強い。ビズリー。おまえよりも、確実に」
「う、うぅ~……うぅうう~~~~…………!!!!」
ビズリーが悔しそうに歯がみし、涙を流しながら、何度も何度も地面をたたく。
「ビズリー。認めるんだ。自分が弱いってことを認めることが、強くなる道への第一歩なんだ。ほら一緒にヒカゲに謝ろう。かえってきてくれって」
「うっ、うっ、うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!」
ビズリーは立ち上がると、顔を涙やら鼻水やらでびしょぬれにしながら、俺たちの前から立ち去っていった。
「ビズリー! ……すみませんヒカゲさん、英雄王。彼を追います」
エリィがビズリーの後を追う。
俺と国王だけが残された。
「ヒカゲ。本当に強くなったんだな。すごいな。よくここまで鍛えたな。おまえほんとすごいよ」
「……ありがとう、ございます」
かくして俺は、国王の前で、勇者より強いことを証明してしまったのだった。