116.
森羅万象を食らう、黒獣の衣を手にした俺は、最後の戦いを挑んでいた。
相手は暴走状態となった竜一。
「グラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
彼は何度も突っ込んでこようとする。
だが俺は相手の勢いを食らうことで、止めることができる。
衣が変形してケモノとなり、竜一に襲わせる。
彼はケモノを両手で引きちぎろうとする。
だが攻撃は当たらない。
ケモノはそのまま問題なく、竜一の右腕を食らった。
だが別に彼を攻撃する意思はない。
彼を包んでいた黒い力だけを、くらった。
「ど、どうなってんだ……?」
「あのケモノは衣でできてる。ダメージは入らない。のれんに腕押しって言葉を知ってるか?」
「ああ……つまり、黒獣の衣にはいくら攻撃しても当たらない……天衣無縫……そういうことか……すげえ……」
竜一の右腕が、元の状態に戻っていた。
やはり暴走させていたのは、彼の全身を包んでいる、黒い靄みたいな力なのだろう。
ならばやるべきことは一つだ。
黒獣の衣を使って、あの黒い力だけを食らうのだ。
「いけ!」
黒獣の衣がいくつもに分裂。
形のない力なのだろう、この黒獣の衣は。
だが俺は形のない影をずっと操ってきた。
だから、同じ感覚で、この衣を自在に、まるで手足のように使える。
分裂した黒獣たちが竜一に襲いかかる。
彼は左腕に黒い刀を持って、それらを切りつけようとする。
だが、無駄だ。
どんな攻撃も黒獣の衣には通用しない。
天衣無縫。
それが、俺の手に入れた力。
あらゆる攻撃は当たることはない。
逆に、こちらはあらゆるものを食らう。
「なんてことだ……最強じゃあねえか……」
次郎が感心してる。
俺もこんな力が、自分の中に眠っていたとは思わなかった。
いや、向き合ってこなかったのだ。
俺の、暗殺者として、影使いとしての力について。
俺は自分を否定していた。
人殺しの一族に産まれたことから、逃げようとしていた。
だから、俺の中に、人を殺さないですむ、すごい力が眠っていることに気づかなかった。
馬鹿だよなほんと。
でも、今はいい。
エステルが、俺に気づかせてくれたんだ。
俺は、人殺しじゃない。
防人でもない。
俺は、俺だってさ。