117.
暴走する竜一を、新しい黒獣の力で全て無力化していく。
やつが纏っている黒い力を、この黒獣の力で全て食らいつくせば俺の勝ちだ。
バッ……! とやつは距離を取る。
「ぐごお……グロォオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「肉弾戦じゃ無理と悟ったか」
森の木々を手当たり次第放り投げてくる。
やつが触れる木々が黒く変色していた。
おそらく魔力を付与してるのだろう。
凄まじい速度で、木が飛んでくる。
だがそれらはすべて一瞬で消える。
黒獣の衣がオートで、攻撃を全て食らっているからだ。
「無駄だ。おまえの攻撃はもう俺には通らない」
「近距離からの攻撃は威力を殺され、遠距離からだとその攻撃自体を殺される……か」
次郎の言うとおりだ。
俺はもう人を殺さない。
殺すのは、人に害をなす力……。
悪意ある攻撃だけだ。
殺しを極めた先に到達した、殺しの極意。
手に入れた力、積み重ねた経験は無駄じゃなかった。
すべてが今この、天衣無縫という究極奥義に集約してる。
そう……パーティを追放されてから今日までの全ては、無駄じゃあなかったんだ。
「いけ」
黒獣の衣をのばし、竜一に接近させる。 左腕と両足の、黒い力だけを食らった。
黒い力は、もうあと顔の部分にしか残っていない。
もうちょっとで終わりだ。だが……。
「ぐ、ぎゃ、ぐあぁあああああああああああああああああああ!」
突如として黒い力が体全身から噴出する。
それはさっきまで纏っていた力とは、比じゃないくらいのすごみを感じた。
たぶん何かを代償にしてる……。
何か? たぶん命だろう……。
「命を燃やして、最後の攻撃を仕掛けるつもりか……」
「……ヒカゲ。頼む」
次郎を見やる。
彼は俺に訴える。
「あいつを……救ってやってくれ」
俺は、笑った。
うれしかった。
人を殺せと、守ってくれと言われることは多々あれど、救ってくれと頼まれることはほとんどなかった。
俺は……やっとなれたのだ。
なりたい自分に。
世界を救う、英雄に。
「ウゴロァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
吹き出した全ての黒い力を体に纏い、竜一は巨大なケモノへと変化した。
……奇しくも、その姿は黒獣のそれに似ていた。
黒いケモノと、白い英雄が相対する。
俺は右手を突き出す。
黒獣の衣が右手に集まり、それは1本の刀へと変化する。
俺は闘気を……練り上げる。
この一撃で、全てを救う。
「こい!」
「ぐらぁあああああああああああああ!」
竜一が凄まじい早さで突っ込んでくる。
地面を、空間をえぐり取るような高速チャージ。
その一方で、俺は静かな心持ちで刀を構える。
月影黒獣狂乱牙。
それは、かつて俺が使った、黒獣化してから放たれる一撃。
それを、改良した……新たなる一撃を、俺は放った。
「陽光聖天衝!!!!!!!!!!」
あまねく照らす太陽の光のような……。
白く美しい斬撃が、放たれる。
圧倒的な白い光は竜一を飲み込む。
音もなく、痛みもなく、全てを包み込む……。
光は一瞬で収まる。
そこには、無傷の竜一が倒れていた。
「な、なんだ今の光……?」
次郎が呆然としている。
俺の放った技、陽光聖天衝。
その効果は、あらゆる邪悪を払い、そして邪悪によって壊された物を、元に戻す、最強の浄化の技だ。
呪いに体を冒された竜一は、元通りになった。
また戦闘で傷付いた森の緑、そして聖騎士たちの傷もまた癒えた。
「す、すげえ……」
次郎が呆然とつぶやく。
だが直ぐに我に返ると、次郎が竜一に駆け寄る。
彼が竜一を抱き起こす……。
「おれ……は?」
「竜一! よかった……! 目が覚めたんだな!」
「次郎……」
次郎が泣いていた。
家族が元に戻ってうれしいのだろう。
「そうか……神に全てをささげ、神に全部頼ったおれは……間違っていたのか……」
竜一が負けを認めたように、清々しい顔でつぶやく。
俺は竜一に言う。
「そうだよ。自分の運命は、神なんかに頼るんじゃあなくて、自分で切り開かねえとな」
竜一は目を閉じてこくんとうなずく。
「そうだな……ありがとう、おれのまけだ、奈落の森の暗殺者」
これで一件落着だ。
だが、ひとつ訂正しておかないといけない。
「わるいな、竜一。暗殺者は廃業してるんだ」
「じゃあ今は……?」
俺は堂々と言った。
「俺は俺だ。焔群ヒカゲ」
「……そうか。ヒカゲ。おれたちの負けだ。おまえは……たいしたやつだよ」
こうして長きにわたる、聖騎士との戦いに、幕が下りたのだった。