<行き止まりの風景-4>
<行き止まりの風景-4>
気がつけば、ジグは江戸山南4条西10丁目のカフェに戻っていた。
最初に立ち寄ったときは気にもならなかったが、
カフェの名は、看板から判断するに伽藍らしい。
古い小さなログハウス調の店構え。
駐車場が無くこぢんまりしていることもあって、
好立地のわりに繁盛店に付きものの華やかさが全く感じられない。
なにより道路に面した全ての窓が、
ブラインドで閉じられているのが気になった。
一方で、ジグは街中に断崖が現れた経緯についても気になっていた。
この異変は、世界の崩壊と何か関係があるに違いない。
これからボクが進むべき道とは、
第一に街の災害を食い止めること。
そして、どういうわけか命の危険に無関心な人たちの原因を探ること。
それには、能力を発揮できるマカインレベルまで体力を取り戻す必要があった。
《ここでINしよう、ソラ、早速実行してくれ。
食事すれば、いくらか元気になるかもしれない》
ジグは、立て看板のランチメニューをもう一度覗き込み、
入店後のオーダーに備えようとした。
Aランチ 鵯越のスパゲッティー 880円<スープ・サラダ付>
Bランチ ウソウソうっそ~ん定食 980円 <ライス食べ放題>
う~ん、Aランチの鵯越ってなんだ。
確か、歴史の教科書にそんな名の戦いがあったな。
奇襲という戦術を踏まえれば、材料に何かサプライズがあるのかもしれない。
それよりも、Bランチだよ。
定食名に何のヒントも含まれないのは、フレンドリーの欠片もないが、
ライス食べ放題というところに惹かれるなあ。
ひょっとしたら、ライスを食べ放題することで、
ボクの体力がグーンと回復するかもしれないし。
メニューの下に記された詩の部分も気になったが、
ジグは取り敢えず食事に集中しようとしていた。
《ジグ様、ただいまIN(同期)を完了しました。
ちなみにランチをお召し上がる際ですが、お金が必要です、はい》
ジグは、入り口ドアに近づきながらソラの指摘に動きを一旦止めた。
《お金? お金がいるのか。
それぐらいお前がなんとかするものかと・・》
INが完了し、既にジグは安物スーツを身につけていた。
《現金、若しくは財布はどこだ》
ジグは、上着からズボンに至るまでのあらゆるポケットに手を入れた。
だが、まもなくそれが徒労に終わったことを知る。
《ソラ、普通こういうときは、この世界のマネーぐらいは用意しておくよね》
ジグは、引き出されてペロンと垂れ下がるズボンの両ポケットを、
恨めしそうに元に押し込みながら言った。
《恐縮です、なにぶん自分も体力不足で・・》
ソラのボケに付き合うつもりはない。
これが、体力がないということなのか。
まるで、売れないRPGのスタート地点に立った気分だ。
この調子だと、今からここを脱出したほうが。
《ひょっとして、今からOUTすることはできる?》
想像通り、ひょっとすることは無かった。
《恐縮です》
沈黙が辺りを包んだ。
《おほん、とりあえずこの店のマスターに会い、
事情を話して代金の代わりに皿洗いでもさせて貰おう。
INしたからには、食事を摂らないとゲームオーヴァーになっちまうからね。
ゼロ、いやマイナスからのスタートだけど、やってやろうじゃないか》
ジグは、自分を鼓舞しながら伽藍の入り口ドアノブを握り締めた。
中へ入ろうとした瞬間、突然頭上から機械的な声がジグを呼び止めた。
「いらっしゃいませ、この店は会員制となっております。
お客様は会員ではございませんので、どうしても入店したい場合は、
これからお出しいたします、奥深き質問に回答を願います」
「ん、会員制? 質問? ボクはお腹が減っているんだ。
入店したいかって、そりゃ入店したいよ」
ジグはINの効果で急に空腹感に苛まれ、若干切れかかっていた。
《ジグ様、落ち着いてください。けんか腰はいけません》
ソラの言葉も聞こえているのかどうか、かなり怪しい表情のジグ。
ドアノブを握り締め、ぐいとノブを廻しながら店へ入ろうとした。
「お客さま、強引な侵入には排除を敢行いたします。
まずは、質問にお答えください」
《なんだ、排除って。黒服とかいきなり現れて放り出されるのか》
ジグは辺りを見回し、様子を窺った。
今の自分なら、易々と放り出されるだろう。
《ジグ様、素晴らしい洞察力です》
褒めてないだろ、それ。
「よ、よーしわかった、質問どうぞ」
流石にこのまま強引に乗り込む勇気は無いし、
教師としてもいただけない。
最大限の自制を胸に、ジグは質問を待った。
「では質問です、山といえば」
ふふん、そういうことか。
「川」
「お見事です、次に、谷といえば」
「このながれなら、水、だろ。ボクは教師だからね」
何が「奥深き」だ。
合い言葉の基本じゃないか。
若干馬鹿にされているような難易度だよ。
「素晴らしい、それでは、つう、といえば」
質問者が誰かは知らないが、若干フェイントをかけてきたぞ。
「なんのこれしき、つうといえば、かあ、だろうが。
早くここを開けてくれ」
「・・・はい、以上でエクササイズを終了します」
ようやく食事の交渉に入ることができると勝手に解釈していたジグだったが、
世の中はそんなに甘くなかった。
《おいおい、どうなってるんだ、ソラ》
動揺するジグに対し、ソラは全く頼りにならなかった。
《そういうことらしいです、はい》
「では真の問いかけです、この店の入店には、或るカギが必要です。
そのカギとは、ひと~つ、金のカギ。ふた~つ銀のカギ。
みっつ、胴のカギ。さあ~、お答えください!!」
完全にしてやったりという口調の質問者だった。
これまで幾人もの侵入者を、この手で阻んできたのだろう。
<伽藍>の扉は、これまで以上にビシッと頑強に閉ざされている。
「ん、まて・・・これって何処かで聞いた質問だな・・」
店の質問者による、完璧なまでのファイナルアンサー待ちに、
ジグは為す術もなく・・
《ジグ様、アレですよアレ》
ソラは、若干吹き出しそうになりながら、記憶の回復を促した。
《絶対、アレだな、絶対に・・》
ジグはソラの言葉にゆっくりと頷きながら、
マカインの悪女が放った回答をそのまま質問者に投げつけた。
「ファイナルアンサーだ、答えは、<どうでもいいカギ>!」
ジグが答えを言い放つと同時に、入り口周囲の空間が揺らぎ始めた。
ジグは、風呂桶から渦を巻いて吸い込まれるお湯の如く回転した。
その直後には、店内の椅子のひとつに腰を掛けていた。
「ようこそ、伽藍GUILDへ」